オーブ上空。
戦場は、まだ終わっていなかった。
地上では連合軍の部隊がマスドライバー周辺への侵入を続け、それをオーブ軍とシーマ艦隊が必死に食い止めている。だが、そのさらに上空では、地上の混乱とは別種の激しい戦闘が繰り広げられていた。
カラミティ、フォビドゥン、レイダー。
三機の異形が、まるで互いの存在そのものを競うように駆け回り、その間をフリーダムとジャスティスが縦横無尽に飛び抜けていく。カラミティの肩部砲が火を噴けばフリーダムが機体を翻してその射線を外し、直後にはジャスティスが死角へ回り込んでビームを叩き込む。フォビドゥンが鎌を振り抜けば、フリーダムは紙一重でそれをかわし、そのまま反撃するのではなく、レイダーの進路を塞ぐように機体を滑らせた。
敵を倒すことだけを考えているわけではない。
三機をオーブから引き離し、脱出する艦艇を追わせない。
それが二機の目的だった。
だからこそ、攻撃の一つ一つにも無駄がない。撃墜できる機会があっても、深追いはしない。敵が後退すれば追撃するのではなく、次に敵が進みたい方向へ先回りし、その進路を塞ぐ。
その頃、地上ではリリー・マルレーンへの帰投準備が始まっていた。
『全機へ。戦闘を切り上げて帰投してください! マスドライバー使用準備に入ります!』
デトローフの声が艦隊共通回線へ響く。
シーマはすぐに応じた。
「聞こえたね! 第一小隊、帰ってきな!」
『第一小隊、了解!』
「第二小隊もだ! 全機、リリー・マルレーンへ戻るよ!」
『第二小隊、了解!』
散開していたゲルググMが、一斉に帰投針路へ移った。
第一小隊は、なおも追いすがろうとする連合軍MSに対して最後の牽制射撃を加えると、敵を撃破することにはこだわらず、そのまま距離を開いていく。実弾ライフルから放たれた弾丸が敵機の進路を横切り、相手が回避した隙に三機は一気に加速した。
『第一小隊、帰投します!』
リリー・マルレーンの格納庫が開く。
一機目のゲルググMが滑り込み、減速しながら着艦。固定装置が機体を受け止める間もなく、二機目がその脇を抜けて格納庫へ入り、続いて三機目が最後の減速噴射をかけて着艦した。
『第一小隊、全機収容完了!』
「よし」
報告を聞いたシーマは短く頷いた。
「第二小隊は?」
『現在、帰投中!』
その時だった。
第二小隊の前方に、連合軍MSが割り込んだ。
『敵機、接近!』
「構うんじゃないよ!」
シーマの声が飛ぶ。
「撃ち落とす必要はない! 振り切って帰ってきな!」
『了解!』
三機のゲルググMが散開する。
一機が敵の正面へ実弾ライフルを撃ち込み、もう一機が側面から射撃を重ね、最後の一機がその間を抜けて後方へ回る。敵機が反撃のために向きを変えた瞬間には、三機ともすでにその場を離れていた。
追撃はしない。
撃破もしない。
ただ、生きて帰るために必要な距離だけを稼ぐ。
『第二小隊、帰投します!』
やがて、二機、三機とゲルググMが格納庫へ滑り込んでくる。
固定装置が次々と作動し、最後の一機が収容されたところで、ようやく艦橋に安堵の空気が流れた。
『第二小隊、全機収容完了!』
シーマはゆっくり息を吐いた。
「これで全員だね?」
『はい。第一小隊、第二小隊ともに全機収容済み。負傷者も艦内へ収容されています』
「よし」
シーマは艦長席へ腰を下ろした。
「これでようやく、逃げられる」
リリー・マルレーンがマスドライバーへ接続される。
前方では、すでにアークエンジェルとクサナギが発射位置へ移動していた。
『アークエンジェル、発射シークエンスへ移行!』
『クサナギ、発射準備完了!』
だが、連合軍は最後まで追撃を諦めていない。
『敵部隊、マスドライバーへ接近!』
シーマの目がモニターへ向く。
「……最後の悪あがきってわけかい」
艦隊周辺に残っていた迎撃機が動き出した。
「全機、迎撃!」
『了解!』
ゲルググMはすでに全機を収容している。
だからこそ、今度は艦艇側の防御火器が一斉に火を噴いた。
対空砲火が夜空を埋め、接近してくるMSの進路を次々と塞いでいく。敵機が射線を外そうとすれば別の砲座がその先を狙い、撃墜することよりも、マスドライバーへ近づかせないことだけを目的に射撃が続けられる。
「近づけさせるんじゃないよ!」
シーマが叫ぶ。
「撃ち落とす必要はない! 時間を稼げばいい!」
その間に、マスドライバーの発射準備が整った。
『アークエンジェル、発射準備完了!』
『クサナギ、発射準備完了!』
『リリー・マルレーン、いつでも行けます!』
シーマは正面モニターを見据えた。
ここまで来た。
あとは、この場所を離れるだけだ。
「よし……」
短く息を吸う。
