見ていただき本当にありがとうございます。
リリー・マルレーンのブリッジ。
先ほど承認されたばかりの『戦闘報告書』のデータが暗号化され、通信コンソールに転送されていく。
「隊長、クライン派の秘匿チャネルへ接続完了しました。映像なし、暗号化データ通信および音声回線を開きます」
オペレーターの報告に、シーマは艦長席で煙草を軽く揺らし、紫煙をゆったりとくゆらせた。
「繋ぎな。お偉方じゃなく、現場の連絡員かい?」
『――こちら、クライン派運用担当。シーマ司令、状況は把握しております』
スピーカーから聞こえてきたのは、冷徹で実務的な連絡員の抑えた声だった。背景には慌ただしいデータ通信の電子音が混じっている。
『アークエンジェル支援の戦闘、ご苦労様でした。当方でも遠方から戦闘挙動を観測しておりました。……人的被害なし、全機生還とのこと、見事な運用です』
「挨拶はいいよ。こっちもタダで命を張ったわけじゃないんでね」
シーマは肘掛けに肘をつき、煙草の灰を落とす。
「約束通り、うちのベッカーとデトローフがまとめた『戦闘報告書』と『ラクス・クラインの所在についての調査報告書』、ついでに交戦ログを送ってやる。例の新型機四機――特にあの赤い可変機との交戦データだ」
『感謝いたします。……データを受信中。初期解析を開始します』
一瞬の間を置き、通信の向こうでキーボードを叩く高速な音が響く。
『……これは、興味深い。110mm速射砲による直撃で表面装甲が無傷……。やはり連合のフェイズシフト装甲の実戦データとして間違いありません』
「うちの技師長が頭を抱えててねぇ。実弾をいくらぶち込んでも装甲そのものはビクともしない。……だが、完全に衝撃や熱を殺せてるわけじゃない。関節部へのビーム攻撃や、着弾の衝撃伝達についてはそっちでもデータを精査してくれ」
『了解いたしました。いただいた交戦データは直ちに解析に回します。見返りとして、こちらで把握しているフェイズシフト装甲のエネルギー消費構造、および内部機構への熱蓄積に関する解析データを返送いたします』
「話が早くて助かるよ。うちのベッカーに突っ込んでやっておくれ」
シーマの言葉に、横に立っていたデトローフが静かに端末へデータ受信の手続きを進める。
『……シーマ司令』
連絡員のトーンがわずかに変わり、実務的な申し送りが加えられた。
『クライン派上層部より伝言がございます。貴隊の優れた戦闘能力と生存性の高さは高く評価されております。もし将来的に、より深い協力関係――我々の組織構造への編入や、優先補給対象としての契約をお考えであれば、いつでも歓迎するとのことです』
その言葉を聞いた瞬間、シーマの口元に薄い自嘲と冷ややかな拒絶の笑みが浮かんだ。
「お生憎様だが、その申し出はお断りさね」
『……拒絶されるのですか? 貴隊の補給状況は決して余裕がないはずですが』
「補給は喉から手が出るほど欲しいさ。だがね、あたしたちは誰かの傘下に収まる気はないんだよ。誰かのご立派な大義名分のために使い捨てにされるのは……もう腐るほど味わされたんでね」
シーマの声から冗談の色が消え、底知れぬ重みが滲み出る。
「誰の部下にもならない。誰の旗の下にも入らない。あたしたちは、この艦の全員を生かして帰すためにここにいる。クライン派だろうがどこだろうが、あたしたちを組み込もうなんて考えるんじゃないよ」
通信の向こうで、連絡員が短く息を飲んだ気配がした。
『……承知いたしました。無理強いをする権限は私にはありません。ですが、確認させていただきます。貴隊は我々の『敵』となるおつもりですか?』
「ハッ、買い被るんじゃないよ」
シーマはカラカラと笑い飛ばした。
「わざわざ自分から敵を増やすようなバカな真似をするかい。あんたたちと銃口を向け合う理由なんて、どこにもないさ。……ただし、取引は常に『対等』だ。必要な時に、お互いの利害が一致したら手を組む。それ以上でも、それ以下でもない」
『……ビジネスパートナーとしてのスポット協力、ですね』
「そう思ってもらえれば十分さ。補給物資や情報、欲しいものがある時はお互い様だ。データ交換の件、確かに受け取ったよ」
シーマの声から笑いが消え、一段低くなる。
「……それと、ひとつ言っておくことがある」
『はい?』
「今回の依頼、あたしらが受けた時点じゃ『ラクス・クラインの救助、または所在確認』だったはずだねぇ」
『その通りです』
「ところが現場に行ってみりゃ、ザフトの艦隊まで来てた。しかも、あたしたちが護衛に入る前からドンパチ始めてるじゃないか」
『……』
「あれはどういうことだい?」
「依頼主が別口で同じ場所に戦力を差し向けるなんてのは、あたしの知る限り『ブッキング』って言うんだがねぇ」
『……申し訳ありません。クライン派としても、クルーゼ隊の行動までは把握できておりませんでした』
「だったら次から気をつけな。あたしたちは、知らない連中と一緒に命を張るほど暇じゃないんでね」
『重ねてお詫びいたします』
「まあ、ラクス・クラインの所在は確認できた。依頼そのものは果たしたんだ。今回はそれでいいさ」
シーマは煙草の煙を指先で弄ぶ。
