朱き蜉蝣の残光   作:ゆのじさん

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第29話

リリー・マルレーンのブリッジ。

 

フリーダムの強力な熱源反応がモニターから遠ざかり、やがてセンサーの有効索敵範囲外へと消えていく。

 

残されたのは、静まり返ったモニターと、空に広がる雲だけだった。

 

シーマ・ガラハウは指先に挟んだ煙草の煙をゆっくりと吹き出し、消えた光点の残像を見つめた。

 

「……行っちまったねぇ」

 

ぽつりと漏れ出た呟きに、隣でオペレーションシートに座るデトローフがそっと視線を向ける。

 

「寂しいのですか?」

 

「馬鹿言うんじゃないよ。せいせいしたのさ」

 

シーマはフンと鼻を鳴らし、乱暴に頭の後ろで手を組んだ。

 

だが、その言葉を本気で受け止めている者は、ブリッジに誰一人としていなかった。

 

ブリッジをあとにしたシーマが歩を進めると、艦内はすでにいつもの慌ただしさを取り戻しつつあった。

 

MSデッキへ足を運ぶと、そこでは整備班たちが黙々と作業を進めている。

 

キラが先刻まで作業していたワークベンチでは、彼が使っていた電子端末やスキャナー、特殊工具の整理が始まっていた。

 

ベッカーが油に汚れた手袋を外し、きれいに並べられた工具箱を見つめて吐き捨てるように言った。

 

「あのキラ坊、最後まで工具を元の場所に戻してやがった……律儀な奴だぜ、まったく」

 

その声には、隠しきれない寂しさが滲んでいた。

 

端末のデータをバックアップしていたクララも、手を止めて寂しげに呟く。

 

「……また、来ますよね」

 

その言葉に、デッキを歩いていたシーマが立ち止まった。

 

振り返りもせず、懐から煙草を取り出しながら短く告げる。

 

「来るさ。あの坊やは、そう簡単に死ぬようなタマじゃないよ」

 

シーマの迷いのない声に、整備班の面々は顔を見合わせ、互いに少しだけ頷き合った。

 

 

 

——————————————

 

 

 

数日後。

 

リリーマルレーンは、中立国オーブの軍事企業――モルゲンレーテの施設へと身を寄せていた。

 

目的は、機体の改修と備品の補充。

 

そして、モルゲンレーテ側との技術交流だった。

 

オノゴロ島第六開発ブロック。

 

その一角に設けられたミーティングルームでは、大型モニターを挟み、眼鏡の奥の瞳を光らせるエリカ・シモンズと、脚を組んで煙草を弄ぶシーマが向かい合っていた。

 

数日間にわたる交渉の中で、互いの手の内を探り合うような、緊張感のあるやり取りが続いていた。

 

「――改めて拝見しても、非常に興味深いですね」

 

エリカはモニターに映し出されたガーベラ・テトラの内部構造を精査しながら言った。

 

「こちらのMSとは、設計思想そのものがかなり異なっています。特にフレーム構造と推進系は興味深いですね」

 

「そうかい」

 

シーマは興味なさそうに煙草を回した。

 

「で?」

 

「はい?」

 

「あたしらがここへ来たのは、学会の発表会に出るためじゃない」

 

シーマはモニターを指で叩く。

 

「この重力下で、あたしたちの愛機が十全に跳ね回るための資材と、アンタたちの『知恵』を買いに来たのさ」

 

「承知しております」

 

エリカは穏やかに頷いた。

 

「その代わり、こちらも皆様の技術について詳しく伺いたいと考えています」

 

「もちろん、ただ見せてやるつもりはないよ」

 

シーマの目が細くなる。

 

「動力と基本制御はあたしたちの命綱だ。そこへ首を突っ込もうってんなら、この交渉は破談さね」

 

「……承知いたしました」

 

エリカは頷く。

 

「軍事的機密の防衛意識としては正当な主張だと思います。動力系と制御コアのブラックボックス化については容認いたしましょう」

 

そして別のデータを表示する。

 

