結末を越えた先へ   作:真面眼鏡

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覚醒の光と紅蓮の闇

 

 

「えっ……何これ……? なんで俺こんな剣持ってるの……怖っ……!?」

 

 

 右手に握られている、ぼんやりと幻想的な光を放つ謎の剣。

 俺は自分の手元を二度、三度と確認しながら心底引いていた。いつからこんなものを持っていた?

 

 そういえば……教会に向かって必死に走っている最中に身体が羽のように軽くなった感覚があったけど、あの瞬間か……?

 

 

「ねえアルス、その剣……一体どうしたの?」

 

 

 アイが不思議そうな眼差しで再び尋ねてくる。

 

 

「いや、俺によくわからなくて……」

 

 

 答えようとした、その瞬間だった。

 

 ――『勇者』

 

 突然、頭の中に文字が浮かび上がった。脳裏に刻み込まれるような、不思議な感覚。

 

 

(……え? 勇者?)

 

 

 頭の中に唐突に現れた単語に俺は思考をフリーズさせた。この妙な剣といい、今の謎の文字といい、俺に一体何が起きているんだ?

 

 

「アルス……? もしかして世力(オラクル)が覚醒したんじゃないかしら?」

 

 

 戸惑う俺の様子から何かを察したのか、アイが声をかけてくる。

 

 

世力(オラクル)……? いやいや、ただ走って教会に来ただけだよ!? そんなダサい覚醒の仕方ある!?」

 

 思わず大声で叫んでしまった。

 

 こんな危機的状況で、ただ道を走っていただけで覚醒なんてあり得ないだろ!? こういう超重要な覚醒イベントって、凶悪な魔物と死闘を繰り広げている時の『逆転の一手』とか、大切な人を命がけで守る瞬間としてドラマチックに彩られるものじゃないのか!?

 

 ダサい、あまりにもダサすぎるぞ。一生に一度の記念すべき覚醒が『全力疾走』なんて、絶対に認めたくない。

 どうにかしてこのダサすぎる事実をもみ消して、覚醒の瞬間をドラマチックに取り繕わなければ――!

 

 俺は即座に行動に移すことにした。キリッとした表情を作ってアイを見つめる。

 

 

「アイ」

 

「な、何かしら……?」

 

 

 俺の圧に気押されたようにアイが身を引く。俺は謎の剣、もとい聖剣(仮)を前方に掲げ、静かに、けれど熱い眼差しで告げた。

 

 

「たとえ世界が敵に回ったとしても……俺は絶対にお前の味方だ!」

 

 

 教会の美しいステンドグラスから差し込む光が、俺とアイの間を幻想的にてらしだしている。

 

 これは完璧だ。淡い光の差し込み具合やセリフのキザさといい、まるで世界の中心に立っているかのような出来栄えである。

 これなら『大切な人を守るための覚醒』として鮮やかな記憶として上書き保存できたはず――!

 

 

「……今更そんなキメ顔で覚醒の瞬間を演出されても、意味がないと思うわよ」

 

 

 冷ややかな目になったアイから、痛烈な一言が飛んできた。

 

 

「……ですよね〜」

 

 

 完全な失敗に終わった。せっかくのキメ顔も逆に虚しい。俺の一生に一度の覚醒イベントは、ただの『恥ずかしい一人芝居』として記憶に刻まれてしまった。

 

 しかし、今更だけど『勇者』か……。五百年前の四英雄と同じ世力(オラクル)じゃないか。面倒なものを引き当ててしまった。これから厄介ごとに巻き込まれなければいいけど……。

 

 おっと、今は自分の世力(オラクル)に黄昏ている場合じゃなかった。この現場の状況をどうにかするのが先決だ。

 

 

「……まぁ、とりあえず俺のことは横に置いておくとしてだ。これからどうするか――」

 

 

 言いかけた途中で、教会の外から不穏な音が近づいていることに気づいた。

 

 ブーーーッ……ブブブーー……

 

 虫の羽ばたくような不快な音が、教会の外から響いてくる。

 町の人たちはほとんどが地下へ避難しただろうから、地上に残っている俺たちの気配を察知して魔物が近づいてきたのだろう。

 

 教会の中で身を寄せ合う怪我人たちも不穏な音に気づいたようだ。小さな子どもは今にも泣き出しそうに口元を震わせている。

 

 

「俺が外の様子を見てくる。みんなは物音を立てないように教会の中で待っていてくれ」

 

「一人で大丈夫なの……?」

 

 

 アイが心配そうに声をかけてくる。俺は振り返り、口角を上げて見せた。

 

 

「大丈夫だよ。俺を誰だと思ってるんだ? 『勇者様』だぞ」

 

