暗号通信のビープ音がブリッジに鳴り響いた。
「隊長、アークエンジェルから再度の直接通信です。マリュー・ラミアス艦長より、今後の合流および補給についての協議打診です」
オペレーターの報告に、シーマは艦長席で煙草をくゆらせ、紫煙の向こうに目を細めた。
「繋ぎな。お堅いお嬢さん方が、どんな提案を持ってくるか見ものだねぇ」
『――シーマ司令、アークエンジェルのマリュー・ラミアスです。先ほどは交戦データの共有、感謝いたします』
回線越しに聞こえるマリューの声には、どこか隠しきれない疲絶の色が滲んでいた。
「声が死んでるよ、艦長さん。あの後、またザフトのボウズどもに追いかけ回されたのかい?」
『……察しが良いのですね。追撃を振り切るため、低軌道側への迂回を余儀なくされました』
マリューは重い息を吐き出す。ヘリオポリスの崩壊から始まり、連戦に次ぐ連戦、。アークエンジェルの物資はすでに底をつきかけ、艦体も傷だらけだった。
『単刀直入に申し上げます。当艦は現在、極度の物資不足と機体消耗に直面しています。……可能であれば、今後の合流ポイントを設定し、物資の融通も含めた協力体制を協議させていただけないでしょうか』
マリューの言葉には、なりふり構っていられない焦りが込められていた。正体不明の艦隊とはいえ、これだけの戦力を有する相手だ。「物資を分けてほしい」というのがアークエンジェル側の切実な本音であった。
だが、シーマは煙草の灰をコンソールにトントンと落とすと、喉の奥でくっくと笑った。
「物資の融通、ねぇ。……勘違いするんじゃないよ、艦長さん。あたしたちはね、少なくとも、今すぐ食料や水が尽きるほど困っちゃいないさ」
『……え?』
マリューの呆然とした声が漏れる。無理もない。怪しげな少艦隊が、地球連合の最新鋭艦よりも物資に余裕があるなど、想像もしていなかったはずだ。
「うちの艦隊構成を見なかったかい? 旗艦に、補給艦、支援艦、防衛艦の4隻編成さ。あたしたちはね、ジャンク屋組合の協力事業者として登録された流れ者でねぇ。無駄撃ちを一発もせず、デブリ帯に潜んで慎重に立ち回ってきたんだ。食料と水、それにプロペラントくらいなら、当分は自分たちで食いつなげるだけの備蓄があるのさ」
『……ジャンク屋、ですか?』
マリューの声に驚きと戸惑いが混ざる。ジャンク屋組合に所属する武装船団――それならば非正規の機体や型規格外の装備を運用している説明も一応はついた。
「そうさ。だがね」
シーマは一転して、声を低く冷ややかに響かせた。
「困っているのは、むしろ『物資の形』の方さ。あたしたちが欲しいのは、あんたたち正規軍の規格品なんだよ」
『規格品……ですか?』
「そうさ。ジャンク屋の備蓄なんて、いつかは尽きる。この先を生きていく以上、あたしたちが欲しいのはCE規格の推進剤、バッテリー関連部品、OSや制御系の情報、PS装甲の技術データ、CE製MSの構造データや弾薬規格、それに艦艇用の汎用消耗品だ。……つまり『正規の規格情報と互換パーツ』だよ」
通信の向こうで、アークエンジェルの副長――ナタル・バジルールと思われる厳しい声が背後に微かに交じる。マリューが意を決したように答えた。
『なるほど……。では、取引としましょう。こちらからはCE規格のデータ、各種互換パーツ、そして当艦が保持するザフトおよび連合の戦術情報を提供できます。その代わり――』
マリューが一呼吸置く。
『――我々も、貴隊のMSおよび艦艇の技術情報、ならびにその独自の駆動系データの共有を希望します』
「ハッ、言うねぇ」
シーマは冷ややかに目を細めた。
「技術交換なら構わないよ。だがね、あたしたちの生命線まで丸裸にする気はない。渡せるのは現場での運用ログと、互換アダプターを噛ませるための外部規格データだけさ。それ以上を踏み込もうとするなら、この話は流させてもらうよ」
