糸を紡ぐ。
布を編む。
型紙を描く。
生地を断つ。
失敗して。
講評して。
反省して。
もう一度。
試して、試して、試して、試して。
たった一着の
「生地が、生地が足りないわね。機能を多くしすぎた? でも、ある程度複雑で強力な固有魔法でないと、闇属性という利点は活かせない。ここは間違いなく採点に関わってくる。他の属性の二番煎じではない、闇属性ならではの『正解』を目指さないと……」
「おーい、キルティちゃーん」
「でも、じゃあどうする? これ以上細かく編み込むのは不可能……と言うより、これ以上細く魔法を縫い付けると、実際に着用した際に歪んで魔術式が崩れる。それは『
「キルティちゃんやーい。ご飯食べないと頭回んないよー?」
「…………え?」
顔を上げる。
気が付けばもう、昼休み。
キルティ=パッチワークは食堂にいた。
目の前には、頼んだ覚えのないご飯。
そして、ニヤニヤと笑って相席をするナクア=アラクネーの姿があった。
「何よ、これ」
「ぼーっとしてたから頼んであげたよん♡」
「それは助かるわ。ありがとう。……けど、その、なに? 初めて見たわよ、この食べ物」
「そう? まあ、この辺じゃあ海も川もないし、
海鮮丼。
お米の上にお刺身が乗った
「魚……よね? 生の魚って怖くないのかしら」
「沿岸部で釣れた魚が新鮮なまま届いているから大丈夫じゃない? まあその分お高いらしいけど」
「沿岸部って……
「いんや、瞬間移動の魔法は食品の輸送なんかには使われないよ。どっちかって言うと蒸気機関車のお陰だね。産業革命サマサマってコト」
「…………、」
この大陸は端から端まで鉄道が敷かれている。
馬車を使えば何日もかかる道のりも、蒸気機関車ならば一瞬。
産業革命はヒトの世界を大きく広げた。
あるいは、世界の規格を小さくしたのか。
大陸の各地から貴重な食材を集められるというのは、産業革命がもたらした功績の一つだ。
それは貴族が珍味を集められるという他にも、無駄になるご飯がなくなって安価に食材が出回るということでもある。
昨今の人口爆発、そして平民の政界進出。
それもこれも、明日食べるご飯の心配がなくなった事によるものだ。
『
まさに産業革命サマサマ……なんて。功罪の功だけを見るならば、そう言えるだろうか。
けれど、口が裂けてもキルティはその言葉を肯定できない。
産業革命があって救われたヒトはいる。でも、産業革命のせいで人生を狂わされたヒトをキルティは知っている。
(例えば、よく分からない生魚を食べさせられそうになっている私とか)
お刺身を口に近づけるが、それだけでキルティに皮膚に鳥肌が立つ。
なんかももう匂いがダメだった。生臭い? 磯臭い? よく分からない匂いだが、分からない事自体が嫌悪感に繋がる。
「おや。苦手だったかな? 好き嫌いとかなそうなのに、意外だねえ」
「好き嫌いというか……食べたことがないから警戒しているのよ。貴族サマには分からないでしょうけど」
「海鮮丼を食べている貴族はあんまり知らないなあ」
「は?」
そう言えば、と思い出す。
キルティが転入してから数日経つが、食堂で海鮮丼という料理を見たことはない。
そう、つまり。
「それは僕のオーダーメイドだよ♡」
「ただの嫌がらせじゃない!」
こいつ……ッ! とキレそうになる。
しかし、すんでの所で怒りを堪える。
ナクアのくだらないイタズラはいつものこと。
むしろ、ここで怒って反撃をすると相手の思う壺である。ナクア=アラクネーは戦いを求めているのだから。
「嫌がらせとは酷いなあ。この辺りでは食べなれないだけで、普通に美味しいご飯だよー?」
ニヤニヤと笑うナクアは無視する。
仕方がない。食材に罪はない。
食べ物を用意してくれただけマシだと、キルティは自分に言い聞かせる。
「あむ」
