深夜。
リリー・マルレーンの作戦室には、シーマ以外誰もいなかった。
昼間まで、ここには人がいた。
キラが端末を操作し、マリューが資料を確認し、カガリがオーブの記録を睨みつけていた。
ムウがくだらないことを言い、バルトフェルドが笑い、ラクスが静かに話していた。
コーヒーまで飲んだ。
戦争の話をしていたはずなのに、最後には誰が何を飲むかという、どうでもいい話になった。
そんな時間があった。
戦場のすぐそばだというのに。
人が死んでいるというのに。
それでも、くだらない話をして、コーヒーを飲んで、笑っていた。
シーマは、それを悪くないと思っていた。
むしろ――少しだけ、気に入っていた。
だからこそ。
今の静けさが、妙に気に入らなかった。
音がない。
人の声もない。
端末の操作音すら止まっている。
残っているのは、換気装置の低い駆動音と、煙草の先で燃える火の音だけだった。
シーマは一人、机に座っていた。
その上に、一枚の写真がある。
ジョージ・グレン。
穏やかな笑顔。
知性を感じさせる目。
世界中から称賛された男。
人類の可能性を広げた男。
コーディネイターという存在を生み出し、その知識を世界へ公開した男。
人類の未来を変えた男。
シーマは写真を見つめた。
煙草に火をつける。
赤い火が、一瞬だけ暗い部屋を照らした。
「……あんたかい」
煙を吐く。
「この世界を、こんなふうにしやがったのは」
返事はない。
写真なのだから当然だ。
それでもシーマは、しばらく待った。
当然、何も返ってこない。
「……死人に話しかけるなんざ、あたしも焼きが回ったねぇ」
乾いた笑いが漏れる。
だが、笑いはすぐに消えた。
シーマは机の端末を操作した。
資料が表示される。
コーディネイター。
遺伝子操作。
身体能力の向上。
病気への耐性。
知能。
肉体。
人間の可能性。
そこに並んでいる言葉は、どれも綺麗だった。
綺麗すぎた。
だから、気に入らない。
「人間の可能性を広げる」
シーマが読み上げる。
「病を克服する」
ページを送る。
「より優れた身体を得る」
また送る。
「より良い未来を作る」
鼻で笑った。
「……ご立派だねぇ」
画面を閉じる。
また開く。
コーディネイターの存在が世界に知られた後の社会。
反発。
差別。
政治対立。
社会不安。
そして――。
ナチュラルとコーディネイターの対立。
シーマの目が止まった。
「……ここだ」
指で画面を叩く。
「ここからだ」
煙草を咥える。
「人間を二つに分けた」
ナチュラル。
コーディネイター。
たったそれだけの言葉で、人間を分けられる。
そして。
分けた人間は、必ず比較する。
どちらが優れている。
どちらが劣っている。
どちらが正しい。
どちらが間違っている。
どちらが生きる価値がある。
「……馬鹿が」
シーマの声が低くなる。
「人間ってのは、そんな簡単なもんじゃないだろうが」
煙草の灰が落ちた。
その先にある写真を見つめる。
「ナチュラルだから」
「コーディネイターだから」
「地球だから」
「プラントだから」
「連合だから」
「ザフトだから」
一つずつ、吐き捨てるように並べる。
「……本当にくだらないねぇ」
シーマは写真を睨んだ。
「そんなもん、死体になっちまえば全部同じだ」
血を流す。
息が止まる。
身体が冷たくなる。
目を閉じれば、最後に見えるものなんざ、人間が勝手につけた肩書きじゃない。
兵士だろうが。
民間人だろうが。
ナチュラルだろうが。
コーディネイターだろうが。
連合だろうが。
ザフトだろうが。
死んじまえば、冷たい肉になる。
それなのに。
生きている間だけは、違いを付けたがる。
生まれ。
遺伝子。
国。
思想。
