ULTRAMAN GINGA with GOD EATER   作:???second

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お気に入り3件ダウン…ちょちょ凹んだ…orz


再起

エリックたちの前から姿を消したユウは、森の景色を一望できる崖の上に腰を下ろしていた。

綺麗な景色だ。女神の森にも、どういうわけか自然が残っていたが、ここにある森は全てアラガミ。人類の脅威であるはずのアラガミに逆に守ってもらう。ゴッドイーターである自分も、神機というアラガミを持っているが、なんだか皮肉だ。

でも、あの木型のアラガミと違い、自分はもっと大きな力がある。正確にはギンガから力を借りていた身だが、それでも何かを成せたはずだ。それなのに…

(僕はあの木々よりも役に立ってないってことか…)

「ユウさん」

腰を掛けたままうずくまるユウのもとに、背後からリディアが到着した。

「リディア…先生」

声をかけられて振り返るユウの隣に、リディアは腰掛ける。

ユウは視線を、改めて集落の方に映す。横から見ても、ユウが精神的に弱りつつあることを察した。何か話すことがないか、とにかくリディアは彼に話を振ってみる。

「…いい場所ですね。ここ。緑に溢れてて空気も澄んでいますし」

「そうですね…」

「元気ないですね。…といっても、まだ今日会ったばかりなんですけどね」

「…いろいろ、嫌なことが立て続けに起きましたから」

ユウの声に、未だに力が戻る気配がない。

(自分の殻に閉じこもろうとしているように見える。まるで、『あの子』みたい…)

あの子…彼女の脳裏に、敵意を持っているわけでもないのに、自分に対して恐怖のまなざしを向ける幼い女の子の姿が浮かんだ。リディアは今のユウを見て、少し昔の出来事を思い出していた。

「失礼ですけど…さっき、ご自分のことを『無能』って言ってましたよね?あれって、いったいどういうことなんです?」

今のユウをどうにかするためにも、ユウにひとつ問いかけてみた。

「僕には…守るだけの力があったはずなんです」

遠い目で集落を見渡しながら、彼は少し沈黙をしたものの、わずかに口を開いてきた。

「僕は新型ゴッドイーターに選ばれ、たくさんの人たちを守れるだけの特別な力を得ました。防壁外で生きていた頃の間違った感性も、リンドウさんや頼れる先輩、仲間たちのおかげで直すこともできて、危ないことも多かったけど、それでもうまくやっていったんです。でも…」

ヴェネやスザキたち難民たちを救えなかった自分に対する罵声が、何度も脳内で繰り返された。

「守りたくて、守れたはずで…でも、結局…僕はまた目の前で人をみすみす死なせた。もう誰も失いたくないから、力を使って戦ってきたのに…」

どうしても救えない人というものは出てきてしまう。それが現実なのだろうが、ユウにはそれが耐えられなかった。

「はっきりわかった…僕が何をどうしたところで、やっぱり誰も救えやしない。どれほど願おうがどれほど努力しようが、この世界は人の思いも頑張りも、すべてをねじ伏せる。この集落も、女神の森も…いつか必ずアラガミに滅ぼされて、何も残らなくなるんです」

全てを投げ出し、ただ滅び行く世界を遠くから眺める。どうせ何もなせないだろう。そう思ってユウは遠くを見つめなおした。

「もう何もかも…無意味なんです。ちっぽけな人間でしかない僕たちが、いくら頑張ったって…だったら、もう何もしないでこのまま死を待ったほうが…」

話を聞いて、リディアは彼が何を理由に落ち込んでいるのかを察した。ゴッドイーターとしての任務において、仲間を目の前で…。

「ユウさん。私、ロシアにいた頃…ある子を診たんです」

目の前で人を。その話の流れに気づき、リディアはユウに優しく撫でる様に言葉をかけ始めた。

「その子は目の前でご両親をアラガミに食べられてから、ずっと心のクローゼットの中に閉じこもっていました。往診しに来たお医者さんも、ご飯を持ってきてくれた看護師さんも、自分が入院している部屋の扉を開こうとすると、自分を食べに来たアラガミだと錯覚して、頑なに扉を閉ざして誰も寄せ付けようとしませんでした。なんとかその子と話をしたくて、危ない手だったんですけど…窓からその子の部屋に忍び込んだんです。部屋には入れたんですけど、その子はかなり暴れてしまって…おかげでその子の爪で傷だらけになっちゃいました」

