メンデルを遠目に見下ろすドミニオンの艦橋。
「敵MS隊、完全に後退。追撃の三機も距離をとられています」
オペレーターの報告を聞きながら、ナタル・バジルールは腕を組み、モニターに映るシーマ艦隊の航路を見つめていた。
「……誘い込まれたか」
「は、追撃を?」
「必要ない.。全機に帰投命令」
ナタルは冷たく言った。
「見誤っていたな。あの艦隊……逃げていたわけではない。最初から我々を、あのアークエンジェルやメンデルから遠ざけるために動いていた」
「護衛……ということでしょうか?」
「いや」
ナタルは否定した。
「命を捨てて誰かを守るような顔ではなかった。だが、徹底して『無駄な戦闘』を避けている。艦艇を守り、配下のパイロットを生かすために最小限の手数で我々を誘導した」
海賊のような成り立ちの怪しげな軍勢。そう断定していたが、あの艦長――シーマ・ガラハウの手腕は、徹底したリアリズムに基づいた老練な職業軍人のそれだった。
(あの艦隊は、アークエンジェルの味方というわけではない……。ならば、何のためにここにいる?)
――――――――――――――――
リリー・マルレーンの格納庫に、鈍い重金属音が響く。
帰投したゲルググM隊の機体が着艦用ワイヤーに引っかかり、滑走路を滑って止まった。外装は煤け、ビームの熱で融解した装甲板から白煙が上がっている。
「班長機、着艦! すぐさま牽引! 2番機、左腕部から油圧漏れ! 消火班、急げ!ガーベラもすぐにくるぞ!」
整備兵たちの怒号が飛び交う中、ハッチが開く。
降ろされたシートから運ばれていくのは、肩を焼かれ激痛に顔を歪める若手パイロットだ。
「……くそっ……!」
ノーマルスーツのヘルメットを脱ぎ捨て、クララは拳をデッキの壁に叩きつけた。
指先が震えている。恐怖からではない。自分たちの無力さに対する、猛烈な情けなさからだった。
旧式とはいえ、修羅場を潜り抜けてきたゲルググMが、まるで子供扱いだった。あの荒々しく狂気じみた三機の動き。合わせ技も連携もあったものではないが、ただ圧倒的な出力と反応速度だけでこちらを押し潰してきた。
あれは、勝ち目など最初から存在しない「怪物」だった。
「クララ」
煙草の煙とともに、低い声が届く。
振り返ると、ガーベラ・テトラから降り立ったシーマが立ち尽くしていた。パイロットスーツの胸元を少し肌けさせ、いつものように煙草を燻らせている。
「シーマさん……申し訳……ありません……」
クララは下唇を噛み締め、視線を落とした。
「あたしたちじゃ、あの三機を止められませんでした。被弾して、足を引っ張って……あたしたちじゃ、勝てません……!」
責められると思った。
だが、シーマの手がクララの頭にぽんと置かれた。
「馬鹿言うんじゃないよ」
シーマの声は拍子抜けするほど柔らかかった。
「勝てるかどうか、なんて話は最初からしてないよ」
「……え?」
「あたしが言ったのは何だ? 『生きて戻れ』だろ」
シーマは煙草を吐き出し、遠くで応急手当を受ける部下たちへ視線を向けた。
「あの化け物ども相手に、一機も落とされずに連中を引き剥がして戻ってきた。それだけで上等さ。不格好だろうが何だろうが、生きて帰ってきた奴が一番強いんだよ」
「シーマさん……」
「胸を張りな。お前さんたちは完璧に仕事をこなしたよ」
シーマはクララの肩を軽く叩くと、自らの機体――冷めやらぬ熱気を吐き出すガーベラ・テトラを見上げた。
(……だがねぇ)
シーマの目が据わる。
(あの三機……ありゃなんだい)
兵士の顔じゃなかった。規律も無ければ、思想の匂いもしない。ただ与えられた「殺戮」に依存し、薬物か何かに神経を焼かれているような異常な反応速度。
(連合は……人間を何だと思っていやがる)
自分たちシーマ艦隊も、かつては毒ガス兵器を使わされ、捨て駒にされた「戦争の歪み」だ。だが、あの子供たちはそれとはまた違う、より直接的で無機質な「人間の兵器化」を感じさせた。吐き気がするほどの悪趣味さだった。
――――――――――――――――
リリー・マルレーンの艦橋へ戻ったシーマは、灰皿に新しい煙草の火を点けた。
「司令、メンデル外周の哨戒網、再構築完了しました」
「ああ。さっきの連中は?」
「はい。少なくとも、こちらへの追撃はありません」
「そうかい」
深く吸い込んだところで、クララから通信が入った。
『シーマ司令』
「何だい?」
『ゲルググM隊、全機帰投しました。負傷者はいますが、全員生存です』
シーマの口元が僅かに緩む。
「それなら上出来さ」
『……はい』
「……司令メンデル内部に調査隊を出しますか?」
シーマは少しだけ黙った。
視線の先には、静かに浮かぶメンデル。
「いや」
短く答える。
「今は余計なことをしない方がいい」
「ですが――」
「あそこには、あたしたちの知らない事情がある」
シーマは煙を吐いた。
「下手に首を突っ込んだところで、何が出てくるか分かったもんじゃない」
デトローフは黙って頷いた。
「外周警戒を続けな。さっきの艦が戻ってくる可能性もある」
「了解」
シーマは再びメンデルを見た。 白いコロニーは、何も語らない。
先ほどまで激しい戦闘が行われていたとは思えないほど静かだった。
「……何を探してるんだかねぇ」
シーマは小さく呟いた。 だが、それ以上考えることはしなかった。
今のシーマ艦隊に必要なのは、他人の秘密ではない。
生き残ること。
そして、戦闘で傷ついた部下を一人も欠けさせず、この宙域を抜けることだった。
メンデルの中で何が起きているのか。 それをシーマが知るのは、まだ先のことになる。
——————————————
しばらくして、アークエンジェルから通信が入った。
『リリー・マルレーン、聞こえますか?』
ラクスの声だった。
「聞こえてるよ」
『先ほどの戦闘について、少しお話ししたいことがあります』
「……メンデルのことかい?」
『はい』
シーマは煙草を灰皿へ押しつけた。
「分かった。そっちの艦で聞こうじゃないか」
シーマはまだ知らない。
メンデルで何が起きていたのか。
キラたちが何を見たのか。
そして、なぜ連合とザフトが、あのコロニーを巡って動いていたのか。
その答えは、シーマ自身が調べるのではない。
実際にメンデルへ入り、その場所を見た者たちから聞くことになる。
そしてその話を聞いたとき。
シーマは初めて、今回の戦闘が単なる偶然ではなかったことを知ることになる。