朱き蜉蝣の残光   作:ゆのじさん

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第15話

第8艦隊とシーマ艦隊は、互いに一定の距離を保ったまま同調航行を続けていた。

主砲の射程に入りかねない絶妙な間合い。だが、ブリッジを満たしているのは一触即発の殺気ではなく、探り合いの果てに生じた奇妙な静寂だった。

 

リリー・マルレーンのブリッジでは、ハルバートンとの通信が継続していた。

 

「地球連合とザフトの戦局、それに連合側の主要勢力について教えてもらおうか。ついでに――地球へ降りる際の一般的な手順と、大規模な艦隊が集中する軍事拠点もね」

 

シーマは艦長席に深く身体を預け、淡々と問いを重ねた。

尋ねるのは、この見知らぬ世界で四隻の艦隊を生存させるために絶対に必要な最低限の情報だけだ。自軍の戦力や出どころについて一切口にしない代わりに、相手の軍事機密に踏み込むような無躾な質問もしない。

 

『連合は地球上の主要国家による連合体だが、一枚岩ではない。現在はプラントのザフトに対し、物量で押し込む形を取ってはいるが……主要拠点は常に激戦区だ。降下後に避けるべき地域も含め、航法データに差し支えない範囲の情勢図を送ろう』

 

ハルバートンの回答も極めて理性的だった。中立国オーブの存在と立場、連合軍の管理空域など、概要に留めた客観的なデータが提示される。彼もまた、シーマ艦隊の正体を根掘り葉掘り糺すような真似はしなかった。

 

「あんた、変わった軍人だねぇ」

 

『何がだ?』

 

「普通なら、こういう得体の知れない連中を見つけたら、もっと詳しく知りたがるもんさ」

 

『知りたいとは思っている』

 

ハルバートンの落ち着いた声が返る。

 

『だが、無理に聞き出したところで、君たちがこちらを信用するとは思えん』

 

「……ハッ」

 

シーマは肩を揺らし、薄い笑みを漏らした。

 

通信が切れる直前、シーマがふと思い出したように口を開いた。

 

「……ところで、ハルバートン司令」

 

『なんだ?』

 

「一つ、こっちから提案があるんだけどねぇ」

 

わずかに間を置く。

 

「あんたら、アークエンジェルを地上へ降ろすんだろ?」

 

『……そうだ』

 

「だったら、その間の護衛をあたしたちが請け負ってやるよ」

 

ブリッジの空気が僅かに変わった。

 

ハルバートンの声にも、わずかな警戒が混じる。

 

『君たちが?』

 

「ああ。ここまで来る間に、あたしたちはザフトの追撃を何度も振り切ってる。少なくとも、あんたらだけで降りるよりは生存率が上がると思うがねぇ」

 

『……条件は?』

 

即答だった。

 

シーマは口元を吊り上げる。

 

「話が早くて助かるよ」

 

「ザフトの連中が来るかもしれないからねぇ。報酬は前払い。仕事をするなら、まず金を見せな」

 

『現金だと?』

 

「そうさ。あたしたちはこの世界の通貨を持っちゃいない。食料も部品も必要だし、艦の修理には金が要る。将来の便宜だとか、感謝状だとか、そういうのは結構さね」

 

煙草の煙をゆっくり吐き出す。

 

「仕事をしたら、仕事代を払ってもらう。それだけだよ」

 

ハルバートンはしばし沈黙した。

 

やがて、低く落ち着いた声が返ってくる。

 

『……分かった。護衛任務の対価として、現金を支払おう』

 

「額は?」

 

『君たちの要求を聞こう』

 

シーマは僅かに目を細めた。

 

「そっちから提示しな。あたしたちには、この世界の相場が分からないんでねぇ」

 

『なるほど』

 

ハルバートンは少し考えた。

 

『では、地上降下完了までの護衛任務として、相応の金額を提示する』

 

「……前払いで頼むよ」

 

『前払い?』

 

「ああ。あたしたちは、この世界じゃ新参者だ。仕事が終わった後で『やっぱり払えません』なんて言われちゃ困るんでねぇ」

 

『……合理的だな』

 

「あたしらは慈善事業をやってるんじゃない。命を張る仕事なら、報酬は先に確保する。それだけさ」

 

ハルバートンは一瞬だけ黙り、それから小さく息を吐いた。

 

『分かった。前払いにしよう』

 

「話が早くて助かるよ」

 

『ただし、こちらの軍用決済口座から、君たちの指定口座へ送金する形になる』

 

「あたしたちに口座なんてないよ」

 

『……そうだったな』

 

ハルバートンは一瞬考えた。

 

『なら、君たちが取引しているジャンク屋組合の決済口座を経由するのはどうだ。そこへ前払いで振り込む』

 

シーマは僅かに目を細めた。

 

「なるほどねぇ。あんた、意外と頭が回るじゃないか」

 

『軍人だからな』

 

「そいつは失礼したよ」

 

『では、今送る』

 

