朱き蜉蝣の残光   作:ゆのじさん

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本日はここまでとなります。
見ていただき本当にありがとうございます。


第11話

リリー・マルレーンのブリッジ。

 

先ほど承認されたばかりの『戦闘報告書』のデータが暗号化され、通信コンソールに転送されていく。

 

「隊長、クライン派の秘匿チャネルへ接続完了しました。映像なし、暗号化データ通信および音声回線を開きます」

 

オペレーターの報告に、シーマは艦長席で煙草を軽く揺らし、紫煙をゆったりとくゆらせた。

 

「繋ぎな。お偉方じゃなく、現場の連絡員かい?」

 

『――こちら、クライン派運用担当。シーマ司令、状況は把握しております』

 

スピーカーから聞こえてきたのは、冷徹で実務的な連絡員の抑えた声だった。背景には慌ただしいデータ通信の電子音が混じっている。

 

『アークエンジェル支援の戦闘、ご苦労様でした。当方でも遠方から戦闘挙動を観測しておりました。……人的被害なし、全機生還とのこと、見事な運用です』

 

「挨拶はいいよ。こっちもタダで命を張ったわけじゃないんでね」

 

シーマは肘掛けに肘をつき、煙草の灰を落とす。

 

「約束通り、うちのベッカーとデトローフがまとめた『戦闘報告書』と『ラクス・クラインの所在についての調査報告書』、ついでに交戦ログを送ってやる。例の新型機四機――特にあの赤い可変機との交戦データだ」

 

『感謝いたします。……データを受信中。初期解析を開始します』

 

一瞬の間を置き、通信の向こうでキーボードを叩く高速な音が響く。

 

『……これは、興味深い。110mm速射砲による直撃で表面装甲が無傷……。やはり連合のフェイズシフト装甲の実戦データとして間違いありません』

 

「うちの技師長が頭を抱えててねぇ。実弾をいくらぶち込んでも装甲そのものはビクともしない。……だが、完全に衝撃や熱を殺せてるわけじゃない。関節部へのビーム攻撃や、着弾の衝撃伝達についてはそっちでもデータを精査してくれ」

 

『了解いたしました。いただいた交戦データは直ちに解析に回します。見返りとして、こちらで把握しているフェイズシフト装甲のエネルギー消費構造、および内部機構への熱蓄積に関する解析データを返送いたします』

 

「話が早くて助かるよ。うちのベッカーに突っ込んでやっておくれ」

 

シーマの言葉に、横に立っていたデトローフが静かに端末へデータ受信の手続きを進める。

 

『……シーマ司令』

 

連絡員のトーンがわずかに変わり、実務的な申し送りが加えられた。

 

『クライン派上層部より伝言がございます。貴隊の優れた戦闘能力と生存性の高さは高く評価されております。もし将来的に、より深い協力関係――我々の組織構造への編入や、優先補給対象としての契約をお考えであれば、いつでも歓迎するとのことです』

 

その言葉を聞いた瞬間、シーマの口元に薄い自嘲と冷ややかな拒絶の笑みが浮かんだ。

 

「お生憎様だが、その申し出はお断りさね」

 

『……拒絶されるのですか? 貴隊の補給状況は決して余裕がないはずですが』

 

「補給は喉から手が出るほど欲しいさ。だがね、あたしたちは誰かの傘下に収まる気はないんだよ。誰かのご立派な大義名分のために使い捨てにされるのは……もう腐るほど味わされたんでね」

 

シーマの声から冗談の色が消え、底知れぬ重みが滲み出る。

 

「誰の部下にもならない。誰の旗の下にも入らない。あたしたちは、この艦の全員を生かして帰すためにここにいる。クライン派だろうがどこだろうが、あたしたちを組み込もうなんて考えるんじゃないよ」

 

通信の向こうで、連絡員が短く息を飲んだ気配がした。

 

『……承知いたしました。無理強いをする権限は私にはありません。ですが、確認させていただきます。貴隊は我々の『敵』となるおつもりですか?』

 

「ハッ、買い被るんじゃないよ」

 

シーマはカラカラと笑い飛ばした。

 

「わざわざ自分から敵を増やすようなバカな真似をするかい。あんたたちと銃口を向け合う理由なんて、どこにもないさ。……ただし、取引は常に『対等』だ。必要な時に、お互いの利害が一致したら手を組む。それ以上でも、それ以下でもない」

 

『……ビジネスパートナーとしてのスポット協力、ですね』

 

「そう思ってもらえれば十分さ。補給物資や情報、欲しいものがある時はお互い様だ。データ交換の件、確かに受け取ったよ」

 

 シーマの声から笑いが消え、一段低くなる。

 

「……それと、ひとつ言っておくことがある」

 

『はい?』

 

「今回の依頼、あたしらが受けた時点じゃ『ラクス・クラインの救助、または所在確認』だったはずだねぇ」

 

『その通りです』

 

「ところが現場に行ってみりゃ、ザフトの艦隊まで来てた。しかも、あたしたちが護衛に入る前からドンパチ始めてるじゃないか」

 

『……』

 

「あれはどういうことだい?」

 

「依頼主が別口で同じ場所に戦力を差し向けるなんてのは、あたしの知る限り『ブッキング』って言うんだがねぇ」

 

『……申し訳ありません。クライン派としても、クルーゼ隊の行動までは把握できておりませんでした』

 

「だったら次から気をつけな。あたしたちは、知らない連中と一緒に命を張るほど暇じゃないんでね」

 

『重ねてお詫びいたします』

 

「まあ、ラクス・クラインの所在は確認できた。依頼そのものは果たしたんだ。今回はそれでいいさ」

 

シーマは煙草の煙を指先で弄ぶ。

 