「行くよ!」
最初にアークエンジェルが発射された。
巨大な艦体がマスドライバーによって一気に加速し、地上から宇宙へ向けてその姿を押し上げていく。続いてクサナギも発射位置を離れ、同じように大気圏外へ向けて加速していった。
そして最後に。
『リリー・マルレーン、発射!』
猛烈な加速が艦体を貫いた。
シーマは艦長席に身体を固定し、手すりを掴みながら歯を食いしばる。艦内の各所から機械の振動音が響き、モニターに表示された高度と速度の数値が一気に跳ね上がっていく。
だが、その時だった。
『上空、戦闘継続中!』
シーマが顔を上げる。
フリーダムとジャスティスが、なおも三機のMSと交戦していた。
カラミティの砲撃をフリーダムがかわし、その背後からジャスティスが飛び込む。ビームがカラミティの脇を抜け、レイダーがそれを追うように突っ込んでくる。
だが、フリーダムは逃げない。
レイダーの進路へ機体を滑り込ませ、敵がリリー・マルレーンへ向かうための直線を潰す。その隙にジャスティスが反対側へ回り込み、フォビドゥンへ牽制射撃を叩き込む。
三機が押し戻される。
それでも追撃はしない。
フリーダムとジャスティスは、そのまま一気に高度を上げた。
やがて二機は、リリー・マルレーンの進路上へ入ってくる。
『司令! フリーダムとジャスティスが接近!』
「何だって?」
モニターに二機の姿が映る。
フリーダムがリリー・マルレーンの艦体側面へ接近し、そのまま速度を合わせる。続いてジャスティスも反対側へ回り込み、艦体との相対速度を調整しながら慎重に距離を詰めていく。
シーマは二機の動きを見て、ようやく意図を理解した。
「……なるほどねぇ」
フリーダムとジャスティスは、リリー・マルレーンの機体固定用ハードポイントへ取り付いた。
直接格納庫へ収容するわけではない。
艦体へ機体を固定し、そのまま大気圏外へ向かうつもりなのだ。
「こっちを足場にするつもりかい」
シーマは口元を歪めた。
「まあ、いいさ。今は敵じゃない。固定してやりな!」
『フリーダム、固定確認!』
『ジャスティスも固定!』
「なら、そのまま振り落とされないようにしな!」
『了解!』
シーマは前方へ視線を戻した。
リリー・マルレーンは、すでに大気圏外へ近づいている。
あと少し。
あと少しで、ここから離れられる。
だが、その瞬間だった。
地球側で、巨大な閃光が走った。
一つではない。
オーブ各地で、次々と火球が生まれていく。
都市。
軍事施設。
マスドライバー周辺。
そして、それらを繋ぐように爆発が広がっていく。
まるで地上そのものが、内側から崩れていくようだった。
ブリッジが静まり返る。
誰も言葉を発しない。
シーマも、ただ正面モニターを見つめていた。
煙草を取り出す。
いつものように口へ咥える。
だが、火を点けることを忘れていた。
数秒が過ぎる。
ようやく、シーマの口から声が漏れた。
「……あの、くそったれどもが」
デトローフが振り返る。
「司令……」
シーマは燃え続けるオーブを睨みつけていた。
「自爆なんて……」
煙草を強く噛む。
「肝心なところを隠してやがったな!」
誰も答えない。
艦橋に、重い沈黙が落ちる。
デトローフが低い声で言った。
「我々が知れば、脱出を躊躇すると考えたのでしょうか」
「……知ったところで、あたしらが残るかどうかを決めるのは、あたしら自身さ」
シーマの声は静かだった。
怒鳴るよりも、その方が怒りが伝わる。
「バカが……」
ようやく煙草へ火を点ける。
「人を巻き込むなら、最後まで話を通しな」
紫煙が静かなブリッジへ流れていく。
正面モニターには、燃え続けるオーブ。
その傍らには、艦体へ取り付いたフリーダムとジャスティス。
そして艦内には、シーマ艦隊の第一小隊、第二小隊を含む全員が収容されている。
誰一人、置き去りにはしていない。
その事実だけが、今のシーマにとって唯一の救いだった。
しばらく地球を見つめたあと、シーマはゆっくりと煙を吐き出した。
「……行くよ」
「どちらへ?」
「前さ」
シーマは燃え落ちていくオーブから視線を外した。
「もう地球にゃ用はない」
デトローフが頷く。
「了解」
リリー・マルレーンの艦首が、ゆっくりと進路を変える。
後方では、オーブの炎が少しずつ遠ざかっていく。
艦体に固定されたフリーダムとジャスティスも、その進路に合わせて姿勢を変えた。
地球を離れる。
それは単なる撤退ではなかった。
ここで生き残った者たちが、次に生きる場所へ向かうための離脱だった。
リリー・マルレーンは、暗い宇宙へ進路を取る。
その後方で、燃え続けるオーブが、ゆっくりと遠ざかっていった。