連日の作業の合間、シーマ自身もモルゲンレーテのシミュレーターや敷地内の演習場を使い、重力下での機体の挙動を確認していた。
そして、それはシーマだけではなかった。
ゲルググM隊のパイロットたちもまた、改修を終えた機体を順番に駆り、地上での慣熟訓練を繰り返していた。
宇宙では三次元機動を前提としていた彼らにとって、地上での戦闘は勝手が違う。
「……やっぱり宇宙とは違うねぇ」
シミュレーターから降りたシーマが肩を回す。
「機体の反応が一拍遅れる」
「重力と大気抵抗の影響でしょうか?」
傍らで訓練データを確認していたエリカが尋ねる。
「それだけじゃないさ。地面があるってだけで、戦い方そのものが変わる」
シーマは演習場で旋回するゲルググMへ視線を向けた。
「宇宙じゃ、逃げる方向は三百六十度ある。地上じゃそうはいかない」
「……なるほど」
エリカは端末へ記録する。
「戦場環境そのものが、戦術を規定するということですね」
「そういうこったよ」
その時、演習場から通信が入った。
『こちらゲルググ二番機。脚部の反応が少し重い。旋回時に機体が流れる』
『三番機も同じです。停止からの再加速で、宇宙より姿勢制御に時間がかかります』
ベッカーが端末を覗き込み、眉をひそめる。
「ほら来た。地上用に調整したつもりでも、実際に走らせりゃ問題が出る」
「現場の意見をそのまま設計へ戻すわけですね」
エリカが尋ねる。
「当たり前だ。机の上だけでMSは動かねぇよ」
ベッカーは即座に答えた。
「パイロットが『重い』と言ったなら、何が重いのかを調べる。『遅い』と言ったなら、どこで遅れてるのかを見る。数字だけ見てたって分からねぇことはいくらでもある」
エリカは頷きながら、訓練データを確認する。
「非常に興味深いですね。機体そのものだけではなく、実際の操縦感覚まで改修へ反映させているのですね」
「それが整備ってもんさ」
その頃、演習場では一機のゲルググMが低空を滑るように移動していた。
地上では無闇に速度を上げず、遮蔽物を利用しながら進む。
急停止。
姿勢変更。
短い跳躍。
着地。
そして再び前進。
宇宙であれば何気なく行っていた動作一つ一つが、地上では機体への負荷となって返ってくる。
「……なるほどねぇ」
シーマはその動きを見ながら呟いた。
「宇宙の癖をそのまま持ち込んじゃ、足を取られるってわけだ」
「だからこそ、慣熟が必要なのですね」
エリカが答える。
「機体だけを地上仕様にするのではなく、パイロット自身にも地上での運用を覚えていただく必要があります」
「その通りさ」
シーマは煙草を咥えた。
「どんなに良い機体を作ったって、乗る奴が扱えなきゃ意味がない」
ゲルググM隊の訓練が終わると、パイロットたちは機体を降り、整備班のもとへ集まった。
「脚の踏ん張りは良くなってる」
「ただ、急旋回の後がまだ重い」
「着地の時に機体が一瞬沈む感じがある」
次々と上がる報告を、ベッカーたち整備班が記録していく。
その横では、モルゲンレーテの技師たちもデータを確認していた。
「この数値ですと、脚部の姿勢制御をもう少し細かく調整できそうです」
「なら、次の調整で試してみろ」
ベッカーが答える。
「ただし、こっちの設定を勝手に弄るなよ。どこを変えたか、必ず記録を残せ」
「承知しました」
異なる技術体系の技師たちが、同じ機体のデータを囲んで意見を交わしていく。
その光景を見ながら、エリカは静かにシーマへ尋ねた。
「皆様は、かなり長い間このような運用を続けてこられたのですか?」
「ああ。機体は違ってもねぇ」
シーマは少し考えてから答えた。
「けど、あたしらの機体も人間も、何十年も前から動き続けてきたような代物じゃない。まだ現役で使えるから使ってるだけさ」
「そうなのですね」
「だからこそ、無理はさせられない。機体も人間もねぇ」
シーマは演習場のゲルググM隊を眺める。
「一度地上で戦っただけで、全部分かった気になるほど、あたしらも馬鹿じゃないさ」
そして、口元を吊り上げた。
「次に降りる羽目になった時、少しでも生き残れるように覚える。それだけだよ」
数日間に及ぶシビアな交渉。
異なる世界の技術者同士による、昼夜を問わない試行錯誤。
そして、パイロットたち自身による繰り返しの慣熟訓練。
その結果を整備班が受け取り、機体へ反映する。
機体を調整し、再び飛ばす。
そこで得られたデータを、また次の調整へ戻す。
その循環を何度も繰り返しながら、シーマ艦隊のMSは少しずつ地上での扱いを身につけていった。
その果てに、ガーベラ・テトラには新たな地上戦用パッケージが組み上げられ、ゲルググM隊にも地上で戦うための運用調整が施されていった。
宇宙用装備を捨てたわけではない。
必要な時には再び宇宙へ戻れるよう、それらは別系統として維持されている。
それは単なる改造ではなかった。
異なる世界の技術を組み合わせ、機体だけでなく、それを扱う人間まで含めて、シーマ艦隊がこの世界で生き残るための新たな運用体系を築いていく作業だった。
