前の方がいい、こっちの方がいい等ありましたら教えていただければ幸いです。
オーブ領内。
朝の静けさは、遠くから届いた重苦しい爆発音と地鳴りによって無惨に破られた。
モルゲンレーテ地下施設の戦闘指揮ブリッジに、緊迫した警報音が鳴り響く。
『沿岸監視網より入電! 地球連合軍の大型艦隊を確認!』
『侵攻部隊、複数方向からオーブ領海および領空へ接近! 領有権主張の猶予期限終了と同時に攻撃を開始しました!』
オペレーターたちが相次いで悲鳴に近い報告を上げる。
メインモニターには、領海線を踏み越えて押し寄せる敵性反応が凄まじい密度で表示されていた。
大型護衛艦、航空母艦、水陸両用機。そして、それらの後方に黒い雲のように群がる大量のMS——ダガータイプ。
シーマ・ガラハウは艦長席に深く腰を下ろしたまま、煙草の煙越しにそれらを眺めていた。
「……ハッ、連合めMSを出してきたか。それも想像以上の大所帯だねぇ」
その声に焦りはない。あるのは呆れと、幾度も凄惨な戦場を潜り抜けてきた百戦錬磨の冷徹さだけだった。
隣でデータ端末を操作していた副官デトローフが、低く重い声で言った。
「連合軍は、本気でこの国を力で叩き潰すつもりのようですな」
「そりゃそうだろうよ。ここまで大層な軍勢を引っ張り出してきたんだ。はいそうですかと脅しだけで帰っちゃ、上層部の面子がつぶれるさね」
シーマは咥えた煙草の灰を床へトントンと落とした。
モニターの端では、オーブ軍の防衛部隊が必死の配置についていく。海岸線、市街地、そしてオーブの命脈である宇宙への回廊——マスドライバー施設カグヤ周辺。そこには通常以上の防衛戦力が重点的に配置されていた。
シーマは紫煙をゆっくりと天井へ吹き上げる。
「……で、あたしたちはどうなってる?」
「地下ドックにてスタンバイ中。オーブ軍司令部からの直接的な出撃命令は出ておりません」
「そうかい」
シーマはモニターから目を逸らさず、不敵に口元を歪めた。
「だったら、まだ出ないよ」
「よろしいので?」
「焦って突っ込む必要がどこにある? あたしたちはオーブの正規軍じゃない。……戦場と戦うタイミングを選ぶのは、いつだってあたしたち自身さね」
その直後だった。
『連合軍第一波、海岸線防衛線へ接触! 交戦開始!』
モニターの一角で、赤のアイコンが一気に増加した。
オーブ軍の主力機M1アストレイが果敢に迎撃に入る。ビームライフルの青白い閃光が空を裂き、降下してきたストライクダガーと激しい撃ち合いが始まる。だが、練度と圧倒的な数の差は歴然だった。
防衛線が押し込まれかけたその時、一機の異形なMSが空からその渦中へ突っ込んだ。
白を基調としたストライク。だが、通常の機体とは明らかにシルエットが異なる。
両肩に大型の対艦刀と超高インパルス砲を背負い、背部には巨大な高機動スラスターを増設した重武装形態——パーフェクトストライク。
「……あれは」
シーマが細目をさらに細くする。
モニターの中で、パーフェクトストライクが大型対艦刀シュベルトゲベールを豪快に振り抜いた。装甲を易々と両断されたストライクダガーが一機、激しい爆炎を散らす。
間髪容れず、左肩の超高インパルス砲アグニが火を噴いた。一瞬にして数機の敵MSが光の奔流に呑み込まれ、地上部隊が一斉に散開する。
「相変わらず派手な立ち回りだねぇ、あの男は」
デトローフが苦笑する。
「エンディミオンの鷹……ムウ・ラ・フラガ大尉ですな」
「ああ。あいつが地上で暴れまわって敵の目を引いてる間に、オーブ軍も少しは体制を立て直せるだろうさ」