通信の向こうで手続きが進められる。

 

数秒後、シーマ艦隊側の端末に入金通知が表示された。

 

「……確認した」

 

シーマは口元を吊り上げた。

 

「これで商談成立だ」

 

そして、鼻で小さく笑う。

 

「いくら何でも決断が速すぎないかい?……あんた、本当に軍人らしくないねぇ」

 

『褒め言葉として受け取っておこう』

 

「そうしな」

 

シーマは艦長席へ深く身体を預け直した。

 

「これで商談成立だ」

 

『よろしく頼む、シーマ司令』

 

「ああ。地球まで、きっちり護衛してやるよ」

 

通信が切れると、ブリッジには再び静寂が戻った。

 

間もなくデトローフやベッカーが招集され、今後の方針を巡る協議が始まった。

 

「……ハルバートンからの情勢データと、アークエンジェルから引き出したCE規格のデータを見比べてみたがね」

 

ベッカーが端末のホログラムを苛立ちまぎれに突いた。

 

「データだけあっても、材料がなきゃ機械は直せねぇ。宇宙世紀製の予備部品には限りがあるんだ。宇宙で拾えるジャンクにも限界がある。このまま宇宙を漂い続けば、いずれどっかが確実に止まるぞ」

 

ベッカーの指摘は現実的かつ致命的だった。規格が理解できたところで、手元にある金属や電子素子が枯渇すれば、ガーベラ・テトラもゲルググMもただの鉄くずと化す。

 

シーマは煙草の灰をトントンと落とし、静かに目を細めた。

宇宙に居続けること自体が目的ではない。自分たちが生き残るための基盤を固めなければならないのだ。

 

「だったら――」

 

シーマは煙草を置いた。

 

「地球に降りるしかないねぇ」

 

補給、修理、そして代替部品の調達。すべては重力の底にある。

 

だが、降りる場所の選定は難航を極めた。

大規模な連合軍基地やプラントの関連地域へ出向くのは、ザフトや連合との無用な摩擦を招くだけだ。かといってオーブは技術的な魅力こそあれど、国家という巨大な枠組みに接触するのはリスクが高すぎる。

 

「軍隊の港じゃ身元を突っ込まれて終わりだ」

 

デトローフが眉をひそめる。

 

そこで、シーマはふと思い出した。以前、接触したジャンク屋。

 

「……そういや、あいつらなら何か知ってるかもしれないねぇ」

 

シーマはオペレーターへ視線を向けた。

 

「前に接触したジャンク屋。ロウに通信を繋ぎな」

 

「了解」

 

しばらくして、通信が繋がる。

 

『――シーマさん?』

 

聞き慣れた声が返ってきた。

 

「久しぶりだねぇ、ロウ」

 

『どうしたんだ?急に』

 

「ちょっと聞きたいことがあってね」

 

シーマは前置きもそこそこに切り出した。

 

「こっちはこれから地球へ降りることになった。地上で部品を調達したり、修理をしたりできる場所に心当たりはあるかい?」

 

『地上で?』

 

「ああ。軍隊の施設じゃない。できれば、あたしたちみたいな連中でも話をつけられる場所がいい」

 

通信の向こうで、ロウが少し考える気配がした。

 

『それなら、ギガフロートがある』

 

「ギガフロート?」

 

『ああ。ジャンク屋が集まってる拠点みたいなもんだ。地上で物を探したり、部品を手に入れたりするなら、話は早いと思うぜ。シーマさんたちもジャンク屋組合の協力事業者になってんなら入れると思う』

 

「へぇ……」

 

シーマは目を細めた。

 

「場所は?」

 

『ちょっと待ってくれな』

 

ロウが何かを確認する音がする。

 

やがて、通信回線を通じて座標データが送られてきた。

 

「受信しました」

 

オペレーターがすぐに端末へデータを取り込む。

 

「航法データに登録します」

 

シーマはスクリーンに表示された座標を眺めた。

 

ギガフロート。今の自分たちにとって、貴重な選択肢の一つだった。

 

『そこへ行くのか?』

 

ロウが尋ねる。

 

シーマは小さく笑った。

 

「まだ決めちゃいないさ」

 

『そうなのか?』

 

「地上に降りてから、周りの状況を見て決める。あたしたちはあたしたちの都合で動くんでね」

 

『なるほどな』

 

「でも、助かったよ。こういう情報はありがたい」

 

『それなら、地上に降りたらまた連絡してくれ』

 

「ああ。その時はよろしく頼むよ、世話になったね。ロウ」

 

通信が切れる。

 

シーマは背もたれに身体を預け、登録された座標をもう一度確認した。

 

「ギガフロート……ねぇ」

 

まだ、そこへ行くと決めたわけではない。

 

だが、宇宙を出た後の行き先が一つ増えた。

 

それだけでも十分だった。

 

シーマはつぎに、先行するアークエンジェルへ回線を繋がせた。

 

『――シーマ司令?』

 