ユウは無言な上に視線を向けていないものの、リディアの話に耳を傾けていた。

「でも、なんとか落ち着かせてようやく話ができるようになったんです。往診を繰り返しながら毎日話し続けて…その子、やっと部屋の外に出られるようになったんです。そして、ずっと会わせてあげたかった実の妹とも仲良くなってくれました。でも、その子もアラガミに殺されて…」

「…!」

アラガミに殺された実の妹、その単語を聞いたとたん、妹を亡くしたユウがリディアに視線を泳がせた。

「妹の死と同時に、あの子とも疎遠になっちゃったけど、今でもその子のことは妹のように思っています。亡くした妹の分も含めて、とても…。だから、今のユウさんが感じている痛みもわかるんです。

ユウさんは、ご両親をアラガミに殺されて孤児になったその子と一緒に生きていこうと決断したときの私のようです。でも同時に…私と始めて会った頃のあの子のようでもあります」

「…何が、言いたいんですか?」

おとなしく聞いていれば、他人の思い出話。それで自分の心を晴らそうと考えていたのだろうか。それを通して、結局彼女が何を言いたいのか、ユウにはわからなかった。

「人が抱えている大事なものも、全部この世界は持っていくんです。どんな夢を持とうが、どれほど守りたい人を守ろうと努力したって…重くて苦しいだけで、結局最後に……」

大事に思った分だけ、それを失ったとき、その苦しみが自分に跳ね返ってくる。

だから…もう無駄でしかない。どんな夢も希望も、愛や友情…家族…そんな当たり前に持ちうる繋がりさえもアラガミたちは食らっていくのだ。無駄なことなのだと、ユウは悟った…悟ろうとした。

だが、それでもリディアはユウに微笑みを向け、言葉を続けた。

「そうですね。大事なものって、重いんです。想いの分だけ重いんです。守りたいけど、その方法がわからなくて、時々泣きたくなるくらい苦しくて、身動きが取れなくなったり立ち止まりたくなることもある。でも…」

 

「手放しても決して楽になれないんです」

 

亡くなった妹に祈るように目を伏せたリディアのその言葉は、ユウの心に強く響いた。

 

 

 

タロウは、雨の中を進んでいた。

あれから何時間もユウとエリックの二人を探し続けている。だが、広大な大地の中で立った二人の人間を探すなんて、さすがのタロウでも骨をいくつ折るほどの作業なのか。

ユウが姿を消したと思われる場所は徹底的に探した。ウルトラ一族特有の遠視を用いたものの、それでも彼の姿を見つけ出すことができなかった。

体が雨水で冷たくなる。しかも道中、何度かアラガミに遭遇し、追いかけられている。

「ガアアア!!!」

「く、しつこいぞお前たち…!!」

タロウは必死に飛び続けながら、後ろから追ってきているオウガテイルやコンゴウの群れから逃げ続ける。弱音なんて吐いていられない。こうしている間にも、ユウはアラガミたちの格好の餌になっているかもしれないのだ。

何時間も時間をかけ、タロウはユウが姿を消したと思われる場所のすぐ近くにあった川を見つけ出す。

しめた…ここなら!タロウは後ろから追いかけてきているアラガミとの距離と、奴らの速度を確認しながら、今度は逃げ切るのではなく、わざと追いかけられている状態を維持しながら逃げ続けた。そして、川の真上にたどり着くと同時に、タロウは一気に上空へと飛ぶ。

「グゴオオオ!!?」「ギギギギ…!!」

すると、タロウを追いかけてきたアラガミたちは勢いを止めることができず、バランスを崩して次々と川へ落下し、激流によって流されていった。

「食い意地ばかり張るからだ。このままいかせてもらうぞ」

タロウは吐き捨てるようにアラガミたちに言い残して移動を再開した。

願わくばにユウたちが、アラガミに襲われていることなく生きていることを願いながら下浮遊しながら進んでいく。

「ユウ、無事でいてくれ…む?」

下流へと進んでいく中、タロウは川の傍らに光り輝くものを見つけた。近くまで降りると、見覚えのあるものが光って放置してある。まるでそれは、タロウに自分の居場所を教える灯台の光のようだった。光が消えて、その正体をタロウは知る。

