ラクスとの面談から数日後。
リリー・マルレーンのブリッジ。
暗号化された通信回線に、再びラクス・クラインの姿が映し出されていた。
『シーマ司令。以前お話しした件について、もう一つお伝えしておきたいことがございます』
「もう一つ?」
シーマは眉をひそめた。
『はい。キラ・ヤマトについてです』
その名前に、シーマの表情が僅かに変わる。
『現在、キラの身体は順調に回復しております。遠からず、自力でMSを操縦できるまでになるでしょう』
「恐ろしい回復力だね……それで?」
『ザフトの軍事施設には、新型MSが一機保管されています』
「新型?」
『はい。フリーダムという機体です』
シーマは初めて聞く名前に、煙草を咥えたまま目を細めた。
「フリーダム……ねぇ」
デトローフが隣で端末に手を伸ばす。
「機体情報は?」
『詳細については、こちらからお渡しできます。ただし――』
ラクスの表情が僅かに曇る。
『クライン派では、その機体を奪取する計画を進めています』
シーマの目が細くなった。
「……なるほどねぇ」
『そして、その機体にキラが乗る可能性があります』
「待ちな」
シーマの声が低くなる。
「つまり、あんたらはあの坊やを、また戦場へ戻すつもりかい?」
『いいえ』
ラクスは即座に否定した。
『キラに戦うことを強制するつもりはありません』
「だったら、何だい?」
『フリーダムに乗るかどうか。それを決めるのはキラ自身です』
シーマは黙った。
『わたくしが望んでいるのは、彼が自分自身の意思で選択することです』
「……自分で決めさせる、か」
『はい』
「なら、あたしから言うことはないねぇ」
シーマは煙草の灰を落とした。
「戦うかどうかまで、あたしらが決める話じゃない」
『ありがとうございます』
「礼はまだ早いよ」
シーマは冷たく笑った。
「もし坊やが戦うって決めたんなら、その時に考えるさね」
通信が切れた。
ブリッジに静寂が戻る。
通信端末のホログラムが消え、薄暗いリリー・マルレーンのブリッジに電子音の余韻だけが漂う。
シーマ・ガラハウは指先に挟んだ煙草を灰皿へ押し付け、深く息を吐き出した。煙が青白く揺れ、メインモニターに映る美しくも禍々しいプラントの光を覆い隠す。
「……ハッ。自分で決めさせる、ねぇ」
シーマは冷ややかに呟いた。デトローフが隣で端末の操作の手を止め、怪訝そうに視線を向ける。
「司令。クライン派の言うフリーダム……ザフトの最新鋭機を強奪する計画ですが、本当に手出しをしないおつもりで?」
「手出しも何も、あたしたちの仕事はあの歌姫様を連れ出すための準備と、脱出路の確保さね」
シーマは椅子に深く背を預け、天井を仰いだ。
「坊やが己の足で立ち上がり、引き金を引くと言うなら止めやしない。だが……」
その声の語尾が途端に尖る。
「まだ寝たきりで息も絶え絶えな状態の坊やを、政治の出汁にするために無理やりコックピットへ押し込むってんなら、あたしがあの歌姫の面を張り倒してでも止めてやるさね。死にぞこないを戦場に引きずり出すような真似、あたしの目の前でやらせるかい」
「……了解いたしました」
デトローフは深く頷いた。シーマの言葉の裏にある「生者への執着」と「無意味な消耗に対する拒絶」を、ブリッジの誰もが理解していた。
数日後のリリー・マルレーン医療区画。
キラ・ヤマトは、自分の足で廊下を歩いていた。
まだ完全に回復したわけではない。
長時間歩けば身体は重くなる。
神経系にも僅かな違和感が残っている。
それでも、以前のようにベッドから起き上がることすら困難だった状態とは、明らかに違っていた。
医療スタッフから渡された検査結果に目を落とす。
身体機能は着実に回復している。
MSの操縦も、身体的には可能なところまで戻りつつある。
