薄暗い作業スペースには、解析中のジンやG兵器から抽出された各種コンポーネントと、それらの設計データがホログラムモニター上に浮かび上がっていた。
集められた若い整備兵やパイロットたちを前に、ヴァルターとベッカーが講師役として立っていた。その中に、真剣な眼差しで画面を凝視するクララの姿もあった。
「……でも、不思議なんですけど」
クララが腕を組み、素朴な疑問を口にした。
「Nジャマーって、広範囲の電波や通信を徹底的に妨害するシステムなんですよね? なのに、なんでこの世界ではモビルスーツ戦なんて高度な戦闘が成立してるんですか? レーダーも通信も死んでるなら、まともに戦えるはずがないのに」
周囲の若い兵たちも頷く。
ヴァルターはモニターに表示されたジンのセンサー構成図を指し示しながら言った。
「そこが、この世界の妙なところだ」
「勘違いするなよ」
ベッカーが腕を組み、横から引き継ぐ。
「広域レーダー、無線通信、電波による測位や誘導……こいつらは極端に使い物にならなくなる。だが、全部のセンサーが死ぬわけじゃない」
ベッカーはモニターの項目をいくつか強調させた。
「光学カメラ、赤外線、熱源探知、レーザー測距、各種の受動センサー……これらはNジャマー下でも普通に動く。ただし、空間全体に強烈な電磁ノイズが漂っているから、機器や通信の環境自体が常にギリギリの状態にあるのは間違いないがね」
「つまり、センサーが死んで何も見えないわけじゃない」
ヴァルターが低く付け加える。
「見えてはいる。ただ、遠距離になればなるほどノイズと干渉が酷くなり、正確な数値を弾き出せなくなるということだ」
クララが納得したように頷く。
「じゃあ……遠くの敵を機械の力だけで正確に捕捉するのは、ほぼ不可能ってことですか?」
「そういうことだ」
ヴァルターの回答を受け、ベッカーがC.E.側MSのセンサーユニットの内部構造を拡大した。
「だからC.E.のモビルスーツは『目で戦う』ようにできている。光学、赤外線、熱源……電波に依存しない複数のセンサーをリアルタイムで組み合わせ、さらに最後はパイロット自身の視認と直感に頼るんだ」
ベッカーは若い兵たちを鋭い眼光で見回した。
「いいか、機械だけで戦ってると思うな。目で見ろ、熱を感じろ、音を拾え。複数の断片的な情報を自分の頭で突き合わせるんだ。機械が出した数字をハナからそのまま信じるな。数字がおかしいと思ったら、まずその数字の方を疑え」
実戦的な教訓に、若手たちが背筋を伸ばす。
すると、クララが別の画面を見つめながら、さらに首を傾げた。
「でも……それなら、もっと不思議です」
「何がだ?」
「Nジャマーがあるなら、核エンジンも使えないんですよね?」
ベッカーが頷く。
「少なくとも、核分裂炉はな」
「じゃあ、なんであんな高出力で動けるんですか? Nジャマーがある環境で、どうやって動力を得ているのか……」
ベッカーは若手たちの顔を見渡し、教え込むように指を立てた。
「まず、核と言っても一種類じゃない」
モニターの片側に、シーマ艦隊のMSが搭載している動力のデータが表示された。
「俺たちのMSや艦艇が積んでいるのは『熱核融合炉』だ。核融合ってのは、水素のような軽い原子核同士を融合させて、より重い原子核に変わる時に生まれる膨大なエネルギーを取り出す方式だ」
次に、モニターの反対側にC.E.世界の核技術のデータが出される。
「一方、このC.E.世界でNジャマーによって封じられたのは『核分裂反応』だ。ウランのような重い原子核を分裂させてエネルギーを得る方式だな。いいか、核分裂と核融合は、どちらも『核エネルギー』と呼ばれちゃいるが、物理的な反応そのものが根本的に違う」
クララが目を輝かせた。
「じゃあ……Nジャマーは、私たちの熱核融合炉には効かないんですか!?」
「理論上は、そうなる」
ベッカーは短く答えたが、すぐに表情を硬くした。
「だからって、あたしたちの動力炉を連中に見せていい理由にはならんがな」
「え? なんでですか? 使えるなら問題ないんじゃ……」
「問題は、核融合炉が使えるかどうかじゃないんだよ」
ベッカーは溜息を吐きながら言った。
「この世界じゃ、『核』という言葉そのものが政治的・社会的に絶望的なレベルで嫌われ、警戒されている。それが問題なんだ」
モニターには、Nジャマー紛争以降の地球圏のエネルギー危機の歴史が映し出された。
