アークエンジェルとの同行を決めたシーマ艦隊は、まず先の戦闘で得た情報の整理を進めていた。
戦闘そのものは終わった。
だが、シーマ艦隊にとっては、そこで得られた情報こそが次の戦闘を生き残るための材料になる。
デトローフを中心に、各艦から上がった交戦記録とセンサー情報が集められていく。
確認された敵機は四機。
デュエル、バスター、ブリッツ、そしてイージス。
敵機の機動特性、武装、射撃精度、連携。
被弾時の挙動や、各機が戦闘中に見せた特徴。
特に重要だったのが、110mm速射砲の直撃を受けても表面装甲にほとんど損傷が見られなかった特殊装甲と、その一方でビーム兵器によって関節部や内部機構に損傷を与えられた事実だった。
シーマ艦隊が持っているのは、あくまで実戦で観測した情報に過ぎない。
それが何という兵器なのか。
なぜ実弾が効かないのか。
どの程度のエネルギーを消費し、どこまで戦闘を継続できるのか。
その答えまでは分からない。
そこで、アークエンジェル側の情報と照合することになった。
アークエンジェル側は、あの四機が地球連合軍によって開発されたGAT-Xシリーズ――いわゆる「G兵器」であることを知っている。
対してシーマ艦隊は、実際にそれらと交戦した。
ならば、互いの情報を突き合わせればいい。
シーマ艦隊にとっては、未知の兵器だったG兵器の正体を知るために。
アークエンジェル側にとっては、自分たちが知識として把握している兵器について、実戦でどのような挙動を見せるのかを知るために。
デトローフがまとめた報告書に、ベッカーが整備班から拾い上げた損傷データが加えられていく。
やがて、それらは一つの交戦報告として整理された。
もちろん、すべてを渡すつもりはない。
シーマ艦隊にも、アークエンジェル側にも、それぞれに隠しておくべき情報がある。
自分たちの艦艇やMSの核心部分まで晒す必要はない。
必要な情報だけを交換する。
それが、今の両者にとって最も安全な距離だった。
そして、情報の照合が終われば、次に話すべきは補給と合流だった。
暗号通信のビープ音が、リリー・マルレーンのブリッジに短く響いた。
「隊長、アークエンジェルから通信です」
オペレーターが振り返る。
「先ほど送信した戦闘報告書、交戦ログ、それからG兵器に関する技術所見について、受領確認が返ってきています」
「そうかい」
シーマは艦長席に深く腰掛けたまま、煙草を吹かした。
「実際のところ向こうも、あの四機の実戦での稼働データがほしいってわけだねぇ」
「はい。先方から、こちらが確認した範囲での情報交換を希望しています」
「繋ぎな」
短い操作音。
やがて、通信回線にマリュー・ラミアスの声が入った。
『――シーマ司令。先ほどは詳細な交戦記録をありがとうございました』
「礼はいいよ。こっちも知りたいことが山ほどあるんでね」
『はい。こちらでも確認したいことがあります』
マリューの声に続いて、別の声が割り込んだ。
『……あの』
少し遠慮がちな声だった。
シーマの眉が動く。
「誰だい?」
『キラ・ヤマトです』
「……へぇ」
シーマは煙草を止めた。
「ストライクの坊やかい」
『はい』
「生きてたようで何よりだねぇ」
『……ありがとうございます』
キラの声には、まだ戦闘直後の疲労が残っていた。
シーマは一瞬だけ黙る。
死に物狂いでストライクを動かしていた少年。あの後も変わらずパイロットしていたのだろう。
あの極限状態で、あれだけの機体を操り続けた。
そして――自分たちが戦った四機もまた、この少年と同じ「G兵器」と呼ばれる機体だった。
「それで?」
『……僕からも、確認したいことがあります』
「言ってみな」
『ガーベラ・テトラが交戦したイージスについてです』
シーマの目が細くなる。
「……ああ、あの赤い可変機かい」
『はい。あれは、イージスです』
「イージス、ねぇ」
シーマはその名称を繰り返した。
「なるほど。正式名称は分かった」
『僕たちが知っている範囲なら、説明できます』
その言葉に、ブリッジにいたデトローフがわずかに顔を上げた。
シーマは顎を引く。
「聞かせてもらおうじゃないか」
『イージスは、地球連合軍が開発したGAT-Xシリーズの一機です。僕のストライクも同じ系列です』
「地球連合軍?」
『はい』
デトローフが端末へ目を落とす。
「つまり、あの四機はザフト製じゃなかった、と?」
『……そうです』
一瞬、ブリッジに沈黙が落ちた。
シーマは煙を吐き出した。
「なるほどねぇ。ザフトの連中が連合の兵器を使ってたってわけかい」