だからこそ、キラは悩んでいた。
また戦う。
また誰かを傷つける。
また引き金を引く。
その恐怖は消えていない。
「……僕は、どうしたいんだろう」
その時、医療区画の扉が開いた。
「随分と難しい顔をしてるねぇ」
「……シーマさん」
シーマが入ってくる。
「身体の具合は?」
「かなり良くなりました」
「そうかい」
シーマは椅子を引き、ベッドの横に腰を下ろした。
「ラクスから話は聞いたよ」
キラの表情が変わる。
「……フリーダムのことですか?」
「ああ」
「……シーマさんは、どう思いますか?」
「何がだい?」
「僕が、また戦うことを」
シーマは少しだけ黙った。
「戦いたいのかい?」
「……分かりません」
キラは落とした視線を見つめた。自らの両手。かつて幾人もの命を奪い、そしてストライクと共に焼き尽くされかけた手。
「怖いんです。また誰かを傷つけるかもしれない。殺してしまうかもしれない。それに……戦い始めたら、また以前の僕に戻ってしまう気がして」
「だったら、乗らなきゃいい」
あまりにも短い、素っ気ない言葉だった。キラが弾かれたように顔を上げる。
「……え?」
「あんたが嫌なら、誰も無理に乗せやしないよ。あたしたちは、あんたを兵隊として拾ったんじゃない。死にかけた患者を助けただけさね」
シーマは懐から煙草を取り出し、弄んだ。
「だから、戦うかどうかはあんたが決めな。誰かの大義名分や、哀れみのために引き金を引く必要なんかどこにもないんだよ」
静寂が室内を満たす。
キラはゆっくりと窓の外へ視線をやった。ガラスの向こうには、冷たく輝くプラントの姿。そこにはラクス・クラインがおり、自分を救おうとしてくれた人々がいる。
「……僕が何もしなかったら、ラクスが危険になります」
「ああ」
「僕を助けてくれた人たちも……シーマさんたちも」
「……」
「それを分かっていて、僕だけがここで目を背けているのは……違うと思うんです」
キラの足元が、しっかりと床を捉えた。痺れる足に力を込め、まっすぐにシーマを見据える。
「僕は、戦うことを選びます」
「……」
「誰かに命令されたからじゃありません。連合のためでも、ザフトのためでもない」
キラは深く息を吸い込み、固い声で紡いだ。
「僕が大切だと思う人を守るために、自分の意思で戦います。……シーマさんたちにも、助けてもらいました。だから今度は、僕が自分の力で、できることをしたい」
シーマの目が細くなった。
青くさい言葉だ。だが、そこに宿る瞳の光には、死を許容する絶望ではなく、泥を這ってでも「生きる」という意思があった。
「……そうかい」
シーマは短く呟き、立ち上がった。
「だったら、あとは自分で決めな。……ただし」
扉に手をかけたシーマが、振り返る。
「死ぬために戦うんじゃない。あんたが何のために戦うにせよ、生きて帰ってくるんだ。あたしらの目の前で無駄死にしてみろ、ただじゃおかないよ」
「……はい!」
そして数日後。
プラント軍事区画。
警報が鳴り響いた。
『警備システムに異常!』
『軍事工廠内部で不正アクセスを確認!』
『格納庫のセキュリティが突破されました!』
ザフト兵たちが慌ただしく走り回る。
その混乱の中、巨大な格納庫の扉が開いていく。
内部に収められていた巨大なMSが姿を現した。
白銀の装甲。
翼のように展開された背部ユニット。
これまでシーマ艦隊が見たどのMSとも違う姿だった。
「――フリーダム、起動します!」
キラはコックピットへ乗り込んだ。
シートに身体を預ける。
モニターが次々と点灯する。
怖い。
それでも、もう迷わない。
「……行こう」
(思いだけでも…力だけでも…そのためには生きなきゃ…)
フリーダムが射出される。
