朱き蜉蝣の残光   作:ゆのじさん

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第24話

漆黒の暗黒に浮かび上がる、輝く結晶体――。

 

地球圏を脱出し、プラント宙域へと進路を取ったシーマ艦隊のメインモニターに、幾重にも連なる巨大な砂時計型のコロニー群が映し出された。

 

「……あれが、プラントか」

 

ブリッジのクルーから、思わずといった溜息が漏れた。

 

宇宙世紀の宙域を生きてきた彼らにとって、それはあまりにも異質な光景だった。開放型の密閉型島3層コロニーを見慣れた眼には、砂時計を上下に繋ぎ合わせたようなミラーと居住区の構造は、技術的なカルチャーショック以外の何物でもない。

 

「妙なもんだな。同じ宇宙に住んでるってのに、使ってる機械も建造物もまるで別物だ」

 

呆れ半分に呟いたのはベッカーだった。デトローフも腕を組みながらモニターのデータを分析する。

 

「MSの規格や関節駆動系、通信の暗号方式から艦艇の設計思想に至るまで、我々の知る宇宙技術とは完全に隔絶しています。……ですが」

 

「……中に住んでるのが人間だってことだけは、変わらないさね」

 

シーマはパイプ椅子の背もたれに身を預け、煙草の紫煙をゆっくりと天井へ逃がした。

 

その時、鋭いアラートがブリッジに鳴り響いた。

 

『警告! 未確認艦隊に告ぐ! 本宙域はザフトの管轄下である。直ちに所属と識別IDを開示せよ!』

 

暗号化された通信ではなく、オープン回線でのオープンな威嚇射撃のような通信。モニターには、哨戒行動中のザフト艦艇とジン数機の機影が捉えられていた。

 

「ハッ、相変わらず無礼な出迎えだねぇ」

 

シーマが冷ややかに笑うと、オペレーターが緊迫した声を上げた。

 

『ザフト軍より追加警告! 「貴艦内に地球連合軍MSのパイロット、キラ・ヤマトが収容されているとの情報がある。直ちに本機を拘束し、我が軍へ引き渡せ」……とのことです!』

 

シーマ艦隊の現状は、外部から見れば異常極まりない。

所属不明の謎の艦隊が、地球連合の最新鋭MSパイロットを乗せ、あろうことかザフトの本拠地であるプラントへ向かっているのだ。

 

デトローフがシーマに視線を送る。

 

「どうしますか、司令。応じますか?」

 

「冗談じゃないよ」

 

シーマは即座に吐き捨てた。

 

「回線を繋ぎな」

 

『回線、繋がりました』

 

シーマは通信機に向かい、低く、しかし相手を突っぱねるような威厳を込めて語りかけた。

 

「ザフトの諸君、大きな声を出すんじゃないよ。あたしたちはあんたらのお仲間でもなければ、連合の狗でもない。マルキオ導師から頼まれて、死にかけた坊やを運んでるだけさね」

 

『何だと……!?』

 

「それから、中にいる坊やのことだがね。あたしたちはあいつを捕虜として扱うつもりも、あんたらへの土産物にするつもりもない。何度も言うがマルキオ導師から頼まれて、死にかけた『患者』を運んでるだけだ。文句があるなら、その導師に直接言いな」

 

毅然とした一線を引く回答。

 

ザフトでも連合でもない。いかなる勢力の利害関係にも与しない「無所属の第三者」という立場を、シーマは明確に提示した。

 

過剰な干渉を突っぱねつつ、マルキオ導師の同行を楯に取ったことで、ザフトの哨戒部隊も迂闊に攻撃や強行査察へ移れず、通信の向こうで沈黙した。

 

(へぇ。やっぱりこの導師はプラントに顔が効くんだねぇ。両陣営の調停とかいってたから、ただもんじゃないとは思っていたが)

 

抑留に近い形での徐行進航が許可され、シーマ艦隊はゆっくりとプラントの居住区区画の側を通過していく。

 

展望ウィンドウ越しに、コロニー内部の映像が拡大して映し出された。

 

そこには、兵士たちの姿だけではなかった。

 

緑豊かな公園を走る子供たち。立ち並ぶ学校や高度医療を擁する病院。賑わう商業区画や、平穏に暮らす家族の姿。そして、そのすぐ隣に鎮座する巨大なMS工廠や軍事施設――。

