毒消し草の群生地から止まることなく走り抜き、俺達は西門の前までたどり着いた。
「ハァ……ハァ……! 見たところ西門の方は、特に被害はなさそうだな……」
息が切れ下を向きそうになる頭を持ち上げ防壁を見る。西門の周辺に破壊された痕跡はなく、ひとまず胸を撫で下ろした。
だか、群生地まで響いた先の衝撃音程ではないものの、依然として地響きのような不穏な轟音が断続的に鳴り響いている。
防壁の上を見ると、警戒中の衛兵達が険しい表情で東の方向を注視していた。
その時、重厚な音を立てながら木製の門が開き、中からルークさんが飛び出してきた。
「お前たち! 無事だったか……!」
「ルークさん!」
「よかった、ちょうどお前たちを迎えに行こうと思ってたところだ。怪我はないか?」
安堵の息を吐くルークさんに、俺はすぐさま尋ねた。
「俺たちは問題ありません! それよりルークさん、さっきの凄まじい音は一体何だったんですか!?」
「詳細は俺たちもつかみ切れてねぇ。わかってることは、東門側で緊急事態を知らせる警鐘が鳴り響いた……それから少しして、あの地響きのような衝撃音が聞こえたんだ」
「警鐘……? ユナ、産まれてから一度も警鐘が鳴るところなんて聞いたことないよ……」
ユナは不安そうに俺の服の裾を握りしめる。その手は少し震えている。隣に立つアイも顔に影が差す。
「警鐘が鳴るほどの危機が、この町に迫っているということですね……」
「あぁ、そう言うことだ。俺は今から現状の確認と指示を仰ぎに衛兵本部へ向かう。隊長もそこにいるはずだ、お前たちも来い!」
「はい、わかりました!」
ルークさんの促しに従い、俺たちは衛兵本部に向かって走り出した。
町の中に入ると、そこは既に大混乱の渦中にあった。
「みんな! 落ち着いて地下避難所に向かうんだ!」
「荷物は置いて早く避難するのよ!」
避難誘導する町人の声も虚しく、行き交う人々はパニックに陥り、我先にと避難所へ駆けていく。あまりの混乱ぶりにごった返しになり、中には転けて怪我をしている人の姿も見受けられる。
「あ……怪我をした人が!? 助けに行かないと!」
足が止まりそうになった俺の肩をルークさんが力強く掴んだ。
「待て、アルス! 今は状況の確認と、事態を収束させるための行動が最優先だ!」
「っ……! ですが、放っておけません!」
「気持ちはわかる! 俺の判断は非情かもしれねぇ! だが、お前がそこで立ち止まって混雑に巻き込まれたら、二次被害につながるかもしれねぇんだ! お前だけじゃねぇ、ユナやアイーシャを巻き込むリスクを考えろ!」
「……!? 申し訳ありません、すぐ行きます」
ルークさんの言う通りだ。俺の身勝手な行動でユナやアイを危険に晒してしまうかもしれない。ぐっと、唇を噛み締め、俺は溢れる人を避けながら前へと進んだ。
混乱の中を駆け抜け、俺たちは衛兵本部に到着した。
ドアを開け放ち、中に飛び込むと、そこでは父さんが衛兵たちへ慌ただしく指示を飛ばしている最中だった。
「――すぐに動かせる人員は二十名だな。そのうち十五名は直ちに東門の援護へ回れ! 残る四名は町民の避難誘導と、不測の事態に備えた警備に就くんだ!」
「はっ!」
「最後の一名は北門から速馬を出せ! 本日王都からこちらに向かっている使者の一団に現状を伝えて救援を要請するんだ! 急げ!」
「了解いたしました!」
父さんの指示を受けた衛兵たちが一斉に本部を飛び出していく。
指示を出し終え!一息ついた父さんがこちらに気づいた。
「アルス! ユナ! アイーシャちゃんも……! みんな無事だったんだね!」
駆け寄ってくる父さんの顔には、明らかな安堵の色が浮かんでいた。
「よかった……君たちは東門側に薬草を取りに行くと言っていたから、生きた心地がしなかったよ」
「直前に毒消し草の採取に変更になって西門側に行っていたんだ。だから俺たちは大丈夫だよ。……それより父さん、一体町で何が起きているんだ!?」
「……東門に、魔族が下級・中級魔物の群れを引き連れて襲撃に来たんだ」
「えっ……魔族!?」
ユナが息をのむ。アイも青ざめた表情で尋ねた。
「そんな……魔族なんて!? 東門の人たちは無事なんですか!?」
「東門には、警鐘後すぐにこの町の最高戦力であるエステルに向かってもらった。先程から響いている衝撃音は、恐らく彼女と魔族の戦闘音だろう」
「教官が一人で魔族と!? それに大量の魔物まで……! 隊長、俺も東門の援護に向かいます!」
事態の深刻さを悟ったルークさんが叫ぶように言い残し、本部を飛び出していった。