「ギンガスパーク…!」

すっかり泥まみれになっていたが、すぐに理解した。ユウがウルトラマンギンガに変身する際に使っている、ギンガスパークだ。小さな体には中々に大きかったが文句を言っている場合じゃない。タロウはすぐに背中に担ぐ。

「ギンガ、必ず君をユウの元に送り届けて見せる…君と彼は、私たちの希望なんだ…!」

 

 

 

一方、エリックは集落の二人の男性に連れてこられ、集落を囲む森を訪れていた。その中にある、どこか葉の色が薄茶色に変色し、やせ細っているような木を、中年の男性が指を刺す。

「ここだな。この辺の木がどうも、調子がよくなくってな」

「この木に、偏食因子を投与すればいいんですね?」

「ああ、でも気をつけろよ。この木は聞いてると思うが、アラガミだ。下手に触ったら俺たちも食われるぞ」

尋ねてきたエリックに対し、若い男性が頷きつつも警告を入れてくる。アラガミにあらゆるものが食われたこの世界では、木…というより植物自体が珍しい存在だ。今では植物よりも、光合成を行えるアラガミがその役目を担っていると聞いたことがあるが、この木はそれを体言した存在と言えるだろう。

「しかし、この木を育てるだけのアイテムくれたリンドウさんには感謝しても仕切れないよ」

「そうだな、おやっさん。フェンリルにも、ああいう人がいるんだって知った時は驚いたぜ。俺たち、完全に見捨てられたって思ってたし」

再び二人の男性はリンドウの名前を口にした。エリックは、この人たちがどうしてリンドウを知っているのか、いや、そもそもこの人たちが言う『リンドウ』という人物が、自分たちが知るゴッドイーターの雨宮リンドウと同一なのか気になる。

「そのリンドウさんって、やはり僕たちが知っている雨宮リンドウさんのことですか?」

「ああ、さっきも言ったろ?あの人は俺たちのようなハイヴの外の人間にも気を配ってくれる」

「極東支部から持ち出すって形だけどな。貴重なもんだし、泥棒の真似事みたいなことしてまで俺たちを助けてくれてるから、悪い気もするけどな」

エリックは、リンドウさんらしい、と思った。あの人は飄々としていて戦場でも逃げ足の速さを持っているが、それ以上に無類の強さと共に、守ると決めた人間は徹底して守ろうという強い姿勢を持っていた。死にそうになったら逃げて隠れろ、みたいなことを何度も自分たちに言って聞かせているが、そういっている本人は危険からは、みんなで無事に帰るまで決して逃げようとしない。それは彼らのような難民に対しても変わらないようだ。

(さすがリンドウさんだ。他人を拒絶してばかりのソーマが頼るのも、やはり頷けるよ)

だが、エリックは直後に、先刻の氷のヴァジュラやボガールが出現した戦いを思い出す。リンドウでもあれほどの相手はきつい。本当に逃げ切れたか、戻るまでは安心できない。リンドウを頼っているこの集落の人たちのためにも、なんとか極東に戻りたいところだ。

「ほら、チャライ兄ちゃん。あんたもこいつを木にぶっ刺してくれ」

「チャラいって…」

心外だぞ、といいたくなったが、ここは敢えて堪えた。あくまで華麗なるゴッドイーターであることを目指しているエリックだが、そのキャラだからこそこんなことも言われることがある。

堪えながら、いわれたとおりエリックは偏食因子の入った注射針付きカプセルを手に取り、それを木に刺した。すると、針を通して中の偏食因子が木々に吸い取られていった。

これでこの木もそのうち元気を取り戻すだろう。

しかし、元気といえば…ユウは今頃どうしているのだろう。リディアが一緒に着いてくれているようだが、心配だ。思えば第1部隊のメンバーたちや、ユウに常に着いてきていたタロウのことも気になる。アラガミに襲われていなければいいのだが…

作業はなるべく早く切り上げ、彼の様子を見に行こう。

(そしてアナグラに戻ったら、ソーマたちがどうしてるのかも知っておかなくてはな…)