 

兵隊だけでなく、整備士も、医者も、技術者も、教師も、生活を営む全ての人間がそこにいた。

 

かつてギガフロートで「生き残った人間が、次を残せるようにする」と思い直したシーマの眼に、その光景が静かに焼き付いていく。

 

「……」

 

シーマは煙草を咥えたまま、しばし無言で窓の外を見つめていた。

 

「司令……?」

 

クララが懸念そうに声をかけると、シーマはフッと小さく自嘲気味な息を漏らした。

 

「……随分と、人が住んでるねぇ」

 

「プラントはコーディネイターの全人口を抱える巨大な生活基盤ですから」

 

「ハッ……こんなところで、あんな血みどろの戦争なんぞやってるのかい」

 

壮大な感動でも、同情でもない。

ただ、生活と戦争が背中合わせに存在するその歪な光景に対し、シーマらしい冷ややかな、けれどどこか重みのある呟きが零れ落ちた。

 

重苦しい沈黙がブリッジを支配しかけたその時。

 

ザフトの軍用回線とは異なる、高度に暗号化された特殊通信がリリー・マルレーンの受信機に直接割り込んできた。

 

『――シーマ・ガラハウ司令、ならびにシーマ艦隊へ』

 

静かだが、凛とした芯のある声がブリッジに響く。

 

「……何だい? ザフトの追っ手にしては妙じゃないか」

 

シーマが不機嫌そうに眉をひそめると、通信の主は静かに言葉を継いだ。

 

『ラクス・クラインの代理として、貴艦隊へ連絡しております。……お話ししたいことがございます』

 

「……ラクス・クライン?」

 

プラントの歌姫。その名を聞いた瞬間、シーマの目から僅かな笑みが消えた。

 

デトローフも顔を上げる。

 

「クライン派ですか」

 

「らしいねぇ」

 

シーマは通信機を睨みつけた。

 

「それで、何の用だい?」

 

『まず、キラ・ヤマトについてです』

 

その名に、シーマの眉が僅かに動いた。

 

『ザフト軍から、彼の身柄を要求する動きがあることは把握しております』

 

「だったら、あたしらの回答もわかりそうなもんだけどねぇ」

 

シーマは吐き捨てるように言った。

 

「あの坊やは患者だ。マルキオから託された以上、あたしたちが勝手に引き渡すつもりはないよ」

 

『承知しております』

 

「ほう?」

 

『ラクス・クラインも、キラ・ヤマトを軍事施設へ移送することには反対しております』

 

シーマは目を細めた。

 

『彼を安全な医療施設へ移してください。軍でも、政治でもない場所へ。軍はこちらで抑えます』

 

「……それが頼みかい?」

 

『はい』

 

「そいつは元々、そのつもりさね」

 

シーマは肩を竦めた。

 

「あの坊やをザフトに売り渡すくらいなら、最初からマルキオから預かっちゃいないよ」

 

『ありがとうございます』

 

「礼を言われるようなことじゃないよ。あたしらが引き受けた仕事だ」

 

淡々とした返答だった。

 

そこに、正義感を誇るような響きはない。

 

シーマ艦隊にとって、キラ・ヤマトを生かすことは、既に自分たちの責任になっている。

 

だからこそ――。

 

『……もう一つ、お願いがあります』

 

シーマの目が細くなった。

 

「ほら来た」

 

『ラクス・クライン本人を、このプラントから連れ出していただきたいのです』

 

ブリッジが静まり返った。

 

ヴァルターとクララが息を呑む。

 

デトローフも、すぐには言葉を返せなかった。

 

シーマだけが、通信機を睨んでいる。

 

やがて、低い声が落ちた。

 

「……歌姫様を?」

 

『はい』

 

「このプラントから?」

 

『はい』

 

「……あんた何を考えている?」

 

シーマの声から、温度が消えた。

 

「それは『救出』なんて綺麗な言葉で呼ぶ仕事じゃないよ」

 

『承知しております』

 

「ザフトの支配するプラントから、最高評議会議長の娘を連れ出す」

 

『はい』

 

「つまり、あたしたちに国家規模の喧嘩を売れってことだ」

 