『正確には、奪取されたんです』
キラの声が少し沈む。
『僕たちの艦も、そのG兵器を奪われた場所にいました』
「そういう事情かい」
シーマはそれ以上追及しなかった。
「じゃあ、こっちからも確認したことを話そうかねぇ」
デトローフが端末を操作する。
「GAT-Xシリーズ。確認できたのは四機。デュエル、バスター、ブリッツ、イージス。ストライクを含めれば五機」
『はい』
「共通しているのは、従来のMSとは比較にならないほど高い機動性能と火力。それから――」
シーマの声が少し低くなる。
「実弾が効きにくい、異常な装甲だねぇ」
『……フェイズシフト装甲です』
「それだよ」
シーマは煙草を軽く振った。
「フェイズシフト装甲。こっちの報告書にも書いたが、110mm速射砲を何発食らわせても表面がほとんど無傷だった」
『はい。ただ……』
キラが言葉を選ぶ。
『PS装甲は無敵ではありません』
シーマの目が鋭くなる。
「ほう?」
『電力を使います。装甲を展開している間は、機体のバッテリーを消費します』
デトローフが端末に記録を始める。
『それに、装甲が衝撃を完全に消しているわけでもありません。機体そのものには衝撃が伝わります』
「だから、あの時の直撃で姿勢を崩したのかい」
『……たぶん』
「なるほどねぇ」
シーマは笑った。
「だったら、あたしたちの見立てもあながち間違っちゃいなかったわけだ」
通信の向こうで、キラが少し驚いたように息を呑む。
『……気づいていたんですか?』
「戦場で相手の弱点を探すのは、あたしらの仕事さ」
シーマは平然と言った。
「装甲は傷つかない。だが、衝撃は伝わる。ビームなら関節内部まで熱を通せる。なら、装甲そのものを破壊する必要はない」
少しだけ笑う。
「中身を壊せばいい」
『……』
キラが黙り込んだ。
その沈黙に気づいたのか、シーマは声を少しだけ柔らげる。
「怖がる必要はないよ、坊や」
『……怖がってません』
「そうかい」
シーマはくすりと笑った。
「なら、その顔でいい」
通信を聞いていたマリューが、苦笑交じりに割って入る。
『シーマ司令……』
「なんだい?」
『キラは、まだ戦闘の疲労が抜けていませんので』
「分かってるさ」
シーマは煙草を置いた。
「ただね、あたしが知りたいのは機械の話だけだよ。坊や自身を尋問する気はない」
『……ありがとうございます』
今度の声は、キラだった。
その一言に、シーマは少しだけ目を細めた。
「礼なんざいらないよ」
短く息を吐く。
「ただ――」
一拍置いて、続ける。
「次にあの連中とやり合うことになった時、互いに生き残るために必要なことを教えてくれりゃいい」
『……はい』
キラの返事は、先ほどよりもはっきりしていた。
そこで、別の声が入る。
『シーマ司令』
硬質な女の声。
「……こんどはどちらさんだい?」
『はい。ナタル・バジルールです』
「副長さんまで出てきたかい」
『今回の情報交換について、こちらからも確認させていただきたいことがあります』
「なんだい?」
『貴艦隊は、GAT-Xシリーズを「G兵器」と呼称していますが、我々が把握していない情報をどこから得たのでしょうか』
シーマの口元から笑みが消える。
デトローフが横目でシーマを見る。
なるほど。
軍人らしい質問だった。
「戦場で見たものを、こっちで分類してるだけさ」
『……それだけですか?』
「それ以上でも、それ以下でもないよ」
ナタルは黙った。
やがて、
『了解しました』
と返す。
『こちらも、貴艦隊についてすべてを把握しているわけではありません。ですが、現時点では相互の情報交換が最も合理的だと判断します』
「話が早いねぇ」
『ただし、機密情報については双方とも開示範囲を限定する。これでよろしいですね』
「もちろんさ」
シーマは即答した。
「こっちだって、自分たちの首根っこまで晒すほどお人好しじゃない」
『同感です』
ナタルの返答には、ほんの僅かに柔らかさがあった。
「じゃあ、こうしようじゃないか」
シーマが言った。
「GAT-Xシリーズについては、こっちが確認した戦闘データを渡す。そっちからは、PS装甲の基本的な特性とバッテリー運用について教えてもらう」
『承知しました』
「それと、ストライクの坊やか、艦長に聞きたいんだけどねぇ」
『はい』
『……なんでしょう』
「坊やの機体も含めたGAT-Xシリーズについてなんだけどねぇ、分かりやすく言えば、試作機や概念実証機の類だろう?」
『はい』
