「三、二、一……決闘開始!」
直後、キルティ=パッチワークは動く。
煤で汚れたような黒のセーラー服は、
極限まで布を薄く仕上げたそれは、ドレスと呼ぶよりもむしろスポーツウェアのような
アルルーナ=ローズ=テウルギアは目を見開く。未知に対する恐怖ではない。
(────『
頭に浮かぶのは、『
同時に、本能が警戒を告げる。『
「まずは一人」
「──────え?」
敵との距離なんて、あってないようなもの。
瞬きの刹那、キルティ=パッチワークはアルルーナの懐に潜り込む。
速い。早い。
思考は追いつかない。
気付けば、キルティの振るった
「ぶァ、がばっ⁉︎」
「アルルーナ様っ⁉︎」
殴り飛ばされたアルルーナは無意識に数歩下がる。
ぼやけた視界に追撃の手が映る。キルティはもう一度、
「僕を忘れちゃ困るなあ♡」
「くッ、邪魔っす!」
取り巻きの動きはナクア=アラクネーに妨害され、二人の戦いに割り込む事もできない。
三対二でありながら、この瞬間においては一対一。
(ウチが負け……いや、あり得ないっしょ。こんなッ、こんな平民なんかに……っ!)
打たれ弱い精神を、貴族令嬢としての誇りで立て直す。
顔面へ刺さる一撃は通常の戦闘では強力なのだろうが、
勝敗に直結するのは防御魔法の残量であり、どの部位に攻撃を受けても削れる防御魔法の量は一定なのだから。
アルルーナが怯んだのは、彼女の心の弱さに起因するもの。
まだ戦いは始まったばかりである。
「ウチを舐めんなァ!」
「…………ッ⁉︎」
キルティの
いつの間にか、キルティ=パッチワークが纏う
この一撃は避けようがないコテラルダメージ。アルルーナはそう考えた。
ならば……と、アルルーナは逃げる事より、相手の攻撃の時間を使って
インパクトの瞬間だった。
ぶわっっっ‼︎‼︎‼︎ と、
(
キルティも見慣れた汚い煙ではない。
蒸気機関の吐き出す黒い息よりもずっと綺麗な、視界を白に染める自然の霧。
白い霧の中にアルルーナの姿は消える。
否。それだけではない。
『試着室』一帯に霧は充満し、何もかもが見えなくなる。
「しまった。ゴーグルだけじゃなくてマスクも持って来るべきだったわね」
ゴーグルで目を守りながら、キルティはぼやく。
もしもこの霧が毒ガスのようなものだったならば、既にキルティは倒れていたのかもしれない。
そして、戦況は動く。
霧の噴出はただ逃げるためのモノではない。
即ち────
「……敵の分断、ね」
「あーしはマイン=グレネード。よろしくですぅ」
「なーるほど。まずはキルティちゃんを叩こうってワケだねえ」
ナクア=アラクネーもまた同様に。
霧に包まれた視界の中で、立ちはだかる少女を目にする。
「ツマンナイなぁ。僕と戦う気ある?」
「仕方ないっすよ。自分じゃあ勝てないっすからね。勝ち目のない戦いはしない主義っす」
「ミッツ=ホーネット。取り巻きなんかで満足しなきゃ僕にだって迫る逸材だったのに。勿体ない。それとも……
「………………そのクチ塞いでメチャクチャにしてやろうかクソ女」
ブブブブ‼︎‼︎‼︎ と。
不快な音を奏でて空気が震える。
霧に隠された先で、何かが息を潜めている。
否。何かなんて言うまでもない。
黄色と茶色で構成されたメイド服。
つまり、その
瞬間。
ナクアは反射的に
振るった後で、自分に近づいていた何かに気が付いた。
(コレは……
「この霧の中で気付くとか、どういう神経してんすか。流石にショックっすよ」
「謙遜する事はないさ。わざと怒ったフリをして意識を集め、死角から
しかも、ナクア=アラクネーは知っている。
ミッツ=ホーネットが扱う固有魔法の真髄とは、ただ
(メインカラーは黄色。つまり風属性の
『