白銀の機体が、プラントの光の中へ飛び出した。
その直後。
リリー・マルレーン艦橋。
「艦長!」
オペレーターが叫んだ。
「軍事区画から高出力のMSが発進しました!」
「数は?」
「一機です!」
メインモニターに、その機体の姿が映し出される。
シーマは初めて、その姿を見た。
「……なんだい、ありゃあ」
巨大な翼。
白を基調とした装甲。
それまで見てきたジンとも、連合のMSとも違う。
「これが……フリーダムかい」
デトローフが端末を確認する。
「事前に聞いていた新型MSと思われます」
「なるほどねぇ」
シーマはモニターを見つめた。
「随分と派手な機体じゃないか」
その時、通信が入った。
『こちらキラ・ヤマト』
シーマが通信機へ手を伸ばす。
「聞こえてるよ、坊や」
『シーマさん。僕も一緒に行きます』
「……そうかい」
キラの声には、以前とは違う芯があった。
「なら、好きに飛びな」
『はい』
「ただし――」
シーマの口元が僅かに歪む。
「生きて帰るんだよ」
『……はい!』
一方のエターナル。
別の宙域では、エターナルが発進準備に入っていた。
艦橋ではアンドリュー・バルトフェルドが最終確認を行っている。
「ダコスタくん、準備は?」
「完了しています。ラクス様の収容も問題ありません」
「よし」
バルトフェルドはモニターを確認した。
「俺たちはエターナルで先に離脱する」
「シーマ艦隊とは?」
「別行動だ」
ダコスタが振り返る。
「キラさんは?」
バルトフェルドは僅かに笑った。
「自分で決めたらしい」
その頃。
ラクスは静かにエターナルへ乗り込んでいた。
振り返る。
その先には、これから始まる戦いがある。
「……キラ」
小さく呟く。
「どうか、ご無事で」
エターナルが発進する。
同時に、リリー・マルレーンも進路を変えた。
「エターナル、発進!」
オペレーターの声が響いた。
ラクス・クラインを乗せたエターナルが、プラントの軍事区画から静かに離脱していく。
艦橋では、アンドリュー・バルトフェルドが前方を見据えていた。
「ダコスタくん、予定航路は?」
「第七外縁航路です。先行しているクライン派の輸送艇が、途中まで誘導します」
「よし。通信は?」
「すべて沈黙。こちらからも最低限しか発信していません」
バルトフェルドは頷いた。
だが、その直後だった。
『ザフト艦隊、軍事区画より出撃! こちらを捕捉しようとしています!』
「流石に早いな」
バルトフェルドが後方モニターを見る。
複数のザフト艦艇が、エターナルの進路へ向かっている。
その時――。
『こちらリリー・マルレーン』
通信回線にシーマの声が割り込んだ。
『聞こえてるかい、バルトフェルド』
「こちらは聞こえている。シーマ司令、そちらは?」
『予定通りさね』
シーマは短く答えた。
『あたしたちは、これから派手に暴れる』
バルトフェルドが僅かに笑う。
「……囮になるつもりか」
『囮なんて上等なもんじゃないよ』
シーマの声に、乾いた笑いが混じった。
『あたしたちが、ザフトに「こっちを追ったほうがいい」と思わせるのさ』
「なるほど」
『歌姫様を追う連中を、少しでも減らしてやる。あんたらはその隙に逃げな』
「了解した」
『それから――』
シーマの声が少しだけ低くなる。
『エターナルが撃たれそうになったら、あたしらが割って入る。だが、基本は別行動だ。あんたらは自分たちで逃げな』
「分かっている」
『なら結構』
通信が切れた。
バルトフェルドは前方へ視線を戻す。
「……粋なことをする」
ダコスタが苦笑した。
「シーマ艦隊らしいですね」
「ああ」
バルトフェルドは操艦士へ指示を出す。
「エターナルは予定航路を維持。シーマ艦隊が作った隙を最大限利用する」
「了解!」
エターナルが加速する。