 

 不敵に笑って言い放つ。

 

 さっき世力(オラクル)がそうだと知ったばかりで、実績なんて何一つない。けれど、見栄を張ってでもみんなを安心させなければ。

 

 

「……ええ、信じてるわ」

 

 

 アイが力強く頷いてくれた。

 

 

「あぁ、行ってくる!」

 

 

 俺は聖剣(仮)を強く握り直し、教会の外へと躍り出た。

 

 教会を出て見上げると、少し離れた上空に三体のアーマーワスプがホバリングしていた。

 実際に戦ったことはないが、町の被毒者の原因になっている魔物だから情報は知っている。甲殻が硬い分動きは遅い。だか、両手とお尻にある巨大な針を連続で射出できるらしい。くらえば当然毒を受けるし、三体もいると弾幕を避けるのは大変そうだ。

 

 ……けれど、なぜか負ける気がしない。

 

 世力(オラクル)が覚醒した影響なのか、身体が驚くほど軽い。今の俺なら、覚醒前の数倍は速く動けそうだ。

 

 俺はニヤリと笑い、アーマーワスプたちを指差しながら告げる。

 

 

「ふふふ、お前たちじゃ俺には勝て――」

 

 

 言い終わるより早く、アーマーワスプから一斉に鋭い針が飛んできた。

 

 

「おわっ!? こ、こら! 話してる最中に攻撃するのはレギュレーション違反だろ!?」

 

 

 焦って咄嗟に横っ飛びにローリングし、迫る針の弾幕をギリギリで回避する。

 

 抗議の声を上げる俺を無視して、魔物たちは次から次へと針を撃ち出してくる。

 

 

(おいおい! 三回射出した後にニョキニョキと針が生えてくるのは一体どうなってるんだよ!?)

 

 

 一体だけなら生え変わるタイミングで斬り込めるが、三体が交代で絶え間なく撃ち込んでくるせいで、防戦一方になってしまっている。下級魔物は知能が高くないと聞いていたけど、魔族に使役されている影響なのか連携をとっている。

 

 針を避けながらチラリと周囲を確認する。どうやら、飛んでくる針に建物の壁を貫通するほどの威力はなさそうだ。体勢を立て直すために一旦物陰に隠れよう。

 

 

「ふぅ……さて、どうしたものか」

 

 

 建物の影に身を隠し、次の手を考える。

 

 物陰に入ったことで相手からの視線は切れたが、無策で突っ込んできたりはしないようだ。連携が崩れて一体だけ突出してくれたら各個撃破できるんだが。絶妙に剣の間合いから外れた位置でホバリングを維持しているのが非常に腹立たしい。

 

 隠れながら位置を変えて、屋根の上から奇襲をかけるか……?

 

 対策を考えていると、手に握った聖剣(仮)から直接脳内にイメージが流れ込んできた。

 

 

(……ん? 聖剣の使い方? なになに、巨大な斬撃を飛ばせる?)

 

 

 そんな事ができるのかと感心する。

 だが、同時に伝わってきたイメージだと、放つ角度に気をつけないと町や防壁ごと盛大に吹き飛ばしてしまいそうだ。

 

 よし、向上した身体能力にもだいぶ慣れてきたし、位置調整してブッ放すとするか。

 

 

「ギギッ……!」

 

 

 物陰から飛び出した瞬間、待ってましたとばかりに再び針の弾幕が押し寄せてくる。

  

 さっきまでは回避するのが大変だったが、変化した身体能力に適応した今の俺なら紙一重で避けることも可能だ。

 

 だが、避けているだけでは虫たちは今の位置から動きそうにない。ジャンプして斬れないこともないが、飛行能力を持つ敵に空中戦を挑むのはリスクが高すぎる。

 

  まずは『針の弾幕が一切通用しない』という事実を突きつけてやるか。

 

 俺は聖剣(仮)……いやもう聖剣でいいか。聖剣を構え、迫り来る針の側面に当て、軌道をずらして地面へと叩き落としていった。

 

 

「1……3……15……30……60!」

 

 

 カン! カン! と甲高い音を立てて落ちていく針を数える。

 百を超えたあたりで、ピタリと針の射出が止まった。アーマーワスプたちも、今の攻撃が意味のないことだと理解したのだろう。

 無限に見える針だが、生成には当然エネルギーを消費するはずだ。これ以上無駄に撃ち続けるのは愚策と判断したはずだ。

 

 

「ギギギッ……!」

 

 

 アーマーワスプたちが忌々しそうに鳴き、クルリと向きを変えた。魔族のいる東門の外側に帰ろうとしてるのか、防壁を越えるため一気に高度を上げ始める。

 

 

(いいぞ……いい位置だ!)

