ULTRAMAN GINGA with GOD EATER 作:???second
「「おおおおおおおおおおお!!!!」」
その戦いは洗練されたものではなくなった。
夕暮れの川岸で、喧嘩を始めた男二人が、親友であるお互いにひたすら意思をぶつけて合うように、泥臭いものだった。
お互いに拳を繰り出しあい、クロスカウンターの形でギンガとジャンキラーは突き飛ばし合った。
「っく…!」
『くそったれが…!!うおおおおお!!』
口を拭うようなしぐさを見せたジャンキラーは、再度ギンガに向けて右腕を飛ばしてきた。向かってくる〈ジャンナックル〉に対し、ギンガは両手で正面から受け止めると、さらにもう一発、ジャンキラーの左手のジャンナックルが飛んできてギンガの腹に叩き込まれた。
ジャンナックルがそのままギンガの腹に食い込んだまま、ずるずると彼方まで押し出す形で引きずっていく。
「ヌウウウウウ…オオオオオオオ!!」
ギンガはそんな中、腹に食い込むジャンナックルを両手で掴み、強引に投げ返した。
『なに!?』
『な、投げ返したじゃなイカああああ!?』
思わぬギンガの強引な形での反撃にジャンキラー内のソーマとイゴールが同時に驚愕する。
返されたジャンナックルに反応しきれず、ジャンキラーは大きくのけぞった。その瞬時、ギンガは一気に駆け出し、〈ギンガセイバー〉を精製してジャンキラーに切りかかった。かろうじて仰け反り状態から姿勢を整えたジャンキラーは、両腕をクロスしてギンガの剣撃を防御する。だがギンガはそのまま、剣劇を続けた。
「ショオオオラアアアアア!!」
視界を白く塗り潰すほどの残像を残すくらいに、何度も何度も剣で切り付けていくが、ジャンキラーのボディが予想以上に固いせいもあって腕を切り落とすこともできなかった。
『っち…うっとおしいんだよ!!』
ソーマがそう叫ぶと同時に、ジャンキラーが両腕を振り払った。これでギンガの剣を弾き飛ばした…
と思った時だった。
『な…!!』
両腕をL字型に組み上げたギンガが、ジャンキラーの眼前に立っていた。
しまった…このために奴はわざと通じない剣撃を繰り返していたのか。この距離、一秒でもあればギンガはいつでも光線を放ってこれる。
(…俺の負けか)
「な、何をしてるんだ!早くウルトラマンに反撃しようじゃなイカ!」
イゴールがソーマに後ろから怒鳴り付けてきた。このままでは自分も殺されると危機感を抱いたのだろう。だがソーマは、イゴールの言葉に従わなかった。彼は自分の敗北を受け入れ目を閉じた。
(俺はやはり、出来損ないの化け物だった。だから…これでいい。これで良かったんだ)
あの人間くさいアラガミの少女よりも、ずっと…化け物らしく終わる。
彼は、さっきまでとうって変わって殺気も消え失せていた。ギンガに、このまま倒されるべき敵として殺されても構わない。親が押し付けてきた過酷な使命と、人間でありながらアラガミにもっとも近いこの忌まわしい肉体から、同じゴッドイーターたちからの蔑みからやっと解放されるのだと思うと、寧ろ済々する。
(…羨ましいもんだぜ、ムカつくことだが…)
最期を悟ったソーマが抱いたのは、ユウ=ウルトラマンに対する羨望だった。人を救える力を持ち、人からも好かれている。自分が何度も願っていたのに得られなかったものを彼は持っている。
そう思うと安心感があった。彼なら、自分の回りで何度も起こした悲劇を、回避できるようになってくれるかもしれない。
「…止めをさせ」
ソーマは静かに、ギンガにただ一言頼んだ。
(リンドウ、エリック…俺もそっちへ…)
…………
だが、数秒経ってもギンガは光線を撃ってこなかった。恐る恐る目を開けると、ギンガは光線の構えを解いて背を向けていた。
「な、何の真似だ!お情けのつもりか!!こっちを向きやがれ!」
ギンガに向けて怒鳴るソーマ。だが、ギンガは背を向けて軽くジャンキラーの方へ振り返ったままだった。
「イカカカカ!!ちょっとびっくりしたけど、驚くことなんてないじゃなイカ!今のジャンキラーはソーマ君を介して吾輩が操っている状態!止めを刺すなんてできるはずもなかったじゃなイカ!イカカカカカカ!!」