『……その通りです』

 

シーマは鼻で笑った。

 

「随分と簡単に言ってくれるじゃないか」

 

『簡単なことだとは考えておりません』

 

「だったら、なおさらだよ」

 

シーマは煙草を灰皿へ押しつけた。

 

「どうしてあたしたちなんだい?」

 

『あなた方が、どの勢力にも属していないからです』

 

「……」

 

『ザフトにも、地球連合にも、オーブにも属さない。ナチュラルかコーディネイターかも定かでなく、誰かの命令で動く軍隊ではない』

 

その言葉に、シーマの表情が僅かに険しくなった。

 

「……随分と、あたしたちのことを調べてるじゃないか」

 

『必要なことでした』

 

「なるほどねぇ」

 

シーマは冷たく笑った。

 

「つまり、どこの旗にも属さない野良犬だから、使いやすいってわけだ」

 

『そういう意味ではありません』

 

「同じことさね」

 

短い沈黙が落ちた。

 

シーマの脳裏に、かつての光景が蘇る。

 

デラーズ。

ガトー。

連邦。

マハル。

毒ガス。

そして、自分たちを使い捨てた連中の顔。

 

正義だの大義だの、そんな言葉の後ろで、最後に泥を被るのはいつだって兵隊だった。

 

「……あたしらはねぇ」

 

シーマは静かに言った。

 

「誰かの都合で戦争を始めて、誰かの都合で死ぬのは、もう御免なんだよ」

 

『承知しております』

 

「だったら話は終わりだ」

 

シーマは即座に言い切った。

 

「断るよ」

 

クララが驚いたようにシーマを見る。

 

デトローフも黙って司令官の横顔を見つめていた。

 

通信の向こうから、僅かな沈黙が返る。

 

だが――。

 

『では、条件を提示させてください』

 

シーマの眉が動いた。

 

「……条件?」

 

『はい』

 

「聞こうじゃないか」

 

『今回の件を引き受けていただく対価として、シーマ艦隊が今後この世界で活動するために必要な物資、医療設備、艦艇・MSの補修部品、そして一定期間の補給拠点を提供します』

 

ブリッジの空気が変わった。

 

ベッカーが顔を上げる。

 

デトローフの視線が鋭くなる。

 

シーマはしばらく何も言わなかった。

 

「……金じゃないのかい?」

 

『金銭だけでは、あなた方にとって意味が薄いと判断しました』

 

「よく分かってるじゃないか」

 

シーマは煙草を指先で弄んだ。

 

艦艇は修理はしているが傷んでいる。

 

MSも部品の調達に苦労している。

 

UCの規格品は、この世界では簡単に手に入らない。

 

何より――。

 

このままでは、いつか必ず燃料も、食料も、医薬品も尽きる。

 

ギガフロートで手に入れた「居場所」は、まだ仮住まい。いやむしろ二度と戻れない算段のほうが高い。

 

艦隊が生き残り続けるには、この世界で継続的に物資を得る手段が必要だった。

 

それを、クライン派は提示している。

 

だが。

 

「……それで?」

 

シーマは冷たく聞いた。

 

「その代わり、あたしたちに何を要求する?」

 

『シーマ艦隊の所属をクライン派とすることは求めません』

 

「……」

 

『あなた方の指揮系統にも介入しません』

 

デトローフが僅かに目を見開いた。

 

『今回の救出に対する対価です。それ以上でも、それ以下でもありません』

 

シーマは黙った。

 

それは、シーマが最も警戒していた言葉だった。

 

誰かに救われれば、その借りは必ず鎖になる。

 

かつて自分たちがそうだったように。

 

だから、簡単には信用できない。

 

「……随分とこちらに都合のいい話だねぇ」

 

『そう思われるのも当然だと思います』

 

「違うね」

 

シーマはゆっくり首を振った。

 

「都合がいいんじゃない。怖いのさ」

 

クララがシーマを見る。

 

シーマは窓の外へ視線を向けた。

 

プラントの街並みが、静かに輝いている。

 

学校。

病院。

公園。

家。

そこを行き交う人々。

戦争とは無縁そうな、普通の生活。

 

だが、そのすぐ隣ではMSが造られている。

 

「あたしらは、昔からそうだった」

 

