霧と魔縫のファムファタル 作:8/13〜念能力杯があるらしいです
「おはよう、キルティちゃん。今日もいい朝だね」
「…………」
朝。
白髪赤眼の少女、ナクア=アラクネーの声を聞いて一日が始まる。
ナクアが浮かべるキラキラとした眩しい笑顔に対し、キルティ=パッチワークはうんざりとした感情を隠さない。
「君と一緒に登校できるなんて僕は幸せだなあ」
「………………」
共に教室に入ってきた二人を見て、クラスメイト達はざわつく。
当然だ。虐殺令嬢とさえ呼ばれる凶暴なイジメっ子が、どういう訳か転入生に懐いていたのだから。
しかし、誰も状況を聞きに行く勇気はなく、疑問を抱えたまま時間は過ぎる。
「お昼ご飯は僕と一緒に食堂へ行かない?」
「……………………」
聞こえる言葉を無視して、食堂へ向かう。
国土の各地からかき集められた食材を使った学食は人気があり、急がなければ席は全て埋まってしまう。
あんな女に構っている暇はない。……ついてくる足音は聞こえないフリをした。
「どうかな、今の授業で分からない所はあったかな?」
「…………………………」
放課後。
前の席に座るナクアは振り返って尋ねる。
もちろん、答えない。
答えないが……そんなの知ったこっちゃないとばかりに、ナクアは勝手に授業の解説を始めた。
「おやすみ、キルティちゃん。」
「──────うッッッざいわねぇ‼︎」
就寝時。ナクアは何が楽しいのかニタニタと笑みを浮かべ、キルティの寝顔を眺める。
流石のキルティも我慢の限界だった。
「一日中私について回って、何が目的……⁉︎」
「何って……言わなかったかな? 僕は君を育てたいんだ」
「一言も聞いてないわよ!」
「あっ、確かに言ってなかったかもね……」
ナクア=アラクネー、渾身のうっかり。
あちゃあ……と、あまり反省していなさそうな
「僕は君を最強の
「随分な心変わりね。昨日は問答無用で攻撃してきた癖に?」
「反省しているよ。イイ目をしていたからね、ちょっと逸ってしまったみたいだ。今度は君の熟成まで我慢するよ。そして今度こそ──」
赤い、
ギラギラとした狂気を宿して
「──本気の君と
ナクア=アラクネーは一対一の殺し合いに情欲を覚える変態である。
そんな変態の本能から出た言葉であるが故に、彼女の目には嘘がない。
ナクアはキルティを害さない。
キルティを守り、育て、丁寧に扱う。
いつかキルティ=パッチワークが
しかし。
「イヤよ。絶対にムリ」
「どうして?」
「いきなり襲いかかって来るヤツなんか信用できるワケないでしょう」
「わーお、正論すぎる」
けれど、人生は思い通りに行かないものだ。
「キ、キルティさんっ」
「はい」
「ひ、ひぃ」
ある日の放課後、赤い髪の気弱な担任がおどおどおした態度で声をかける。
返事をしただけで悲鳴をあげるとか、失礼にも程がある。どう見ても生徒に舐められるタイプの教師であった。
「あ、あの……もしかしたら理事長から、その、もう話を聞いてるかもだけど、あの……」
「何ですか?」
「…………中間試験の準備って、してる……?」
「………………なん、ですって」
「ふふふ。どうやら僕の力が必要なんじゃない?」
「くッ! おねがいっ、します……‼︎」
たった数日で立場は逆転する。
育てさせろとナクアが押し掛ける関係だったはずが、今度はキルティが教えてくださいと頼む必要が生まれたのだ。
中間試験。
別名、
各自が作成した
今のキルティだけで
誠に業腹であるが、キルティはプライドを捨ててナクアに頭を下げた。
「お願い、します。力を、貸してちょうだい」
「僕はイイよ、もちろん。でも……どうしてそこまで? こう言っちゃあれだけど、中間試験が落第だったら所で退学になる訳でもなし。そして君も、他者からの評価を気にするタチじゃあないだろう?」
「前にも言ったでしょう。カネのためよ」
金。お金。
名誉を重んじる貴族とは違い、根っからの平民であるキルティは徹頭徹尾実利だけを求める。
「ヴァルキリア魔縫女学院は貴族社会の流行の発信源。この学校を好成績で卒業するだけで、貴族相手でも舐められない箔を得られる。将来的に貴族相手に商売で荒稼ぎをするには、この女学院で好成績を取るのが最短ルートなのよ」
「それで?」
「…………は、」
「金稼ぎは手段でしかだろう? 稼いだお金で君は何を買うつもりかな」
「はッ! これだからお嬢様はイヤね。カネなんてあればあるだけ良いのよ。……身に付けた知識も技術も、状況が変われば役に立たなくなる。いつだって裏切らないのはカネと暴力なんだから」
カネでは買えないものがある、なんて綺麗事。
カネがあっても買えないモノよりも、カネがないせいで買えないモノの方がずっと多い。
『
「……ま、何でもいいか。君がやる気になったのなら、僕から言う事は何もなーい」
「
二人一部屋の寮の中。
何処からか小さな黒板を持ってきて、ナクア=アラクネーは教師みたいにキルティを指差す。
「型紙の作成、生地の裁断、仕上げの縫製……かしら」
