ガーベラ・テトラが、ドミニオンの側面を掠めるように飛び抜けた。背後から放たれたビームが赤い機体の軌跡を追い、ほんの一瞬遅れて宇宙空間を白く焼く。シーマは機体を捻りながらその光線をかわし、同時にドミニオンの死角へ回り込もうとしたが、コクピットに新たな警告音が響いた。
「――敵MS、三機!」
シーマの目が細くなる。
「三機?」
「ドミニオンから発進したようです!」
「機種は?」
「照合中――」
モニターの端に、新たな反応が三つ現れた。いずれも通常のMSとは思えない速度で接近している。しかも三機は互いにほとんど間隔を空けず、それぞれ別の方向からゲルググM隊へ食らいつこうとしていた。迎撃に入ったゲルググMの一機がビームライフルを構え、先頭の機体へ射撃を浴びせる。だが敵機は一発目を横へ流れるだけでかわし、二発目が通過するより早く距離を詰めた。
次の瞬間、巨大な斧が振り抜かれた。
ゲルググMは咄嗟に機体を後退させたが、完全には間に合わない。斧の刃が左腕の装甲をかすめ、赤い火花とともに外装の一部が弾け飛ぶ。機体が大きく姿勢を崩し、パイロットの息を呑む声が通信に混じった。
『うわっ!』
「避けな! まともに受けるんじゃないよ!」
シーマが叫ぶと、別のゲルググMが援護に回った。二機が左右からビームを集中させ、敵機の逃げ道を塞ぐ。ところが、その三本の光線が交差する直前、敵MSは信じられないほど鋭く機体を翻した。まるで攻撃を受けること自体を楽しんでいるかのように、紙一重でビームの間をすり抜けていく。
『あははははっ!』
通信に男の笑い声が響いた。
『こいつら弱ぇなぁ!』
シーマの眉が僅かに動く。
「……何だい、あの声」
『もっとやろうぜ!』
敵MSが再び加速した。今度は真正面からゲルググMへ突っ込み、ビームを撃ちながら接近するというより、撃たれたことなど意にも介さず、そのまま間合いへ踏み込んでくる。ゲルググMが横へ逃げる。しかし、その動きを先読みしたように敵機が軌道を変え、巨大な武器がもう一度振り抜かれた。
「散れ!」
シーマの指示が飛ぶ。
だが、一瞬遅かった。
ゲルググMの一機が直撃を受け、機体ごと大きく吹き飛ばされた。
『一番機、被弾!』
「損傷は!」
『腕部損傷! まだ動けます!』
「下がれ!」
『しかし――』
「命令だ!」
シーマは機体を反転させた。ガーベラ・テトラが一気に加速し、敵機との距離を潰す。ビームライフルを連射し、逃げ道を塞ぐように光線を叩き込む。敵機はその射線を縫うように回避したが、そこへシーマはさらに踏み込んだ。ビームライフルを撃ちながら機体を横滑りさせ、敵の正面からではなく斜め後方へ回り込もうとする。
しかし、その瞬間、別の機体が横合いから飛び込んできた。
「くっ……!」
巨大な刃が、ガーベラ・テトラの鼻先を薙ぐ。シーマは反射的に機体を反転させ、紙一重でその一撃をかわした。赤い機体の装甲を掠めた刃が、そのまま宇宙空間を切り裂いていく。
「速いねぇ……!」
シーマは舌打ちした。
普通じゃない。
動きそのものは荒い。軌道も乱暴で、正規軍のパイロットなら避けるような無茶な突っ込み方まで平然とやってくる。だが、その荒さを補って余りあるほど反応が速い。敵の動きに対して考えてから反応しているのではない。目の前に現れたものへ、本能のように機体を叩きつけてくる。
そして何より――殺しに来ている。
迷いがない。
シーマは一瞬だけ敵機を観察した。
「……あれが連合のMSパイロットかい?」
違う。
そう直感した。
兵士の動きではない。訓練された軍人なら、どれだけ癖の強い人間でも、どこかに訓練によって染みついた型が残る。だが、目の前の三機にはそれがない。あるのは、敵を見つければ食らいつき、逃げれば追い、動けば壊すという単純極まりない衝動だけだった。