 

 

 そこまで高度が上がれば、斬撃を飛ばしてもお前らにしか当たらない。

 

 俺は聖剣を両手で強く握り直し、全身の力を込める。刀身の輝きが増した光の剣を構え、上空へ向けて全力で振り抜いた。

 

 

「――ルクス・カリバーッッ!!!!」

 

 

 叫びと共に、刀身から溢れ出た巨大な光の奔流が斬撃の形を成し、斜め上方へと飛んでいく。

 一瞬の出来事だった。光の斬撃は刹那の時間でアーマーワスプを飲み込み消滅させると、威力を減衰させることなく町の防壁遥か上空を突き進み、上空に立ち込めていた暗雲すらも消し飛ばしたのだった。

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

【少し時は遡って東門】

 

 ベルナール東門の外側。そこには、まるで地獄のような壮絶な光景が広がっていた。

 大地には小規模なクレーターが幾つも穿たれ、避けた地面からは真っ赤な溶岩が噴き出している。

 わずか数分の間に引き起こされた地形の変化――それは、たった一人の人間と、一人の魔族の戦いによってもたらされたものだった。

 

 

「あーっ、あっついわね! 汗かいちゃうじゃないの!」

 

 

 エステルは額に浮かぶ汗を拭いながら、魔族の力によってもたらされた熱気に忌々しげに苦言を漏らす。

 

 対峙している魔族は、信じられないものを見る目でエステルを見つめている。

 

 

「おやぁ〜? この溶岩の熱気を前に『暑い』だけで済ませてしまうなんてぇ……貴女は本当に人間なのですか〜?」

 

 

 間延びした敬語で尋ねるウルカニア。

 

 衛兵隊長のクライスから東門の調査を依頼されたエステルは、現場に到着しこの魔族の姿を目にした瞬間、迷うことなく先制攻撃を叩き込んでいた。

 

 歴戦の感がこの敵は自分しか抑え込めないと瞬時に理解したからである。

 

 その判断は正しかった。エステルが魔族を相手取っているおかげで衛兵たちの被害は最小限にすんでいる。

 しかし、同時に町の最高戦力であるエステルがその場から自由に動けない状況を意味していた。

 

 衛兵たちも決して弱くはないが、エステルと魔族が繰り広げる次元の違う戦闘の余波に耐えつつ、下級・中級魔物の群れから町を守り切るには、いささか力不足と言わざるを得ない。

 

 

「失礼ね、あたしはれっきとしたか弱い人間よ!」

 

「か弱い人間さんは、拳や武器で地面にボコボコクレーターを作ったりはできませんよ〜?」

 

「うっさいわね、細かい女はモテないわよ?」

 

「なっ……!? 貴女のような怪力女に言われたくありませんよ〜!」

 

「あら、あたしは所帯持ちだけど?」

 

 

 エステルが勝ち誇ったように胸を張った瞬間、魔族の表情が忌々しげに一変した。

 

 

「所帯持ちだから何だというのですか!? 私は別にモテていないわけではありません! たまたま良い相手に恵まれていないだけであって! そもそも私は魔族の中でも高嶺の花として君臨する存在ですので周りが気軽に話しかけられないだけであってですね! つまり私は絶大にモテているのですが周りの環境と状況がそれを許していないだけであって――ッ!?」

 

 

 先ほどまでの間延びした喋り方を完全に忘れ、魔族は凄まじい早口と言い訳を捲し立てる。

 

 

「……急に早口になるの、怖いんだけど」

 

 

 怪力女と蔑んだ相手に女性として敗北したことが相当悔しかったのか、必死に自己弁護する魔族に、エステルは引き気味の視線を向けた。

 

 

「……まぁいいわ。それで、こんな辺鄙な町を襲いに来た理由を教えてくれないかしら?」

 

 

 エステルの問いかけに魔族は我に返り、強引に素振りを元に戻した。

 

 

「コホン……この町自体に、特に深い意味があったわけではありませんよ〜」

 

「意味がない? だったらどうして襲ってきたのよ?」

 

「そこまで詳しく教える筋合いはありませんねぇ〜。……ただ、近いうちに魔族と人間の全面戦争が始まる、その可能性だけお伝えしておきましょうか〜」

 

「……五百年前の復讐、といったところかしら?」

 

「さあてぇ、どうでしょうねぇ〜?」

 

 

 ニコニコと掴みどころのない笑みを浮かべる魔族。エステルはその態度に苛立ちを覚えるが、戦闘において感情を露わにすることは精細さを欠く要因となる。

 