「その代わり、外装構造、補助スラスターの配置ロジック、およびフレームの応力分散データについては、こちらにも開示していただけますでしょうか」

 

シーマはしばらくエリカを見つめた。

 

「……なるほど。話が早いねぇ。配置図までならいい。制御系統に繋がる部分は見せないよ」

 

こうして、互いに譲れないラインを突き合わせた末、対等な技術提携が成立した。

 

資料解析が始まると、モルゲンレーテ側の技術者たちはすぐに興味を示した。

 

「この機体は、現在のCE規格とはかなり異なる設計ですね」

 

「当然だ」

 

ベッカーが答える。

 

「俺たちのところじゃ、これが普通だったんだよ」

 

「失礼ですが、こちらの機体はどの程度の年代に設計されたものなのでしょうか?」

 

「ガーベラか?」

 

「はい」

 

「設計そのものは少し前の世代になるが、こいつ自体は新しい機体だ」

 

エリカが頷く。

 

「なるほど。では、古い機体をそのまま運用しているわけではないのですね」

 

「当たり前だ」

 

ベッカーは鼻を鳴らした。

 

「こいつは俺たちのとこじゃ新しい部類だ。ゲルググMだって、昔の機体をそのまま使ってるわけじゃねぇ」

 

「つまり、過去の機体から受け継いだ設計思想を、後の世代で発展させているということでしょうか?」

 

「そういうこった」

 

エリカは興味深そうに画面を見つめた。

 

「こちらとは少し考え方が違いますね」

 

「どう違う?」

 

「こちらでは新しい機体を開発する際、過去の機体との差別化をかなり重視します。しかし皆様の機体は、過去の設計思想を引き継ぎながら、必要な部分を更新しているように見えます」

 

「使えるもんを捨てる必要がねぇだけだ」

 

「……合理的ですね」

 

「機体なんてもんは、戦場で使って初めて価値がある。新しいから偉いってわけじゃねぇ」

 

「非常に興味深い考え方です」

 

エリカは端末へ記録を続ける。

 

「設計思想そのものには、かなり長い歴史があるのでしょうか?」

 

「そうだな」

 

ベッカーが少し考える。

 

「ゲルググなんかは、俺たちのとこじゃかなり昔からある。そこから何世代も改良されてきた」

 

「何世代も、ですか」

 

「設計の系譜って意味だ。今ここにある機体が何十年も使われてるって話じゃねぇぞ」

 

ベッカーが釘を刺す。

 

「そこは勘違いするな」

 

「承知しました」

 

エリカは素直に頷いた。

 

「技術的な系譜が長い、という意味ですね」

 

「そういうことだ」

 

「……なるほど」

 

エリカは改めてガーベラ・テトラのデータを見つめる。

 

「異なる世界で、異なる戦争を経ながら発展してきた技術体系。その一端が、こちらのMSと共存しようとしているわけですね」

 

「大げさに言うんじゃねぇよ」

 

ベッカーが笑う。

 

「壊れたから直してるだけだ」

 

「ですが、その積み重ねこそが技術なのではないでしょうか」

 

「……まあな」

 

別の技術者がセンサー系統の資料を眺める。

 

「こちらの制御系も独特ですね。現在のCE規格とは互換性がありません」

 

「だから、そのまま繋ぐな」

 

ベッカーが即答する。

 

「間に変換系を噛ませる。無理に合わせると、どっちかが死ぬ」

 

「……なるほど」

 

エリカが頷く。

 

「それなら、CE側の電装系を一部利用しながら、機体側の制御系を維持することも可能でしょうか?」

 

ベッカーがモニターを睨む。

 

「理屈じゃ可能だ」

 

「実際に試してみる価値はありそうですね」

 

「やってみろ」

 

「よろしいのですか?」

 

「使えるなら使う。それが技術ってもんだろ」

 

エリカは小さく笑った。

 

「……ありがとうございます」

 

改修作業の主導権について、エリカが提案したのはモルゲンレーテ側の技術者を改修チームへ組み込むことだった。

 