イゴールも最初、ギンガが光線技の構えを取った時はやられると思っていたが、ギンガが光線を放たなかった理由をすぐに察した。下手をすればソーマを傷つけ、最悪ジャンキラーもろとも彼を殺すことになっていたかもしれなかったからだ。
それを確信してイゴールは高笑いを上げた。
そんなイゴールの笑い声をギンガが遮る。
「…ソーマ、君は今…自分から僕に殺されようとしたね?あいにく僕は、仲間を手にかけるなんて頼みはパスだ」
『な…!?』
思惑を見抜かれ絶句するソーマに、ギンガは上空を指差す。ソーマはジャンキラーの目を通して空を見上げると、3機のヘリからそれぞれ見ていたサクヤたちが彼に必死に呼び掛けていた。
「何を言ってるのソーマ!冗談止めて!すぐに降りなさい!」
「そうですよ!自分から殺されようとするなんて、何を考えてるんですか!」
「…ソーマ…」
コウタは、これまでソーマから冷たくされてきたこともあって、言葉が見つからなかった。だが、それでも一つサクヤたちと共通して、ソーマが死を受け入れようとしていることにいい気分は全くしなかった。
「君は僕に背を向けるなって言ったけど、君こそいつまでそうやってみんなに向けて背を向け続けるんだ!彼女たちの声が聞こえないのか!!」
ギンガが強く言い放った。自分を必死に呼び止め続けている。それはありがたいことなのかもしれない。だが、これまでの人生でソーマはそんな風に思えなかった。寧ろある種の迷惑ささえ覚えた。
「黙りやがれ!さっさと俺を殺せ!!俺はさっきまでお前も、こいつも殺そうとしていたんだぞ!」
サカキの命令で秘密裏に保護しているアラガミの少女。殺してしまえば命令違反の一言だけでは済まないし、既に第1部隊全員にとって親しい存在となりつつある彼女を殺すことは道理にも反しているともいえる。そんな彼女を、殺そうとしていたのだ。ユウたちは、ソーマを裁く権利があるのだ。命を奪うこともソーマは許している。
だがギンガは首を横に振り、アラガミの少女に目を向ける。ジャンキラーの中のソーマの目にも彼女の姿が映った。
「そーま…あのね……あの…うーんとね………怒ってる?…いやなこと、そーまにいっちゃったから……こうたやさくやがいってた。いやなことをいうのはえらくないって。だから……」
少女はソーマに向けてなんとか言葉を紡いでいく。少女は前に、『そーまのあらがみがたべたがっている』などと口にした。それはアラガミに最も近い存在であるため、人間でありたいと願うソーマのコンプレックスを強く刺激し、激怒させた。彼女は必死に、ソーマに向けての謝罪の意思を、覚えたばかりの言葉で伝えようとしていた。
(一丁前の口を利きやがって…)
さっきまで俺は、お前に何度も攻撃を仕掛けてたんだぞ。それなのに自分に謝罪の言葉を向けてきている。少しでも着弾すれば粉々に吹き飛ばされていたかもしれないのに、アラガミでも自分を顧みることができている。だが自分は、ちょっと口を開けば他人の神経を逆なでしたり遠ざける憎まれ口しかでない。ソーマはジャンキラーの中で少女から目を背けた。
さらに畳み掛けるようにあの子…アラガミの少女についても触れつつギンガは言葉を紡いでいく。
「あの子のことを化け物だのとか、一緒にするなとか言うくせに自分のことも化け物扱い。
今だって殺そうとしていたと思ったら、ジャンキラーの光線は一発も当たっていない!結局君はあの子を殺すことさえ躊躇していたってことだろ。化け物を自称してるくせに、やってることはつくづくその真逆じゃないか。
リンドウさんたちからも大切に思われて、第1部隊のみんなからも死ぬなって言われて、あの子からも懐かれてる君を、どうして殺せる?」
『俺に…俺にまた、惨めに生きろって言うのか!このくそったれな世界で!成せないこともなせず、ただひたすらお前にその役目を食われ続け、周りの連中から蔑まれるだけの人生を過ごせって言うのか!』
確かにソーマの言うことも理解できるし、実際その通りともいえるだろう。
「あぁ…君の苦しみはきっと計り知れないものだろうさ!地獄のような苦しみだろうさ!でも、それでも僕たちは、リンドウさんのもとで戦ってきた仲間だろ!一人で背負えないなら、僕にも背負わせろよ!」
『う、うるせぇ!!』
ユウの言葉で豪語したギンガの腕を、ジャンキラーは乱暴に振り払った。
