魔族の襲撃から、およそ半日ほどが経過した。
俺たちは今、領主邸の一室に呼び出されている。部屋にいるのは俺、父さん、母さん、ユナ、そして腰に二本の剣を携えた同い年の男――キースの五人だ。
町にはまだ襲撃の恐怖がうっすらと残ってはいるが、王都から派遣された使者の一団の助力もあり、警備は大幅に強化されている。そのおかげで、町はなんとか落ち着いた夜を迎えられている。
「……なぁ、なんでキースまでここにいるんだ?」
俺は隣で腕を組んでいる男に、純粋な疑問として問いかけた。
するとキースは、ギロリと鋭い目つきでこちらを睨みつけてきた。
「あぁ? なんやアルス、僕がおったら不都合でもあるんか?」
「いや、文句があるわけじゃなくて、ただの疑問として聞いたんだけど……」
言い返す俺を制するように、母さんがポンと手を打った。
「キース君はね、東門で魔物と戦ってくれていたのよ。あたしが魔族の相手で手一杯だったから、彼がいなかったら衛兵たちの被害はもっと大きかったでしょうね」
「へぇ、そうだったのか……さすが『剣聖』様だ」
「はっ、泥臭く走ってる最中に『勇者』に覚醒したやつから褒められても、嬉しないわ。……ダサすぎるんじゃ、アホス」
「俺だってダサいと思ってるけど、仕方ないだろ!?」
ケラケラと嬉しそうに俺を煽ってくるキース。俺の不幸がそんなに嬉しいのだろうか。
昔からキースは、なぜか知らないが俺に対して当たりが強い。何かした覚えはないんだけど。
俺に対しては手厳しいキースだが、この町では注目の的となっている。一ヶ月ほど前に『剣聖』の
俺がダサい覚醒シーンを思い出して落ち込んでいると、それまで黙っていたユナがキースの前に一歩踏み出した。
「ちょっと、キースさん! さっきから聞いていれば、兄さんに失礼じゃないですか?」
「お、おう! そうだそうだ! 失礼だぞ!」
妹からの思わぬ援護射撃に、俺も背後から便乗する。だが、キースは不機嫌そうに眉をひそめた。
「失礼? なんのことや」
「とぼけないでください。兄さんのことをアホスって呼んで良いのは、許可を得てる私だけです!」
「そうだそうだ!……って、誰にも許可した覚えねぇよ!?」
ユナの予想外の発言に思わずツッコミを入れてしまった。
キースは俺のツッコミを完全に無視し、鼻で笑う。
「知るかそんなもん。アホすぎるこいつをアホスって呼んで何が悪いねん」
「兄さんがアホすぎるという点については全面的に同意ですが、それとこれとは話が別です!」
「……あれ? いつのまにか味方いなくなった?」
おかしいな。途中まで俺&ユナVSキースの構図だと思っていたのに、気づいたら二人から罵倒されている。
というか会話しているようで、俺だけ絶妙に無視にされてないか?
「こらこら、三人ともそのへんにしなさい。そろそろ使者の方がお見えになるよ」
見かねた父さんが苦笑しながら三人を窘めた。
俺たちは口を閉じ、姿勢を正す。
部屋に静寂が満ちてから間もなく、部屋の扉が静かに開いた。
中に入ってきたのは、無骨な騎士服に身を包んだ大柄な男性と、頭から深々と外套を羽織った小柄な女性の二人組だった。随分と対照的な二人だ。
使者が入ってくるのに合わせて、父さんとキースがスッと片膝をついた。慌てて俺とユナもそれに倣う。
……ふと隣を見ると、母さんだけが堂々と直立不動の姿勢を保っていた。
(それでいいのか母さん!?)
「――楽にしてくれ。久しいなクライス、エステル」
騎士服の大柄な男が気さくな口調で声をかけてきた、
「ギルバート殿もご健勝そうで何よりです」
「まさか、騎士団長自らこんな辺境までくるとはねぇ」
「エステル、騎士団長に対してその言葉遣いは失礼だよ……」
いつも通りに話す母さんに、遠さんがやんわりと注意する。
だが、母さんは「別にいいでしょこれくらい」と意に介さない様子だ。それを見てギルバートは豪快に笑い飛ばした。
「ハハハ! 構わんさ、エステルは相変わらずだな!」
(き、騎士団長……!?)
俺は目の前の男の肩書を聞いて絶句した。
騎士団長といえば、王都で最も強い猛者にのみ与えられる役職だ。
(つまり……あの怪物みたいな母さんよりも強いということか!?)
