通信が切れてから、しばらく誰も口を開かなかった。
ブリッジのメインモニターには、相変わらずプラントの光景が映っている。
遠目には、ただ美しい。
無数の光が連なり、巨大な居住区を縁取っている。
その一つ一つに、人間の生活がある。
シーマはそれを黙って眺めていた。
「……司令」
デトローフが口を開く。
「本当に、本人と話すおつもりですか」
「当たり前だろう?」
シーマは煙草を指先で弄びながら答えた。
「本人を連れ出す仕事なんだ。本人の意思も確認せずに話を進めるほど、あたしらは落ちぶれちゃいないよ」
「ですが、罠の可能性もあります」
「あるだろうねぇ」
あっさりと認める。
「クライン派があたしたちを利用しようとしてる可能性もある。ザフトがあたしたちを炙り出すために仕掛けてる可能性だってある」
「では――」
「だから本人に聞くのさ」
シーマは灰皿へ煙草を押しつけた。
「人の言葉を信用できないなら、人の顔を見て確かめるしかないだろう?」
デトローフはしばらくシーマを見つめた後、小さく頷いた。
「……了解しました」
その時だった。
『司令』
通信士の声が割り込む。
『先ほどの暗号通信と同じ経路から、再度接続要求です』
シーマの眉が上がった。
「随分と仕事が早いねぇ」
『接続しますか?』
「繋ぎな」
メインモニターの映像が切り替わった。
最初は暗い画面だった。
やがて、柔らかな照明に照らされた一人の少女が映し出される。
淡い桃色の髪。
穏やかな瞳。
そして、どこか場違いなほど柔らかな微笑み。
『初めまして、シーマ・ガラハウ司令』
「……」
シーマは黙ってその顔を見た。
写真や噂なら知っている。
プラントの歌姫。
最高評議会議長シーゲル・クラインの娘。
そして、クライン派の象徴。
だが、画面の向こうにいる少女は、シーマが想像していたよりずっと普通に見えた。
『ラクス・クラインです』
「知ってるよ。ポッド越しだけどね」
『その節は大変お世話になりました。』
シーマは椅子に深く腰を下ろす。
「しかし、わざわざ本人が出てくるとは思わなかったねぇ」
『代理の者だけでは、失礼かと思いまして』
「失礼?」
シーマが鼻で笑う。
「これから自分を誘拐させようって相手に、随分と丁寧なもんだ」
ラクスは微笑みを崩さなかった。
『誘拐、ではありません』
「ほう?」
『わたくし自身の意思で、プラントを離れるのです』
シーマの目が細くなる。
「……そこだよ」
『はい?』
「あんた、本当に自分の意思で出るのかい?」
声から、先ほどまでの軽さが消えた。
「クライン派に言われたからじゃない。父親に言われたからでもない。誰かに利用されてるわけでもない」
一語ずつ、確認する。
「ラクス・クライン。あんた自身が、ここを出たいのかい?」
画面の向こうで、ラクスの表情から僅かに笑みが消えた。
すぐには答えなかった。
その沈黙を、シーマは急かさない。
やがてラクスは、静かに口を開いた。
『……はい』
迷いのない声だった。
『わたくしは、ここを離れたいと思っています』
「理由は?」
『このままここに居続ければ、わたくし自身が戦争の象徴として扱われるからです』
「それだけかい?」
『……いいえ』
ラクスは一度、視線を伏せた。
『わたくしは、戦争を止めたいのです』
シーマは黙っていた。
『ですが、今のわたくしがプラントにいる限り、わたくしの存在そのものが政治的な意味を持ってしまいます』
「だから逃げる?」
『はい』
「逃げて、何をする?」
ラクスは顔を上げた。
『何をするべきなのかを、自分で考えるためです』
その答えに、シーマは僅かに眉を動かした。
「……随分と正直だねぇ」
『そうでしょうか?』
「少なくとも、あたしの知ってる政治屋なら、もっと立派な大義を並べるさ」
ラクスは少しだけ困ったように笑った。
『わたくしは、政治家ではありませんから』
「歌姫様、だろ?」
『それも、今となっては少し困っております』
「ハッ」
シーマの口元に僅かな笑みが浮かんだ。
だが、それも一瞬だった。
「それで?」
シーマは身を乗り出す。
「本当に、あたしたちがあんたを連れ出す必要があるのかい?」
『はい』
「他の方法は?」
『あります』
「じゃあ、なぜあたしたちなんだい?」
ラクスは少し考えるように沈黙した。
『あなた方が、どこの国にも属していないからです』
「さっきも聞いたよ」
『ですが、それだけではありません』
ラクスの視線が、まっすぐシーマを捉えた。
『あなた方は、キラを助けてくださいました』
シーマの表情が僅かに硬くなる。
『そして、ザフトへ引き渡すことを拒みました』
「マルキオに頼まれたからさ」
『それでもです』
ラクスの声は穏やかだった。
『誰かの命令ではなく、ご自身の判断でキラを守ってくださった』
シーマは返事をしなかった。
『だから、お願いしたいのです』
「……あんたも、あたしたちを買い被りすぎだよ」
『そうでしょうか?』
「買い被ってるさ」
シーマは苦笑する。
「誰かを助けるのと、一国の最高幹部の娘をさらって国家規模の喧嘩に首を突っ込むのとじゃ、話の次元が違うんだよ」
『承知しています』
「それでも頼むのかい?」
『はい』
「自分が助かるために?」
『……それも、あります』
その言葉に、シーマは少しだけ目を見開いた。
ラクスは続けた。
『わたくしは、ただ死を待つためにここにいるわけではありません』
穏やかな声だった。
『生きて、これから何をするべきなのかを考えたいのです』
シーマは何も言わない。
その言葉だけは、妙に耳に残った。
生きて。
考える。
そして、その先へ進む。
それはどこか、ギガフロートで自分たちが選んだものと似ていた。
「……なるほどねぇ」
シーマは椅子へ背を預ける。
「少なくとも、死に場所を探してるお姫様じゃないってことは分かったよ」