『…そう言って、俺の周りで何人も死んだ!!リンドウもエリックも、死ぬなだと死なないだのとえらそうにほざいておきながら死んでいきやがった!!どの道死ぬような仲間なんざ、最初からいるか!!』
再びギンガとジャンキラーの間に距離が開いた。ソーマの拒絶の意思を体現するように、ジャンキラーの目から再び光線が飛ぶ。何発も再び光線がギンガに飛んでいき、またこの二つの巨体を誇る者同士の争いが起こるのではないだろうかと、一同は危惧した。少女もまたソーマが怒りだしたのではと不安を募らせた。
ギンガは、無言でジャンキラーに向かって歩き出す。その身にジャンキラーの光線が当たるのもいとわずに。
「………」
光線はギンガの方角に向かいながらも、まともに当たっていなかった。何十発も放たれていたが、ちゃんと当たったのは5発にも満たない。ギンガは周囲の爆発にも、自分にも直撃しているレーザーなどものともせずにジャンキラーの元へ歩いていく。
ギンガがジャンキラーの目の前に再び立った時、中にいるソーマが膝をついて身を震わせたと共に、ジャンキラーも膝をついた。
『もう限界なんだよ…俺は…人の死を見るのも…蔑まれるのも………』
初めて、ソーマは弱音を吐いた。ついに自分から…己の弱さをさらけ出した。
ギンガは…ユウは再認識した。サカキや生前のリンドウたちが言っていたとおり、ソーマは…
『仲間の死を嫌う心優しい男』なのだと。そして、『本当は周りから愛されたがっていた孤独な子』でもあったと。
(…私…ソーマのことを何もわかってあげられてなかった。リンドウの分も、あのこのことを見ておかなければならないって意気込んでいたくせに…)
今残存しているメンバーの中で一番ソーマと付き合いの長いサクヤは、これほどまでにソーマが苦悩し続けていたことをなぜ気づけなかったのかと自分を責めた。
「ソーマ。それが本心なら…なおさらリンドウさんがいなくなる前に残した言葉を無視したらだめだよ。
君は母であるアイーシャさんを殺して生まれたわけじゃない。まして噂通りの呪いで仲間を死なせたわけじゃない。アイーシャさんは君に未来を託し、命を繋いだんだ」
『………』
「僕がはっきり認めるよ。君は…
『死神』なんかじゃない」
優しい口調になったギンガは、ジャンキラーと、その中にいるソーマに手を伸ばした。その言葉を受け、気が付いたらソーマはジャンキラーにその手を握らせて、立ち上がっていた。ギンガとジャンキラーの目を通して、ユウとソーマは互いに視線を交し合っていた。ユウには、ジャンキラーの向こうに見えるソーマの目に、自分に対する敵意も、彼を支配していた邪悪な闇もないことを悟った。
「命令は『死ぬな。死にそうになったら逃げろ。そんで隠れろ。運がよければ』…」
その先は、リンドウが第1部隊にいた頃に何度もソーマも聞かされた。ユウたちよりもずっと長く、耳にタコができるほどに聞いている。言うまでもなかったが、ソーマはその先の答えを口ずさむ。
「…『不意を突いて…ぶっ殺せ』…もう聞き飽きた」
しかし、これはイゴールにとって面白くない展開だった。
狙いである第二のウルトラマンが姿を見せず、しかもギンガがこちらを押し始めている。
「ソーマ君!惑わされちゃだめじゃなイカ!あいつは君の倒すべき敵!それ以上でもそれ以下でもないじゃなイカ!」
後ろからソーマに、ギンガを倒せと急かした。
「そう、今あいつ自身が言ったように、今なら奴らの不意を突けるじゃなイカ!!さあ、ソーマ君早く!」
だが、それは無意味な悪あがきでしかなかった。直後にソーマの振り向き様のパンチがイゴールの顔面に入った。
「…うるせぇ!さっきから耳障りなんだよ!」
「イカァ!!?」
しかも拳を叩き込む際、彼はイゴールに与えられたダミースパークを奴の顔面にぶつけていた。
自分の顔に叩き込まれたダミースパークは粉々に砕け、イゴールはジャンキラーの外へ弾かれるように追い出された。
ダミースパークの力で彼は心の闇を爆発させている状態。ダミースパークは自分たち闇のエージェントによって使用されている。それを介してソーマを操っているのだから、ソーマが自分たちに逆らうはずがないと思っていた。だがソーマは自分に危害を加えてきた。
(わ、吾輩に…反抗したじゃなイカ!?どういうことなのかわからないじゃなイカ!!)