パーフェクトストライクはシュベルトゲベール、アグニ、有線クローのパンツァーアイゼンを縦横無尽に切り替えながら、前線を押り返していく。だが、後方から吐き出される連合の物量は無限であるかのように途切れなかった。
シーマは咥えていた煙草を灰皿へ強く揉み消した。
「……始まったねぇ」
自由意志で立ち上がる。
「デトローフ」
「ハッ」
「出るよ」
デトローフが一瞬だけ視線を向けた。
「出撃地点は?」
「マスドライバー周辺」
シーマは自らホログラムモニターの特定宙域を指で突いた。
「連合にあそこを取られたら、あたしたちも宇宙へ上がれなくなる。逃げ道が塞がれるんだよ」
「つまり――」
「誤解するんじゃないよ。あたしたちはオーブを守るんじゃない。……あたしたち自身が逃げるための道を、自分たちの手で確保するのさ!」
地下格納庫へ出撃命令が伝達された瞬間、ドック全体が爆発的なエンジン音と怒号に包まれた。
地上。オノゴロ島の岩山が割れ、油圧ハッチが開放された。
重厚な駆動音とともに、紅き高機動MSガーベラ・テトラが地上へ姿を現す。
その装甲には、重力下での運用に合わせた推力バランス調整と、CE世界の技術を応用した最新の実弾式ライフルが握られていた。腰部にはCE規格の汎用ビーム・サーベルが懸架されている。
続いて、同様の地上改修を施された三機のゲルググMが、高圧ガスを噴射しながら次々と飛び出してきた。
『全機、指定ポイントへ配置完了!』
通信回線に、整備班とパイロットたちの緊張した声が飛ぶ。
「各機、絶対に敵を深追いするんじゃないよ!」
ガーベラ・テトラのコクピットで、シーマの声が全機へ鋭く響く。
「目的はマスドライバー周辺の絶対防衛領域の確保! 敵を全滅させる必要なんてサラサラない! 足を止め、進路を塞ぎ、安全圏を維持しな!」
『了解!』
ゲルググM隊が扇状に散開。改修された実弾ライフルが一斉に火を噴いた。
重金属弾の弾幕がストライクダガーの装甲を叩きつけ、敵の進撃の足を挫く。無理な撃破を狙わず、牽制と進路妨害に特化した宇宙世紀流の集団戦術。前衛が敵を固め、その隙にオーブ軍のM1アストレイ隊が崩れかけた防衛線を再構築していく。
上空では、ムウのパーフェクトストライクが限界に近い機動で空中戦を繰り広げていた。
「……あっちはあの男に任せておけばいいさ」
シーマが戦況全体を見渡した、その時だった。
『司令! 市街地南側の監視班より緊急通信! 避難民の退避車列のルート上に、敵の別動隊が接近中!』
シーマの眉が吊り上がった。
「……ちっ、嫌なタイミングだねぇ」
サブモニターへ視線を叩きつける。
画面には、逃げ惑う市民を乗せたバスや乗用車の車列。その前方に、建物を押しつぶしながら進行してくる連合軍のストライクダガー二機。
「デトローフ」
『ハッ』
「第二小隊を回しな」
『しかし! それではマスドライバー側の防衛線が薄くなります!』
「マスドライバーの防衛なんて後回しでいい!」
シーマの声が一段低く、凄みを帯びた。
「まず、あの車列を逃がすよ。……自分たちの目で見た人間が見殺しにされるのを黙って見てられるかい!」
『……了解! 第二小隊、直ちに市街地南側へ向かえ!』
ゲルググM二機が滑るようなホバー走行で進路を変更。
ビル群を突き破り、避難車列と連合軍MSの間に強引に割り込んだ。
『こちら第二小隊! 敵MSと接触!』
「殺さなくていい! 足を止めろ!」
『了解!』
ゲルググMが実弾ライフルを連射。重厚なシールドを前面に構え、壁となって敵のビーム攻撃を受け止める。
