朱き蜉蝣の残光   作:ゆのじさん

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第35話

  オーブ上空。

 

 戦場は、まだ終わっていなかった。

 

 地上では連合軍の部隊がマスドライバー周辺への侵入を続け、それをオーブ軍とシーマ艦隊が必死に食い止めている。だが、そのさらに上空では、地上の混乱とは別種の激しい戦闘が繰り広げられていた。

 

 カラミティ、フォビドゥン、レイダー。

 

 三機の異形が、まるで互いの存在そのものを競うように駆け回り、その間をフリーダムとジャスティスが縦横無尽に飛び抜けていく。カラミティの肩部砲が火を噴けばフリーダムが機体を翻してその射線を外し、直後にはジャスティスが死角へ回り込んでビームを叩き込む。フォビドゥンが鎌を振り抜けば、フリーダムは紙一重でそれをかわし、そのまま反撃するのではなく、レイダーの進路を塞ぐように機体を滑らせた。

 

 敵を倒すことだけを考えているわけではない。

 

 三機をオーブから引き離し、脱出する艦艇を追わせない。

 

 それが二機の目的だった。

 

 だからこそ、攻撃の一つ一つにも無駄がない。撃墜できる機会があっても、深追いはしない。敵が後退すれば追撃するのではなく、次に敵が進みたい方向へ先回りし、その進路を塞ぐ。

 

 その頃、地上ではリリー・マルレーンへの帰投準備が始まっていた。

 

『全機へ。戦闘を切り上げて帰投してください! マスドライバー使用準備に入ります!』

 

 デトローフの声が艦隊共通回線へ響く。

 

 シーマはすぐに応じた。

 

「聞こえたね! 第一小隊、帰ってきな!」

 

『第一小隊、了解!』

 

「第二小隊もだ! 全機、リリー・マルレーンへ戻るよ!」

 

『第二小隊、了解!』

 

 散開していたゲルググMが、一斉に帰投針路へ移った。

 

 第一小隊は、なおも追いすがろうとする連合軍MSに対して最後の牽制射撃を加えると、敵を撃破することにはこだわらず、そのまま距離を開いていく。実弾ライフルから放たれた弾丸が敵機の進路を横切り、相手が回避した隙に三機は一気に加速した。

 

『第一小隊、帰投します!』

 

 リリー・マルレーンの格納庫が開く。

 

 一機目のゲルググMが滑り込み、減速しながら着艦。固定装置が機体を受け止める間もなく、二機目がその脇を抜けて格納庫へ入り、続いて三機目が最後の減速噴射をかけて着艦した。

 

『第一小隊、全機収容完了!』

 

「よし」

 

 報告を聞いたシーマは短く頷いた。

 

「第二小隊は?」

 

『現在、帰投中!』

 

 その時だった。

 

 第二小隊の前方に、連合軍MSが割り込んだ。

 

『敵機、接近!』

 

「構うんじゃないよ!」

 

 シーマの声が飛ぶ。

 

「撃ち落とす必要はない! 振り切って帰ってきな!」

 

『了解!』

 

 三機のゲルググMが散開する。

 

 一機が敵の正面へ実弾ライフルを撃ち込み、もう一機が側面から射撃を重ね、最後の一機がその間を抜けて後方へ回る。敵機が反撃のために向きを変えた瞬間には、三機ともすでにその場を離れていた。

 

 追撃はしない。

 

 撃破もしない。

 

 ただ、生きて帰るために必要な距離だけを稼ぐ。

 

『第二小隊、帰投します!』

 

 やがて、二機、三機とゲルググMが格納庫へ滑り込んでくる。

 

 固定装置が次々と作動し、最後の一機が収容されたところで、ようやく艦橋に安堵の空気が流れた。

 

『第二小隊、全機収容完了!』

 

 シーマはゆっくり息を吐いた。

 

「これで全員だね?」

 

『はい。第一小隊、第二小隊ともに全機収容済み。負傷者も艦内へ収容されています』

 

「よし」

 

 シーマは艦長席へ腰を下ろした。

 

「これでようやく、逃げられる」

 

 リリー・マルレーンがマスドライバーへ接続される。

 

 前方では、すでにアークエンジェルとクサナギが発射位置へ移動していた。

 

『アークエンジェル、発射シークエンスへ移行!』

 

『クサナギ、発射準備完了!』

 

 だが、連合軍は最後まで追撃を諦めていない。

 

『敵部隊、マスドライバーへ接近!』

 

 シーマの目がモニターへ向く。

 

「……最後の悪あがきってわけかい」

 

 艦隊周辺に残っていた迎撃機が動き出した。

 

「全機、迎撃!」

 

『了解!』

 

 ゲルググMはすでに全機を収容している。

 

 だからこそ、今度は艦艇側の防御火器が一斉に火を噴いた。

 

 対空砲火が夜空を埋め、接近してくるMSの進路を次々と塞いでいく。敵機が射線を外そうとすれば別の砲座がその先を狙い、撃墜することよりも、マスドライバーへ近づかせないことだけを目的に射撃が続けられる。

 

「近づけさせるんじゃないよ!」

 

 シーマが叫ぶ。

 

「撃ち落とす必要はない! 時間を稼げばいい!」

 

 その間に、マスドライバーの発射準備が整った。

 

『アークエンジェル、発射準備完了!』

 

『クサナギ、発射準備完了!』

 

『リリー・マルレーン、いつでも行けます!』

 

 シーマは正面モニターを見据えた。

 

 ここまで来た。

 

 あとは、この場所を離れるだけだ。

 

「よし……」

 

