霧と魔縫のファムファタル 作:8/13〜念能力杯があるらしいです
「じゃ、じゃあ……転入したてのキルティさんもいるので、初歩的な所から話しますね」
赤い髪の気弱そうな担任は、おどおどとした態度で教鞭を振るう。
黒板には服飾を作成する時の
「
それこそ、ヴァルキリア魔縫女学院が魔法文明の心臓とも呼称される由縁。
現代では本人の実力以上に、
「た、ただ誰でも同じように……という訳にはいかなくて。え、えっと……例えば、着用者の属性だとか素質だとかにも影響されたり、あっ、あとは汎用魔法は──」
(──これ、何語?)
担任の説明が耳を通り抜ける。
必死に頭を回すも、時間は一瞬で過ぎ去る。
時刻はあっという間に放課後。
騒々しく鳴るチャイムを聴きながら、キルティ=パッチワークは眉を顰めた。
授業についていけない。
同じ言語を話しているはずなのに、教師の言葉が頭に入ってこない。
こんなの、初めての経験だった。
キルティ=パッチワークは賢い。
それは
文字の読み書きだけでなく、彼女は数字の計算もできる。金銭のやり取りでぼったくられないように身に付けた少女の知恵である。
一方で、キルティの知識の範囲は狭い。
彼女が学んだのはすぐに役立つ実学の範囲。
役に立つかも分からない……それも貴族しか知らない魔法の知識など、これまで全く学んでこなかった。
魔法。神秘。属性。そして、
一日で理解するにはあまりにも困難な、貴族達が積み重ねた魔法の叡智。
そんな風に頭を悩ませるキルティに対して、前の席から声がかかる。
「キルティちゃん、困ってる?」
「……私に何か用かしら」
生糸のような艶やかな白髪。
眼窩に宝石を嵌めたような赤い瞳。
転入の挨拶時にも声をかけてきた白髪赤眼の少女が、悩むキルティを微笑んで見ていた。
「用って言うか……分からない所、僕が教えてあげようかと思って」
「それ……アナタに何の得があるの? 言っとくけど私、恩を売られた所で返す気なんてサラサラないわよ」
「いいよいいよ。別に僕も好きでやってる事だし。僕は君に興味がある。君は苦手科目の対策ができる。これって対等な取引でしょ?」
ぶっきらぼうなキルティの言葉にもめげず、少女は微笑を浮かべたまま手を差し伸べる。
「そう言えば、自己紹介が遅れたね。僕の名前はナクア=アラクネー。クラスメイトとしてどうぞよろしく」
「
転入生の手を掴んで走り去る白髪赤眼の少女を眺めながら、クラスメイトの一人は呟く。
ナクア=アラクネー。その少女が声を発した時、教室が静まり返った事にキルティは気づいていなかった。
「えー、自業自得でしょ。生意気なこと言ってるからあのバケモンを面白がったんじゃん。ウチらが気にする事じゃねーし」
「どうなるっすかね、彼女」
「いつも通りじゃね? 虐殺令嬢に関わったヤツはみーんな、
教室は人の目があるから、もっと相応しい場所で勉強しよう。ナクア=アラクネーはそう言って、キルティの手を取って駆け出した。
「キルティちゃんってさあ、実技は問題なさそうだったよねえ。ずっと見てたけど、裁縫自体は初めてじゃないの?」
馴れ馴れしい態度でナクア=アラクネーはキルティに話しかける。
何がそんなのに楽しいのか、顔に浮かぶ微笑は崩れない。
(……変なヤツ)
授業中、ずっと眺めていたのだろうか。
確かにキルティは魔法の知識こそないが、実際に裁縫を行う授業ではそれなりに手際良く作業ができた。
「まあ、ね。
「苦手そうにしてたもんねえ。技術はあるのに理論が分かってなさそうだった。やっぱり平民って魔法の勉強はしないの?」
「軍学校に行ったり冒険者になったりするなら別でしょうけど、普通に生きていて魔法と関わる機会なんてそうないわよ」
「そっかー。じゃあ、魔法の勉強したって頭に入らないんじゃないかなあ」
それもそうだ、とキルティは思う。
昔はもっと魔法が産業の中心を担っていたと言うが、産業革命によって時代が変わった今、大抵の産業は機械に置き換えられた。
特にキルティは、貴族どころか平民ですら近寄らない『
「キルティちゃんに必要なのは教科書なんかじゃなくって、もっと実践的に魔法と触れ合う機会だと思うんだ」
だから、ね。
そう言って、白髪の少女は赤い瞳を歪める。
「
はい? と聞き返す事もできない。
瞬きの隙もなく、ナクア=アラクネーは動いた。