…そういえば、もう一つ疑問に思うことがあったのを、エリックは思い出した。

この集落までユウを運ぶ。初めて来る場所なのに、こんなにも都合よく生活に十分な潤いを持つ集落にたどり着けるなど奇跡だった。外はアラガミの住処、自分たちは手傷を負った、ほぼ丸腰の若造二人。普通じゃ無理のある話だ。

 

だがあの時…

 

 

どこかアラガミの脅威の少ない場所を求めてさまよっていた時、ユウを抱えるエリックの前に、一人の少女が姿を見せていた。

白い髪ならまだしも、肌もまた雪のような白さだった。雨の中だったというのに、靴も履かずにフェンリルのマークを刻んだ、ボロボロのマントを羽織っているだけという、奇妙な少女。普通には思えなかった。しかし安全な場所を求めていたエリックにとって、人なら誰でもよかった。少しでも手がかりを求めようと、少女に尋ねた。

「なぁ君、この辺りに人が住んでいる場所はないだろうか?」

「…?」

しかし少女は首を傾げている。

「え、ええっと…」

エリックは少女の反応に困った。言葉の意味がわからないのだろうか?人が住んでいるところを教えてほしい、そこまで返答が難しい質問だろうか。

少女はエリックと、彼の背中に背負われているユウを見ては、やじろべぇかメトロノームのように、首を左右にカクカクさせながら不思議そうに観察する。

この少女はいったい何者なのだ?どこぞの野生児なのだろうか?と思ったが、それはあり得ないと考えた。野生児のまま生かしてくれるほどこの世界は甘くない。それにこの肌の色…普通の人間のものとは思えない。

疑問ばかりが浮かぶ中、少女がエリックの顔を間近でじーっと覗き込んでいた。

「うわ!?」

その無垢で可憐な容姿が眼前に飛び込んできたことにエリックは思わず声を上げて驚いてしまう。対する少女も、エリックの声に驚きを示し、ささっ!と近くのビルの影に隠れてしまう。だが、壁からちょこっと顔を出してこちらを見ており、あまり隠れているとは言えなかった。まるで見た目よりも精神的に幼い子のようだ。

「あ、あぁ…脅かしてすまない。僕としたことが取り乱してしまった」

元は御曹司だったエリックは紳士としての教育も受けていた。女性にはなるべく優しく接するべし、少女を安心させようと優しく言葉をかける。

今のエリックの言葉で、少女の顔がさっきよりも外に出てきた。警戒が弱まったらしい。

「あの…改めて聞かせてもらうよ。どこかに人がいる場所がないか教えてくれ」

すると、今度こそ少女はエリックたちの前に姿を見せ、何か意味を理解したのか、かなたの山を指さして歩き出した。

「着いてこい…ということか?」

ここで立ち止まっても仕方ないので、エリックはユウを背負い直し、少女についていく。

しばらく歩くと、驚いたことに緑にあふれた山道を歩いていた。アラガミによって食われつくされたはずの植物が存在しているということに信じられなかった。しかしその意味をすぐに理解した。道中でオウガテイルが現れたのだ。だがそのオウガテイルは、周囲の木々に近づいた途端に、オウガテイルに向けて無数の棘を伸ばして貫き、オウガテイルを殺した。この木々がアラガミの一種だと確信するのに時間はかからなかった。

やがてしばらく歩くと、エリックはついにこの集落へとたどり着いた。見晴らしのいい場所から集落を見下ろし、アラガミ防壁の外の世界とは思えないほど、人の営みが行われている集落に、エリックは驚きを隠せなかった。ともあれ、ここまで案内してくれた少女に礼を言おうとしたが、白い少女はいつの間にかどこかへと消えていた。その後、エリックはリディアと出会って、ユウを診てもらうことになった。

 

 

(あの子がいなかったら、今頃僕とユウ君は…)

いずれ外の世界でのたれ時ぬか、アラガミに食われていたかもしれない

(しかし、あの時の少女はいったい…知らせるべきだろうか?)

ふと、そこで若い男性がある方角を見て指差す。

「なぁ、おやっさん。あれなんだ?」

「?」

話しかけられた中年の男性が、若い男性が向ける指の方角に目をやる。

大きな影が、木々の向こう側から見える。それも次第に近づいてきている。さらによく見ると、その影が大きくなる度に影の前の木々が倒れていく。

その大きな影の正体を見て、エリックたちの顔が青ざめていく。ここの木々が勝手に食ってくれるオウガテイルなんて比じゃない。もっと大きな…

姿がサングラス越しでも見えてきた。サソリのような、大型のアラガミだった。

(スサノオ!?)