シーマはぽつりと言った。

 

「誰かに仕事を頼まれる。報酬を提示される。大義名分を聞かされる。そして、最後に死ぬのは現場の人間だ」

 

声に怒りはなかった。

 

だからこそ、重かった。

 

「また同じことになるんじゃないかってねぇ」

 

通信の向こうから、すぐには返事がなかった。

 

やがて、静かな声が返ってくる。

 

『……それを恐れているからこそ、ラクスはあなた方にお願いしたいのです』

 

「何だって?」

 

『命令ではなく、あなた方自身の意思で選んでほしい』

 

シーマは黙った。

 

綺麗事だ。

 

そう思う。

 

だが――。

 

窓の外を見る。

子供がいる。

病院がある。

誰かの家がある。

 

あの中にいる人間の大半は、戦争を始めたわけでもない。

 

ただ、そこで生きている。

 

シーマの脳裏に、ギガフロートで見た光景が重なった。

 

粗末な居住区。

 

傷だらけのMS。

 

寄せ集めの資材。

 

それでも、あそこで暮らす人間たちは笑っていた。

 

――生き残った人間が、次を残せるようにする。

 

あの時、自分で決めた。

 

誰かのために死ぬ場所ではなく。

 

誰かが生きていける場所を作ると。

 

「……ラクス・クラインを逃がせば、何が起こる?」

 

『ザフトから追われる可能性は極めて高くなります』

 

「クライン派は?」

 

『あなた方に危険が及ぶことを承知しています』

 

「それだけかい?」

 

『……いいえ』

 

一拍。

 

『ラクス・クライン、そして我々は、あなた方を見捨てません』

 

シーマは苦笑した。

 

「随分と大きく出たねぇ」

 

『彼女自身が、そう約束しています』

 

「約束、ねぇ……」

 

シーマは小さく笑った。

 

「約束なんてものは、破られるためにあるようなもんだよ」

 

その言葉に、クララが僅かに目を伏せる。

 

シーマはそれに気づいた。

 

そして――ほんの少しだけ表情を緩めた。

 

「……だけど」

 

シーマはプラントを見た。

 

「ここで死ぬ必要のない人間まで、戦争の都合で死ぬってんなら」

 

煙草を灰皿へ押しつける。

 

「それを見て見ぬふりして逃げるのも、寝覚めが悪い」

 

デトローフが静かに尋ねた。

 

「司令……引き受けるのですか?」

 

「まだ決めちゃいないよ」

 

シーマは即答した。

 

そして通信機へ向き直る。

 

「条件を詰める」

 

『……はい』

 

「まず、あたしたちの独立性には一切手を出さない」

 

『承知しました』

 

「提供する物資の量と期間、補給拠点の場所。全部書面で寄越しな」

 

『承知しました』

 

「それから、ラクス・クライン本人にも確認する」

 

『はい』

 

「本人が、自分の意思で逃げるってんなら――」

 

シーマは一度言葉を切った。

 

「その時は、仕事として引き受けてやるよ」

 

『ありがとうございます』

 

「まだ礼を言うんじゃないよ」

 

シーマは口角を僅かに上げた。

 

「話がまとまっただけさね」

 

『……失礼いたします』

 

通信が切れた。

 

ブリッジに静寂が戻る。

 

クララが恐る恐る口を開いた。

 

「司令……本当に、ラクス・クラインを?」

 

シーマはすぐには答えなかった。

 

メインモニターの向こうには、無数の光が浮かんでいる。

 

人が生きている光。

 

人が殺し合うための光。

 

その二つが、同じ場所に存在していた。

 

「……あたしらはねぇ」

 

シーマはジッポを鳴らした。

 

小さな炎が、暗いブリッジを照らす。

 

「もう、誰かの駒にはならない」

 

火を煙草へ移す。

 

紫煙がゆっくりと立ち上った。

 

「だからこそ、自分たちで選ぶんだよ」

 

シーマは窓の外を見た。

 

「助ける価値があると思ったなら――自分たちの意思で、助ける」

 

煙草を咥え、目を細める。

 

「さて……歌姫様との話し合いだねぇ」

 

その声には、まだ迷いが残っていた。

 

だが、その迷いから逃げるつもりもなかった。

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