「ただし――次に同じことをやったら、割増料金を請求するよ」
『承知しました。……それと、こちらからもう一件ございます』
「なんだい?」
『先日ご紹介したジャンク屋組合との件です』
シーマが煙草を吹かす。
『先方から正式な回答が届きました。貴隊を、ジャンク屋組合の協力事業者、ならびに登録業者として認定するとのことです』
「へぇ……思ったより話が早いじゃないか」
『今回の戦闘で使用された機体や部品の情報提供、技術交換、それに今後の廃品・補修部材の取引について、一定の信用が得られたものと判断されたようです』
「つまり、これからはジャンク屋を通して物資を買えるってことだねぇ」
『はい。もちろん、組合そのものに所属するわけではありません。あくまで独立した協力事業者としての登録です』
シーマは小さく笑った。
「そいつは結構。所属じゃなく、商売ってところが気に入ったよ」
『加えて、クライン派としても推薦状を発行しております。必要であれば、組合内での信用照会に利用できます』
「なるほどねぇ」
シーマは煙草の灰を灰皿に落としながら、しばらく黙った。
これは大きい。
これまでの艦隊は、手持ちの物資を使い潰しながら、偶然拾った部品と自分たちの技術だけで食いつないできた。
だが、これからは違う。ジャンク屋組合という、この世界で物資と情報が流れる場所に、正式な取引口を持てる。
それはつまり――
生き残るための道を、自分たちの手で一本増やせたということだ。
「……ありがたい話だねぇ」
『では、登録を進めてもよろしいでしょうか?』
「ああ。よろしく頼むよ」
シーマはそこで一度言葉を切った。
「ただし、勘違いはしないでおくれ」
『……と、申しますと?』
「ジャンク屋の看板を借りるだけさ。あたしたちはあたしたち。組合の都合で戦う気もなけりゃ、誰かの命令で動く気もない」
『承知しております』
「それでいい」
シーマは満足そうに煙を吐いた。
「商売は商売。協力は協力。所属とは別物だからねぇ」
『その点については、我々も同意いたします』
通信員の声が少しだけ柔らかくなった。
『そして……その姿勢こそ、今回こちらが推薦状を発行した理由でもあります』
「へぇ?」
『貴隊は、我々の指揮下に入ることなく、しかし必要な時には協力する。クライン派としては、その独立性を尊重した上で、今後も協力関係を築きたいと考えています』
シーマは目を細める。
「……そいつは結構」
一拍。
「じゃあ、こっちからも言っておくよ」
煙草を灰皿へ置く。
「あたしたちは、あんたたちの仲間になる気はない」
『……はい』
「だけど、敵になる気もない」
『承知しております』
「利害が合うなら手を組む。必要なものがあれば取引する。借りができたら返す。それだけさ」
シーマは口元を吊り上げた。
「そのくらいの距離が、一番長持ちするんじゃないかねぇ?」
『承知いたしました。また追ってご連絡いたします。通信を終了します』
プチリと回線が切れた。
ブリッジに静寂が戻る。
「……宜しかったのですか、隊長。完全に傘下に入れば、パーツやプロペラントの調達は一気に楽になったはずですが」
デトローフが尋ねる。
「バカ言うんじゃないよ」
シーマは背もたれに深く体重を預け、天井の配管を見上げた。
「大きな傘に入れば、最初は甘い汁を吸わせてくれるさ。だがね、最後には必ず『一番危険な泥仕事』を回される。……もう二度と、誰かの捨て駒にはならない。あたしたちは、あたしたちの足で立って生き残るんだよ」
「……了解いたしました」
デトローフは深く頷き、端末に届いたフェイズシフト装甲の解析データを保存した。
「さて……クライン派から送られてきたデータをベッカーに渡してやりな。『お前の大好きな宿題が届いたぞ』ってね」
「さて……次は、あの艦の連中と話をつけなきゃならないねぇ」
「補給の件ですか?」
「それもあるさ。だが――」
シーマは消えた通信画面を眺め、薄く笑った。
「アークエンジェルの連中が、あたしたちをどういう相手だと考えてるのか。そこをはっきりさせておきたいのさ」
「……友軍として、ですか?」
「さあねぇ」
シーマは肩をすくめる。
「少なくとも、あたしたちはあいつらの軍隊じゃない。向こうもそれは分かってるだろうさ」
煙草を灰皿へ置く。
「助けたからって、今度はこっちが面倒を見る義理もない。けどね――」
シーマの目が、わずかに細くなる。
「この先、同じ宙域で生き残ろうってんなら、話くらいはしておいたほうがいい」
「補給物資の融通。航路情報。合流地点の調整……」
デトローフが指を折る。
「アークエンジェルが第八艦隊へ合流するまでの護衛についても、ですか」
「そういうこった」
シーマは艦長席から立ち上がった。
「向こうには向こうの事情がある。こっちにはこっちの事情がある」
ブリッジの窓越しに、漆黒の宇宙が広がっている。
「だったら、腹の内を探り合うより――」
シーマは口元を吊り上げた。
「お互い、何を出せるか並べてみようじゃないか」
「交渉、ですね」
「そうさ」
シーマは歩き出す。
「さて、あの艦長さんがどこまで話の分かる人か……見せてもらおうじゃないかねぇ」