アーサソールとの作戦では、ウルトラマンジャックとスサノオの合成神獣と遭遇していたこともあって、一瞬そう思ってしまった。だが、あれと比べるとずっと小さい。ただのアラガミだろう。だが、ただのアラガミの中でも、そいつは十分に大型だった。

スサノオの原種に当たる、大型アラガミだ。

「ぼ、ボルグ・カムラン…!!?」

「あ、アラガミだ…!アラガミが来たぞおおおおおおおおおおお!!」

 

 

 

 

その叫び声は集落へ、そしてユウたちの元にも轟いた。

「アラガミ…!!」

思わず立ち上がるユウとリディア。森の方を見ると、一本の線を描くように木々が倒れていく。木々に侵攻先が集落へ向かっていく。間違いなくアラガミが、それも大型の奴が来ているのだ。

「まずいわ、集落の方へまっすぐ向かっている!早くみんなを避難させないと!!」

医者として見過ごせないため、リディアが青ざめながらも、集落へすぐに駆け出した。

(いかないと、アラガミにみんなが…でも…)

しかし、ユウはすぐに動けなかった。リディアは今、集落の人たちをアラガミの手から逃れさせようと必死になっているはずだ。一方で自分は、それが無意味だと思い始めている。だからすぐに動こうとしなかった。

すると、集落の建物の一部が崩壊の音を鳴らして崩れ落ちた。ついにアラガミが入り込んでしまったのだ。その証拠に、先ほど森から描かれたアラガミの通った跡の線が集落に到達している。地面がわずかに揺れるのを感じるほどの振動だった。

「きゃあああああ!!」

「ッ!!」

そこで、リディアの悲鳴が近くで轟いた。その悲鳴を聞いた瞬間だった。ユウが思わず顔を上げて、彼女の声が聞こえた方へと走り出す。もしや、彼女に何かあったのか?そんな不安が、ユウの頭から苦悩を打ち消し、突き動かした。

「リディア先生、いったいどうし…!?」

まさか、既に他のアラガミが侵入していたのだろうか。そう思うと、足が速くなった。

 

………しかし、それは何とも詰まらないオチで終わることになった。

 

「あうぅ…転んで服が泥だらけ…」

思わずユウまで、一昔前の漫画の一コマのごとくズゴッ!と転びかけた。単に道中で転んだ拍子に、雨で濡れ切った道の泥で服を汚しただけだった。

「…大丈夫ですか?」

心配して損した。リディアにあきれ返りつつも、彼は膝を付いていた彼女に手を伸ばした。

「す、すいませんユウさん…」

眼鏡にも少し泥水が付着しており、ユウの手を借りて立ち上がったリディアはすぐに拭き直す。

「先生、この集落はもう持たないです。早く逃げてください」

転んだのはある意味ちょうどよかった気もした。このまま彼女を行かせるなんて、死地へみすみす行かせるようなものだ。だがリディアは首を横に振る。

「私は医者です!あそこには、私が診てきた患者さんたちが大勢いるんです!私は医者として彼らを見捨てるわけにいかないんです!」

「でも、このまま行ったって…」

殺されに行くだけ、そう言い掛けたが、見た目からは想像できないほどの気迫に満ちたリディアの大声が、ユウの耳を貫く。

「ここで逃げたら、私はさっきあなたに話していた『あの子』に会わせる顔がありません!いつかあの子に、笑顔でもう一度会うためにも、私は彼らを助けて生き延びて見せます」

「そんな無茶な…!!」

どう考えても、どちらか一方しか選べないはずだ。自分たちか、それとも逃げ遅れた人たちかの二者一択。アラガミの出現と同時に、人類は人の命という最も残酷な形で選択を迫られる。

「ユウさんは何をしたって無駄だって思ってるんでしょう?私たち人間が、この地獄のような現実に抗っても意味がないって思ってるんでしょう!?だったらあなたから先に逃げればいいじゃないですか!!」