その背後を、震える市民たちを乗せた車列が間一髪で駆け抜けていく。
「いけ! 止まるな!」
「前だけ見て走れ!」
『第2小隊から全部隊へ、敵MSに実弾は有効!繰り返す!敵MSに実弾は有効!』
「第1小隊聞いたね?敵はフェイズシフト装甲を持ってないよ!」
『了解!』
戦場を離脱していく車列を確認し、シーマはコクピットで小さく息を吐いた。
「……よし、これで借りは一つ返したよ」
だが、安堵の時間は一瞬で吹き飛んだ。
『司令! 防衛線前方に未確認の新型MS群を確認!』
「数は!?」
『三機! ですが……通常のダガーとは運動性も火力も桁が違います!』
メインモニターに拡大表示された三つの異形。
巨大な長距離砲を備えた重装甲機カラミティ。
大型翼を広げ、空中で鋭角的な機動を描くレイダー。
そして高機動で変形し、高速で接近するフォビドゥン。
連合軍が投入した最新鋭の強化MS群。
「……またとんでもなく悪趣味なのが出てきたねぇ」
シーマの目が鋭く細まる。
三機が防衛線へ突入した瞬間、惨劇が始まった。
カラミティのシュラークから放たれた極太のプラズマ砲が地表を焼き払い、防衛線のM1アストレイが一瞬で消滅する。その隙間をレイダーとフォビドゥンが滑空し、残された機体を容赦なく破壊していく。
『M1部隊、壊滅状態です!』
『火力が……火力が違いすぎます!』
シーマは苦々しく舌打ちした。
「……嫌な奴らだねぇ。命の使い方がなってないよ」
だが、瞬時に思考を冷徹なモードへ切り替える。
「……キラに回線を繋ぎな!」
『了解!』
ノイズ交じりの通信が繋がる。
「キラ!」
『はい! シーマさん!』
「上空の三機、お前さんに任せるよ!」
『あの三機を……!?』
「さっき出てきたデカブツと、空を飛んでるイカれた二機さ! あたしたちの機体じゃあいつらのスピードと火力には付き合ってられない!」
『でも、シーマさんたちの地上部隊は……!』
「こっちは泥臭く地上を守る!」
シーマは迷いなく言い切った。
「お前さんは空を抱え込みな! あたしたちが地面を死守してやる!」
『……分かりました! 無事でいてください!』
「へっ、誰にものを言ってるんだい!」
通信が切れると同時に、シーマは速やかに自軍へ指示を飛ばす。
「第二小隊! フリーダムが上のバケモノどもを引き受ける! お前さんたちは車列の護衛を終えたら、地上の防衛線へ復帰しな!」
『了解!』
「……待ちな。あの三機、動きが違う」
シーマは三機の軌跡を見比べた。
「二機は空を飛んでる。だが、あの砲撃型だけは地面から離れちゃいない」
「確かに」
「だったら話は早い。第二小隊、あの地上の砲撃機を足止めしな」
『了解!攪乱を伴う遅滞戦術に入ります!』
「倒す必要はない。あいつの射線をこっちへ向けさせるだけでいい。マスドライバーへ撃たせるな!」
『了解!』
「キラ聞こえるか!」
『はい!』
「三機の新手のうち、地上にいるデカブツはこっちで撹乱・遅滞戦闘を行う!流れ弾にだけ注意しな!」
『わかりました!』
その直後、空を切り裂くような高加速音とともに、フリーダムが急上昇。
背部のウイングを広げ、三機の強化MSへ向かって突入していった。
「……よし」
シーマは小さく頷き、ガーベラ・テトラの操縦桿を握り直す。
「これで仕事がやりやすくなったよ」
ガーベラ・テトラが滑空し、地上へ降り立つ。
実弾ライフルを構え、押し寄せるストライクダガーの脚部へ向けて的確に短射を叩き込んだ。
その時、戦場のさらに高高度——雲を突き破り、一機の閃光が降り立った。
赤と白の装甲。背部に巨大なリフターを装着した見慣れぬMS。
