つまり、キルティ=パッチワークの属性は闇。
一万人に一人しかいない、特別な属性であった。
「後回しにしていた、闇属性の話をしようか」
少し愉しげにナクア=アラクネーは呟く。
引き攣る口角がいつもの微笑を崩す。
それは獲物を前にした肉食獣が涎を垂らすのを我慢しているようにも見えた。
「闇属性というのは特殊な属性で、他の属性のように得意不得意というのがない。
コンコン、と。
ナクアは小さな黒板に描いた六属性の相性図を叩く。
光
火 水
風 地
闇
先程も言った通り、この属性は近いほど相性が良く、対極に位置する属性とは相性が悪い。
例えば水属性であるナクア=アラクネーならば、風属性の魔法を十全に扱う事はできない。
けれど、闇属性は違う。
対極に位置する光属性も含めて、闇属性の魔法使いはすべての属性を一〇〇%の適性で扱う事ができる。
「他の属性とは違って不得意がないからこそ、おおよそ弱点と呼べるモノもない。強いて言うなら、固有魔法に注力しすぎて汎用魔法を疎かにするヒトが多いってくらいかな? ま、でも仕方ないね。闇属性というのはそれだけ固有魔法に秀でている」
言ってしまえば、闇属性の
闇属性の魔法というのはそれだけ特殊で、それだけ異常な効果を発揮するのだから。
「闇属性の
都合が良い、とナクアは笑みを隠せない。
汎用魔法の競い合いにおいて、キルティは常人よりも遅れをとる。幼い頃から魔法に慣れ親しんだ貴族ではないのだから仕方がない。
けれど、固有魔法は日々の積み重ね以上に、発想の良さがモノを言う。常識外れの平民と闇属性の固有魔法という組み合わせは、敵の予想が通用しないため非常に強力だ。
「でも……こうなると難しいね」
しかし、良い点だけではない。
戦闘において有用な闇属性も、成績という一点においては取り扱いが難しいものなのだ。
「難しいって、何が?」
「属性を調べたのは、君の扱う固有魔法を決めるためだ。属性が分かれば、後はその適性の範囲で君の要望を叶える魔法を設定するだけだからね。でも、闇属性は……難しい。全属性を扱えるせいで、固有魔法の選択肢が多すぎる」
「………………」
「しかも、闇属性は評価が難しい。他の属性ならば、ある程度は正解の方向性というモノがあるけど……一つ一つの魔法が唯一無二である闇属性にはそれがない。セオリーが通用しない以上、その評価も教師の印象で決まってしまう」
「……………………………………、」
ナクアの目的はキルティを強くする事だが、キルティの目的は良い成績を残す事。
闇属性というのはナクアにとっては良い事でも、キルティにとって良い事かは分からない。
「……悩んでも仕方がないわ。難しいかろうと何だろうと、成績のためには
「それもそっか。じゃあ、本当はもう少ししてから教えようと思ってんだけど……良い所に案内してアゲル」
「?」
それはヴァルキリア魔縫女学院の離れにある。
大きめの倉庫か、小さめの体育館のようにも見える建物。
「僕は君に闇属性の正解を伝える事はできない。それを伝えられるのは闇属性の
ナクアは喋りながら扉を開く。
瞬間、湧き出るのは特徴的なお香の匂い。
(なに、これ……
虫除けの香。
あるいは、こうも言い換えられる。
「だけど、正解は分からなくても不正解なら分かる。とりわけヴァルキリア魔縫女学院には
バババッ! と。
暗い倉庫に照明が灯る。
それは外観から考えればあり得ないほどの広さを有した吹き抜けの摩天楼。
そして、見渡す限りに展示された色鮮やかな服飾──歴代卒業生の
「────『
視界を埋め尽くす
その全てが出来損ないの失敗作。
性能試験では落ちこぼれだった
自分なりの『正解』を目指すために試行錯誤は必要であるが、明白な『失敗』を避けるためには、この『