「C.E.では、Nジャマーによって核分裂発電を封じられた。その結果何が起きたか? 社会を維持するために、バッテリー技術が異常なまでの進化を遂げたんだ。つまり『核が使えないからバッテリーで我慢している』という単純な話じゃない。核を封じられた社会が、必要に迫られて別の技術体系を極端に磨き上げたんだよ」
C.E.製MSの内部機構図が展開される。
「超高密度の化学バッテリー、高効率モーター、極限まで調整されたアクチュエーター、高度な電力制御OS、徹底した省電力設計……連中はこれらを組み合わせることで、核融合炉を使わずにあの桁外れの戦闘力を実現している」
ヴァルターが腕を組み、深く頷いた。
「なるほどな……。つまり、こいつらは『核が使えないから弱い』んじゃない。核を使えない過酷な環境下で、強くなるための別の答えを探し当てたということか」
「そういうことだ」
ベッカーが同意する。
そこでヴァルターは、改めてジンやG兵器の数値データを見つめ直した。
「……しかし、それでも妙だ。いくらバッテリーが優れていると言っても、あれだけの推進力と運動性能を短時間で維持するのは、こちらの常識からは考えづらい」
「そこは俺にもまだ納得がいかん」
ベッカーも苦笑いを浮かべる。
「こちらの常識じゃ、あんな勢いでスラスターを焚いてビームを撃ちまくったら、真っ先に電力かプロペラントが底をつく。なのに連中は、それが『当たり前』の前提として戦闘システム全体を完璧に組み上げてやがる」
動力源そのものの出力だけで見れば、UCの熱核融合炉に比べてC.E.のバッテリーははるかに非力だ。しかし、機体全体のシステムパッケージとして見た場合、過酷な制限下で極限まで洗練された、異常なまでの合理性がそこにはあった。
クララが尋ねた。
「……じゃあ、向こうのモビルスーツって、私たちの機体より優れている部分もあるんですか?」
「あるさ」
ベッカーは迷わず即答した。
「全部が上ってわけじゃない。だが、このNジャマーが飛び交う環境で戦うなら、向こうの技術には向こうなりの圧倒的な強みがある。俺たちが『なんでこんな面倒な構造にしてるんだ?』と思った部分には、全部理由があるんだよ」
宇宙世紀の技術の方が優れている――そんな漠然とした思い込みを、ベッカーはあっさりと切って捨てた。
ヴァルターが静かに語りかける。
「Nジャマーがあるから不便なんじゃない。Nジャマーが存在するからこそ、こいつらはこういうモビルスーツとして進化を遂げたんだろうな」
クララたちは画面の中のジン、ストライク、そして各種G兵器の図面を改めて見つめた。それらは単なる異世界の兵器ではなく、この世界の生存競争が生み出した必然の姿だった。
「だからこそだ」
ベッカーが厳しい声で全員の意識を引き戻した。
「俺たちは自分たちのMSの動力について、外部に余計なことを喋るな。口が裂けてもな」
若手兵士たちが息を呑み、静まり返る。
「核融合という理屈を知っているかどうかじゃない。実用化して、しかもMSに積めるところまで持っていっている――それを知られるのがまずい」
ヴァルターが低く、重い声で応えた。
「単なる技術的な価値だけ留まらない。世界の情勢を激変させるほどの『政治的兵器』としての価値がつく」
「そういうことだ」
ベッカーが頷く。
「俺たちの動力炉は、ただのエンジンじゃない。この世界じゃ、それ存在が世界を揺るがす機密兵器になるんだ」
アークエンジェルとの情報交換の際、シーマたちが機体の動力系に関する核心を徹底的に伏せ切った判断。それがどれほど綱渡りであり、かつ決定的な英断であったかを、若手たちは身体の芯で理解した。
ヴァルターは背を向け、最後に若手たちを見回した。
「覚えておけ。戦場で『使えない』なんて言葉を安易に使うな。使えないなら、どう使うかを考えろ。それが兵隊だ」
「……へい」
クララが返事をし、ベッカーは画面のジンを見ながらフッと口元を緩めた。
「……まあ、Nジャマーの下でここまで見事にモビルスーツを動かしてる連中だ。俺たちも少しくらい、見習う価値はあるだろうさ」
敵の技術だからと蔑むのではなく、生き残るために全てを貪欲に理解し、利用する。
クララは改めて、目の前のジンを見つめた。
それは、自分たちより劣った兵器ではなかった。
この世界で生き残るために、別の答えを選んだ兵器だった。