その接触は、唐突にして不躾な申し入れによって始まった。
ギガフロートの管理者側に対し、地球連合軍の特務機関から通信が入る。彼らが要求してきた内容はニ点。
一つ、ジャンク屋組合の仲介によってギガフロートに滞在している未確認武装勢力『シーマ艦隊』の引き渡し。
二つ、ギガフロート施設への軍事監査および安全確認の実施。
表向きの理由は明白だった。『シーマ艦隊は連合軍が追跡している正体不明の危険分子であり、これを匿い支援する行為は国際法上認められない』というものだ。
ジャンク屋組合の回答は、一蹴だった。
「シーマ艦隊とは正式な協力事業者としての契約を結んでいる。さらに、クライン派からの信用・保証・協力実績もある。一方的な要求に応じて契約相手を売り渡すつもりはない」
突っぱねられた連合軍は、即座に行動を起こした。
ただし、この時期の連合軍には、いまだ実戦配備されたモビルスーツが存在しない。さらに裏では、近々に迫った大作戦――『パナマ攻略戦』へ向けた大規模な兵力集結が進行中であり、このような海洋上の独立施設に割ける大戦力など存在しなかった。
投入されたのは、数機の戦闘機、攻撃機、偵察機、そして数隻の小型艦艇。
それはギガフロートを力で落とすための攻略戦ではなく、敵の防衛能力、シーマ艦隊の戦力、マスドライバーの稼働状態、そして本格侵攻に必要な必要戦力を算定するための『威力偵察』だった。
アラートが鳴り響き、雲間から侵入した連合軍の航空部隊が攻撃を開始した。
ギガフロート側の対空火器が火を噴き、防衛用の自動プラットフォームが稼働する。しかし、相手は手慣れた航空戦力だ。波状攻撃と間隙を縫う精密爆撃の前に、防衛ラインが徐々に押し込まれ始める。
「シーマ隊、出撃する!」
ドックから飛び出したシーマ艦隊のMS群が、ギガフロートの直上に展開した。
ヴァルターとクララのゲルググMが空を仰ぎ、襲い来る戦闘機や攻撃機に迎撃砲火を浴びせる。だが、空中を自在に舞う航空機を相手に、重力下のMSだけで圧倒できるほど戦闘は甘くない。高度を保ったまま一撃離脱を繰り返す攻撃機と、巧みに弾幕を潜り抜ける偵察機の群れ。
「浮足立つんじゃないよ! ギガフロートの防衛施設と射線を重ねな!」
シーマの怒号が通信を飛ぶ。
シーマ隊は無理な深追いを避け、ギガフロート自体の対空砲火や防衛設備と連携する陣形を組んだ。施設側の砲台が敵を追い込み、そこへMSが正確なクロスファイアを叩き込む。泥臭く、しかし洗練された連携により、連合側の航空部隊は次第に損害を重ね、ついには反転・撤退を開始した。
シーマは遠ざかっていく航空機の航跡を目で追った。
(……CEの航空戦力、思ったより面倒だねぇ)
MSを持たない。だからといって、侮っていい相手ではなかった。
高速で接近し、こちらの射程外から攻撃を加え、反撃を受ける前に離脱する。しかも単独で突っ込んでくるわけじゃない。偵察機が防衛網の配置を探り、攻撃機がその情報を使って死角へ入り込む。こちらがMSを出せば、今度は速度と高度の差を利用して戦場を引きずり回してくる。
(宇宙じゃMSが主役だった。だが、地上じゃそう簡単にはいかない……わかってはいたが…)
重力、大気、地形。
それらすべてを味方につけた航空機は、宇宙で戦ってきたシーマ艦隊にとって、思いのほか厄介な存在だった。
(そしてこいつらも、MSが出てくるまでの間に戦い方をちゃんと磨いてやがる。そしてこのノウハウを自分のMSへフィードバックすると…いよいよ一年戦争じみてきたね)
シーマは煙草を咥え直した。
(……敵を知らないってのは、やっぱり怖いもんだ)
ギガフロート防衛戦は、ひとまず勝利に終わった。
戦闘が終わってもシーマの心は晴れなかった。
冷えた潮風が吹き抜けるデッキの上で、シーマは咥えたタバコから一本の紫煙を空へ逃がし、遠ざかる空の彼方を凝視していた。
(……妙だねぇ)
脳内で、戦闘中の敵の動きが克明に再生される。
MSを持たない連合が航空戦力を出してきたこと自体は説明がつく。だが――攻撃機の進入経路、偵察機の周回ルート、爆撃の着弾点。そして何より、戦闘の最中、敵の偵察機がしつこいほどに旋回し、レンズを向けていた特定の区画。
シーマの視線が、ギガフロートの奥に鎮座する巨大な建造物――マスドライバーへ向けられた。
(あたしたちを引き渡せってんなら、もっとあたしたちのMSを潰すことに躍起になるはずだ。なのに連中は、妙にこの島そのものを調べてやがった……施設の配置、防衛設備の隙、航空設備……)
シーマはタバコの灰を指先で弾いた。
