「ははっ……マジかよ……!」
魔物だけではなく上空の雲すら跡形もなく消し飛ばした『ルクス・カリバー』。その圧倒的な威力を目の当たりにして、俺は手元の聖剣を凝視したまま呆然と立ち尽くした。
身体能力の向上も破格だ。全身に力が満ち溢れ、まるで身体が羽のように軽か感じられる。これが『
覚醒前後でここまで劇的に能力が変わるのだとしたら、
(これほどの力があれば……今なら誰が相手だろうと絶対に負けないぞ)
無意識に口角が上がってしまう。
――ゴオォォォォォォッッ!!!!
「――っ!? なんだ!?」
不意に響いた重低音が空を揺らし、肌を灼くような熱風が吹き抜けた。俺は咄嗟に異音のする東門の方角へと視線を向ける。
「……は? なんだよ、あれ――」
異常な光景に自分の目を疑った。
東門の防壁を遥かに超える巨大な『溶岩の塊』が、上空に悠然と浮かんでいたのだ。あんな規格外の質量が落ちてきたら、防壁どころか町全体が一瞬で消し飛んでしまう。
あまりにも非現実的な状況に、思考が追いつかない。
覚醒したばかりの俺の『ルクス・カリバー』でも、あの巨大な岩塊の一部を削り取るのが関の山だ。
(一体どうすればいい!?)
焦燥感が募り、全身から冷や汗が吹き出す。
俺が行動を決めかねている間にも、巨大な溶岩石は地面に向かって速度を上げながら落下を始めた。
だが、冷静に軌道を見極めると、直接町に落ちるわけではなさそうだ。しかし、東門の外側に落ちたとしても、その桁外れの質量が起こす衝撃波だけで町が無事では済まない。
(……やるしかない。激突の衝撃波に対して斬撃をぶつければ、被害を最小限に抑えられるかもしれない!)
俺は覚悟を決め、聖剣に再び全身の力を注ぎ込んでいく。
タイミングを絶対に間違えるわけにはいかない。一度目より眩い光が刀身を包む。いつでも、最強の斬撃を放てる体勢が整い、今か今かとその時を待つ。
――その瞬間、世界から一切の『音』が消失した。
「え……? なんだ……!?」
周囲の異状な変化に、俺は思わず構えを解いて困惑した。
かなり距離が離れている為、正確な状況は掴めないが、巨大な溶岩石が空中でピタリと停止しているように見える。
静寂の中、巨大な溶岩石に遠目でもわかるほどの亀裂が幾重にも走り――
――――バァァァァァンッッ!!!!
凄まじい爆音と共に、跡形もなく爆発霧散したのだった。
「嘘だろ……あんなの、あり得ないって!?」
俺は驚愕に開いた口が塞がらなかった。
今の爆発の余波で東門側の防壁に多少の亀裂が入ったようだが、あの破滅的な災厄に対して、その程度の被害で済んだのは奇跡としか言いようがない。
「状況的に、あの巨大な岩は間違いなく魔族の仕業……だよな? だとして、あれをあっさり粉砕したのって……まさか、母さんか?」
この町で、あんな無茶苦茶な芸当ができる人間なんて母さんくらいしか思い当たらない。
「……覚醒して強くなった気でいたけど、母さんには一生逆らわないでおこう」
調子に乗ってしまった自分を猛烈に反省した。あんな化け物と日常的に訓練していたのかと思うと、命があることに感謝だ。
東門側の戦況は依然として気になるが、町の中の魔物は討伐した。一旦は教会へ戻り、アイに無事を報告しよう。
俺は急いで教会の扉を押し開けた。
「アイ、終わったぞ!」
「アルス……! 無事だったのね!」
中に入ると、アイが俺の顔を見て安堵し、けれど不安の残る表情で駆け寄ってきた。
「さっき、とても大きな音が聞こえたけれど……大丈夫なの?」
「ああ、俺に平気だ。町の中の魔物も片付けたよ。……それと、さっきの音は恐らく俺の母さんの仕業だと思う」
「アルスのお母さんが?」
アイは一瞬驚いた顔をしたが、すぐに「ああ、あの方なら……」という顔で深く納得してしまった。母さんの規格外さは、もはやこの町において共通認識らしい。
だが、あの母さんとまともに戦う事ができ、あれ程の規模で攻撃を繰り出せる魔族も相当な強者のはずだ。母さんが無事か不安がよぎる。
その時だった。
――カーン……カーン……カーン……
静まり返った町に、澄んだ鐘の音が響き渡る。合計六回。
それは、町に発令されていた『警戒事態の解除』を知らせる合図だった
「……六回だったな。どうやら危機は去ったみたいだ」
「そのようね……本当に良かったわ……」
アイが胸に手を当て、安堵の息を漏らす。そして、思い出したように俺を見つめた。
「アルス、お父さんやユナがきっとすごく心配しているわ。ここは大丈夫だから、早く戻ってあげて」