ジャスティス。
ガーベラ・テトラのメインセンサーが、その機影をキャッチする。
「……なんだい、あの赤いのは」
ジャスティスは地上には見向きもせず、フリーダムと強襲MS群が激突する高空領域へ一直線に突入した。
レイダーの爪を間一髪で弾き飛ばし、フリーダムの背後をカバーする。フォビドゥンの鎌をビームサーベルで受け止め、完璧な連携でフリーダムの死角を消していく。
言葉の交わし合いすら不要であるかのような、寸分の狂いもない二機のコンビネーション。
『司令!』
デトローフから驚愕の通信が入る。
『あの赤い機体……フリーダムの援護に入りました!』
「みたいだねぇ……」
シーマはモニターに映る赤と白の戦闘軌跡を見つめた。
「……少なくとも、こっちを撃つ気はないようだねぇ」
『味方、ということですな?』
「さあね。だが、少なくとも今はあたしたちと同じ側に立ちたいらしい」
シーマはガーベラ・テトラを反転させ、地上戦線へ意識を戻す。
「第二小隊! 上の赤い奴もフリーダムの援護に入った! 空の連中はもう気にするな!」
『了解!』
「地上部隊に集中しな! 避難車列の退避を確認後、防衛線の再構築に入る! あの大砲持ちの射線を潰し続けろ!大方フェイズシフト装甲だろう。反撃に注意しながら電力を削れ!」
『了解!』
上空を一度だけ仰ぎ見る。
翼を広げたフリーダムと、紅きジャスティス。
「……あの赤いのが何者だろうとね。使えるものは何でも使わせてもらうよ!」
ガーベラ・テトラのスラスターが爆発的な噴射音を上げ、地表を滑走する。
激戦は最高潮に達していた。
連合軍は圧倒的な物量でマスドライバーを目指し、オーブ軍とシーマ艦隊はそれを阻む。
シーマ艦隊の戦い方は徹底していた。決して敵を全滅させようとはしない。進路を塞ぎ、隙を作らせ、撤退路を確保する。
ガーベラ・テトラが高速で敵機の間をすり抜け、膝関節やカメラセンサーなどの急所だけを狙って実弾を撃ち込む。怯んだ敵の横を通り抜けざま、ビーム・サーベルで最小限の損傷を与えて離脱。
ゲルググM隊もまた、完璧な相互カバーで敵の進撃速度を死守領域の手前で殺し続ける。
「深追いは厳禁だよ! 逃げ道を塞ぎ、時間を稼げばあたしたちの勝ちさ!」
地上ではムウのパーフェクトストライクと、いつの間にか合流していたバスターが、傷つきながらも凄まじい執念で前線を支え続けていた。
誰もが、自分のなすべき役割を完璧にこなしていた。
そして——
『司令!』
デトローフの歓喜を含んだ声が回線に響いた。
『マスドライバー周辺、最終防衛線の確保に成功! 連合の地上部隊、後退を開始しました!』
「よし……っ!」
シーマはモニターを注視した。
マスドライバー施設カグヤの地下ハッチが開放され、巨大な艦体が姿を現しつつあった。
アークエンジェル、そしてクサナギ。
両艦ともに全機関を始動させ、宇宙へのカウントダウンを開始している。
「……ようやく、舞台が整ったかい」
通信回線を開く。
「リリー・マルレーンの状況は!?」
『いつでも行けます! マスドライバーへの接続、完了しました!』
シーマは大きく息を吐き、咥えていた煙草に火をつけた。
紫煙がコクピット内にゆらりと漂う。
戦場は今なお煙と火柱に包まれていた。
空ではフリーダムとジャスティスが敵を牽制し、地上ではM1アストレイとゲルググMが殿を務めている。
逃げるための道は、自分たちの手で切り拓いた。
「……さて」
シーマは口元に不敵な笑みを浮かべ、紫煙を吹き消した。
「次はあたしたちが、この泥沼から脱出する番さね!」