マリューの顔がモニターに映し出される。

 

「艦長さん、そっちはこれからどこへ降りる気だい?」

 

『当初の予定では、アラスカのアラスカ基地へ向かうことになっています』

 

「アラスカねぇ……」

 

シーマは一度、ハルバートンから受け取った情勢データへ視線を落とした。

 

「けど、あんたたち。そこへ無事に辿り着けるのかい?」

 

『……どういう意味でしょう?』

 

「ザフトがあんたたちを追ってるんだろう?」

 

『それは……』

 

マリューが言葉を濁す。

 

シーマは鼻で笑った。

 

「なら、予定通りに行けるとは限らない。追撃を振り切れなきゃ、降下地点を変えることだってあるんじゃないのかい?」

 

『その可能性はあります』

 

「だったら話は早い」

 

シーマは煙草を指先で回した。

 

「実はさっきハルバートン司令と契約してねぇ。あたしたちは、あんたたちが地球へ降りるところまで付き合うよ」

 

『……地球降下まで、ですか?』

 

「ああ。ただし、そこから先は別だ」

 

シーマの声に迷いはなかった。

 

「降下地点がどこになろうと、地上に降りた時点で契約は終わり。あたしたちはあたしたちの行き先へ向かう」

 

『つまり……』

 

「最初からアラスカまで付き合うつもりはないってことさ」

 

マリューが少し考える。

 

『分かりました。ただ……もし降下地点が変更された場合は?』

 

シーマは即答した。

 

「地球に降りるまで、だ。場所がどこだろうと構いやしない」

 

『……分かりました』

 

マリューの表情から、わずかに緊張が抜ける。

 

『では、改めて地球降下地点までの護衛をお願いできますか?』

 

「受けようじゃないか」

 

シーマは口元を吊り上げた。

 

「何度も言うが、勘違いするんじゃないよ」

 

その目が鋭くなる。

 

「あんたたちの仲間になるわけじゃない。地球に降りるまで、契約相手を守る。それだけさ」

 

『承知しています』

 

「地上に降りたら、そこでお別れだ」

 

『はい』

 

「その後は、お互い好きに動く。それで契約成立だよ」

 

『分かりました。ありがとうございます、シーマ司令』

 

通信が切れる。

 

シーマは煙草をくわえ直した。

 

「さて……」

 

デトローフが尋ねる。

 

「地上に降りた後は?」

 

「決まってるだろう」

 

シーマは前方の青い星を見据えた。

 

「あたしたちは、あたしたちの居場所を探すのさ」

 

そう言ったところで、デトローフが口を挟んだ。

 

「……隊長。四隻とも降ろすおつもりですか?」

 

シーマは振り返った。

 

「いや」

 

短い返事だった。

 

「地上へ行くのは、リリー・マルレーンだけでいい」

 

「残り三隻は?」

 

「宇宙に残す」

 

シーマは灰皿に煙草を押しつけた。

 

「補給艦、支援艦、防衛艦。三隻まで地上へ降ろす必要はない。あたしたちが何を見つけるかも分からないんだ。四隻まとめて重力の底へ突っ込むなんざ、馬鹿のやることさ」

 

デトローフが頷く。

 

「宇宙側に艦隊の一部を残しておく、と」

 

「そういうことさ」

 

シーマはスクリーンに表示された地球を見た。

 

「地上で何かあった時、戻れる場所がなきゃ困るだろ。宇宙に残す三隻は、あたしたちの後ろ盾になる」

 

「了解しました」

 

「リリー・マルレーンが地上へ降りた後も、三隻は地球側高軌道の既存デブリ群に紛れて待機。定期連絡を維持して、必要なら物資を送る算段も付けたい。地上組が戻る場所を確保しておくんだ」

 

「承知しました」

 

シーマは小さく笑った。

 

「あたしたちは、まだ何も知らないんだ。だったら、逃げ道くらい二つ残しておくさ」

 

「隊長!」

 

索敵オペレーターの悲鳴に近い叫びがブリッジに響き渡った。

 

「どうしたい!?」

 

「右舷上方より高速接近する機影を確認! 多数! MSと思われます!」

 

同時にアークエンジェルからの緊急通信が入る。

 

『こちらアークエンジェル! 敵影を確認、ザフトの降下阻止部隊です――!』

 

メインスクリーンに拡大された映像。そこには、大気圏突入の隙を突いてアークエンジェルを壊滅させんと押し寄せる、ザフトのMS部隊の群れが映し出されていた。

 

「隊長、どうします!?」

 

デトローフが叫ぶ。

シーマは煙草を灰皿へと静かに置いた。その口元には、冷徹で狂おしい戦慄の笑みが浮かんでいた。

 

「決まってるだろう」

 

立ち上がり、シーマは全艦へ向けて言い放つ。

 

「契約相手を、丸裸で降ろすわけにゃいかないさ!」

 

『全艦、第一種戦備! シーマ隊、直ちに出撃せよ!』

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