朱き蜉蝣の残光   作:ゆのじさん

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第9話

「ハァ……ハァ……くそっ……! 頼むから……離れてくれよッ!」

 

『GAT-X105 ストライク』の狭小なコクピットで、キラ・ヤマトは必死に操縦桿を握り締めていた。

 

数分前まで、ストライクの左腕には救命ポッドが固定されていた。その中で、桃色の髪の少女――ラクス・クラインは、激しい衝撃にも目を覚ますことなく眠っていた。

 

(守らなきゃ……! この子を……!)

 

キラは必死に戦場を抜け、救命ポッドをアークエンジェルへ届けることだけを考えていた。やがて通信回線に、聞き慣れた声が響く。

 

『ストライク、こちらアークエンジェル。ポッド回収作業に入ります』

 

「了解……!」

 

ストライクは敵の攻撃をかわしながら、アークエンジェルへ接近する。艦側のハッチが開き、回収用アームが伸びてくる。キラは慎重にストライクの腕を動かし、救命ポッドをアームの射程へ送り込んだ。

 

固定装置が作動する。

 

カチリ、と小さな音がコクピットまで届いた。

 

そのまま回収用アームがポッドを引き寄せ、救命ポッドはアークエンジェル艦内へと収容されていった。

 

『回収完了。内部生命反応、正常です』

 

その報告に、キラはわずかに息を吐いた。

 

(よかった……)

 

だが、安堵した瞬間だった。

 

『警告:複数の高エネルギー反応接近!』

 

戦場の闇から、四つの機影が迫る。

 

ラクス・クラインは、すでにアークエンジェルの艦内へ収容された。それを確認したザフト側に、迷いはなかった。目標を失ったのなら、せめて敵艦を逃がさない。そのために、まず突破口となるストライクを排除する。

 

『敵艦周辺のMSを優先して叩け! あのストライクを落とせ!』

 

通信回線に怒号が飛ぶ。

 

キラは迫り来る四機のGAT-Xを見つめ、息を呑んだ。

 

「まだ……やるのか……?」

 

ストライクのエネルギー残量は、すでに限界へ近づいている。

 

『警告:エネルギー残量7%――フェイズシフトダウンまであと45秒』

 

『OS警告:左側スラスター応答低下。機体バランス不安定』

 

「そんな……!」

 

キラは操縦桿を握り直した。

 

正面からは青いデュエルがビームライフルを叩き込み、上空からはバスターが退路を削る。

 

黒いブリッツは光学迷彩で死角を狙い、赤と黒のイージスが変形して迫る。

 

ザフトの四人はいずれも実戦経験こそ浅い。しかし、プラントのエリート候補生として訓練で叩き込まれたその連携だけは、一切の乱れがなかった。

 

「退けぇぇぇッ!」

 

キラは必死にビームライフルを放つが、重心の崩れたストライクの射撃はイージスに容易くかわされる。

 

フェイズシフトダウンまであと30秒。

 

死が眼前に迫っていた。

 

その時だった。

 

『警告:未確認高エネルギー熱源接近! 距離四千!』

 

メインコンソールが甲高い警報を鳴らす。

 

暗黒の宇宙を破り、燃えるような真っ赤な装甲を纏った未知の機体――『AGX-04 ガーベラ・テトラ』が突入してきた。

 

「各機、目標はアークエンジェル周辺の防衛だ!」

 

シーマの声が通信回線を走る。

 

「敵を全部落とそうなんて考えるんじゃないよ! あの艦を逃がすまで、食い止めりゃそれでいい!」

 

一瞬、間を置く。

 

「無茶はするんじゃない。命を拾ったんなら――最後まで生き残りな!」

 

『了解!』

 

三機のゲルググMから、ほぼ同時に返答が返る。

 

ガーベラ・テトラが一気に加速した。

 

狙うのは勝利ではない。敵の注意を引きつけ、アークエンジェルから遠ざける。それだけだ。

 

だが――その「それだけ」が、決して容易な仕事ではないことを、シーマはすぐに思い知らされることになる。

 