思わぬソーマの反抗に、嘆きの平原の泥の地面の上に這いつくばっていたイゴールは鼻を押さえながら当惑した。
(ま、まさか…今の茶番劇なんかで、ソーマ君の心の闇が消えたんじゃなイカ!?)
ダミースパークの力源である心の闇が取り除かれたら、ダミースパークは効力を失う。ソーマが現に刃向ってきたのでそうとしか思えない。
(くそぉ…我輩の作戦全部おジャンじゃなイカ!他のエージェントを倒しただけのことはあるじゃなイカ…!ここは一度逃げるのみじゃなイカ!!)
イゴールのウルトラマンビクトリーの誘き寄せとギンガの抹殺、二つの思惑は崩れ、屈辱に心を乱すイゴールはそそくさに撤退し姿を消した。
なぜ、ジャンキラーは攻撃を止めた?ビクトリーには理解が追いつき切れていなかった。あれだけ暴れまわっていた奴がなぜ?
疑問を抱くビクトリーに、ギンガは差も同然に彼の考えを読み取っていたかのように、彼に向けて言った。
「言っただろ。ソーマは僕たちと同じ、誰かを守るために一緒に戦ってきた……仲間なんだ」
「じゃあ、なぜさっきまでお前に危害を加えた?さっきのエイリアンについてはどう説明する?」
ビクトリーは、ジャンキラーとソーマ、そしてイカルス星人との関係を指摘する。間違いなくイゴールに悪意があることはわかっており、ならそれに従っているソーマも同じだと考えているようだ。
だがそれは、ソーマのことを何も知らないからこその短絡的な考えだ。
「少なくとも君よりもソーマの事は知っている。もうソーマは君が考えているようなことはしない。さっきだって、あの宇宙人に操られていただけなんだ。本当はどんな人間なのかもわかっているつもりだ。
僕は、ソーマを信じる」
(…!)
ジャンキラーの中で聞いていたソーマが目を見開いた。まだエネルギーに余裕のあるビクトリーと比べ、もうギンガは戦う余力さえほとんどないのに、ビクトリーに対して反論し続けている。
「……だとしても、もしそいつがまた暴れたらどうする。そうなったらまた無用な犠牲が生まれる。その時お前はどう責任を取る気だ?その女の子を万が一殺すようなことがあっても…」
またソーマが、ギンガの言うとおり操られるにしても、誰かに危害を加えるなどの行為に走っても、どちらにせよ自分たちウルトラマンはゴッドイーターたちがアラガミと戦うのと同じように、それらの脅威に対処しなければならない。手遅れになって死人が出たりなんてことになったらそれこそ取り返しがつかない。そのことをビクトリーは指摘する。
「もしまたソーマが暴走することが会ったら、その時はもう一度僕が仲間として、責任もって止める」
その問いに対し、ギンガは断言した。
「ビクトリー。僕は同じウルトラマンである君とも戦いたくない。でもだからといってソーマの命を差し出すわけにもいかない。ジャンキラーだって、無理やり星人に操られていただけだ。今回だけでもいい…僕が責任もって見ておくから、ここは見逃してくれ」
「…………」
まっすぐ自分を見据えて、薄っぺらな言葉として口にしたとは思えないような口調で決意表明したギンガにビクトリーは、言葉では何も返してこなかった。
背を向けると、光となってどこかへと飛び去って行った。
ユウは、ギンガの中でビクトリーが飛び去った空をしばらく見上げ続けていた。
ソーマにかけられた闇の呪縛は解かれ、ジャンキラーに危険性はなくなっていた。それでもビクトリーは中にソーマがいることも知ったうえで、彼がいずれまた危険を及ぼすと豪語して…ジャンキラーを破壊することを考えていた。
(ビクトリー…)
なぜああまで強硬姿勢を押し出そうとしているのだろうか。ソーマを、本人が自分のことを化け物と呼んでいたように、あからさまに彼とジャンキラーを人類の脅威となるとみなしていた。
…いや、今はよそう。今考えてもわからないことである以上、気にし続けたところで解決に導かれない。
今はソーマの心を開き、助け出すことができた。今はそれを喜ぶとしよう。
