戦争は終わった。そう報じられる日は来るだろう。だが、その言葉が自分たちを救うことはない。デラーズ・フリートは瓦解した。連邦は勝者となり、生き残った者たちは敗者として歴史の闇へ押し込められる。それだけの話だった。
シーマは煙草の灰を灰皿へ落とす。シーマ艦隊旗艦《リリー・マルレーン》の艦橋には、重苦しい空気だけが漂っている。コンソールでは赤い警告灯が絶え間なく明滅し、損傷を知らせる警報音が途切れることはなかった。
「左舷エンジン出力四十七パーセントまで低下! 冷却配管に亀裂!」
「第三居住ブロック、減圧は応急処置で停止! 負傷者の搬送を継続しています!」
「格納庫より報告!ゲルググ二機が中破、一機は推進剤漏れ!」
報告だけが艦橋を飛び交う。誰も勝利を口にしない。歓声もなければ、安堵の笑みもない。生き残った者たちは、それぞれの持ち場で黙々と現実を処理していた。
副官デトローフ・コッセルは煤で黒く汚れたコンソールから目を離し、ゆっくりと艦長席へ歩み寄る。疲れ切った顔で宇宙を一瞥すると、小さく息を吐いた。
「……終わりましたな」
艦長席では、シーマ・ガラハウが煙草をくわえたまま微動だにしない。紫煙だけが静かに立ち昇る。
「終わっちゃいないさ」
低く掠れた声が返る。
「終わるのは、いつだってあたしらの方だ」
デトローフは何も返さなかった。返せなかった。
戦争は終わった。だが、自分たちには帰る港も、迎えてくれる祖国も残ってはいない。連邦にも切り捨てられた。ジオンにも利用された。最後まで残ったのは、この四隻の艦隊と、生き残った二百名ばかりの仲間だけだった。
シーマは煙草を灰皿へ押し付ける。短く笑う。その笑いには、自嘲しか混じっていなかった。
「結局……また置き去りか」
その時だった。
艦橋全体が小さく震えた。通信士がヘッドセットを押さえた。
「艦長!」
「全周囲センサー異常!観測データが一致しません!」
「何?」
「星図が……!」
航海長が顔色を変える。
「既知の座標と照合不能!」
「そんな馬鹿な!」
次々とモニターへ異常表示が並ぶ。慣性航法。恒星観測。重力基準。そのすべてが、あり得ない数値を示していた。
「艦外映像を出します!」
巨大なメインスクリーンが切り替わる。艦橋から一斉に息を呑む音が漏れた。
知らない。
誰も、この星空に見覚えがなかった。宇宙世紀の人間なら誰もが見慣れている恒星の並びは、どこにも存在しない。目印になるはずの星座は一つもなく、見えるはずのコロニー群も、月も、その位置にない。
「なんだ……これは」
その声は震えていた。画面中央には、一つの青い惑星が浮かんでいる。青い。だが違う。雲の流れも、大陸の輪郭も、自分たちが知る地球とはまるで別物だった。
デトローフが、乾いた唇を動かした。
「……ここは、どこです」
誰も答えを持っていない。
シーマは新しい煙草を一本取り出す。ライターの火が、小さく揺れた。火を点ける手は、本人ですら気づけないほど、ほんのわずかだけ震えていた。煙をゆっくり吐き出し、見知らぬ宇宙を見つめる。静かに。本当に静かに。
「……帰る場所まで、失くしちまったか」
その呟きに応える者はいない。
こうして、利用され、捨てられた兵士たちは、自分たちの知る宇宙からも切り離された。誰の旗の下でもなく。帰る場所さえ失った紅の艦隊は、見知らぬ宇宙へと漂い始めた。