(あたしたちを追ってきたのは間違いない。だが、それだけじゃないさね。こいつらが本当に欲しいのは――ギガフロートそのもの、いや、あのマスドライバーか)
さらに思考を巡らせる。連合がパナマ攻略戦を控えているという情報と、今回の少数の戦力。全てのピースが噛み合っていく。
(だから大戦力を寄越さなかったんだ。今回は取りに来たんじゃない……こっちの手の内を見に来たんだ)
勝たせてもらったのではない。相手は必要な情報を持ち帰ったのだ。
『ギガフロートにはシーマ艦隊がいる』『ジャンク屋の防衛能力はこの程度』『マスドライバーは健全に稼働可能』『本気で落とすなら、これだけの戦力が必要だ』――。
(次は、今日と同じ規模じゃ済まないねぇ)
シーマがそう結論づけた時、追ってきたジャンク屋の責任者が声をかけてきた。
「見事な防衛戦だった、感謝するよ。だがシーマ司令、そんな厳しい顔をする必要はない」
責任者は胸を張り、ギガフロートの構造図を指差した。
「連合がまた来ようと、心配はいらない。このギガフロートはメガフロート……つまり巨大な移動海上都市だ。場所を変えれば連合の追跡から逃げられる。ここに残って、安心して修理を続けてくれて構わないんだよ」
契約もあり、クライン派の顔立てでもある。彼らにとっては『移動すれば問題ない』という合理的な主張だった。
しかし、シーマはゆっくりと首を横に振った。
(移動できる……ねぇ)
シーマの脳裏に、冷徹な現実が浮かび上がる。逃げることはできるだろう。だが――。
(場所を変えりゃ、追いつかれないって話じゃないさ。あたしたちがここにいる限り、連中はどこまでも追ってくる。次はもっと大きいのを寄越す)
そして、それ以上の決定的な問題に気づく。
(ギガフロートが動けるってことは……あたしたちのために、こいつらまで逃げ続ける羽目になるってことだ)
もし連合の狙いがマスドライバーであるなら、なおさらだ。シーマ艦隊という格好の口実を与えたままここに居座れば、ジャンク屋たちは自らの意志ではなく、シーマ艦隊を庇うためだけに戦場をあちこち引きずり回されることになる。
シーマは深く溜息を吐き、タバコの火を足元で揉み消した。
(しくじったのは……あたしたちだねぇ)
自分たちが生き残るため。機体を修理するため。休むため。追っ手から隠れるため。
そうやってこのギガフロートに転がり込んだ。しかしその結果、自分たちがここにいるという事実を連合に知らせ、元々狙われる危険のあったギガフロートのマスドライバーを、さらに最優先の標的へと押し上げてしまった。
『連合が野心的なのが悪い』『追いかけてくる連中が卑劣なのだ』と、他人に責任を押し付けて終わるわけにはいかない。
(あたしたちがここへ来たことも、この危機を引き起こした原因の一つだ)
シーマは己の過ちと甘さを、静かに認めた。
「責任者さん」
シーマは振り向き、ジャンク屋の男をまっすぐに見つめた。
「気持ちはありがたいがね。……あたしたちは、ここを出ていくよ」
「な……! なぜだ!?」
責任者が目を見開く。
「だから言っただろう! ギガフロートは移動できる。逃げ切れるんだ。契約もあるし、クライン派からの紹介もある。君たちが遠慮する必要は――」
「問題は、逃げられるかどうかじゃないんだよ」
シーマは責任者の言葉を低く遮った。
「あたしたちがいる限り、あんたらが逃げ続ける羽目になるってことさ」
ぐっと詰まる責任者に、シーマは淡々と事実を突きつける。
「今日来た連中は、あたしたちだけを見に来たんじゃない。ギガフロートの構造も、防衛設備も全部舐めるように見ていった。次はもっと大きい本隊が来る。その時、あたしたちを守るために、あんたらまで巻き込んで戦争をさせるわけにゃいかないんだよ」
一拍置き、シーマは口元に微かな、しかし誇り高い笑みを浮かべた。
「あたしたちを拾ってくれた場所を、あたしたちのせいで戦場にするわけにゃいかない。……それだけさね」
「シーマ司令……」
「心配しなさんな。あたしたちは野良犬だがね、自分の尻くらい、自分で拭くさ」
引き留めようとするジャンク屋の声を背に受けながら、シーマは迷いのない足取りで立ち去っていった。
追い出されたのではない。
恐怖から逃げ出すのでもない。
己が蒔いた種から目を背けず、拾ってくれた場所を守るために、自ら離れる。
それが、シーマ・ガラハウの選んだ答えだった。
やがて、リリー・マルレーンは出港準備に入った。
再び、波濤逆巻く大海原へ。
シーマ艦隊は、自分たちの居場所を探すために、また海へ出る。