その通りだ。理屈で言ってしまえば、彼女の言っていることが正しい。リディアは何を言っても、患者を…集落の人たちを見捨てて逃げるようなそぶりさえ見せないだろう。なら他者よりも自分の命を優先させた方がいい。彼女が先に避難するように説得するよりも、自分がこのまま背を向けてしまえば確実に自分は助かる…はずだ。

「でも…」

ユウはこのまま目の前で死地に向かおうとするリディアを、無視できなかった。少し強めに怒鳴っているような口調だったリディアが、普段の穏やかな口調と眼差しでユウと目を合わせてきた。

「…ユウさん…こういう時だからこそ、素直になってもいいじゃないですか?本当は、私と同じことを思っているはずです。『みんなを守りたい』って」

「そんなこと…」

「じゃあ、どうしてそんなに拳を握っているんですか?」

「…!」

ユウはそれを聞いてはっとする。

彼女の言うとおり、いつの間にか自分の両手は、拳を握って震えが止まらずにいた。恐怖もあるかもしれない。でも、それ以上に…うずうずしていた、という表現が正しかった。心の奥に隠れている強い衝動のようなものが、炎のように燃えていたのを感じた。

「私たち人間の力って、確かに小さなものですよね。私もゴッドイーターさんたちの戦いを見ていると、常々思います。あんな力が私にもあればって…。

でも、こんな私でも、アラガミに家族を殺され心の中に閉じこもっていた女の子とも通じ合えたんです。私の妹も…そうやってこの辛い世界を精一杯戦って、最期まで生き抜いたから、短い人生だったけど、後悔はしていない…

だから、結果がどんなものであっても、後悔しない選択を選ぶべきだと思います」

「後悔しない…選択」

 

どうせ何をしたってアラガミに奪われる、なら全部捨てて逃げる。

 

目の前で誰かが死にそうになっている、自分には彼らを救える可能性があるから戦場に行く。

 

これまでユウは、あらゆるピンチが訪れることがあっても…逃げることはなかった。自分が傷ついて、ボロボロになっても…それでも自分には守れるものがある。ウルトラマンじゃなくても、ゴッドイーターじゃなくても…自分以外の誰かのために自ら危険を顧みなかった。自分が死ぬかもしれなくても、目の前で人が助けられるかどうかの可能性など考えず行動する。自分がウルトラマンとなったあの日…戦う力なんてないくせに、サクヤをオウガダランビアから救おうとしたのがよい例だ。

「ぐ…うぅ……」

思わず、ユウは膝を付いて呻いた。

どこまでも、リディアの言うとおりだ。何をしたって無駄なんだ…そう思っても、やはり消えてくれなかったのだ。『誰かを守りたい』という気持ちが。

初めて会ったばかりなのに、どうして彼女はここまで自分のことを見透かせるのだろうか。多くの患者と向き合ってきたからなのだろうか。

膝を付いたユウに、今度はリディアが手を伸ばした。

「行きましょう?エリックさんだって、戦っているはずです」

顔を上げて、アラガミのようなまがい物なんかとは違う…本当の女神のような笑みを見せたリディアの手を、ユウは強く握った。

「…先生、すみませんでした。僕はゴッドイーター…こんな弱音、吐くなって仲間から言われたばかりだったのに…」

「いいんですよ。ゴッドイーターだからこそ、言いたくなることだってあるはずですから」

愚痴を恥じることはない、そのようにリディアは言った。この人にはなんだか口で敵う自信がない。いい意味で、ユウはそれを思い始めた…その時だった。

「どこへ行くつもりかね?」

咄嗟に振り替える二人。彼らの目に飛び込んだのは、二人をつけていた大車の、自分たちに向けて銃を構える姿だった。

 

 

 

 

一方その頃、エリックは戦っていた。

集落まで、木々に偏食因子を与える役割を担っていた二人の男性を護衛し、ボルグ・カムランの襲来を皆に知らせた。アラガミの襲来の知らせはたちまち集落中に伝わり、住民たちは一斉に避難を開始した。

雪崩れるように住民たちは、ボルグ・カムランとは反対方角へと逃げていく。すでに奴は、集落内にまで侵入した。

「みんな、早く!こっちに急げ!」

既に集落内に、ボルグ・カムランが侵入していた。すでに奴の手…正確には尾についた槍によって手にかかってしまった人がいるのか、槍の先は血濡れていた。

実質アラガミを倒せる力があるのは、エリックただ一人だった。しかしエリックも、まだ半人前の身のゴッドイーター。リンドウやソーマほどならまだしも、彼一人でボルグ・カムランなど倒せない。

「くそ、僕の華麗なバレットがまるで…この!!」

さっきから何度もボルグ・カムランに弾丸を当て続けているが…。

ガキン!