ジャンキラーに続いて、ビクトリーとの戦いの後も大変だった。なにせアラガミの少女がサカキの研究室から脱走していたのだ。ある意味ソーマと暴走したジャンキラーを鎮めたり、身を挺してビクトリーを説得する以上に大変だった。
言うまでもなくアリバイ工作が必要になるのだが、少女や仲間たちと合流したとき、第1部隊を乗せたヘリパイロットたちもいたのだ。当然ながら彼らはサカキが研究観察のためにアラガミの少女を保護したことを公表するはずもないので知らない。
なので、ユウはギンガに変身したまま一旦少女を極東支部のすぐ近くに下し、サカキに通信連絡で「防壁外の近くに少女を見つけた。ジャンキラーが暴走し巻き込まれそうになったところを、少女と一緒にギンガに助けられた」と嘘の事情を説明した。
ギンガに救出されたという言い訳は、彼の正体を知らないコウタとサクヤも誤魔化すことができた。これによって、少女の存在を第1部隊の誰かに、そしてユウの正体がすでに知っているアリサとソーマ以外の面々に気付かれることなく、ユウたちはアナグラへ帰還を果たした。
嘆きの平原に置き去りにされたジャンキラーのことだが、あれもひとまず後日改めて再び輸送することが決められ、それまでの間定期的にゴッドイーターたちが、ジャンキラーをアラガミに食われないように巡回することが決まった。
その後、サカキの研究室でソーマを待っていたのはユウたち第1部隊のメンバー、サカキ、そしてあのアラガミの少女だった。
最初にコウタが重苦しげに言った。
「マーナガルム計画のこと、俺たちも聞かせてもらったよ。ソーマと神機が誕生した裏に、そんな悲劇があったんだってさ…」
ユウがサカキのディスクを閲覧したことで知った、サカキが神機を開発したその裏で起きた、サカキとヨハネス、そしてソーマの母アイーシャの間で起きた悲劇を、この時のコウタたちもソーマが来る前に聞いていた。
「けどソーマ、俺はお前に、いつまでも一人でかっこつけてほしくないって思ったよ。俺は確かに頼りないかもだけどさ…それでも俺、仲間のこと大切だから、あんな風に邪険にしてほしくなかったよ。…まぁ、今までもお前だったら、『言ったところで何が変わるんだ』とかいうだろうけどよ…」
「私、自分が恥ずかしいです。そんなことがあったのに…改めて、すみませんでした」
神機誕生の裏で、ヨハネスとアイーシャ、そしてサカキの間で起きた決別と血まみれの過去があったことなど知らずに、新型であることを鼻にかけて仲間の事を、特に旧型神機使いたちを蔑ろにしていた時の自分をアリサは恥じていた。
「ただ、ソーマのこれまでのことは、私も似たような経験があります。でもだからこそ、生き残った私たちに、できることがあるんです。それは死んでしまっては、絶対にできないことです」
親友であるオレーシャとの経験があるからこその言葉だった。大切な人を死なせた、それはアリサもまたソーマと同類だという証明だった。
続いてサクヤがソーマに向けて言った。
「ソーマ、二人と同じように私もあなたの過去のことを聞かせてもらったわ。あなたがこれまで仲間を遠ざけていたことも…
でも、私も…リンドウもあなたのことを大切な仲間だって思ってる。ツバキ教官だって現役のころから変わらずそう思っているはずよ。もしあなたまで死んでいたら、私はまた大切な仲間を失う苦しみを味わうところだったわ。
あなたに仲間を、リンドウたちを思う気持ちがあるなら、約束して。もう二度とこんなこと…しないで」
彼女の瞳は、波を経たせた水のように揺れていた。万が一ソーマまで死んでしまっていたら…そんな思いたくもないヴィジョンを想像して、リンドウが死んだ時の悲しみが蘇っていた。
「お前ら…」
ソーマはばつが悪そうに目を背けたが、この日の事も含めて仲間たちに謝罪した。
「…今まで、悪かった」
これまで仲間を救えなかったことも引きずっていた彼は、今回イゴールに操られ仲間を殺してしまうところだった。罪悪感を感じない訳がなかった。