所属。
能力。
血筋。
それを理由にして、人間が人間を値踏みする。
こいつは使える。
こいつは使えない。
こいつは優秀だ。
こいつは劣っている。
こいつは味方だ。
こいつは敵だ。
こいつは殺していい。
こいつは生かしておけ。
シーマの目が細くなる。
「……あたしも、さんざんやってきたけどねぇ」
言葉が漏れた。
シーマ自身が、その言葉に少しだけ驚いた。
煙草を持つ手が止まる。
「使える奴」
「使えない奴」
「生き残れる奴」
「足手まといになる奴」
「命令に従う奴」
「従わない奴」
ひとつずつ。
自分が戦場で人間をどう見てきたか。
思い出す。
見たくもないものまで、勝手に浮かんでくる。
「……あたしだって、人間を分けてきた」
自嘲気味に笑った。
「生き残るためなら、そうするしかないと思ってた」
「戦場じゃ、いちいち人間の値打ちなんぞ考えてられない」
「一秒迷えば、自分が死ぬ」
「誰かを助けようとして、自分まで死ぬことだってある」
だから選んだ。
だから切り捨てた。
だから生き残った。
「……何人、見捨てたっけねぇ」
返事はない。
「何人、殺した?」
返事はない。
「何人、あたしの命令で死んだ?」
返事はない。
シーマは目を伏せた。
「……数えちゃいない」
嘘だった。
全部は覚えていない。
だからこそ、たちが悪い。
覚えていないということは。
忘れたということだ。
忘れられる程度には、自分の中で人の死が積み重なっている。
「死んだ奴の顔なんざ、全部覚えてたら眠れやしない」
そう呟いた。
だが。
眠れない夜は、いくらでもあった。
忘れたつもりになった夜も。
酒で潰した夜も。
煙草を何本も続けて吸った夜も。
それでも、ふとした拍子に戻ってくる。
声。
顔。
叫び。
最後の目。
マハル。
シーマは目を閉じた。
毒ガスの臭い。
逃げ場のない空間。
兵士たちの叫び。
自分たちが何をされているのか理解した瞬間の顔。
そして。
命令。
必要だった。
仕方なかった。
そう言われた。
誰かが決めた。
誰かが命令した。
誰かが実行させた。
そして。
最後には。
誰も責任を取らなかった。
「……あたしも、汚れてる」
小さく呟く。
「知ってるさ」
煙草の煙が、目の前を曇らせる。
「あたしが綺麗な人間だなんて、思ったことは一度もない」
「英雄でもない」
「正義の味方でもない」
「立派な兵士だったとも思っちゃいない」
「ただ――」
シーマは一度言葉を切った。
「生き残っただけさ」
その言葉だけは、妙に重かった。
写真を見る。
「だからねぇ」
シーマは苦笑した。
「あんたを責める資格が、あたしにあるのかって話さ」
誰もいない部屋で。
その言葉だけが、やけに大きく響いた。
「人間を二つに分けた」
「人間を分類した」
「優劣を作った」
「その結果、人間同士が憎み合った」
「……そんなことを言って、あんたを責める」
シーマは自分を嘲るように笑った。
「じゃあ、あたしは何だい?」
「自分が何人殺したかも分からないくせに」
「自分が何人見捨てたかも覚えてないくせに」
「人の命を戦力だの損耗だのって数えてきたくせに」
「何を偉そうに、人間を語ってるんだろうねぇ」
煙草の灰が落ちる。
シーマはそれを見つめた。
灰皿には、いくつもの吸い殻がある。
一本。
また一本。
その一本一本に、意味なんてない。
燃えて。
灰になって。
捨てられる。
人間も同じだ。
使われて。
燃え尽きて。
捨てられる。
「……そうさ」
シーマは写真へ視線を戻した。
「あたしも同じだ」
その言葉に、逃げ道はなかった。
「人を使った」
「人に使われた」
「人を殺した」
「人に殺されかけた」
「命令した」
「命令された」