母さん魔族相手でも対等以上に戦えると言う話は聞いたことがある。しかし、町全体を揺らすほどの戦闘音が響く相手だ。いくら母さんでも無事で済むのだろうか……。
隣を見ると、ユナも不安で押しつぶされそうな表情をしていた。
「……三人とも、不安なのは分かる。だが今は大人に任せて、君たちはこの衛兵本部内で避難していておくれ」
父さんが優しく、けれど子どもを護る責任のこもった声で告げる。
「……うん、分かった」
ユナは不安を隠せないまま、小さく頷いた。
しかし、その横でアイの表情は違っていた。どこか覚悟を決めたような顔で父さんを見つめている。
「……申し訳ありません、アルスのお父さん。ここに来るまでの道中、何人もの怪我人を見かけました。きっと、教会にも怪我人が運び込まれているはずです。神父様一人では手が回らないでしょうから……私、治療の手伝いに行ってきます!」
「アイちゃん……!?」
「待ちなさい、アイーシャちゃん! 今の町の中は危険だ!」
父さんが静止の声をかけるが、アイは「すみません!」と言い残し、そのまま本部を駆け出していってしまった。
「くっ……! 今は教会にまで回せる人手がないというのに……!」
父さんが不甲斐なさそうに顔に影を落とす。
「父さん、俺が教会に行ってくる! 状況を確認して、可能ならアイを連れ戻すよ。もし、怪我人が多くて手が離せない状態なら、俺も治療を手伝って終わったら絶対に連れて帰ってくるから!」
「アルス、駄目だ! お前まで……!」
「にぃに、危ないよ……!」
父さんとユナが心配の声をあげるが、俺は振り返って笑って見せた。
「大丈夫だ、すぐに戻るよ! ユナは父さんと一緒にいろよ!」
二人を安心せるようにそう叫ぶと、アイの後を追って教会に向かって走り出したり
再び町に出ると、避難誘導を始めた衛兵のおかげか、先程より、混乱が収まっている。避難が済んだ人も多いのか地上にいる人も少なくなっているようだ。
教会へ向かって走っていると、上空の異変が目に入った。
「――っ!? あれは……アーマーワスプか!」
東門の防壁を飛び越え、数体の蜂型の魔物が町の中へと侵入してきているのが見えた。最下級のスライムたちより一つランクの上の『下級魔物』で、町から離れた鉱山などで時折鉱夫を襲うこともある、鋭い毒針を持った魔物だ。
(くそっ、非常事態ってのはどうしてこう嫌なことばかり重なってくるんだ……!)
俺は走る速度を一段上げ、教会に急いだ。
幸いにも、道中で魔物に襲われることなく教会へたどり着くことができた。町に残った衛兵たちが町に侵入した魔物と戦ってくれているんだろう。
「アイ!」
教会の重い扉を押し開き、中へと入る。
聖堂の中には、既に十人ほどの怪我人が寝かされており、アイと神父様が必死に治療を行っていた。
「アルス……!? どうしてここに……!」
驚くアイに近寄り、周囲の怪我人たちに不安を与えないよう、小声で告げた。
「町の中に魔物が侵入してきた。ここにいる怪我人を地下の避難所に移動させられそうか?」
「そんな、魔物が……!? でも、頭を強く打って意識を失っている方もいるの。今むやみに動かすのはあまりにも危険だわ……」
アイが悲しそうな表情で首を振る。
(参ったな……どうする……?)
ここで俺がみんなの護衛として残るか
町に入り込んだアーマーワスプは甲殻は硬いが、動きはあまり速くない。母さんからも「アルスの腕なら下級魔物までなら負けることはないわ」と太鼓判を押されてはいる。やれないことはないだろう。
いや、しかしあまり時間をかけすぎると、今度はユナや父さんに心配をかけることになってしまう……。
俺がああでもないこうでもないと葛藤していると、ふとアイが俺の手元を不思議そうに凝視していることに気づいた。
「ねぇ、アルス?」
「ん? どうしたアイ?」
「さっきから気になってはいたのだけれど……アルスが右手に持っている、その少し輝いている綺麗な剣は何かしら?」
「え? 輝いている剣……?」
何のことだ? 俺が持っているのは朝に父さんから借りたただの鉄剣で――
(……え?)
アイに指摘されて、自分の右手を確認した俺は、言葉を失った。
見たこともない装飾が施され、刃全体が薄らと幻想的に光を放っている一振りの『謎の剣』が握られていたのだ。
「えっ……何これ……? なんで俺こんな剣持ってるの……怖っ……!?」
身に覚えのない光る剣の存在に、俺は心底ドン引きしながら、ただ凝視することしかできなかった。