その直後――。
別方向へ進んでいたリリー・マルレーンが、大きく進路を変更した。
「進路変更!」
「右舷側へ回り込む!」
「速度を上げな!」
シーマの号令と同時に、艦隊が一斉に加速する。
本来の脱出航路とは、明らかに違う方向だった。
デトローフが航路図を確認する。
「このまま進めば、ザフトの軍事区画に近づきます」
「分かってるよ」
「追撃を引きつけるには、危険すぎます」
「だからやるんだろう?」
シーマは煙草を咥えたまま、メインモニターを見つめた。
「ラクス・クラインを追ってる連中に、こっちのほうが重要だと思わせるのさ」
「……なるほど」
デトローフが通信士へ向き直る。
「艦隊識別信号を変更。こちらがラクス・クラインを収容しているように偽装しろ」
「了解!」
さらにベッカーが割り込んだ。
「司令、これじゃあ敵に『ラクスはシーマ艦隊にいる』と思わせることになりますぜ」
「それでいいのさ」
シーマは即答した。
「追っ手が二つに割れるんなら、半分はあたしたちが引き受けりゃいい」
「しかし、エターナルへの追撃が減る保証はありません」
「保証なんてもの、戦場にあるもんかい」
シーマは鼻で笑った。
「それでも、何もしないよりはマシさね」
通信士が叫ぶ。
「司令! 敵艦隊がこちらの識別信号を捕捉しました!」
「よし」
シーマが立ち上がる。
「こちらからも一発、景気よく送ってやりな」
「砲撃ですか?」
「威嚇射撃だよ」
一拍。
「……最初はね」
艦砲が火を噴いた。
ビームがザフト艦隊の前方を横切る。
『未確認艦隊へ! 直ちに停止せよ! ラクス・クラインの身柄を――』
「うるさいねぇ」
シーマが通信を切った。
「止まるわけないだろう」
次の瞬間、後方からジンの編隊が迫ってくる。
「敵MS、接近!」
「ゲルググ隊を出しな!」
『了解!』
格納庫から次々とゲルググMが射出される。
それぞれがリリー・マルレーンの後方へ展開し、追撃してくるジンを迎え撃つ。
「撃墜する必要はないよ!」
シーマが叫ぶ。
「足を止めさせろ! 追いつかせるな!」
ゲルググMが散開する。
銃弾が宇宙を走り、ザフトのジンを後退させる。
シーマ艦隊は追撃艦隊を殲滅するのではなく、巧みに進路を塞ぎ、射線を限定し、敵の速度を奪っていく。
その間にも、エターナルは遠ざかっていく。
――これが、シーマ艦隊の仕事だった。
ラクスを守ることではない。
ラクスが逃げ切れるだけの時間を作ること。
そのために、自分たちへ敵の視線を向けさせる。
「敵艦隊、さらに増援!」
「構わない!」
シーマは即座に答えた。
「こっちに釣られたんなら、上出来だよ!」
「ですが司令、このままでは包囲されます!」
デトローフが声を上げる。
「分かってるさ」
シーマはメインモニターを見る。
その隅に、エターナルの小さな光点が表示されている。
距離が開いていく。
「……あと少し」
シーマが呟く。
「もうちょいだけ、付き合ってもらおうかねぇ」
その頃、エターナル。
「後方のザフト艦隊、進路を変更しました!」
ダコスタが報告する。
「こちらへの追撃数は?」
「減っています!」
バルトフェルドは後方モニターを見る。
遠く離れた宙域で、リリー・マルレーンとゲルググM隊がザフト艦隊を引きつけている。
「……あの人たち」
ラクスが静かに呟いた。
「自分たちを囮にしているのですね」
「そういうことだ」
バルトフェルドが答える。
「シーマ司令は、最初からそのつもりだったんだろう」
ラクスはしばらく黙っていた。
やがて、静かに目を伏せる。
「……申し訳ありません」
「ラクス様?」
「わたくしのために、シーマ司令たちが危険な目に遭っています」
ダコスタが振り返る。
「ラクス様、それは――」