「誰かを恨んだ」
「誰かに恨まれてる」
煙草を指で揉む。
「だから、あんたを責めるのが正しいなんて思っちゃいない」
長い沈黙。
そして。
「……だけどねぇ」
シーマの目が、写真へ向いた。
そこに浮かぶ穏やかな笑顔を見つめる。
「それでも、あたしはあんたが嫌いだ」
静かな声だった。
「どうしようもなく嫌いだ」
「吐き気がするくらいねぇ」
シーマは写真を指で叩いた。
「なぜなら、あんたは自分が何をしたかも知らないまま、綺麗な言葉だけを残して死んだ」
「人類の未来」
「人間の可能性」
「病を克服する」
「より良い世界」
「……ご立派な言葉だ」
笑う。
「本当に、ご立派だよ」
だが、その笑顔には温度がなかった。
「でも、その言葉を信じた人間が何をするか」
「その言葉を利用する人間が何をするか」
「その言葉を盾にして、誰が誰を殺すか」
「そこまでは見なかった」
「……いや」
シーマは首を振る。
「見ようとしなかったんだろう?」
写真は答えない。
「知らないくせに、人間を語った」
「知らないくせに、未来を語った」
「知らないくせに、世界を変えた」
シーマの声が低くなる。
「人間を作る?」
「人間を進化させる?」
「人類の未来だ?」
乾いた笑いが漏れる。
「寝言は墓の中で言ってな」
だが。
そこでシーマは、また口を閉じた。
怒りだけなら簡単だった。
ジョージ・グレンを悪人にすればいい。
全部こいつのせいだと言えばいい。
そうすれば楽になる。
自分たちは被害者。
こいつが元凶。
だから憎む。
だから許さない。
話は、それで終わる。
――だが。
「……違うねぇ」
シーマは首を振った。
「あんた一人を悪者にすりゃ、話は簡単だ」
「でも、そんな簡単な話じゃない」
ジョージ・グレンが確かに世界を二つに割った。
それは事実だ。
だが、その線をさらに深く刻んだのは、その後に生きた人間たちだ。
恐怖。
嫉妬。
差別。
政治。
利権。
憎悪。
誰かが利用した。
誰かが煽った。
誰かが武器にした。
誰かが人を殺した。
そして、そのたびに誰かが言う。
仕方なかった。
国のためだった。
仲間を守るためだった。
命令だった。
正義だった。
シーマの目が冷たくなる。
「……ああ」
「そこが一番、腹が立つんだよ」
写真を見る。
「悪意のある馬鹿なら、まだ分かりやすい」
「最初から人を殺そうとしていた奴なら、まだ憎める」
「でも、あんたは違う」
「人類を良くしたかったんだろう?」
「病気をなくしたかった」
「可能性を広げたかった」
「未来を良くしたかった」
シーマは苦笑した。
「だからこそ、始末が悪い」
「善意で撒いた種だって、別の誰かが毒を撒くために使う」
「誰かが理想を語れば、別の誰かがそれを大義名分にして人を殺す」
「誰かが希望を語れば、別の誰かがその希望に値札をつける」
「誰かが未来を語れば、別の誰かが、その未来のために今いる人間を捨てる」
シーマの指が、机の上でゆっくり動く。
「そして最後に死ぬのは――」
言葉が止まった。
「……あんたじゃない」
静かな声だった。
「そこが一番、汚いんだよ」
シーマは立ち上がった。
椅子が小さく軋む。
「始めた奴は安全な場所で未来を語る」
「利用する奴は権力を握る」
「命令する奴は責任を逃げる」
「理想を掲げる奴は、その言葉だけを残して死ぬ」
シーマは机の上の資料を見下ろした。
「そして」
「実際に死ぬのは、何も決めちゃいない人間だ」
マハルの記憶が蘇る。
自分たちは命令された。
必要だった。
仕方なかった。
そう言われた。
その言葉を信じた。
信じるしかなかった。
そして最後には、誰も責任を取らなかった。
「……あたしらみたいなねぇ」