『……了解しました。相互の安全保障の範囲内でのデータ交換、ということで合意いたします』
マリューの返答に妥協と安堵が混ざる。これで両者は「助け助けられる関係」ではなく、不足している資源と技術を対等に売買する「独立したビジネスパートナー」として明確に線を引いた。
『……ところで、シーマ司令。先ほど保護されていたラクス・クライン姫についてですが……当艦は彼女をザフト側へ返還いたしました』
マリューは探るように告げたが、シーマは心底興味なさそうに煙を吐き出した。
「あたしたちが命張って守った娘を、あっさり返したのかい」
「…まぁいいさ。そいつはあんたたちの判断だ。あたしらが口を挟む話じゃないねぇ」
『……左様ですか。では、本題のもう一点についてご相談させてください』
マリューの声が緊張で硬くなる。
『当艦はこれから、低軌道上にて地球連合軍第8艦隊との合流を目指します。……可能であれば、合流地点まで我が艦隊と同行していただけないでしょうか』
「断るよ」
シーマは即答した。
「あんたたちの護衛に付き合う義理もなければ、連合軍の第8艦隊なんて大所帯に顔を出す気もない。軍隊のデカい組織なんてのはね、野良のジャンク屋を真っ先に使い捨てるのが関の山だからさ」
『待ってください!』
マリューが必死に呼びかける。
『ただで護衛をお願いするつもりはありません! 合流地点までの安全な航路情報、第8艦隊から引き渡される予定の補給物資の一部譲渡、そして――先ほどの戦闘で得られたザフトの最新追撃部隊の配置データを条件として提示します!』
シーマの煙草を動かす手が止まった。
デトローフがシーマへ目配せする。第8艦隊の航路情報と補給物資、そしてザフトの配置データは、今後の艦隊運用において極めて価値が高い。
「……なるほどねぇ。護衛の依頼じゃなく、条件付きの『航行取引』ってわけかい」
シーマはニヤリと口元を歪めた。
「いい度胸だよ、艦長さん。……いいさ、乗ってやるよ。第8艦隊とやらが視界に入る手前までなら、付き合ってやる。ただし、指揮系統の統合は一切拒否する。あたしたちはあたしたちの判断で動く。異論はないね?」
『感謝いたします、シーマ司令。指揮権の独立を尊重します。……合流地点を送信します』
「商談成立だ。……死にたくなきゃ、落ちこぼれないようについてきな」
通信が切れると、ブリッジに重い静寂が戻った。
「……宜しかったのですか、隊長」
デトローフが低く尋ねる。
「アークエンジェル側は、我々を完全には信用していません。ジャンク屋を自称したとはいえ、向こうもこちらの戦闘力に警戒を強めています」
「ハッ、当たり前じゃないか」
シーマは煙草の煙を天井へ吹き上げた。
「向こうもこっちを『得体の知れない化け物』と見てるし、こっちだって連合軍なんて組織をハナから信用しちゃいない。……宇宙から流れてきてジャンク屋の鑑札を手に入れたって、あたしたちの本質が変わるわけじゃないんだ。化かし合いながらでも、使えるものは使うのさ」
「第8艦隊との合流地点に近づけば、連合軍本隊と接触するリスクも高まりますが」
「その手前でドロンするさ。あたしたちは誰の駒にもならない。誰の旗下にも入らない。……合流までの間、アークエンジェルを『盾』兼『情報源』として利用して、この世界で生きていくための肉と骨をむしり取ってやるのさ」
シーマは立ち上がり、ガラス越しに暗い漆黒の宇宙を見つめた。
「全艦へ伝達! アークエンジェルと一定距離を保ちつつ、微速前進。整備班はベッカーを中心に、アークエンジェルから届くCE規格データの解析を急がせな!」
『ハッ!』
誰かの大義のためではなく、ただ仲間全員が生きて明日を迎えるために。
4隻のシーマ艦隊は、異世界の傷ついた白い艦と絶妙な距離を保ちながら、低軌道への暗い航路へと滑り出していった。