『こちらリリー・マルレーン』
突然、通信が入った。
『聞こえてるかい、歌姫様』
ラクスが顔を上げる。
「はい。聞こえております、シーマ司令」
『なら、余計なことは考えるんじゃないよ』
「……」
『あたしらは仕事をしてるだけさね』
シーマの声はいつものようにぶっきらぼうだった。
『あんたは自分の逃げ道を確保しな。あたしたちはあたしたちの仕事をする』
「ですが――」
『ラクス』
シーマが言葉を遮る。
『そういう契約だったろう?あんたが無事に逃げ切る。そこまでの契約さ。忘れたなんて言わせないよ』
ラクスは静かに息を吸った。
「……ありがとうございます」
『礼を言うのは、全部終わってからにしな』
通信が切れる。
ラクスはしばらくモニターを見つめていた。
そして、静かに頷いた。
「……はい」
エターナルはさらに加速する。
その背後では、シーマ艦隊がザフトの追撃を引き受け続けていた。
一方、リリー・マルレーン。
「敵艦、こちらへ集中しています!」
「予定通りだねぇ」
シーマは笑った。
「エターナルは?」
「離脱距離、十分に確保!」
「よし」
シーマは煙草を灰皿へ押しつけた。
「じゃあ、そろそろあたしたちも逃げるよ」
デトローフが目を見開く。
「撤退ですか?」
「いつまでも付き合ってやる義理はないからねぇ」
シーマがニヤリと笑う。
「敵の目を引きつけて、歌姫様を逃がす。それで契約は果たした」
「全艦、反転!」
リリー・マルレーンが急旋回する。
ゲルググM隊も一斉に離脱。
追撃していたザフト艦隊が遅れて進路を変えるが、追ってきたフリーダムが縦横無尽に駆け抜け、追撃してくるザフト機のスラスターだけを正確に撃ち抜いていく。
その時にはすでにエターナルは遥か彼方へ消えていた。
「エターナル、予定航路へ復帰!」
「追撃艦隊、こちらへの接近を断念した模様です!」
バルトフェルドは深く息を吐いた。
「……成功だな」
ラクスは後方を振り返った。
そこには、もうプラントの光しか見えない。
そして、そのさらに向こうには――。
自分たちのために時間を稼いでくれたシーマ艦隊がいる。
同じ頃。
リリー・マルレーンとフリーダム。
「敵艦隊、こちらを追っています!」
「ハッ上等じゃないか」
シーマが笑う。
「エターナルは?」
「すでに安全圏へ離脱しています」
「なら、あたしたちもずらかるよ!」
リリー・マルレーンが加速する。
フリーダムがその前方を飛ぶ。
『シーマさん!』
キラから通信が入った。
「なんだい、坊や」
『エターナルは?』
「もう逃げ切ったよ」
『……そうですか』
キラの声から、僅かに緊張が抜ける。
『よかった』
シーマはその声を聞いて、小さく笑った。
「何を安心してるんだい。まだあたしたちのほうが追われてるんだよ」
『……え?』
「ぼんやりしてるんじゃないよ!」
『す、すみません!』
「フリーダム!」
シーマの声が飛ぶ。
『はい!』
「前を頼む!」
『了解!』
白銀の機体が加速する。
その後ろをリリー・マルレーンとゲルググM隊が追う。
遠く離れた別航路では、エターナルがラクス、バルトフェルド、ダコスタたちを乗せてプラント宙域を離れていく。
二つの艦隊。
二つの脱出路。
だが、その始まりには一つの選択があった。
ラクスを逃がすために、自分たちが危険を引き受ける。
誰かに命令されたからではない。
誰かの思想に従ったからでもない。
――自分たち自身が、それを選んだ。
シーマはメインモニターの向こうに遠ざかっていくプラントを見つめた。
「……これでいい」
煙草に火を点ける。
「借りを作ったんじゃない」
紫煙がゆっくりと立ち上る。
「仕事をしただけさね」
そしてシーマは前を向いた。
「さあ、逃げるよ。あたしたちの明日のためにねぇ」