シーマは目を閉じる。
「汚れた手だけ残されて」
「死んだ奴の名前だけ背負わされて」
「生き残った奴が、あとから意味を考える」
目を開く。
「……ふざけた話さ」
煙草を灰皿に押しつける。
火が消える。
だが、すぐに次の一本を取り出した。
火をつける。
「だから、あたしはあんたが嫌いだ」
今度は、はっきりと言った。
「綺麗な言葉を並べて」
「人類の未来なんて言って」
「その未来のために、何人が死ぬかも知らない」
写真を見る。
「……知らないんじゃない」
「知ろうとしなかったんだろう?」
「自分の手が汚れるところまで、降りてこなかった」
「血の臭いを嗅がずに」
「死体を跨がずに」
「誰かの最期の顔を見ずに」
「それで、人間の未来を語った」
シーマは鼻で笑った。
「そりゃ、綺麗だろうさ」
「汚れる理由がないんだからねぇ」
その言葉に、自分自身のことまで刺さっていることをシーマは分かっていた。
自分は汚れた。
嫌になるほど。
血も見た。
死体も見た。
仲間の最期も見た。
命令もした。
命令された。
そして、生き残った。
だからこそ。
綺麗な言葉が嫌いだった。
綺麗な言葉の裏側にあるものを、知っているからだ。
「……あたしは、自分が正しいなんて思っちゃいない」
「自分が善人だなんて、口が裂けても言えない」
「英雄なんざ、もっと御免だ」
煙を吐く。
「でもねぇ」
「少なくとも、あたしは知ってる」
「人間が死ぬってことくらいは」
「人間が死んだあと、残された奴がどうなるかくらいは」
「死んだ奴の代わりに、誰かがその名前を覚えなきゃならないことくらいは」
シーマは写真を見る。
「だから、あんたに言ってるんだよ」
「人間を二つに分けたところまでは、あんたが原因だった」
「その後、何をするかを決めたのは、あんた以外の人間だ」
「誰かが利用した」
「誰かが煽った」
「誰かが戦争にした」
「誰かが人を殺した」
「誰かが責任を放り出した」
そこでシーマは、自分を指差した。
「……その中には、あたしもいる」
言葉が落ちる。
「だから、あんた一人に全部押しつけるつもりはない」
「そんな都合のいい話にしたら、今度はあたしが同じ穴に落ちる」
「誰か一人を悪者にして」
「そいつを憎んで」
「そいつを殺して」
「それで全部終わったことにする」
シーマは首を振った。
「そんなもんじゃない」
「人間が作ったもんは、人間が後始末するしかない」
「どれだけ汚れてようが」
「どれだけ嫌になろうが」
「誰かがやらなきゃならない」
写真の笑顔を見る。
「……だから余計に腹が立つんだよ」
「こんなに面倒なものを残して」
「本人はもう死んでる」
「何も見ちゃいない」
「何も背負っちゃいない」
「なのに、あんたの名前だけは立派に残ってる」
シーマの口元が歪んだ。
「英雄様かい」
「ご立派なもんだねぇ」
しばらく、写真を見つめる。
それから煙草を持ち上げる。
「……あたしはね」
「英雄なんざ、もう信用しないよ」
「正義も」
「理想も」
「人類の未来なんて言葉も」
煙草を持つ指が止まる。
「自分で見て」
「自分で考えて」
「自分で決める」
「それしかないんだろうさ」
それは、この世界に来てからシーマが少しずつ覚えたことでもあった。
誰かの命令ではない。
誰かの大義でもない。
誰かに用意された正しさでもない。
自分たちで決める。
そして、その結果を自分たちで背負う。
間違えたなら。
間違えたと認める。
人を殺したなら。
殺したことを忘れない。
誰かを助けたなら。
そのことを勲章にしない。
ただ、生きる。
生きて。
次の人間に渡す。
それだけだ。
シーマは煙草を灰皿へ向けた。
だが。
途中で止めた。
視線が写真へ戻る。
