朱き蜉蝣の残光   作:ゆのじさん

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第3話

リリー・マルレーンは、デブリ帯の深部――砕け散った巨大構造物の影で、ようやく主機の熱核融合炉をアイドリング状態まで落とした。艦内に「プシュー」という減圧音とともに、緊急警戒解除を告げるブザーが低く鳴り響く。張り詰めていた艦内の空気が、そこでようやく少しだけ和らいだ。

 

薄暗い格納庫では、無事帰還した三機のゲルググMが、排熱の熱気を撒き散らしながら次々とカタパルト固定具へロックされていく。

 

「一番機、左肩チタン・セラミック装甲が焦着! パイロットに怪我なし!」

 

「二番機、左脚スラスターに直撃跡! シール剤漏れ発生!」

 

「三番機、帰投完了!」

 

作業着姿の整備兵たちが一斉に駆け寄り、高圧冷却ガスを吹き付けた。真っ白な煙と油の焦げた匂いが格納庫中に立ち込める。

 

だが、整備兵たちの関心は自分たちの愛機だけにとどまらなかった。デッキの中央。クレーンによって巨大なトレーへ吊り降ろされた「異物」へ、全員の視線が吸い寄せられていく。

 

先ほどの戦闘で撃破、あるいは切り離された敵機の残骸だった。

 

完全な状態ではない。欠損した右脚、転がされた76mm重突撃機銃、大きく亀裂の入った背部スラスター・バックパック、破断したケーブルから露出した予備バッテリーユニット。そして、中身の削れたコックピット周辺の電子基板。

 

「そこ、慎重に降ろせ! 衝撃を与えるな!」

 

「センサーの光学レンズを傷付けるんじゃねぇぞ! この異世界の骨董品で一番価値があるのはそこなんだからな!」

 

主任整備士ハロルド・ベッカーが、大声を張り上げて指示を飛ばす。汗とオイルで汚れた顔を拭いもせず、クレーン作業を鋭い目で見つめていた。

 

若い整備兵が、おそるおそるライフルを持ち上げようとして眉をひそめる。

 

「主任……これ、持ち帰ったはいいですけど、本当に使えるんですか? 連邦のジムの部品とも、うちの機体のパーツともまるでサイズが合いませんよ」

 

「動くかどうかじゃねぇ」

 

ベッカーは受け取ったマルチテスターの端子を、撃ち落とされたライフルの電子ソケットに押し当てた。

 

「使えなけりゃ、使えるようにバラして調べる。それが整備兵の仕事だ」

 

テスターのメーターがピクンと振れ、不規則な数値を示して赤く点滅した。

 

「……ほう」

 

ベッカーの細い目が、さらに鋭くなる。周囲にいた整備兵たちが、ゴクリと唾を呑んで覗き込んだ。

 

「完全に別物だな。内部の駆動電圧がうちの規格より遥かに高い。ダイレクトにうちのゲルググのジェネレーターへ繋いだら、一発でメイン回路が焼き切れるぞ」

 

「じゃあ、駄目じゃないですか……」

 

「馬鹿野郎」

 

ベッカーは拳骨で小突いた。

 

「『電圧が違う』ってことが分かったんだ。なら、間に変圧器を噛ませりゃ使えるってことだろ。配線規格もコネクタも、削って繋ぎ直せばどうにでもなる」

 

別の整備兵が、バックパックの破断面をライトで照らしながら声を上げる。

 

「主任! こっちのプロペラントタンク、中身が残ってます! でも……成分が違います。うちの熱核ロケット用水素燃料と違って、化合物系の液体燃料です!」

 

「へっ、やっぱりな。だがケミカル系なら、抽出して艦艇の姿勢制御バーニアくらいには回せるはずだ」

 

ベッカーは工具を腰のホルダーに放り込み、腕を組んで不敵に鼻で笑った。

 

「悪くねぇ戦利品だ。解析する価値は十二分にある。……いいか野郎ども! この世界の機械を直して動かせるようになればな、この未知の宇宙でも飢えずに食っていけんだよ!」

 

整備兵たちは顔を見合わせた。誰からともなく、小さく笑みが漏れる。

 

「主任の悪い癖が始まった」

 

「だが、嫌いじゃねぇ」

 

孤立無援の絶望の中に、わずかな「希望」という名の技術的糸口が見えた瞬間だった。

 

だが、誰もがその笑顔を長く維持することはできなかった。手に入ったのはほんのわずかな残骸と情報。この広大な宇宙で自分たちが置かれているシビアな現状は、何一つ解決していないからだ。

 

同時刻――旗艦リリー・マルレーンの艦長室。

 