一瞬の加速で戦闘宙域へ飛び込んだガーベラは、ストライクへ向けて急降下していたイージスの射線を強引に遮る。

 

「当たるかいッ!」

 

イージスの放ったビームライフルを、シーマは肩部バーニアの瞬間噴射で紙一重でかわすと、追従してきたヴァルターとクルトのゲルググM二機が、畳みかけるように110mm速射砲をイージスへ向けて叩き込んだ。

 

大口径の実弾が連続してイージスの胸部装甲へ叩きつけられ、激しい火花と炸裂音が宇宙を揺らす。通常の大気圏内や宇宙戦であれば、装甲を破砕し内部メカをズタズタに破壊しているはずの直撃だった。

 

だが、煙が散った瞬間、シーマのみならずゲルググ隊のパイロットたちも言葉を失った。

 

イージスの滑らかな装甲には、傷一つ刻まれていなかった。直撃した110mm弾は装甲表面で砕け散り、無数の破片となって宇宙へ飛び散る。

 

しかし、イージスの機体は確かに衝撃を受けていた。わずかに姿勢を崩し、背部スラスターが噴射して体勢を立て直す。

 

『な……なにッ!? 110ミリの直撃だぞ!? 凹みもしねぇのかよ!』

 

『嘘だろ……実弾が弾かれてやがる……!』

 

オペレーターの声が震える。

 

『装甲表面に損傷なし。貫通も確認できません』

 

ベッカーはモニター越しに、その異常な防御性能を睨んだ。

 

『バカな……あれだけ叩き込まれて、壊れてねぇだと?』

 

『装甲そのものが硬いわけじゃねぇ……。衝撃は機体に伝わってやがる。なのに、表面が壊れてねぇ……何か仕掛けがあるぞ』

 

シーマもガーベラ・テトラのコクピットから、その様子を見ていた。

 

(実弾を弾いた……?)

 

細めた目が、イージスの装甲を捉える。

 

(違うね。ただ硬いだけじゃない……着弾の反応そのものがおかしい)

 

シーマは即座に思考を切り替えた。

 

実弾が効かない。

 

ならば、別の手段を試すしかない。

 

「……面倒な装甲だよ。なら次はビームでも試してみようねぇ」

 

だが、GATシリーズに乗る四人の訓練し抜かれた連携は伊達ではなかった。未知の赤い機体の出現にも動じることなく、瞬時に役割を分担する。

 

イージスがストライクを追う。

 

その瞬間、デュエルがガーベラの正面へ回り込む。

 

さらにバスターが、その背後へ回るように射線を移し、ブリッツが姿を消した。

 

一瞬。

 

それだけで、ガーベラの逃げ道が一つ消えた。

 

シーマの目が細くなる。

 

(……こいつら)

 

一機ずつなら、まだ読める。だが四機が動き始めると違う。

 

誰かが動けば、別の誰かがその隙を埋める。

 

「チョコマカと邪魔をするなッ!」

 

イザークの乗るデュエルが、ビームサーベルを抜刀して正面から肉薄する。

 

シーマが反転してかわした瞬間、遠方のバスターから放たれた350mmガンランチャーの砲撃が、ガーベラの逃げ道を正確に潰した。

 

「……まだ若いだろうに、よく噛み合ってるじゃないか」

 

上手い。それだけに厄介だった。

 

一人ひとりの技量だけなら、まだ読める。だが、四機が互いの動きを理解している。一機を避ければ、別の一機が待っている。

 

上昇して砲撃をかわしたシーマだったが、その頭上から光学迷彩を解いたブリッツが突如飛来。

 

爪状兵装がガーベラの左アームド・シールドを直撃し、シールドが木っ端微塵に吹き飛んだ。

 

さらにデュエルの射撃が、ガーベラの姿勢制御バーニアを捉えた。

 

直撃ではない。だが、高速機動中の機体にとって、その一撃は致命的だった。

 

「クッ……!」

 

シーマは反射的に機体を回転させる。

 

だが、いつものように機体が応えない。

 