 エステルと魔族の力に、大きな実力差はない。ほんのわずかな油断や隙が、勝敗の天秤を大きく傾けてしまうのだ。だからこそ、エステルは冷徹に思考を保とうとしている。

 

 

「話す気がないなら、さっさと戦いを終わらせましょうか。もちろん、あたしの勝ちでだけど」

 

「大した自信ですねぇ〜。では、私が貴女に『敗北』を教えてあげましょう〜」

 

「やれるものならやってみなさい!」

 

 

 言い終わると同時に、両者は大地を蹴り砕きながら前方に踏み込んだ。

 

 エステルの振るう巨大なメイスと、魔族が溶岩を押し固めて形成したガントレットが激突し、凄まじい衝撃波と暴風が吹き荒れる。

 

 門の近くで防戦に努める衛兵たちには、遠目であるにも関わらず二人の動きを残像すら捉える事ができない。

 

 一分にも満たない時間で数百の衝撃音が鳴り響く。激しい交差の末、エステルは魔族の脳天を叩き割るため、上段より渾身の一撃を振り下ろした。

 

 魔族は咄嗟に身体を捻って回避したが、振り下ろされたメイスが大地に触れた瞬間、今日一番の轟音と共に巨大なクレーターが生成され、その衝撃で両者の距離が大きく開いた。

 

 

「あらあら〜……今日一番大きなクレーターですねぇ〜。もしかして、今まで手を抜いてたのですか〜?」

 

「ちょうど身体があったまってきただけよ」

 

「恐ろしい人ですねぇ〜」

 

 

 言葉とは裏腹に、魔族の表情に焦りの色はない。魔族側にも、まだ奥の手が残されているのだろう。

 

 

「しっかし、ここまで実力が拮抗してると、埒があかないわね」

 

「それには同意ですねぇ〜」

 

 

 お互い千日手になりつつある状況に、両者は苦々しい思いを抱いていた。

 

 相手の出方を窺う静寂の中――突如として、戦場全体に空気を切り裂く異様な音が響き渡った。

 

 両者は音源に目をやると、町の防壁を遥か越え、空を切り裂いて突き進む圧倒的な光の斬撃を捉える。

 

 

「……? あれはあんたらの仕業?」

 

 

 エステルが斬撃の飛んでいった空を見上げ、魔族に尋ねる。しかし、魔族はエステルの問いに答えず、何事かを深く考え込む思案顔を浮かべていた。

 

 

「ちょっと、聞いてるの?」

 

「……これは、嫌な情報を知ってしまいました〜。どうやら、私たちの『仮説』は間違っていなかったようですねぇ〜」

 

「何のことよ?」

 

「こちらの話ですよ〜。……少々急ぎの用事を思い出しました〜。貴女との戦いで万が一にも敗北するわけにはいきませんので、本日はここで失礼させていただきます〜」

 

「あの光に何があるのか知らないけど、あたしが逃がすとでも思っているの?」

 

「いえ、逃げさせてもらいますよ〜」

 

 

 魔族が片手を上空へ掲げると、周囲の破片や地面から噴き出す溶岩が一斉に浮き上がり、上空で一つの巨大な溶岩石へと圧縮されていった。

 

 

「なっ……!?」

 

 

 魔族が作り出したものに、エステルは目を見開く。

 

 

「貴女自身には、この技はほとんど効かないでしょうけれど……後ろで震えている人間さんたちはどうでしょうかねぇ〜?」

 

 

「くっ……!」

 

 

エステルは歯噛みした。防壁を越えるほどの巨大な溶岩石は大地に落ちた衝撃だけで、衛兵を巻き込んで防壁を吹き飛ばすだろう。

 

 

「それでは失礼しますよ〜。また会う機会があれば、その時は決着をつけましょうねぇ〜」

 

 

 魔族が手を振り下ろすと、超巨大な溶岩石が勢いを増しながら落下し始めた。

 

 

「……チッ! 逃げられるのはムカつくけど、仕方ないわね!」

 

 

 エステルは怒りを顔に浮かべながら、落下する溶岩石を鋭く睨みつけた。

 

 メイスに全身の闘気を注ぎ込みながら強く握りしめる。

 

 

「――ヘヴィ・インパクトッッ!!!!」

 

 

 一閃。

 

 言葉と共に振り上げられたメイスが巨大な溶岩石に接触した瞬間、世界から一切の音が消失した。

 

 静寂の中、空中に停止した溶岩石の表面に幾重にも亀裂が走り――次の瞬間、世界を震わす爆音と共に、粉々に吹き飛んで霧散した。

 

 

「はぁ……さすがにもういないわね」

 

 

 エステルはすぐに周囲に視線を巡らせたが、すでに魔族の姿はなかった。

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