目の前に立つ男がとてつもない化け物に見えてきて、俺はガクガクと膝を震わせた。
「……ん? なんだあの坊主は? 俺をみてなんであんなに震えてるんだ?」
「ああ、気にしないで。いつものことだから」
「なに? この奇行が『いつものこと』なのか……哀れな奴だな」
ギルバートが心底同情するような目で俺を見てくる。
初対面の人に、一瞬で『かわいそうな奇行種』に認定されてしまった気がする。解せぬ。
「本題に入りますが……今回の使者としてギルバート殿が直接出向かれたのは、どのような理由からでしょうか?」
父さんが疑問を口にすると、ギルバートは表情を引き締めた。
「今回は、警護も兼ねていてな。……こちらにおられる、第二王女フローラ様の警護だ」
ギルバートが恭しく手を示すと、隣の小柄な女性がゆっくりと外套のフードを外した。
現れたのは、俺やキースと同世代位に見える、息をのむほどの可憐な美少女だった。
「「「王女様……!?」」」
父さんが慌てて頭を下げ直す。
「知らなかったとはいえ、ご挨拶もせず大変なご無礼を!」
「どうぞお顔をあげてください、クライス様。今回はお忍びでの訪問ですので、そう畏まらなくても大丈夫ですよ」
凛とした、けれどどこか透き通るような美しい声。立ち振る舞いもまさに、『お姫様』といった上品な佇まいだ。
「そういう訳には……」
「本人がいいって言ってるんだから、いいんじゃない?」
「ふふっ。エステル様の仰る通りですよ」
母さんの相変わらずの唯我独尊ぶりをニコニコと受け入れているあたり、王族にしてはかなり寛容でできたお方らしい。
「それではまず、この度の魔族の襲撃について詳しくお聞かせいただけますでしょうか」
「襲撃してきた魔族の目的や強さはどうだった?」
「明確な目的までは口にしなかったわね。襲撃してきたのもこの町には意味はないとかのらりくらりと躱されたわ。ただ……『近いうちに人間と魔族の戦争が始まる可能性がある』とだけ残していったわ」
「妙な言い回しだな。まるで偶発的に起きるみたいな言い方だ、五百年前の復讐かとも思ったが別の意図があるのか……。今は一旦置いておくか、それで魔族の強さは?」
「強かったわよ。あたしと真っ向から殴り合える相手なんて本当に久しぶりだったわ」
母さんの話を聞いたギルバートの顔に緊張が走る。
「ふむ、俺と同等の強さのエステルと対等にやりあえるってのは脅威だな……。そんなレベルのやつが魔族に何体もいるのか?」
「どうかしらね。自分自身のことを『高嶺の花』なんて自称してたから、魔族の中でも上澄みじゃないかしら」
確かに、あの規格外な規模の攻撃を行える強さの魔族が何体もいたら困るな。
(それにしても、母さんって騎士団長と同じくらい強いのか……)
騎士団長というからには母さんより圧倒的に強いのかと思っていたが……なんだ、名前負けじゃないか。
俺はギルバートへ向けて、心の中で少し舐めきった視線を送った。
「……なぁ、なんであの坊主は、急に俺のことを舐めきった顔で見てくるんだ?」
「ああ、気にしないで。いつものことだから」
「……こんな奇行ばかりで、まともに生きていけるのか?」
ギルバートの同情の目がさらに深まった。
(のびのび生きてるけど!?)
というか、母さん、さっきから俺の説明を面倒臭がらないでくれるかな。
「……まずいですね」
ポツリと、フローラ様が深刻な表情で小さく呟いた。
「確かに、アルスの将来は不安しかないわね……」
「あ、いえ! エステル様、それもそうなのですが、私が言いたかった事はそのことではなく……」
「会って数分で俺の将来を不安視するのやめてもらえます!?」
思わず大きい声で突っ込んでしまった。
俺たち初対面だよね。なぜそこまで将来を絶望されているのか。
「予知の件ですね、フローラ様」
ギルバートが重々しい口調で問いかける。父さんが「予知……?」と首をかしげた。
「はい、先日私は『予知』の
「……っ!?人類の……敗北!?」
父さんが息を呑む。部屋の空気が一瞬で氷のように冷え切った。
「……具体的な敗北の経緯や状況までわかりますでしょうか?」
「いいえ……この力はそう都合のいいものではありません。自分の意思では自由に行使できず、時折夢のように断片的な映像を見せられるだけなのです……」
期待に応えられず申し訳なさそうに首を振るフローラ様。
急に壮大で恐ろしい話になってきた。覚醒したばかりの勇者である俺にとっても、完全に他人事ではない。
(負ける未来が確定した人類側の勇者って、絶望的すぎないか……?)
今からでも入れる保険とかないだろうか。俺は一気に冷や汗をかき始めた。
「ですが……未来は、すでに変わり始めているのかもしれません」
「……と、仰いますと?」
「私がこの町への訪問に同行した理由は、最も近い予知の光景が『この領主邸での会談』だったからです。魔族の襲撃自体は予知に含まれておらず把握できておりませんでしたが……今、この場に集まっている顔ぶれが私の見た予知と異なっているのです」
「異なっている……?」
「はい。私の予知では……この会談の場に、エステル様とユナ様はおられませんでした」
(……どういうことだ?)