「左の姿勢制御、反応が遅い……!」

 

モニターには損傷警告。

 

『左肩部バーニア推力低下。姿勢制御補助、制限します』

 

「たかが掠りで……」

 

シーマは舌打ちした。

 

ガーベラ・テトラは圧倒的な機動力を誇る機体だ。その強みは、一瞬の加速と細かな姿勢制御による変則的な機動にある。

 

その一部を潰されれば、ただ速いだけの機体になる。

 

「なるほどねぇ……」

 

シーマは迫るデュエルを睨む。

 

「あんたら、ただ撃ってるだけじゃないってことかい」

 

操縦桿を握るシーマの額を、一筋の汗が伝う。

 

一年戦争の幾多の修羅場を潜り抜けてきたシーマですら、これほどの精度で退路を削られる絶望的な連動は経験がなかった。

 

(この感じ、一年戦争を思い出すね…ここまでの連携をしてくるなんて、このガキども、バケモノかいッ!)

 

その間も、キラは極限の恐怖の中にいた。

 

『警告:フェイズシフト装甲、出力低下』

 

『フェイズシフトダウンまで、残り15秒』

 

(僕が落ちたら……あの艦を守れる人がいなくなる……!)

 

ストライクの装甲の色彩が濁り始めていた。

 

イージスが変形し、爪を剥き出しにして迫る。

 

シーマが一部を食い止め、痛打を浴びながらも孤軍奮闘しているものの、機体はもはや、まともな戦闘を続けられる状態ではなかった。

 

『シーマ隊長!』

 

通信機から、切迫した声が響いた。

 

『一号機、メインカメラ損傷! 視界不良!』

 

『二号機、右脚スラスター停止!』

 

『三号機、弾薬切れです!』』

 

通信機から凄惨な怒号と途切れ途切れの悲鳴が上がる。

 

ゲルググ隊が限界を超えて喰らいついていた。

 

小隊のゲルググ三機は満身創痍となりながらも、ガーベラを救うためデュエルとバスターの前に泥臭く立ちふさがった。弾切れとなった三号機が実弾の煙幕を焚き、二号機が残された速射砲をゼロ距離で叩き込む。

 

「倒せなくてもいい。撃ち続けろ!」

 

実弾はGATシリーズの装甲には効かない。だが、着弾時の連続する物理衝撃と煙幕は、バスターの照準を狂わせ、デュエルの姿勢を強引に崩させた。その混乱の波は、キラとアスランの局地戦にも及んだ。

 

「嫌だぁぁぁぁッ!」

 

ストライクの限界を感じたキラが、パニックから左側の真空へ向けてビームライフルを滅茶苦茶に威嚇射撃した。

 

イージスのアスランは、横合いから突如飛んできた予期せぬビームに驚愕し、反射的に右へ回避行動を取る。

 

その結果、イージスが回避した先に、たまたまゲルググの射線があった。

 

「……そこへ逃げたかい」

 

シーマの野性の直感が、そのわずかな乱れを逃さなかった。

 

シールドを失い、姿勢制御用バーニアを損傷したガーベラ・テトラが、残された背部スラスターの全出力を点火させる。

 

右手に抜刀した高出力ビームサーベルの刃が伸びる。

 

シーマが肉薄し、ビームサーベルを振り下ろす。

 

しかし――アスランもただでは打たれなかった。寸前でイージスはサーベルを回避し、逆撃の爪を繰り出す。

 

ガキンッ!

 

ガーベラの胸部装甲が削れ、火花が散る。

 

だが、その回避運動の隙へ、弾切れとなったゲルググMが、残された推進剤を全て姿勢制御に回し、イージスの進路へ機体を滑り込ませる。

 

『隊長、今です!』

 

一瞬だけ、イージスの姿勢制御が乱れた。

 

その隙を、シーマは逃さなかった。

 

「よくやったッ!」

 

シーマは機体を反転させ、二度目の踏み込みを敢行する。

 

実弾は弾かれた。だが、衝撃そのものは確かに機体へ伝わっていた。ならば――硬いのは、あくまで装甲表面だけだ。

 