「歯ァ食い縛った方が良いよー?」
「なん、」
ゴッッッ‼︎‼︎‼︎ と。
少女の手にする
衝撃は光のエフェクトを伴った。攻撃魔法、そのゼロ距離砲撃が少女の軽い体を吹き飛ばす。
しかし、痛みはない。
接触の瞬間、キルティが纏う制服からも光のエフェクトが散り、肉体に響く衝撃を和らげた。
「ふふふ、驚いた? 僕らの着ている制服は女学院指定の
「汎用魔法ってヤツね……」
「あ、もう知ってた? なーんだガッカリ」
「攻撃魔法・防御魔法・回復魔法……この三つだけはっ、転入前にババアに叩き込まれたのよ!」
汎用魔法。
全ての
攻撃魔法、防御魔法、回復魔法。結局の所、この三つさえ覚えていれば魔法使いとしては十分だとペネロペは言っていた。
「そっかー。じゃあ……それなりに楽しめそうかなっ!」
ナクアが振るう
相殺。ゼロ距離から放たれた攻撃魔法同士が拮抗し、鍔迫り合いのように耳障りな音を響かせる。
「知ってる? 汎用魔法の中でも、特に防御魔法はズバ抜けて優秀なんだって。それこそ、ゼロ距離から攻撃魔法をぶつけないとダメージを与えられないくらいに」
「…………っ!」
「皮肉なモノだよねー。攻撃魔法と防御魔法が発展し尽くした先が、結局のところ
詰まる所、鈍器を用いた殴り合いと何ら変わらない。
(コイツ……普通に強い!)
魔法とか以前の問題だった。
ナクア=アラクネーは体捌きが異常に上手い。
体全体を使った力の出し方。上半身だけでなく下半身も使って、こちらの体勢を崩す技巧。ブレる事のない体幹。
どれもが一級品。魔法使いとしてではなく、騎士としてもやっていけそうな戦闘技術。
(けど、コイツは知らない。
我流で結構。
一瞬でも良い。
この女の意表を突く事ができるなら。
振るわれる
それを眺めながら、キルティ=パッチワークは一歩も動かない。
「────は、」
「止まったわね?」
防御魔法のお陰でダメージはない。
現代の魔法戦における勝利条件とは、自分の防御魔法が削り切られるよりも先に、相手の防御魔法を破壊すること。
そして、体のどの部位だろうと防御魔法への影響は同じ。だったら、顔面だろうと腕だろうと、どこで防御したって大差はない。
けれど、そうと分かっていても誰も思わない。
相手を一瞬驚かせるためだけに、あえて顔面を危険に晒すなど。
「──は、ははッ! 最高だねキルティ=パッチワーク♡」
衝撃。
お返しとばかりに、ナクア=アラクネーの顔面に一撃。
防御魔法でダメージはないと言っても、衝撃に対するノックバックは存在する。
あらかじめ顔面に衝撃が来る事を想定していたキルティとは違い、無防備な顔面を叩かれたナクアは、ノックバックに耐えきれず体勢が崩れる。
(このままマウントポジションを取って──!)
しかし、そう上手くはいかない。
ナクアは吹き飛ばされた勢いのまま、バク転によって後退して距離を取る。
追撃はできなかった。つまり、互いに顔面に一発ずつ。防御魔法の残量は恐らく同程度か。
「ふふ、ふふふふふふふふふ! あはははははははははははは! 君は凄いね。初めての魔法戦、初めての
「…………何よ」
「僕のような理不尽な通り魔と出逢ってなお、戦意が衰えない飢えた狼みたいな目ッ! イイ。イイね、ゾクゾクする。ああ、濡れてきちゃうなあ……‼︎」
虐殺令嬢ナクア=アラクネー。
今まで十人のクラスメイトを退学まで追い込んだと噂される恐るべきイジメっ子。
けれど、彼女が本当に求めるのは一方的な虐殺ではなく、
だからこそ、刺さる。
怯えるでもなく、教師を呼ぶでもなく。
自分の力で目の前の脅威を乗り越えようとするキルティ=パッチワークの姿が……
「興が乗ってきた。本気で
少女のタガが外れる。
「汎用魔法は習ったと言ったね。けど、この話は聞いたかな?
ナクア=アラクネーは光に包まれる。
白いセーラー服──
「『
それは一見、蜘蛛の巣のようだった。
白い肌の上に張り巡らされた糸。
毒々しい青紫色のメッシュドレス。
本来は上から重ね着をするような網目状の衣服を、ナクア=アラクネーは下着の上から着用していた。
「これが僕の
◇◇◇◇◇
『
属性:光
メインカラー:白
ヴァルキリア魔縫女学院の指定
防御魔法の性能強化と燃費の良さに特化している。固有魔法は衣装の換装。瞬間的に別の
属性=系統みたいなものです