「うーむ、そうだ。見て説明するだけじゃあ身に付かないし、実際に着て使ってみようか」
「使うって……固有魔法を? 此処で? こんなたくさんの衣装がある場所で? ……正気?」
「もー、疑い深いなあ。ちゃんと試着室もあるってば。僕が勝手にやってる訳じゃなくて、女学院も許可してる利用法だよ? 失礼ちゃうね」
疑われるほど非常識なヤツが悪いでしょう……とキルティは思ったが、口には出さない。
どれだけ相手がアレな女であっても、力を貸してくれる教師代わりの少女に配慮する理性が彼女にはあった。
試着室、そう呼ばれているが部屋ではない。
否。扉の先にあって壁に囲まれていると言えば部屋ではあるのだが……
『
「よーし。まず初めに『
「…………っ!」
目を見開いて息を呑む。それは本当に綺麗な……オーロラのようにキラキラと輝く青緑色のドレスだった。
貴族令嬢を着飾るには申し分ない一品。服飾として見るならば傑作である。
ただし、ここはヴァルキリア魔縫女学院。
「ほー、ほうほう。本当に良いカラダ……♡」
「…………」
白いセーラー服──『
隣のヘンタイに裸姿を凝視されが、もはやキルティは何も感じない。こんなのを一々気にしていたら、ヘンタイとの共同生活など成り立たないのだ。
……ちなみにナクアも別に少女の裸に興奮している訳ではない。ただ素晴らしい筋肉に感動しているだけなのである。
着替え終えたキルティは、鏡の前に立つ。
キラキラと輝くドレスは黒髪に映える。
「『
説明を聞いた訳ではない。
キルティ=パッチワークは目が良い。
「強そうだけど、これの一体何処が失敗作なのしら」
「
ぐいんッ! と。
オーロラ色のドレスの袖が、粘着質な糸に引っ張られる。
キルティが『
ほぼ裸みたいなスケスケのドレス。
丁寧に扱うという言葉を裏切る行為。
何処からどう見ても恥ずかしい女、それがナクア=アラクネーである。
「アナタっ、最初からそのつもりだったの……⁉︎」
「まさか。僕は真面目に教えるつもりだったよ? ただチャンスがあれば見逃さないだけさ」
「このッ、クソ女……‼︎」
『
よく知っている。けれど、今のキルティには固有魔法がある。
「凍てつきなさい!」
粘着質で強靭な糸が凍り、折れる。
冷え固まったモノは脆くなる。
「おおっと。やっぱり君は反射神経がイイ♡」
「こっちはアナタに構ってる暇なんかないのよ!」
互いの
攻撃魔法と攻撃魔法が衝突する。
その瞬間に、『
「────ッ、やるね♡」
キルティの纏う冷気が、ナクア=アラクネーの右手を凍らせた。
それは戦力の半減にも等しい成果。
(いッ、意外と強い……! 失敗作って言うからどんなモノかと思ったけれど、案外使えるわね)
冷気を纏う。つまり、攻撃や防御など接触の瞬間に相手を凍らせるという事。
凍りついた体は動けなくなり、寒さは相手の思考を奪う。
『
(でも、それなら何が失敗────)
そこまで思考を巡らせた時、キルティ=パッチワークは『
「ひ、ひぁっくしょん!」
無論、自分の体が凍るまではいかない。
けれど、寒さはそれだけで思考を奪う。
ほんの数秒の着用ならば兎も角、戦闘中ずっとこの寒さに耐えると言うのは少し難しい。
「ま、そんなワケで」
鼻水まで凍ったキルティを見て、ここまでか……とナクアは戦闘を中断する。
「魔法によっては敵だけでなく、自分にも悪影響を及ぼす事はある。制御しようと思えばできるだろうけどね。制御用の術式に
「何でもいいけど、一旦着替えていいかしら?」
◇◇◇◇◇
『
属性:水
メインカラー:青緑
『
神秘に冷気の性質を与える固有魔法を持つ。自身に接近した相手を凍らせる攻防に長けた魔法だが、使い続けると自分も冷気に耐えられない。