「……だったら、そこじゃないねぇ」

 

シーマの目が、イージスの右肩へ走る。

 

装甲と装甲の隙間。可動する関節部。

 

「硬いところを叩く必要なんざ、ないのさ」

 

ガーベラ・テトラが一気に間合いを詰める。

 

右手のビームサーベルが唸りを上げた。

 

「――中を焼けばいいッ!」

 

高熱の刃が、イージスの右肩関節へ斜めに突き込まれる。

 

「ぐっ……!」

 

アスランが操縦桿を引く。

 

だが、遅かった。

 

装甲表面ではなく、その隙間から侵入した熱が関節内部を焼く。駆動系が悲鳴を上げ、右肩から激しい火花が噴き上がった。

 

『右腕、応答しません!』

 

「……やっぱりねぇ」

 

シーマの口元が、ほんの僅かに吊り上がった。

 

「外っ面は随分とお綺麗だけど……」

 

ビームサーベルの刃を、さらに関節の奥へ押し込む。

 

「中まで頑丈ってわけじゃないんだねぇ?」

 

愉しげな声だった。

 

「だったら――壊し方はあるってことさ」

 

シーマの目が、獲物の弱点を見つけた獣のように細くなる。

 

戦場全体が混迷を極めたその時、広域通信回線に強力な割り込み信号が入った。

 

『――全宙域のザフト戦闘部隊へ通告!』

 

ナタル・バジルール少佐の声が、戦場全域へ響き渡る。

 

『我が艦は現在、プラント前評議会議長シーゲル・クライン氏の令嬢、ラクス・クライン氏を保護している!』

 

『繰り返します。ラクス・クライン氏は、すでにアークエンジェル艦内に収容済みです!』

 

その通信を聞いた瞬間、ザフト部隊の動きがわずかに鈍った。

 

『……収容済み、だと?』

 

アスランの声が漏れる。

 

目的は、すでに失われていた。

 

ラクスは救命ポッドから取り出され、アークエンジェル艦内へ収容された。このまま戦闘を続ければ、ラクスを乗せた敵艦そのものを損傷させる危険がある。

 

指揮官機シグーのクルーゼは、戦場を冷静に見渡した。

 

乱入してきた未知の赤いMS。損傷を負ったイージス。そして、なおも防衛線を維持するゲルググ部隊。

 

これ以上の戦闘は、得るものより失うものが大きい。

 

『全機、離脱する。これ以上の戦闘は不要だ』

 

『目標はすでに敵艦内だ。我々がここで消耗する意味はない』

 

信号灯が点滅し、右肩を焼かれたイージス、デュエル、バスター、ブリッツ、そしてジンの群れが、一斉に反転して後退していった。

 

静まり返る宙域。

 

残されたのは、フェイズシフトダウンの警告音を鳴らしながら漂うストライク。そして、シールドを失い、スラスターを焦がしながらも、ボロボロになったゲルググ隊を従えて佇むガーベラ・テトラだった。

 

「シーマ隊長……敵機、引き上げていきます……」

 

満身創痍のヴァルターの声に、シーマは荒い息を吐きながら応えた。

 

「深追いはしないよ……。あたしたちの仕事は終わりだ」

(しかしここで人質とは…何がなんでもってことかい…)

 

ガーベラ・テトラのメインカメラが、ゆっくりとストライクへ向けられる。

 

ストライクのコクピットで、キラは途切れ途切れの荒い息を吐きながら、モニターに映る赤い機体を見つめていた。

 

(この人たちは……一体……?)

 

茫然とするキラのメインコンソールに、一瞬だけ通信が繋がる。

 

ノイズの向こうから聞こえてきたのは、冷徹で、どこか艶やかな女性の声だった。

 

『……生き延びな。』

 

ブツン。

 

通信は一方的に途絶えた。

 

「推進系、生きてるかい?」

 

『主推進は健在。ただし左側姿勢制御は要修理です』

 

「なら十分さ」

 

シーマは笑った。

 

「帰れるなら、まだ戦える……」

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