「……けどねぇ」
最後に一度だけ。
ジョージ・グレンの顔を見る。
「それでも、あんたには一つ言っておきたい」
シーマは写真を指で軽く叩いた。
「世界を二つに割った責任まで、全部あんた一人に押しつけるつもりはない」
「だけど」
指が写真の上で止まる。
「最初の線を引いたのは、あんただ」
「その線が、どれだけ血で太くなったか」
「どれだけ人間を分けるために使われたか」
「どれだけの死体の上を通ったか」
「……その全部を、あんたに見せてやりたいくらいさ」
シーマは煙草を見た。
赤い火。
小さな炎。
その先端を、ゆっくりと写真へ近づける。
「でもねぇ」
「見せたって、あんたはもう死んでる」
「聞いたって、返事はしない」
「責任を取れと言ったって、取れやしない」
煙草の先端が、写真の額に触れた。
「……だから」
じゅっ。
小さな音がした。
黒い焦げ跡が広がる。
穏やかな笑顔が、少しずつ黒く汚れていく。
シーマは手を動かさなかった。
「これは罰じゃない」
焦げ跡が頬へ伸びる。
「罰なんざ、死んだあんたには届かない」
さらに黒くなる。
「これは、あたしが忘れないためさ」
煙が立ち上る。
「人間を二つに分けた男がいた」
「そいつが残した言葉を、後から人間が利用した」
「それで、たくさん死んだ」
「その中には、あたしみたいな人間もいた」
写真の顔が、ほとんど見えなくなる。
「……そして」
シーマの声が、さらに低くなる。
「あんたを恨んでる人間の中には」
「自分自身を恨んでる人間もいる」
自分の胸を指先で軽く叩く。
「それが、あたしさ」
「だから、あんた一人を悪者にして、あたしだけ綺麗なところへ逃げるつもりはない」
「そんな資格、あたしにはない」
煙草の火を離す。
焦げた写真を見つめる。
「……でも」
「許してやるつもりもない」
「忘れてやるつもりもない」
「なかったことにしてやるつもりもない」
シーマは煙草を灰皿へ落とした。
「それくらいは、あたしにもできる」
写真を見る。
そこにあった笑顔は、もうほとんど残っていない。
「英雄様」
「ご立派な未来を残してくれたねぇ」
乾いた声。
「その未来の後始末をするのは――」
シーマは写真を指先で押さえた。
「……あんたじゃない」
「生きてるあたしたちだ」
しばらく、何も言わなかった。
やがてシーマは、焦げた写真を手に取った。
紙は熱を失いかけている。
指先が黒く汚れる。
シーマはその黒い汚れを見た。
拭わなかった。
そのまま写真を握りつぶす。
ぐしゃり、と音がした。
「……まったく」
拳の中で紙が潰れる。
「あたしみたいな汚れた人間にまで、後始末を押しつけやがって」
笑った。
だが、それは笑いと呼べるものではなかった。
「とんでもない置き土産を残してくれたもんだねぇ」
シーマは立ち上がった。
作戦室の照明へ手を伸ばす。
明かりが消える。
暗闇が広がる。
机の上には、黒く焦げた一枚の写真だったものだけが残された。
シーマは振り返らなかった。
扉へ向かう。
一歩。
また一歩。
その背中には、英雄のような威厳もなかった。
勝者の顔もない。
正義を成し遂げた人間の顔でもない。
ただ。
汚れたまま生き残った女が、一人で暗闇から出ていく。
それだけだった。
扉が閉まる。
作戦室には、誰もいなくなった。
黒く焦げた写真だけが、机の上に残っている。
その写真に写っていた男の顔は、もう分からない。
それでも。
シーマは忘れない。
自分が何をしたかも。
何をされたかも。
何を見捨てたかも。
そして。
この世界が、何を忘れてはいけないのかも。
全部抱えたまま。
それでも、生きていく。
生きている人間にしかできない、後始末をするために。