「お♡ 行くねえ♡ 食べ物を無駄にしないために頑張ってるのがヒシヒシと伝わってくるよ♡」
「…………っっ」
「悶絶してるねえ♡ それは味が無理だったから? それとも僕に対する怒り? 僕的には後者だと嬉しいケド♡」
意外と味は悪くない。
……鼻の奥まで突き抜ける海鮮の匂いを無視すれば、だが。
噛み締める度に苦手だと実感する。食べられはするが、自分から好んで食べる事は二度とないだろう。
「それで、
「……最悪ね」
刺身を食べて歪んだ表情が、ナクアの言葉でますます険しくなる。
それは今一番聞きたくない言葉だった。
「アナタも知っているでしょう? 既にいくつかは試したけれど……闇属性らしさが足りない、という所かしら」
「僕も付きっきりで見ている訳じゃないけどね。でも、まあ……無難で面白みが足りない構成だよねえ。あんな縮こまった
「……好き勝手言ってくれるわね」
固有魔法の構築は難しい。
特定の状況下に特化するならば兎も角、汎用性のある
「逆に、アナタの方はどうなのよ。中間試験の準備は進んでいるの?」
「あー、そっか。君は知らないのか」
「?」
「
「………………は?」
ナクア=アラクネーの表情には何の感情も浮かんではいない。
……いいや、むしろ、少女は人生がツマラナイとでも言いたそうな顔だった。
「去年、僕が一年生の時に初めて作った
虐殺令嬢ナクア=アラクネー。
関わった生徒を退学に追い込むと噂されながら、それでも女学院から排斥されなかったのは、少女の圧倒的な実力が故だ。
「────そーそー。ナクア=アラクネーは最強の
カツン、と足音が響く。
それだけだった。それだけで背筋が凍る。
ピンと糸が張り詰めたみたいに走る緊張感。
「『
誰かが、真後ろに立っていた。
少女達の会話に挟み込まれる声。
軽くて、明るくて、感情が伝わらない言葉。
けれど、どうしてか、キルティ=パッチワークはそこに途方もない怒りを感じた。
「ウチは別にアンタには興味ねーんだけどさあ。でも、みんな思ってるんじゃね?
ウェーブのかかった金髪。
長く尖ったパステルカラーの
着崩し、と呼ぶには改造しすぎの制服。
ゴテゴテと無数の小物で彩られた
「くふふ。痺れを切らしたのかな? 取り巻きを引き連れてガキ大将のお出ましだね」
「誰がガキ大将だっ。孤高を気取ってるアンタには分からないかもしんねーけど、ウチの立場じゃあ色々あんだっての」
「偉大なお婆様も持つ身も大変だねえ」
第一印象は森の妖精。
しかし、それは風貌だけのこと。
言葉や一切合うことのない視線──お前は眼中にないと言外に示す態度が、可愛いだけの女の子ではないと主張していた。
「自己紹介はできるかな? それとも、僕から紹介した方がいい?」
「……アンタってヤツは。あえて無視してるのがわっかんねーのかなあ」
「分からないねえ。雑魚のプライドなんか♡」
「…………ッ!」
ピキッ、と。
確かに今、何かが聞こえた。
「へ、へえ。雑魚同士の争いには興味がないってワケ? 孤高の天才サマは流石じゃん」
「いやいや。僕が見込んだキルティちゃんは雑魚じゃあない。君なんかと一緒にするなよ」
「……………………、」
ピキピキッ‼︎ と。
多分、何かが良くない方向に向かっている。
妖精のような少女は、こめかみに青筋を浮かべたまま視線を動かす。
ようやく目が合った。
こうして初めて、少女の瞳にキルティが映る。
「……ウチもアンタとよろしくする気なんてないんだけど、キルティ=パッチワーク」
「私もよ。アナタに興味なんてないわ。……そもそもアナタ誰よ」
「クラスメイトのことくらい覚えろッ!」
ガンッ! と少女の拳が机を叩く。
キルティを睨み付けながら、少女は低い声で名を告げた。
「ウチの名前はアルルーナ=ローズ=テウルギア! アンタのクラスメイトでッ、アンタを入学させた理事長の孫じゃん!」