アークエンジェルの会議室は、ひどく静かだった。
戦闘が終わったばかりだというのに、艦内には奇妙な落ち着きが戻っている。緊張が解けたわけではない。ただ、次に何が起こるか分からない時の静けさだった。
シーマは椅子に腰を下ろし、向かいに座るキラとマリューを見た。
ラクスもいる。
「それで?」
シーマが口を開いた。
「メンデルで、何を見たんだい」
マリューが一度キラを見る。
キラは少し迷ったあと、口を開いた。
「研究施設です」
「研究?」
「遺伝子に関する施設でした。かなり古いものです」
「何の研究だい?」
「コーディネーターです」
シーマの眉が僅かに動いた。
「……なるほどねぇ」
煙草を取り出す。
火を点けることはせず、指先で弄ぶ。
「つまり、あそこは昔からそういう場所だったわけか」
「それだけじゃありません」
キラが言った。
「僕たちが見つけた資料には、コーディネーターを作る技術だけじゃなく、その技術をさらに進めようとした記録がありました」
「さらに?」
「遺伝子そのものを、もっと細かく調整する研究です」
シーマは黙った。
「人間を弄る」
「……はい」
「何のために?」
「分かりません」
「分からない?」
「資料が残っていなかったり、途中で削除されていたりして……」
シーマは鼻で笑った。
「都合の悪いところだけ消えてるってわけかい」
「そういうことです」
「そいつは随分と昔から変わらないやり口だねぇ」
シーマの視線が下がった。
自分たちも同じだった。
都合のいい命令だけが届く。
何のためにやるのかは知らされない。
結果が悪ければ、実行した人間だけが責任を取らされる。
戦争というものは、いつだってそうだった。
「それで?」
シーマは顔を上げた。
「お前さん自身にも、何か関係があるのかい」
キラの表情が僅かに強張った。
「……わかりますか」
「隠したいならもうちょっと頑張るんだねぇ」
それ以上、シーマはすぐには聞かなかった。
キラが自分から話すのを待つ。
「僕は、普通のコーディネーターとは違います」
「まぁいくつか思い当たる節はあるよ」
シーマは言った。
「学生がMS乗ってるって時点でホントなら眉唾もんなんだからね」
「……」
「だが、あたしが知りたいのは、お前さんが何者かって話じゃない」
シーマはキラを見る。
「メンデルで、何が分かった?」
「……僕は、出生前から遺伝子を調整されていたみたいです」
「誰に?」
「分かりません」
「何のために?」
「それも……」
「そうかい」
シーマはそれ以上追及しなかった。
知らない。
分からない。
資料は残っていない。
それでも、結果だけは目の前にある。
それが一番気に入らなかった。
「つまり」
シーマがゆっくり言った。
「誰かが、こういう人間を作ろうとした」
「……はい」
「何のために作ったかは分からない」
「はい」
「作った連中が今どうしてるかも分からない」
「……はい」
シーマは煙草を指で弄びながら、薄く笑った。
「そいつは随分と無責任な話だねぇ」
キラは答えなかった。
シーマも笑いを消した。
「戦争をやる連中ってのは、どうしてこういうところだけ似てるんだろうねぇ」
マリューが顔を上げる。
「シーマさん……」
「いや」
シーマは首を振った。
「あたしらの話さ」
煙草を灰皿へ置く。
「命令されたから撃つ。必要だから殺す。そうやって使われて、用が済んだら捨てられる」
その声に怒鳴るような熱はなかった。
むしろ、長年の経験からくる乾いた諦めがあった。
「人間を道具にする連中は、最後まで道具の面倒を見ようとはしない」
「……」
「壊れたら、次を作るだけさ」
キラは黙っていた。
シーマはそんなキラを見て、少しだけ目を細めた。
「お前さんも、そういうものの一つだったってことかい」
「……分かりません」
「だろうねぇ」
シーマは椅子から背を離した。
「だったら、今さら答えを探したって仕方ないさ」
「でも……」
キラが言いかける。
「知りたいんです」
「何を?」
「僕を作った人たちが、何を考えていたのか」
シーマはしばらくキラを見た。
そして、小さく息を吐いた。
「そいつは、あたしには分からないねぇ」
「……」
「だが、一つだけ言える」
シーマは立ち上がった。
「作った奴の都合と、作られた奴の生き方は別の話だ」
キラが顔を上げる。
「お前さんが何のために作られたのかは知らない」
シーマは扉へ向かう。
「だが、今のお前さんが何をするかまで、そいつらが決められるわけじゃないさ」
扉の前で足を止める。
「……まあ」
振り返らずに続けた。
「それを決めるのは、あたしらじゃない。お前さん自身だよ」
キラは黙っていた。
ラクスも何も言わない。
シーマはそれ以上、余計なことを言わなかった。
会議室を出る。
扉が閉まる。
通路へ出たシーマは、そこで初めて煙草に火を点けた。
深く吸い込む。
肺へ煙が入り、ゆっくり吐き出される。
「……人間を作る、か」
独り言だった。
メンデルで何が行われていたのか。
誰が始めたのか。
何を目的にしていたのか。
シーマには分からない。
分かる必要もないと思っていた。
自分たちが背負ってきたものだけで、十分すぎるほど重い。
それでも。
頭から離れないものが一つあった。
先ほど戦った三機。
フォビドゥン。
レイダー。
カラミティ。
あれもまた、人間を兵器として使うために作られたものだった。
そして、自分たちはその前に立たされた。
「……結局、同じ穴の狢ってことかい」
シーマは吐き捨てるように呟いた。
誰かが兵器を作る。
誰かがそれを使う。
誰かが命令する。
そして、最後に死ぬのは現場にいる人間だ。
メンデルで何が始まったのか。
それは分からない。
だが、戦争の裏側にはいつだって、表には出てこない連中がいる。
その連中が何を考えているのかなど、兵士には知らされない。
知らされるのは、いつも命令だけだった。
シーマは煙草を咥え直した。
「……くだらないねぇ」
そう呟いて、歩き出す。
今はまだ、それでよかった。
メンデルの秘密を暴くことより。
次の戦闘で、部下を一人でも多く生かすこと。
シーマにとっては、その方がよほど重要だった。
だが。
メンデルで何が行われていたのか。
その断片は、いずれシーマ艦隊自身の前にも姿を現すことになる。
それが、彼女たちの生き残るための戦いと、どこで繋がるのか。
この時のシーマには、まだ知る由もなかった。