「イージス、バスター、ブリッツはそれぞれ分かりやすい。だが、ストライクの特徴ってのがイマイチわからないんだよ。」
『……ストライクには、いくつかの戦闘装備があります』
キラは少し考えてから答えた。
『用途に合わせて装備を換えることで、近接戦闘、砲撃戦、機動戦に対応できます』
シーマの目が細くなる。
「なるほど」
その声には、技師長のベッカーが聞けば頭を抱えそうな興味が滲んでいた。
「面白い機体じゃないか」
『……そうですか?』
「戦場で武器を持ち替えるだけなら珍しくもない。だが、機体そのものの運用思想まで変えるってのは興味深いねぇ」
デトローフが苦笑する。
「隊長、またベッカーが喜びそうな話を……」
「いいじゃないか。宿題が増える分には、あいつも退屈しないだろ」
通信の向こうで、キラが小さく笑った。
その笑い声に、シーマはわずかに目を細める。
つい先ほどまで死に物狂いで戦っていた少年が、ようやく少しだけ年相応の声を出した。
「……さて」
シーマは話を切り替えた。
「機械の話はここまでだ」
『はい』
「こっちからも確認したい。あんたたちはこれから第8艦隊と合流するんだったねぇ?」
『はい』
マリューが答える。
『現在、合流地点へ向けて航行しています』
「なら、前に話した通りだ」
シーマは艦長席から立ち上がった。
「そこまでは付き合う。だが、あたしたちは第8艦隊と直接合流するつもりはない」
『承知しています』
「途中で必要な情報と物資を交換する。それから、あたしたちは離れる」
『はい』
マリューが答えた。
『……シーマ司令』
「なんだい?」
『先ほどの戦闘で、私たちは貴艦隊に助けられました』
少し間があった。
『改めて、ありがとうございます』
シーマは黙って煙草を見つめた。
やがて、小さく笑う。
「礼はいいよ」
『ですが――』
「その代わり、次に会った時に商売を成立させてくれりゃ、それで十分さ」
通信の向こうで、マリューが微笑んだ気配がした。
『……分かりました』
「じゃあ、また後でねぇ」
『はい』
通信が切れる。
ブリッジに静寂が戻った。
デトローフが端末を閉じる。
「……隊長」
「なんだい?」
「随分と、あの少年を気にかけておられるようでしたが」
「そう見えたかい?」
「ええ」
シーマは鼻で笑った。
「気のせいさ」
「……そうですか」
「ただねぇ」
シーマは艦橋の前方を見た。
漆黒の宇宙の向こう。
一定距離を保って航行する白い艦の姿がある。
「死にそうな顔で戦場を飛び回って、それでも仲間を守ろうとしてる坊やを見たらねぇ」
ほんの一瞬だけ、その声から艦隊司令としての硬さが抜けた。
「……まあ、気にはなるさ」
「なるほど」
「それに――」
シーマは口元を吊り上げた。
「うちのベッカーが、あのストライクって機体を見たがるだろうからねぇ」
「……そちらが本音ですか」
「さあねぇ?」
リリー・マルレーンの艦橋に、小さな笑い声が響いた。
その頃。
アークエンジェルの艦内では、キラがストライクの整備データを確認していた。
モニターには、先ほど交戦した赤いMS――ガーベラ・テトラの映像が映っている。
シールドを失い、機体を傷つけながらも、最後まで戦場に残った機体。
知識として把握していた情報と照合される中で、あらためてその存在感が浮かび上がる。
そして最後に聞こえた、あの声。
『……生き延びな』
キラは画面を見つめたまま、ぽつりと呟いた。
「……あの人たち、敵じゃないのかな」
その隣で、ナタルが腕を組んだ。
「少なくとも、我々を助けたことは事実だ」
「でも、僕たちの味方ってわけでもない」
「そうだ」
ナタルは即答した。
「だからこそ、警戒は必要だ」
だが、少し考えた後で続ける。
「……同時に、敵と決めつける理由もない」
キラが顔を上げた。
ナタルはモニターに映るガーベラ・テトラを見る。
「彼らは、我々を助けるために戦った。しかし、我々のために戦ったわけではない」
「……自分たちのため?」
「おそらくな」
ナタルは静かに言った。
「彼らは彼ら自身が生き残るために動いている」
キラはしばらく黙っていた。
探り合っていた両者の情報が重なり合い、戦場の実態がひとつ解き明かされた。
そして、ふと小さく笑う。
「……それって、悪いことなのかな」
ナタルは答えなかった。
ただ、モニターに映る赤い機体を見つめた。
白い艦と、四隻の異邦の艦隊。
互いに信用しているわけではない。
互いに所属するつもりもない。
それでも今だけは、同じ航路を進んでいる。
それぞれが、自分たちの明日を生き残るために。