「可能でしたら、弊社の技術者も改修作業に参加させていただけないでしょうか」

 

しかしシーマは即座に首を横に振った。

 

「お断りさね」

 

「……承知いたしました」

 

「外部の連中にあたしたちの足を預ける気はないよ。資材と工具だけ用意しな。作業は全部あたしたちの整備班でやらせてもらう」

 

「かしこまりました。では、必要な資材についてはこちらで可能な限り手配いたします」

 

エリカはそれ以上、口を挟まなかった。

 

まず取り掛かったのは、シーマの愛機――ガーベラ・テトラだった。

 

地上での戦闘によって明らかになった問題点を、一つずつ洗い出していく。

 

「地上じゃ脚が重い」

 

シーマがシミュレーターから降りながら言った。

 

「宇宙と同じ感覚で動かすと、こいつの足がついてこない」

 

エリカが頷く。

 

「重力下では、推進器の出力だけでなく、姿勢制御と関節への負荷も大きく変化します。宇宙空間で最適化された機体を、そのまま地上へ持ち込むのは難しいようですね」

 

「だから変える」

 

ベッカーが答える。

 

「地上用の重量バランスを作る。補助推進器もCE規格のもんを使う」

 

「その場合、宇宙用のセッティングとは別の構成にする必要がありそうですね」

 

「最初からそのつもりだ」

 

ベッカーは図面を指で叩いた。

 

「宇宙用を捨てるんじゃねぇ。地上用を別パッケージとして作る」

 

エリカが頷く。

 

「つまり、装備そのものを交換することで、同じ機体を異なる環境へ適応させるわけですね」

 

「そういうこった」

 

「……非常に合理的です」

 

モルゲンレーテから供給されたCE規格の補助推進器。

 

高精度センサー。

 

耐摩耗性と放熱性に優れた装甲材。

 

それらを一つずつ、UC由来の機体へ組み込んでいく。

 

接続規格は可能な限り統一され、異なる技術体系を繋ぐためのハイブリッド規格が構築されていった。

 

ただし、動力系と制御コアには手を入れない。

 

そこだけは、シーマたちが最後まで譲らなかった。

 

数日後。

 

格納庫では、エリカとベッカーが完成途中のガーベラ・テトラを見上げていた。

 

「この装甲材なら、従来より重量を増やさずに防御力を上げられそうですね」

 

「ただし貼りすぎるな」

 

「理由を伺ってもよろしいでしょうか?」

 

「重くなる」

 

「……単純ですが重要ですね」

 

「戦場じゃ、それが一番重要なんだよ」

 

ベッカーは腕を組む。

 

「一発食らっても帰ってこられる。それで十分なんだ。余計なもんを付けて動けなくなったら、守るための装甲が自分を殺すことになる」

 

エリカは静かに頷いた。

 

「皆様は、機体の性能そのものよりも、最終的にパイロットが帰還できるかどうかを重視されているのですね」

 

「当たり前だ」

 

ベッカーが答える。

 

「機体は直せる。人間は直せねぇ」

 

エリカはその言葉をしばらく胸に留める。

 

「……その考え方は、覚えておきたいと思います」

 

そして、艦隊の主力を担うゲルググM群にも改修が施された。

 

CE規格の補助推進器。

 

姿勢制御系。

 

センサー。

 

冷却系。

 

電装系。

 

それらを順次更新、ガーベラ・テトラとゲルググMの双方で使用できるよう、可能な限り部品規格を統一していく。

 

特にゲルググMは、地上戦用装備がほぼ完成形まで仕上がった。

 

一方、宇宙用装備については、将来的に宇宙へ戻った際に最終調整を行うこととなった。

 

「宇宙用装備は、まだ最終チェックが残っていますね」

 

エリカが資料を確認する。

 

「ええ。宇宙へ戻るまでには、そちらも仕上げる予定です」

 

デトローフが頷く。

 

「宇宙へ戻れば、そちらに合わせて再調整します」

 

「それでしたら、今回は地上用の調整を優先した方が合理的ですね」

 

「その判断でお願いします」

 

 

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