獣じみている。
シーマがそう感じたところへ、クララの声が飛び込んできた。
『シーマさん!』
「何だい!」
『あの三機、強すぎます!』
「分かってるよ!」
『ゲルググMじゃ止められません!』
「止める必要はない!」
『え?』
「引き離す!」
シーマは即答した。
「メンデルから離すんだ!」
ガーベラ・テトラが一気に加速する。推進器が噴き、赤い機体が戦場の外へ滑るように飛び出していく。三機の新型MSも、それを見逃さなかった。ゲルググM隊を追撃するのではなく、シーマの機体へ一斉に向きを変える。
「そうだ……」
シーマは口元を僅かに吊り上げた。
「こっちへ来な」
背後からビームが飛んでくる。シーマは機体を捻り、光線を紙一重でかわす。そのまま速度を落とさず、メンデルとは逆方向へ進路を取った。
「もっとだ」
さらにスロットルを押し込む。
「メンデルから、離れてもらうよ!」
——————————————
その頃、ドミニオン艦橋では、三機のMSが敵MS隊へ接触したとの報告が入っていた。
『三機、敵MS隊へ接触しました』
オペレーターが報告する。
ナタルは正面モニターを見つめた。
そこに映っているのは、フォビドゥン、レイダー、カラミティ――地球連合軍が開発した三機の新型MSだった。通常のMSとは明らかに異なる性能を持ち、通常兵では扱いきれないその機体を、三人のパイロットはまるで自分の手足のように動かしている。
「三機に通信を」
「はい」
回線が開く。
『こちらドミニオン。敵艦隊をメンデルから引き離せ』
三人の声が、それぞれ別の調子で返ってきた。
『分かったよ』
『おう!』
『……めんどくせぇな』
ナタルは僅かに眉を寄せる。
「作戦を理解しているのか?」
『してるって』
オルガの声だった。
『要するに、あいつらをメンデルから追い出しゃいいんだろ?』
「違う」
ナタルは即座に否定した。
「敵艦隊をメンデルから引き離す。必要以上の損害は――」
『分かってるよ。いちいち細けぇな』
シャニが割り込んだ。
『別に、殺しちゃいけないってことじゃねぇんだろ?』
「……」
ナタルは一瞬言葉を失った。
『だったら早く行こうぜ』
クロトが笑う。
『俺、もう我慢できねぇんだよ!』
ナタルは三人を見限るように視線を正面へ戻した。
「……三機とも、敵艦隊を追え」
『任せろって』
オルガが応じる。
『派手に追い回してやるよ』
『……面倒くせぇけどな』
シャニがぼそりと呟く。
『へへっ、面白そうじゃねぇか!』
クロトの笑い声が響いた。
ナタルは無言で通信を切った。
正面モニターには、赤いMSとそれを追う三機の新型MSが映っている。さらにその向こうにはメンデルが浮かんでいる。シーマ艦隊は明らかに戦闘を続けながらも、進路をメンデルから遠ざけていた。
「……あの艦長」
副官が口を開く。
「敵艦隊は、明らかにこちらをメンデルから引き離しています」
「分かっている」
「では、三機を戻しますか?」
ナタルはすぐには答えなかった。
モニターの中で、赤いMSが三機を引き連れて遠ざかっていく。あれだけの性能差がありながら、シーマの機体は無理に敵を倒そうとはしていない。三機の攻撃をかわし、時には反撃しながら、ただひたすらメンデルから離れている。
戦術的な撤退。
そう判断するのが自然だった。
だが、ナタルには別のことが気に掛かっていた。
メンデル内部から、先ほどから妙な反応が続いている。
そして、目の前の艦隊は、そのメンデルへ向かうのではなく、むしろ自分たちを遠ざけようとしている。
「……」
ナタルの中で、一つの疑念が形になり始める。
あの艦隊は。
本当に敵なのか?