「ソーマ、済まなかった。アイーシャとヨハンのことは…」
サカキも思うところがあったので、ソーマへ謝罪した。ソーマが生まれる直前、アイーシャたちのマーナガルム計画への強硬姿勢をちゃんと止めてさえいれば、ソーマがこれほどまでに苦しむことがなかった。まだ幼かった頃から過酷な運命に立たされたソーマが、アイーシャとヨハネスが与えた使命に、心が付いていけず荒んでしまうことは当然のことだった。
「いい。本当は俺も頭では理解していた。それに、俺がこの体で生まれなければ、あんたの研究にも滞りがあった。ただ…」
着いていくのに時間がかかっただけだ。その先をソーマは言葉で示さなかった。
ソーマが母親の提案で、胎児の頃にP73偏食因子を投与されたことで、彼はアラガミに捕食されず、かつ驚異的な回復力と常人どころか並みのゴッドイーターを超えた力を得た。彼の研究データをもとに、サカキがあらたに安全性の高いP53偏食因子を発見し、神機を完成させた。ソーマがこの呪われた体で生まれてこなければ、神機の開発が遅れていた…下手をしたら今も完成しておらず、ユウたちもアラガミに対抗できる力を得られないまま、人類は今以上にアラガミに食われ続けていたかもしれない。そう思うとあまりに皮肉なことだった。
「そうか、でもよかった。少しでも…アイーシャたちのことを理解してくれた。私にとってまだあの二人は、かけがえのない学友なんだ」
サカキがひとまず安心して笑みをこぼした。今すぐに受け入れられなくてもいい、ただ…単純に二人のことを嫌ったりとかは、息子であるソーマにしてほしくなかった。
ソーマ、と一言名前を呼びながら、今度はユウが一歩前に出た。
「君は、希望を託されたことを、やりたくもないことを押し付けられたって思ってるかもしれない。でも、ここで君が命を捨てたら、それこそアイーシャさんリンドウさん、それにエリックの想いを踏み躙ることになる」
「…あぁ、わかっているさ。だが、俺は…」
その重さに耐えられなかった。この過酷な世界で、今の世間から見てのウルトラマンのように、みんなの希望になってほしいという亡き母の願いの重さに。それは周囲から疎まれているうちにかえってソーマの重荷となった。
だからあんなふざけたエイリアンなんかに操られた。それこそ笑えないことだろう。誰にとっても。
すると、ユウはアラガミの少女に一言「…さあ」と告げて背中を押した。少女は緊張した様子で、ソーマの前に立った。
「そーま…」
ソーマを怒らせたことへの後ろめたさを覚えつつも、それでも彼女なりに言葉を紡いだ。
「あのね…はかせ、おしえてくれた。おはなをあげると、きもちつたわるって」
「あ、ああ…」
そう言って彼女は一輪の花を差し出した。それは白い百合の花だった。ジャンキラーに攻撃されている最中も肌身離さずに持っていたためか、少ししおれている。ソーマは戸惑いながらも、その花を受け取った。花なんて愛でる趣味はないんだが、と思ったが口にしなかった。
「おや、それは百合の花だね。教えた花と違うが…」
「あれ?まちがえた?」
サカキが教えたのは、花言葉が『後悔』であるカンパニュラの花だ。ギンガとジャンキラーの戦いの場へ来るまでの間で、防壁外の大地で見つけた花を一つ見繕って来たのだろう。アラガミに食い荒らされているこの世界で都合よくカンパニュラの花が残っているということはさすがになかったようだ。
百合の花言葉は無垢、純粋。カンパニュラとは全く違う。
「うーん、まちがえちゃったか…」
少女は、ソーマと違いアラガミであることなんて気に止めていない。今のやや間抜けともドジともとれる少女のキョトンとした様子に、ソーマはふとポツリと呟いた。
「俺もお前みたいに、自分のことを気にしないで生きていたら…な」
「?そーま、じぶんってうまいのか?」
「…くく、はははは…!」
少女の言葉に、思わずソーマは吹き出した。ユウたち…その中でもサクヤとサカキが特に反応した。