 短く息を吸う。

 

「行くよ!」

 

 最初にアークエンジェルが発射された。

 

 巨大な艦体がマスドライバーによって一気に加速し、地上から宇宙へ向けてその姿を押し上げていく。続いてクサナギも発射位置を離れ、同じように大気圏外へ向けて加速していった。

 

 そして最後に。

 

『リリー・マルレーン、発射!』

 

 猛烈な加速が艦体を貫いた。

 

 シーマは艦長席に身体を固定し、手すりを掴みながら歯を食いしばる。艦内の各所から機械の振動音が響き、モニターに表示された高度と速度の数値が一気に跳ね上がっていく。

 

 だが、その時だった。

 

『上空、戦闘継続中!』

 

 シーマが顔を上げる。

 

 フリーダムとジャスティスが、なおも三機のMSと交戦していた。

 

 カラミティの砲撃をフリーダムがかわし、その背後からジャスティスが飛び込む。ビームがカラミティの脇を抜け、レイダーがそれを追うように突っ込んでくる。

 

 だが、フリーダムは逃げない。

 

 レイダーの進路へ機体を滑り込ませ、敵がリリー・マルレーンへ向かうための直線を潰す。その隙にジャスティスが反対側へ回り込み、フォビドゥンへ牽制射撃を叩き込む。

 

 三機が押し戻される。

 

 それでも追撃はしない。

 

 フリーダムとジャスティスは、そのまま一気に高度を上げた。

 

 やがて二機は、リリー・マルレーンの進路上へ入ってくる。

 

『司令! フリーダムとジャスティスが接近!』

 

「何だって?」

 

 モニターに二機の姿が映る。

 

 フリーダムがリリー・マルレーンの艦体側面へ接近し、そのまま速度を合わせる。続いてジャスティスも反対側へ回り込み、艦体との相対速度を調整しながら慎重に距離を詰めていく。

 

 シーマは二機の動きを見て、ようやく意図を理解した。

 

「……なるほどねぇ」

 

 フリーダムとジャスティスは、リリー・マルレーンの機体固定用ハードポイントへ取り付いた。

 

 直接格納庫へ収容するわけではない。

 

 艦体へ機体を固定し、そのまま大気圏外へ向かうつもりなのだ。

 

「こっちを足場にするつもりかい」

 

 シーマは口元を歪めた。

 

「まあ、いいさ。今は敵じゃない。固定してやりな!」

 

『フリーダム、固定確認!』

 

『ジャスティスも固定!』

 

「なら、そのまま振り落とされないようにしな!」

 

『了解!』

 

 シーマは前方へ視線を戻した。

 

 リリー・マルレーンは、すでに大気圏外へ近づいている。

 

 あと少し。

 

 あと少しで、ここから離れられる。

 

 だが、その瞬間だった。

 

 地球側で、巨大な閃光が走った。

 

 一つではない。

 

 オーブ各地で、次々と火球が生まれていく。

 

 都市。

 

 軍事施設。

 

 マスドライバー周辺。

 

 そして、それらを繋ぐように爆発が広がっていく。

 

 まるで地上そのものが、内側から崩れていくようだった。

 

 ブリッジが静まり返る。

 

 誰も言葉を発しない。

 

 シーマも、ただ正面モニターを見つめていた。

 

 煙草を取り出す。

 

 いつものように口へ咥える。

 

 だが、火を点けることを忘れていた。

 

 数秒が過ぎる。

 

 ようやく、シーマの口から声が漏れた。

 

「……あの、くそったれどもが」

 

 デトローフが振り返る。

 

「司令……」

 

 シーマは燃え続けるオーブを睨みつけていた。

 

「自爆なんて……」

 

 煙草を強く噛む。

 

「肝心なところを隠してやがったな!」

 

 誰も答えない。

 

 艦橋に、重い沈黙が落ちる。

 

 デトローフが低い声で言った。

 

「我々が知れば、脱出を躊躇すると考えたのでしょうか」

 

「……知ったところで、あたしらが残るかどうかを決めるのは、あたしら自身さ」

 

 シーマの声は静かだった。

 

 怒鳴るよりも、その方が怒りが伝わる。

 

「バカが……」

 

 ようやく煙草へ火を点ける。

 

「人を巻き込むなら、最後まで話を通しな」

 

 紫煙が静かなブリッジへ流れていく。

 

 正面モニターには、燃え続けるオーブ。

 

 その傍らには、艦体へ取り付いたフリーダムとジャスティス。

 

 そして艦内には、シーマ艦隊の第一小隊、第二小隊を含む全員が収容されている。

 

 誰一人、置き去りにはしていない。

 

 その事実だけが、今のシーマにとって唯一の救いだった。

 

 しばらく地球を見つめたあと、シーマはゆっくりと煙を吐き出した。

 

「……行くよ」

 

「どちらへ?」

 

「前さ」

 

 シーマは燃え落ちていくオーブから視線を外した。

 

「もう地球にゃ用はない」

 

 デトローフが頷く。

 

「了解」

 

 リリー・マルレーンの艦首が、ゆっくりと進路を変える。

 

 後方では、オーブの炎が少しずつ遠ざかっていく。

 

 艦体に固定されたフリーダムとジャスティスも、その進路に合わせて姿勢を変えた。

 

 地球を離れる。

 

 それは単なる撤退ではなかった。

 

 ここで生き残った者たちが、次に生きる場所へ向かうための離脱だった。

 

 リリー・マルレーンは、暗い宇宙へ進路を取る。

 

 その後方で、燃え続けるオーブが、ゆっくりと遠ざかっていった。

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