「ただし――次に同じことをやったら、割増料金を請求するよ」

 

『承知しました。……それと、こちらからもう一件ございます』

 

「なんだい?」

 

『先日ご紹介したジャンク屋組合との件です』

 

シーマが煙草を吹かす。

 

『先方から正式な回答が届きました。貴隊を、ジャンク屋組合の協力事業者、ならびに登録業者として認定するとのことです』

 

「へぇ……思ったより話が早いじゃないか」

 

『今回の戦闘で使用された機体や部品の情報提供、技術交換、それに今後の廃品・補修部材の取引について、一定の信用が得られたものと判断されたようです』

 

「つまり、これからはジャンク屋を通して物資を買えるってことだねぇ」

 

『はい。もちろん、組合そのものに所属するわけではありません。あくまで独立した協力事業者としての登録です』

 

シーマは小さく笑った。

 

「そいつは結構。所属じゃなく、商売ってところが気に入ったよ」

 

『加えて、クライン派としても推薦状を発行しております。必要であれば、組合内での信用照会に利用できます』

 

「なるほどねぇ」

 

シーマは煙草の灰を灰皿に落としながら、しばらく黙った。

 

これは大きい。

 

これまでの艦隊は、手持ちの物資を使い潰しながら、偶然拾った部品と自分たちの技術だけで食いつないできた。

 

だが、これからは違う。ジャンク屋組合という、この世界で物資と情報が流れる場所に、正式な取引口を持てる。

 

それはつまり――

 

生き残るための道を、自分たちの手で一本増やせたということだ。

 

「……ありがたい話だねぇ」

 

『では、登録を進めてもよろしいでしょうか?』

 

「ああ。よろしく頼むよ」

 

シーマはそこで一度言葉を切った。

 

「ただし、勘違いはしないでおくれ」

 

『……と、申しますと?』

 

「ジャンク屋の看板を借りるだけさ。あたしたちはあたしたち。組合の都合で戦う気もなけりゃ、誰かの命令で動く気もない」

 

『承知しております』

 

「それでいい」

 

シーマは満足そうに煙を吐いた。

 

「商売は商売。協力は協力。所属とは別物だからねぇ」

 

『その点については、我々も同意いたします』

 

通信員の声が少しだけ柔らかくなった。

 

『そして……その姿勢こそ、今回こちらが推薦状を発行した理由でもあります』

 

「へぇ?」

 

『貴隊は、我々の指揮下に入ることなく、しかし必要な時には協力する。クライン派としては、その独立性を尊重した上で、今後も協力関係を築きたいと考えています』

 

シーマは目を細める。

 

「……そいつは結構」

 

一拍。

 

「じゃあ、こっちからも言っておくよ」

 

煙草を灰皿へ置く。

 

「あたしたちは、あんたたちの仲間になる気はない」

 

『……はい』

 

「だけど、敵になる気もない」

 

『承知しております』

 

「利害が合うなら手を組む。必要なものがあれば取引する。借りができたら返す。それだけさ」

 

シーマは口元を吊り上げた。

 

「そのくらいの距離が、一番長持ちするんじゃないかねぇ?」

 

『承知いたしました。また追ってご連絡いたします。通信を終了します』

 

プチリと回線が切れた。

 

ブリッジに静寂が戻る。

 

「……宜しかったのですか、隊長。完全に傘下に入れば、パーツやプロペラントの調達は一気に楽になったはずですが」

 

デトローフが尋ねる。

 

「バカ言うんじゃないよ」

 

シーマは背もたれに深く体重を預け、天井の配管を見上げた。

 

「大きな傘に入れば、最初は甘い汁を吸わせてくれるさ。だがね、最後には必ず『一番危険な泥仕事』を回される。……もう二度と、誰かの捨て駒にはならない。あたしたちは、あたしたちの足で立って生き残るんだよ」

 

「……了解いたしました」

 

デトローフは深く頷き、端末に届いたフェイズシフト装甲の解析データを保存した。

 

「さて……クライン派から送られてきたデータをベッカーに渡してやりな。『お前の大好きな宿題が届いたぞ』ってね」

 

「さて……次は、あの艦の連中と話をつけなきゃならないねぇ」

 

「補給の件ですか?」

 

「それもあるさ。だが――」

 

シーマは消えた通信画面を眺め、薄く笑った。

 

「アークエンジェルの連中が、あたしたちをどういう相手だと考えてるのか。そこをはっきりさせておきたいのさ」

 

「……友軍として、ですか?」

 

「さあねぇ」

 

シーマは肩をすくめる。

 

「少なくとも、あたしたちはあいつらの軍隊じゃない。向こうもそれは分かってるだろうさ」

 

煙草を灰皿へ置く。

 

「助けたからって、今度はこっちが面倒を見る義理もない。けどね――」

 

シーマの目が、わずかに細くなる。

 

「この先、同じ宙域で生き残ろうってんなら、話くらいはしておいたほうがいい」

 

「補給物資の融通。航路情報。合流地点の調整……」

 

デトローフが指を折る。

 

「アークエンジェルが第八艦隊へ合流するまでの護衛についても、ですか」

 

「そういうこった」

 

シーマは艦長席から立ち上がった。

 

「向こうには向こうの事情がある。こっちにはこっちの事情がある」

 

ブリッジの窓越しに、漆黒の宇宙が広がっている。

 

「だったら、腹の内を探り合うより――」

 

シーマは口元を吊り上げた。

 

「お互い、何を出せるか並べてみようじゃないか」

 

「交渉、ですね」

 

「そうさ」

 

シーマは歩き出す。

 

「さて、あの艦長さんがどこまで話の分かる人か……見せてもらおうじゃないかねぇ」

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