ユナはともかく、魔族の襲撃という未曾有の危機があったのに、この町の最高戦力である母さんが召集されないなんてあり得るだろうか?
魔族の情報を集めるなら、直接刃を交えた母さんが呼ばれないはずがない。
それなのに、予知の光景には母さんがいなかった。……それはつまり――
「なるほどねぇ。本当なら、あたしはあの戦いで死んでたかもしれない、ってことかしら」
母さんが気にした様子もなくさらりと言い放つ
「そこまでは分かりかねます……。ただ、予知と大きく異なるということは、そもそも魔族の襲撃自体がなかった世界線なのか、あるいは別の要因でエステル様がここに居られない状態だったのか……」
「そもそもの話、その『予知』って本当に信用できるの?」
「そのはずです。過去に『予知』の
フローラ様の言葉に、誰も反論することはできなかった。
それほど絶対的な力であるならば、なおさら『予知のズレ』が何を意味するのかが重要になってくる。
「フローラ様の予知にも未だ解明しきれない部分はあるようだが、人類と魔族が激突するという『大枠の未来』まで変わっているとは限らん。つまり俺たちは、遠からず訪れる人魔大戦に向けて、戦力をかき集めねばならんのだ」
ギルバートが力強く言い放つ。フローラ様も頷いた。
「はい。既に四英雄と同じ『賢者』様と『拳王』様の所在は確認されております。そして今、ここに『剣聖』様と『勇者』様が揃われました。お二方……人類の未来のため、どうか私たちに力を貸していただけないでしょうか」
フローラ様が、俺とキースに向かって深く頭を下げた。
(やっぱり、そういう話になるよな……)
勇者に覚醒した時から薄々覚悟はしていた。平穏な日常が終わる音が聞こえる。
「別にええですよ」
痛いほどの静寂を破ったのは、ずっと黙っていたキースだった。
「うおっ!? 急に喋るからびっくりした……存在感消えてたぞお前」
「黙っとれアホス」
キースはそっけなく吐き捨てると、フローラ様を直視した。
「人類巻き込むような大戦争なんやろ? 戦わんかったらどうせ死ぬだけや。なら、僕は戦いますわ」
「感謝いたします、剣聖様、勇者様……!国としても、お二方には最大限の援助をお約束いたします」
(あれ? 俺まだ返事してないんだけど……)
ちょっと待ってほしい。
「ハハハ! 最初は震えていた癖に、坊主もなかなか骨があるじゃねぇか!」
「え? あ、いや――」
「アルス……大変な道だろうが、お前が自分で決めた道だ……。父さんは応援するよ」
「にぃに……! そんな立派な覚悟を持ってたなんて、ユナ見直しちゃった!」
(おかしい!! なんで俺が自発的に志願したことになってるんだ!?)
俺の返事を待たずに、勝手に話が進んでいく。俺は焦って母さんを見た。
(頼む母さん! 俺のこの引きつった表情から、心の叫びを読み取ってくれ! 俺の思い、届け――!)
「アルス……そうだったのね」
母さんがハッとしたように目を見開いた。
(よし! さすが母さんだ! 俺のSOSが届いた……)
「人類のためなら自分の命なんて惜しくない……そこまでの覚悟を固めていたなんて、あたし、我が子ながら見直したわ!」
(なんでだよっっ!!??)
俺のアホ面、一切機能してなかった。
俺の『なるべく平穏に生きたい』というささやかな願いは、勘違いの連鎖によって完全に消え去った。戦うのが怖い訳じゃないが、命はめちゃくちゃ惜しいのだ。
「それではお二方には、来期の『王立学園』へのご入学をお願いいたします。そちらに賢者様と拳王様も入学されますので、お互いを高め合うには最高の環境かと。手続きの詳細は後日、担当の者をさせますね」
「承知いたしました」
父さんが恭しく礼をする。
「では、本日の会談はお開きといたしましょう。お疲れの中集まっていただきありがとうございました。町の警備は王都の騎士たちで行いますので、皆様はどうぞゆっくりとお休みください」
「温かいご配慮、感謝いたします」
領主邸を出て、俺たちは静かな夜道を歩いて帰路に就いた。
今日一日で、本当に色々なことがありすぎた。
人類の敗北――か。
ふと、胸の奥がチリッと痛むような、妙な焦燥感が走った。
どこかで……似たような悲劇的な結末を、見たことがあるような気がする。
……いや、気のせいか。
それがただの既視感なのか、それとも忘れてしまった遠い記憶なのか、今の俺には知る由もなかった。