金属音を立てながら、ボルグ・カムランが前方に展開した両腕の盾によって防がれた。ボルグ・カムランは進化した接触禁忌種に当たるスサノオは、圧倒的な攻撃力を持つ反面、刀剣で体を切り裂かれやすい。だが原種であるボルグ・カムランはそうではなかった。逆に体表が硬くて切り裂きにくい、見た目どおり騎士の鎧だった。

せっかくのバレットも、弾幕と目くらまし位にしか役に立っていなかった。

ボルグ・カムランの暴走しているかのような猛攻は収まることがない。自分に攻撃が行き届かないことをいいことに、エリックに尾先の槍を振りかざす。

「く!!ぐぅ…!!」

それでも彼は銃を下ろさず、ボルグ・カムランに果敢に立ち向かう。バレットを撃ち、弾き返され、避けて、食らって…。エリックの体は、時間と共に肩や脇腹等に傷が増えていく。何度も、いくつも…。

「だめだ、ゴッドイーターさん!あんたも早く逃げろ!!」

遠くからそんな声が聞こえてきた。だが、それでも彼は足を踏ん張らせて引き下がらなかった。声の主の男性は、ボウガンを使って援護してくれているが、神機以外でアラガミを傷つけられる武器はない。しかも体表そのものが装甲であるボルグ・カムランには避けるまでもなく弾かれている。今度はボルグ・カムランが盾を展開したままエリックに突撃を仕掛けてきた。

「ぐは…!!」

突進攻撃を受け、吹っ飛んだエリックは建物の壁に激突する。激突と同時に吐血し、骨の髄まで衝撃が走る。何かが折れたような感覚もあった。

「お、おい!」

大丈夫なのか!遠くから男性がエリックに向けて尋ねてくるが、それに答えるほどの余裕はなかった。傷だらけの体を鞭打ち、エリックは立ち上がってボルグ・カムランの姿を見上げる。

下がることはできない。ここで引き下がったら、もう誰も彼らを守る者がいなくなってしまう。それに…

エリックの脳裏に、これまでユウと共に請け負った任務での出来事を思い出す。

最初は、ソーマとコウタと共に組んだ時だ。新型神機という貴重な武器を授かった後輩、それくらいだった。でも彼はそれだけじゃなかった。最初に一緒に戦ったころから自分の命を救ってくれた戦士、ウルトラマンだった。

彼は新型とウルトラマンという強力なアドバンテージを鼻にかけることはなく、純粋に目の前の誰かを…仲間も含めて絶対に守り抜こうとする強い精神を持っていた。彼のおかげで、どう足掻いても死ぬかもしれない窮地を脱し、帰りを待っている妹と再会ができた。

彼は新型とウルトラマンという強力なアドバンテージを鼻にかけることはなく、純粋に他者のために戦ってきた。その背中は、友と慕うソーマと同じか、それ以上にエリックには大きく見えていた。

届きたい…追いつきたい。妹を、友を…守りたいものを守り抜ける。自分が望む、最も華麗で誇りある姿を、ユウの中に見出していた。

「ユウ君は…最後の希望であり、僕が友と認めた数少ない男なんだ!手を出させてなるものか!!」

今はふさぎ込むあまり無様にも見えるが、自分よりも華麗だと認めた仲間もいるとわかっている以上、怖くてもエリックはそこから逃げようとしなかった。

寧ろ、自分の身に起きた危機的状況に闘志を燃やし、自分より格上の敵であるボルグ・カムランに向かっていった。

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

 




○NORN DATA BASE

・白い少女
エリックと遭遇した謎の少女。実は第1話でユウが車を走行している際に、ほんの一瞬見かけた少女と同一人物。
アラガミ防壁外の世界をただ一人さまようという、人間とは思えない無謀な行動をしているが、現在正体は不明である。

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