「そうだな。父さんに教会に動かせない怪我人がいるって伝えておくよ。こんな状況だから、すぐに人手を回せるかはわからないけど」
「ありがとう。頭を打った方も意識を取り戻されたから、しばらくは私と神父様で十分対応できるわ。」
「わかった。でも、何かあったらすぐに衛兵本部に知らせに来るんだぞ?」
「ええ、約束するわ」
アイとのやりとりを終え、俺は急いで衛兵本部へと向かった。
衛兵本部の前にたどり着くと、建物の前でユナが今にも泣き出しそうな顔で佇んでいた。
「ユナ!」
「にぃに……!?」
「今戻ったぞ! ……泣きそうな顔してどうしたんだ?」
「だって……急にすごく大きな音が聞こえたから、にぃにや
アイちゃんに何かあったんじゃないかって……」
「心配かけて悪かった。この通りピンピンしてるよ。アイも無事だ。教会に動かせない怪我人がいるから連れては来られなかったけど」
俺たちの無事を確認し、ユナは緊張の糸が切れたようにホッと息を吐いた。……が、ふと俺の右手に握られた光る剣に気がついたようだ。
「ねぇ、にぃに? その手に持ってる光ってる剣、なに?」
「フッ……黙っていてもいずれバレることだからな。嘘偽りなく教えてやろう! これは伝説の『聖剣』だ!」
胸を張り、ドヤ顔で大袈裟に言い放つ。
すると、さっきまで涙目で心配してくれていたユナの顔から、一瞬で感情が消え去った。
「……にぃに。こんな大変な時なんだよ? 痛い妄想はほどほどにしておこうね?」
「え? いやいや、妄想じゃないって! 本当に――」
「うんうん、そうだね〜、聖剣だね〜。かっこいいでちゅね〜」
「子ども扱いするな!?」
全く信じてくれない。日頃の行いがそんなに悪いのだろうか。さっきまで泣きながら心配してくれていた妹が、一瞬で冷ややかな煽りモードに切り替わる速度に眩暈がしそうだ。
そんなやりとりをしてると、建物の中から声を聞きつけた父さんが飛び出してきた。
「アルス! 無事だったんだね!」
「父さん……勝手に出て行ってごめん」
「言いたいことは山ほどあるが……今は無事に帰ってきてくれただけで十分だ。本当に良かった」
胸を撫で下ろす父さんに、俺は真剣な顔で切り出した。
「後でしっかり説教は受けるよ。けど、先に教会の状況を伝えさせてほしい。避難中に怪我をした人が教会に十人ほど運び込まれてるんだ。頭を打ってすぐには動かせない人もいる」
「そうか……状況は分かった。先ほど王都からの使者の一団が到着してね。少しなら救援の人員を回せる。すぐに教会へ向かわせよう」
「父さん、ありがとう!」
これで教会の方はひとまず安心だ。胸を撫で下ろす俺に、父さんが真剣な眼差しを向けてきた。
「アルス、僕からも一つ確認したいことがあるんだ……少し前に、教会のある方角から光の斬撃のようなものが空へと飛んでいくのが見えたと報告があった。何か知ってるかい?」
さすがにあれだけ盛大にぶっ放せば、見られているか。ユナにも話したように正直に話すことにした。
「……ああ、それなら俺がこの聖剣でやったことだよ」
「にぃに、まだ言ってるの……?」
呆れるユナを余所に、父さんは少し思案するように顎に手を当てた。
「……アルス。もしかして、
「……正解。頭の中に直接『勇者』って文字が浮かんできたんだ」
「え……? にぃにが、勇者? うそだよね?」
ユナが引き攣った顔で俺を見る。俺だって半信半疑だけど、事実なのだから仕方ない。
「……まさか、伝説の勇者に覚醒するとはね……」
父さんは複雑な表情で深くため息をついた。
「この件は王都にも報告しなければいけない。町がある程度落ち着いたら、領主邸で今回の襲撃について報告しに行く。アルス、君も一緒においで」
「……わかった」
父さんもユナも、どこか不安そうな表情を浮かべている。それもそのはずだ。五百年前の英雄と同じ
重い沈黙が漂う中、ユナがふと俺の手元を指差した。
「……ねぇ、にぃにの聖剣、なんか変だよ?」
「ん?」
ユナに指摘されて手元を見ると、聖剣がゆっくりと明滅を繰り返し、次の瞬間には光の粒子となって俺の身体の中へと吸い込まれていった。
「……」
手の中の重みが光となって消えた。俺は疲れたように息を吐きながらユナに問いかけた。
「……ところで俺の聖剣どこやったっけ?」
「……まさか、今朝のあのふざけた会話が現実になるなんて思ってなかったよ」
ユナは呆れ果てたように、深々とため息をつくのだった。