これまで過酷な出来事に出くわしてきたがゆえに、ほとんど笑顔を見せなかったソーマが、笑っていた。
「それくらい自分で考えろ。
『シオ』」
「しお?」
自分を、聞き覚えのない言葉で呼んだソーマに、少女は首を傾げた。
「お前、まだ名前がなかっただろ。…まぁ、気に入らないなら名乗らなくてもいい」
名前をもらった。自分が自分である証を、ソーマがくれた。それは少女を大いに喜びで満たした。
「しお…しお!そーまがなづけてくれた!!そーま、ありがとね!ありがと!」
「っち、騒ぐな」
喜びのあまりソーマにじゃれつくアラガミ…改めてシオは彼から鬱陶しそうに退けられようとしても、とにかく彼にしがみついてきた。
一方、なぜ『シオ』と名付けたのかコウタが真っ先に疑問を抱いた。
「えっと…なんでシオ?調味料のあれみたいに白いから?」
「バカですかあなた。そんな理由ならもっと他にいい名前あるでしょ」
「またバカって言われた!アリサなんて浮かんでもなかったくせに!」
「だ、だから今考えていたところです!」
「いや今さら過ぎんだろタイミング的に!」
コウタとアリサの不毛な言い争いを無視して、サカキがサクヤとユウに、名前の意味を説明した。
「今の流れだと『ユリ』って名前も思いつくけど、シオ…か。シオはChiot…この綴りで子犬を意味するんだ」
「子犬か…なるほど」
「この子、ソーマがくれた名前が気に入ったみたいね。この子の名前はこれで決まりってことかしら」
確かにシオのこの様子は、あどけなさと愛らしさも合わさって、まさに飼い主になついている子犬そのものだ。
「……なぁ、やっぱりノラミがいいだろ?」
あれだけ反対されたバッドネームに未だに拘るコウタは、シオに向けてしつこく問いかける。アリサはどうしても許せず、いい加減にしろと言う前に、シオは決定的なことを告げた。
「やだ」
「…んだよちっくしょー!!」
ばっさりと切り捨てられた非常なる現実に、いつぞやの時代の芸人のようなコウタの絶望の叫びがこだました。
そのリアクションを皮切りに、サカキの研究室からコウタとソーマを除く彼らの笑い声が飛び交った。その笑い声の傍ら、コウタが拗ねたのは言うまでもない。
それから次の日…
ソーマと歩み寄れたところで、第1部隊は鎮魂の廃寺へ任務に赴いた。といっても、普通にアラガミを討伐するだけでなく、彼らにとってある意味重要な仕事の隠れ蓑のようなものだ。
「シオの食糧探しか~。っつっても、いつも通りアラガミをぶっ潰すだけなんだけどな」
ユウが呟く。実はこの日の任務だが、通常の任務に偽装した、シオのグルメデートなのだ。
シオはアラガミなので、他のアラガミの肉やコアを好んで食事する。最近では人間の食べ物にも興味を示しているのだが、サカキによると彼女の食事のために溜め込んでいた食料がなくなりかけていたという。なので、食料確保とシオの食事のためにこうして外に連れ出す必要が出た。
「ったく、万が一見つかったらどうするつもりだ」
「いいじゃないのソーマ。たまには外へ連れ出さないと可哀そうよ。対策だってちゃんと立ててるし、外に出たいってシオが駄々をこねて、また壁を壊して外に出る、なんてことにもなりかねないわ」
愚痴をこぼしたソーマに、サクヤはそう言った。それはそうかもしれないがとソーマは思うが、自分で付けたとはいえいくら名前の由来が子犬だからって、一昔前の人間がペットとして飼っていた犬みたいにホイホイ散歩していいものでもない。おかげでアナグラのレーダーから逃れるためのコンテナに、いちいちシオを入れて外に出なければならなくて地味に面倒くさい。
それでシオはというと、コウタから雪を使った遊びをいくつか教えてもらっていた。今はそのうちの一つ、雪だるま作りを教わっている。
「いいかシオ。こうやって雪玉を丸めて、そしてコロコロ転がしていくんだ。その玉を大きい奴と小さい奴と作って…最後にこうして小さい奴をデカい奴の上に重ねる。これで雪だるまの完成だ!」
「おぉ、なんかしろいのができたぞー」