「そーそー。やっぱり詳しいね。どっかで習った?」
「まあ、それなりにね」
「ふーん。ともかくキルティちゃんは裁縫の腕自体はかなり良い。じゃあ何処で躓いてるかっていうと……型紙の作成の更に前段階。
当たり前の話だが、どんな服を作るかも決めていないのに、型紙なんて作れない。
キルティは服を作る技能自体はあっても、どんな服が
「という訳でナクアちゃんのワンポイントアドバイス。
固有魔法。
キルティは、先日身をもって知ったそれを思い出す。
「固有魔法とは
「…………」
「けれど、どんな固有魔法でも構築できると言う訳じゃあない。単純な話、
それは物理的な限界。
コップに入る水には限りがあるように、
最強無敵の
「それに、縫い付けられた固有魔法を誰もが十全に使える訳でもない。僕らの魂には生まれつき属性があって、その属性に合った魔法でないと使い熟すのは難しいってコト」
「属性……?」
「時計回りに光、水、地、闇、風、火──そしてまた光に戻る真円の図形。属性を表す時にはこんな図が用いられる事が多いよ」
ナクアは小さな黒板に図を描く。
六種の文字と、真円の図形。
それは魔法の六属性を表す相性表。
光
火 水
風 地
闇
「この属性は近いモノほど相性が良い。例えば僕は水属性だから、水属性の魔法が最も適している。それに次いで、隣り合う光属性や地属性の魔法も相性が良い。逆に、真反対に位置する風属性の魔法は非常に相性が悪い」
「水……? アナタ、別に水の魔法なんて使ってないでしょ」
キルティは首を傾げる。
ナクアの『
言ってしまえば、糸属性とでも呼ぶべき物ではないか……と思った。
しかし、ナクア=アラクネーは首を振る。
「水属性の魔法は実際に水を扱う魔法とは別だね。属性の名前は……そうだね、あくまで比喩みたいなモノで実際の現象とは切り離して考えた方が良い」
水を扱うから水属性、ではない。
魔法の属性とは、もっと魔法の真髄に近い場所で分類される。
「水は変化するモノだ。注ぐ器によって形状が変わるのは勿論のこと、温度によっては蒸気にも氷にも変質する。あるいは天から降り注ぐモノや、地の下を流れるモノにだってなり得る。転じて、水属性の魔法っていうのは僕らが扱う魔法の
「…………っ!」
「僕の『
一つ一つ、ナクアはそれぞれの属性について説明した。
光とは生命を育むモノ。
遍くを照らす太陽が如きモノ。
転じて、光属性とは物の働きを強める魔法を表す。
火とは留まらぬモノ。
天を駆ける雷が如きモノ。
転じて、火属性とは彼方まで射程を伸ばす魔法を表す。
水とは変わり続けるモノ。
大海へ流れる氷河が如きモノ。
転じて、水属性とは神秘の性質を変える魔法を表す。
風とは物を運ぶモノ。
木の葉を巻き上げる嵐が如きモノ。
転じて、風属性とは物体や生命を自在に動かす魔法を表す。
地とは確固たるモノ。
踏み締めても揺らがぬ大地が如きモノ。
転じて、地属性とは物体や生命を創造する魔法を表す。
そして、闇。
「……闇属性だけは少し特殊で、隣り合った風属性や地属性だろうと闇属性は使えない。後天的に闇属性になりやすいとは聞くけどね」
「ふーん……?」
「ま、気にしなくて良いさ。闇属性の
闇とは目に見えぬモノ。
無限の可能性を秘めた未来が如きモノ。
転じて、闇属性とは他の五属性では説明ができない特殊な魔法を表す。
「その属性っていうの、判別する方法はあるのかしら」
「勿論。僕もそれを勧めるつもりだった。固有魔法を決めるためには、自分の属性が分からないと始まらないからね」
そう言って、ナクアは引き出しから糸の束を取り出す、
赤、青、黄、緑、白、黒。六色の糸が無数に絡まった色鮮やかな糸の束。
「
ナクアが手をかざすと無数の糸から三本の青い糸だけが浮き上がり、細い三本が撚り合わさって一本の太い糸となる。
「魔法の六属性は、それぞれ六色の糸と対応する。例えば水属性の僕ならば、水に対応する青い糸が浮き上がるという寸法さ」
「……アナタの
「その通り。色というのは属性を判別する手掛かりになる。……ちなみに純粋な水属性ではなくて僅かに別属性に寄っている場合は、三本のうちの一本に別の色が混ざるよ」
光属性は白色。
火属性は赤色。
水属性は青色。
風属性は黄色。
地属性は緑色。
闇属性は黒色。
六属性、六色。
「さあ、君の番だ。糸の上に手をかざし、魔法を使う時のような想いを念じる。後は流れに身を任せるだけさ」
「ええ……」
手をかざすと、糸がピクリと動く。
それは砂鉄が磁石に引き寄せられるように。
三本の糸がゆっくりと浮かび上がる。
撚り合わさった三本の糸。
その内訳は────黒、黒、黒。
即ち、
「
最も特殊で、最も異質な属性。
女学院の異物であるキルティ=パッチワークに相応しい属性。
(それも、純粋な黒。風属性や地属性から後天的に闇属性に変質した訳じゃあない。生来の闇。……ふふ、あはははははっ)
じゅるりっ、と。
ナクア=アラクネーは舌舐めずりをした。
「唆るじゃあないか♡」