完成したガーベラ・テトラと、その隣に並ぶゲルググM隊を見上げ、エリカが静かに口を開く。
「シーマ司令」
「あん?」
「この機体たちは、もう単純に皆様が持ち込まれた機体とも、こちらの機体とも呼べないのかもしれませんね」
シーマは完成した愛機を見上げる。
「……そうかもねぇ」
「異なる技術を組み合わせて、皆様自身の運用に合わせた機体になっています」
「大層な言い方をするじゃないか」
シーマは煙草を咥えた。
「ただの現地改修機さ」
「ですが、その積み重ねが新しい技術につながるのではないでしょうか」
エリカの言葉に、シーマは一瞬だけ黙った。
やがて、口元を歪める。
「……そういうことにしとくかねぇ」
格納庫の照明を浴び、ガーベラ・テトラの赤い装甲と、並んで立つゲルググMの姿が静かに浮かび上がっていた。
それはかつての世界から持ち込まれた機体でありながら、少しずつこの世界に適応し始めていた。
そして、それはシーマ艦隊そのものも同じだった。
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整備が佳境を迎えていたある日、一本の緊急報がリリー・マルレーンへ飛び込んできた。
ブリッジにいたシーマは、報告書へ目を落としたまま眉をひそめる。
「……ロンド・ギナ・サハクが、ギガフロートを襲った?」
「はい。詳細については現在確認中ですが、民間人を巻き込んだ可能性もあるとのことです」
シーマはしばらく黙っていた。
問題なのは、ギナ・サハクという男がどういう人間だったかではない。
シーマが知っている人間たちのいる場所を、オーブに属する人間が武力で踏みにじった。
それだけで十分だった。
「……あたしらを客として呼んでおいて、その裏じゃ身内が好き勝手やってるってのかい?」
低く吐き捨てる。
デトローフが眼鏡を押し上げた。
「サハク家とオーブ政府を同一視するのは、少々早計かと」
「分かってるよ」
シーマは立ち上がった。
「だから本人に聞くのさ」
「ウズミ・ナラ・アスハ。あんたに聞きたいことがある」
数時間後。
オーブの一角に設けられた応接室で、シーマはウズミ・ナラ・アスハと向かい合っていた。
互いの護衛が一定の距離を置いて立つ。
友好的な会談とは言い難い。
だが、敵対するための席でもなかった。
シーマは椅子へ深く腰を下ろし、正面のウズミをまっすぐ見た。
「ウズミ・ナラ・アスハ。あんたに聞きたいことがある」
「何だろうか、シーマ・ガラハウ」
「ギガフロートを襲った馬鹿の件だよ」
ウズミの表情がわずかに曇る。
「サハク家の行動については、すでに――」
「サハク家の話をしてるんじゃない」
シーマの声が重なった。
「オーブの話をしてるんだよ」
室内の空気が張り詰める。
「あたしらはねぇ、あそこにいた連中を知ってる」
シーマは机の上に置かれた報告書を指先で叩いた。
「飯も食った。仕事もした。あいつらがどんな場所で、どうやって生きてるのかも見てきた」
「……」
「それを、あんたの国の人間が武力で踏みにじった」
ウズミは静かに息を吐いた。
「ギナ・サハクは、オーブ政府の正式な命令を受けていたわけではない」
その言葉を聞いた瞬間、シーマの目が細くなる。
「だから何だい?」
「……」
「命令されてなきゃ、オーブの人間がオーブの名前を背負ってやったことじゃないってのかい?」
「そういう意味ではない」
「なら、どう始末をつける?」
静かな問いだった。
だからこそ、重かった。
シーマは「ギナを処罰しろ」と迫っているわけではない。
自分たちが一度捨てられたように、国家が都合の悪い人間を切り離して終わらせることを許すつもりがないのだ。
ウズミはしばらくシーマを見つめた。
「ならば、明言しよう」
ウズミは静かにシーマを見返した。
「ギナ・サハクの行為を、オーブ政府の命令ではないという一言で済ませるつもりはない」
シーマの眉が僅かに動く。
「あの者がオーブの名を背負って行動した以上、我々にも責任の一端はある。少なくとも、そう考えるべきであろう」
「……へぇ」
「ギガフロートへの今後の武力介入についても、政府として認めるつもりはない」
「それを、あんたが保証するのかい?」
「私が保証しよう」
ウズミの返答には、一切の迷いがなかった。
「ただし、そなたらにも一つ約束していただきたい」
「何だい?」
「オーブの法を越えて、そなたら自身がギナを裁かぬことをだ」
シーマはしばらくウズミを睨んでいた。
やがて、小さく鼻を鳴らす。
「……なるほどねぇ」
「それで、よいだろうか」
「ああ。少なくとも、話のできる相手だってことは分かったよ」
しばしの沈黙。
やがてウズミが尋ねる。
「では、そなたは何を望む?」
シーマは立ち上がった。
「別に大したことじゃない」
扉へ向かいながら、振り返る。
「あたしらの知ってる連中を、勝手に殺させないことさ」
ウズミは何も答えなかった。
ただ、その言葉の意味だけは理解していた。