静まり返った室内で、副官デトローフ・コッセルが整理されたデータ端末をデスクへ置いた。シーマ・ガラハウはそこに表示された資材残量の数字を一瞥し、紫煙を吐き出しながら鼻で笑った。

 

「笑わせるねぇ。これっぽっちの戦利品じゃ、延命できたのは精々一週間ってところかい」

 

デトローフは表情を変えず、淡々と報告を続ける。

 

「回収した敵機から抽出できる推進剤と実体弾薬の火薬により、MSの即座の行動不能状態は回避できました。ですが……食料、真水、そして艦本体の冷却媒体を含めれば、生存限界は依然として数週間以内です。根本的な解決には程遠い」

 

「まあ、そんなもんだろうさね。そう上手く都合の良い補給艦が転がってるわけもない」

 

シーマは背もたれに深く体重を預け、天井の薄暗い照明を見つめた。

 

「で? ベッカーのオヤジはあの不細工な敵の鉄くずをどう評価してるんだい」

 

「使えません。電圧、コネクタ形状、推進剤の規格、すべてにおいて我が艦隊のシステムと非互換です。……ですが、コンバーターの自作とOSのアダプター開発を行えば、資材としての利用価値は極めて高いと」

 

「ふん……あいつらしい言いぐさだね」

 

シーマは煙草の灰を灰皿に落とした。

 

「それで十分さね。生き残りたいなら、プライドを捨ててこの世界の流儀と機械を覚えるしかないんだから」

 

デトローフは頷き、もう一枚の通信解析データをホログラム画面に呼び出した。

 

「それと……先ほどの戦闘宙域の周辺で、微弱に交わされていた広域指向性通信の解析が完了しました。軍用の暗号プロトコルではありません」

 

「ほう?」

 

「民間のものです。ジャンク部品の相場、回収船の募集、定期市……そんな通信ばかりです」

 

シーマの瞳が、ギラリと怪しい光を放った。

 

「民間……回収業者かい」

 

「その可能性が高いかと。発信源は複数。このデブリ帯の周辺には、軍の規制を受けずに独自で稼働している非正規の民間船が数多く行き来しているようです」

 

「……つまり、市場が存在する」

 

「そういうことです。金や価値ある物資さえあれば、正規の軍隊を通さずとも物資が手に入るネットワークが存在します」

 

短い沈黙が部屋を支配した。シーマは咥えた煙草をゆっくりと指でつまみ、窓の外――漆黒の宇宙に浮遊するデブリの群れを見つめた。

 

「軍属ではない回収業者、ねぇ……」

 

その口元が、かつて海賊と恐れられた女将軍の笑みに歪む。

 

「どこの宇宙へ行っても同じだねぇ。戦場があって、焼き払われた鉄くずがあれば、それを拾って飯を食うハイエナどもがいる」

 

「ジャンク屋、と呼ばれる連中ですな」

 

「なら――話は早いじゃないか」

 

シーマは立ち上がり、デスクに両手を突いた。

 

「次は『買う』よ」

 

デトローフが少しだけ驚いたように眉を上げた。

 

「……買う、ですか」

 

「当たり前だろ。正面から軍隊を襲って、貴重な弾薬とプロペラントを減らすくらいなら、商売で手に入る方が遥かに安上がりさね。今のあたしたちに必要なのは、輝かしい大勝利でもジオンの栄光でもない。『生き残ること』ただそれだけなんだよ」

 

シーマは煙草を灰皿に深く押し付け、完全に火を消した。

 

「あたしたちはもう、使い捨てにされる兵士じゃない。誰も守ってくれないなら、自分たちの手で泥に塗れてでも生き残る場所を作る。……デトローフ、そのジャンク屋とかいう連中の足取りを全力で洗い出しな」

 

「了解しました。指向性通信の追跡を開始します」

 

デトローフは静かに一礼し、踵を返そうとした。その背中に、シーマが低く声をかける。

 

「デトローフ」

 

「はい」

 

「……虚しい戦争は、向こうの世界に置いてきたんだ。これからは生き残るための『商売』だよ」

 

デトローフは立ち止まり、今日一番の、だがどこか吹っ切れたような穏やかな笑みを浮かべた。

 

「了解いたしました、シーマ司令。……商人としての初陣の準備を整えます」

 

デトローフは静かに敬礼した。

 

シーマは窓の外の闇を見つめた。

 

戦争は終わった。

 

煙草の火を揉み消す。

 

これからは商売だ。

 

艦長室に静寂が戻る。

 

その日、シーマ艦隊は初めて「勝つ方法」ではなく、「生き残る方法」を選んだ。

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