それがミッツ=ホーネットの
一撃必殺の固有魔法を有する、学年最強の風属性
ミッツ=ホーネットが恐れられる理由とは、彼女の強さ以上にその勝ち方。
ぞくぞくぞく‼︎‼︎‼︎ と。
ナクアの背筋に快感が走る。
本気の敵との一対一。しかも相手が有利な、
こういった場面こそ、ナクア=アラクネーが求めていたものであった。
(ああ♡ 集団プレイは趣味じゃあないけれど……キルティちゃんに味方して良かった♡)
ゴバッッッ‼︎‼︎‼︎ と。
通算三度目の衝撃でキルティは吹き飛ぶ。
敵はマイン=グレネード。ピンク色と紫色で構成されたメイド服を纏った少女。
しかし、キルティは彼女との対面から一歩も進めていなかった。
「地雷……ね」
何となく、固有魔法に当たりをつける。
実際に地中に何かが埋まっている訳ではない。
ただ、進路上の──空間に、あらかじめ攻撃魔法が設置されている。
どの道を進もうと吹き飛ばされる。
必要なのは攻撃魔法に耐える防御力か、地雷が仕掛けられていないルート探す力。
けれど────
「地雷の場所を探しているのです? 無駄なのですよー」
「チッ」
「あーしは食わず嫌いのヒトって勿体ないと思うのです。食べてみるまで好きか嫌いか分からないのなら、いっそ試して見ればいいのにって」
「……なんの話?」
「だから、あーしの魔法も同じなのでーす。あーしの地雷……設置式攻撃魔法は未完成なのですぅ。他人の神秘に触れた時、それが引き金となって魔法が完成する。つまり──
攻撃の瞬間まで何処にも存在しない魔法。
故に、無敵。故に、不可避。
『
あるいは、マイン=グレネードの顔を見る事ができれば、また違ったのかもしれない。
魔法自体には場所を示す痕跡はなくとも、相手の態度や視線から分かることもある。
しかし、この深い霧では相手の顔色ひとつも伺えやしない。間違いなく、このコンボを前提とした固有魔法。
「勝ち目はないのですぅ。最初の強襲を見た限り、そっちの固有魔法は加速。でも、どれだけ速く動いたって、地雷原の中を走り抜ける事はできない──」
「────なんだ、楽勝じゃない」
逆境。
そういう時こそ、キルティ=パッチワークは笑う。
深い霧に囲まれている。
それは敵だけの利点じゃない。
キルティがマインの様子を見れないように、
「アナタの魔法は未完成だからこそ脅威。だったら──
それは暴論だった。
何処に地雷が埋まっているか分からないのなら、先に別の人間に前を走らせたら良い。
そう言っているのと同じレベルの理屈。けれど、それができる力がキルティにはある。
「────換装」
いつの間にか、キルティの服装は漆黒のセーラー服から変わっていた。
苔むしたような深緑の色合い。
否。ヴァルキリア魔縫女学院の生徒は、その
マインはその
そして、それが有する固有魔法は────
「『
「行きなさい、
──
「………………は、」
マイン=グレネードの思考が止まる。
だって、それはあり得ない。
キルティ=パッチワークが用意した固有魔法は『加速』。それは間違いない。
ならば、目の前のモノはなんだ? 泥人形? 加速と泥人形はどうやって一つの固有魔法で両立している?
(……いえ、まさか。
しかし、思い出す。
目の前のキルティは平民。
ヴァルキリア魔縫女学院の常識が通用しない異物。
故に、あり得る。
「魔法が一人一種類って決まりはないわよねぇ?」
◇◇◇◇◇
『
属性:風
メインカラー:黄・茶
ミッツ=ホーネットの
蜂型の魔物を生み出し、使役する固有魔法を持つ。
『
属性:火
メインカラー:ピンク・紫
マイン=グレネードの
空間に攻撃魔法を設置する固有魔法を持つ。攻撃魔法は神秘に触れた瞬間に完成し、爆破を引き起こす。