だが、もう遅い。
すでに砲撃を交わした。互いに武装を展開し、MSまで出している。今さら戦闘をなかったことにはできない。
「……ドミニオンは、このままメンデルを監視する」
ナタルが言った。
「三機には敵MSの撃破を――」
その瞬間だった。
「艦長!」
「何だ!」
「メンデル内部から、強いエネルギー反応!」
ナタルが振り返る。
「何?」
「詳細不明! ですが、先ほどまで確認できなかった反応です!」
正面モニターへ視線を戻す。
巨大な白いコロニー、メンデル。
その一角に、小さな光が灯っていた。
ただの照明ではない。
センサーが拾った反応と、その位置が一致している。
まるで。
長い間眠っていた何かが、外で始まった戦闘を合図にして目を覚ましたように。
——————————————
ガーベラ・テトラは、メンデルから離れる方向へ加速を続けていた。
背後には三機の新型MSがいる。
「……面倒なのを出してきたねぇ」
シーマはモニター越しに敵の動きを確認した。
三機とも、明らかにゲルググMとは格が違う。クララたちがまともに相手をしてはいけないと判断したのは正しい。あのままゲルググM隊をぶつけ続ければ、撃墜される機体が増えるだけだった。
『シーマさん!』
「何だい!」
『敵機、まだ追ってきます!』
「そうだろうねぇ」
シーマは背後を確認しながら答える。
「だったら、もっと遠くまで連れていくよ」
『どこまでです?』
「メンデルが見えなくなるところまでさ」
『……!』
「心配するんじゃないよ」
シーマはスロットルをさらに押し込んだ。
「ここから先は、あたしが相手する」
『でも――』
「クララ」
シーマの声が低くなる。
「お前さんたちは、まだあいつらとまともにやり合う必要はない」
『……はい』
「生きて戻れ」
『了解!』
ゲルググM隊が進路を変え、メンデル側へ戻っていく。
三機の新型MSも、それを追おうとした。
だが、その進路へガーベラ・テトラが割り込んだ。
「こっちはあたしだよ」
ビームライフルを構える。
「三機まとめて、相手してやる」
三機のMSが止まった。
フォビドゥンが巨大な鎌を構え、レイダーがその背後で機体を傾け、カラミティが砲口をガーベラ・テトラへ向ける。三機とも、先ほどまでのゲルググMとは違う相手を前にして、それぞれの方法で戦意を露わにしていた。
『へぇ』
オルガが低く笑う。
『まだやる気じゃねぇか』
『……めんどくせぇ』
シャニが欠伸混じりに呟く。
『でも、こいつはちょっと楽しそうだな』
『いいじゃねぇか!』
クロトが笑う。
『お前、俺が先にぶっ壊すからな!』
シーマはその声を聞きながら、三機を順番に見た。
まともな兵士じゃない。
それだけは、もう確信していた。
戦場にいる人間なら誰でも、死ぬことへの恐怖を完全には捨てられない。どれほど勇敢な兵士でも、撃たれれば避けるし、追い詰められれば生き残ろうとする。それが戦う人間の本能だ。
だが、こいつらにはその種類の躊躇がない。
怖いのではない。
怖がるという発想そのものが抜け落ちているように見える。
「……なるほどねぇ」
シーマは小さく呟いた。
「そういう連中かい」
ガーベラ・テトラがビームライフルを構える。
「だったら――」
推進器が一斉に噴き上がる。
「なおさら、メンデルから離すよ!」
三機が同時に動いた。
カラミティの砲撃が正面から飛び、シーマはそれを斜めへかわす。直後、レイダーが上方から突っ込み、フォビドゥンが死角へ回り込もうとする。シーマは一瞬で三機の位置を読み、ビームライフルを撃ちながら機体を反転させた。
光線がフォビドゥンの横を掠める。
『へへっ!』
クロトの笑い声が響く。
『逃がさねぇぞ!』
「逃げてるんじゃないよ」
シーマは笑った。
「連れてってるのさ」
四機のMSが、メンデルからさらに遠ざかっていく。
その背後では、ゲルググM隊が帰投を開始し、リリー・マルレーンと防衛艦が戦闘宙域を警戒している。
さらにその向こうには、白いメンデルが静かに浮かんでいた。
外で四機のMSが激しく交錯する一方、コロニー内部では誰にも知られない動きが始まっている。
古びた研究施設。
長い年月を閉ざされていた記録。
そして、ジョージ・グレンの名を記したデータ。
誰かの手によって、その記録が再び開かれようとしていた。
戦闘の光は、まだメンデルの外側にある。
だが、戦場の本当の中心がどこにあるのか。
この時点では、シーマも、ナタルも、まだ知らなかった。