「昔の人は雪が積もる日にはこうしてみんなで遊んでたってさ。後はこいつに顔を書いたりとかすると…」
「おぉ~」
試しにコウタが適当に雪玉を転がし、雪だるまを作って見せる様子を見学したシオは、知識欲が掻き立てられて目をキラキラさせていた。
「まったく、コウタはやっぱり子供ですね。まぁ、だからこそシオちゃんの遊び相手が務まるんでしょうけど…」
「アリサ、なんかちょっと機嫌悪い?なんかムスッとしているけど」
雪を使ってシオに遊びを教えるコウタにため息交じりにつぶやくアリサを見て、ユウはどうしたのだろうと気になって尋ねてきた。
「別に、いつもどおりですけど?」
なぜアリサが不機嫌なのか。実はこんな理由があった。
これまでウルトラマンギンガの正体がユウである事を知っているのは、現在ではアリサ一人だけ…だった。先日の戦いがきっかけで、ソーマもまたユウの正体を知ったのである。アリサは、ユウの秘密を彼と二人で共有できているという状況に、内心ではちょっと心地よさを覚えていた。だがその矢先に、大して仲良くなかったはずのソーマまで偶然にも知ることになり、大車との決着とオレーシャとの再開をきっかけにユウのことが気になり始めていた彼女にとって、せっかく共有していた秘密がそうでなくなりつつあることが不満だった。当然これを鈍感なユウが気づくはずもないのでさらにストレスが溜まる。
(せっかくユウの秘密を独占できてたのに…)「きゃ!?」
突如、アリサの頭にべちゃっと雪玉を投げつけられ見事に直撃した。
「あ…悪ぃ…ユウの足もとを狙ってたんだけど…」
(狙われてたの僕だったんかい…)
冷や汗をかきながらそう言ったのはコウタだった。投げつけた犯人を見て、頭についた雪を払い落としながらアリサは頭に青筋を立ててわなわなとふるえた。
「コウタ…あなたには身の程というものを…ひゃう!!」
コウタに怒鳴ってやろうとした途端、またしても雪玉がアリサに炸裂する。次に投げつけてきたのはシオだった。
「あはははは~!」
「コウタあああああああああ!!!」
大笑いしてくるシオを見てアリサはコウタにブチ切れた。
「待て待て待て!!今投げてきたのはシオじゃん!!」
「シオちゃんが真似したのはあなたのせいでしょ!!そこに直りなさい!!」
「わ~!ありさがおこった~!!」
門の上から飛び降りた彼女は神機を構えてコウタとシオを追いまわし始めた。
「やめろシオ!アリサを怒らせたらそこらのアラガミよりも怖いぞおおお!」
「どういう意味ですか!!」
雪合戦の次は鬼ごっこ。三人は鎮魂の廃寺のエリア内を走り回りだした。
「もう…また喧嘩しちゃうんだから…止めに行きましょうか」
「ですね。アリサー!あんまり怒るのは良くないよー!」
三人に呆れながらもサクヤは彼らを追って行った。ユウも放っておいたら三人が他のアラガミの格好の的になってしまうことを危惧しながら、サクヤに着いていく。
ユウたちを見て、ソーマは一人思考の世界に入る。
彼らは自らアラガミの細胞…P53偏食因子を取り込んだ。ユウに至ってはウルトラマンの力も兼任している。ある意味、自分以上に救えない奴等だろう。
だが、ソーマは感じていた。彼らのこういう馬鹿で平凡な様を見ていると、これまで自分がためてきた怒りや絶望、負の感情が少し和らぐような気がした。イカルス星人によって暴走させられた自分を目の当たりにしてもなお、彼らが自分を真正面から受け止めてくれた今は、これまで以上に心が軽くなっていた。
だが、絶対に死なないとさえ思えていたリンドウやエリックのように、彼らもまた命を落とすかもしれない。
なら、今度こそこいつらを守れるように自分も心を強く持って向き合わなければならない。またあのふざけた星人ごときに心の隙を見せて、死んでほしくないと願っていたはずの彼らを逆に手にかけるなどといった、最悪の事態から永遠に逃げ切るためにも。
ようやく素直に、その事実を受け止められる気がした。
彼らは同じ…仲間なのだと。