朱き蜉蝣の残光   作:ゆのじさん

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第43話

アークエンジェルの会議室は、ひどく静かだった。

 

 戦闘が終わったばかりだというのに、艦内には奇妙な落ち着きが戻っている。緊張が解けたわけではない。ただ、次に何が起こるか分からない時の静けさだった。

 

 シーマは椅子に腰を下ろし、向かいに座るキラとマリューを見た。

 

 ラクスもいる。

 

「それで?」

 

 シーマが口を開いた。

 

「メンデルで、何を見たんだい」

 

 マリューが一度キラを見る。

 

 キラは少し迷ったあと、口を開いた。

 

「研究施設です」

 

「研究?」

 

「遺伝子に関する施設でした。かなり古いものです」

 

「何の研究だい?」

 

「コーディネーターです」

 

 シーマの眉が僅かに動いた。

 

「……なるほどねぇ」

 

 煙草を取り出す。

 

 火を点けることはせず、指先で弄ぶ。

 

「つまり、あそこは昔からそういう場所だったわけか」

 

「それだけじゃありません」

 

 キラが言った。

 

「僕たちが見つけた資料には、コーディネーターを作る技術だけじゃなく、その技術をさらに進めようとした記録がありました」

 

「さらに?」

 

「遺伝子そのものを、もっと細かく調整する研究です」

 

 シーマは黙った。

 

「人間を弄る」

 

「……はい」

 

「何のために?」

 

「分かりません」

 

「分からない?」

 

「資料が残っていなかったり、途中で削除されていたりして……」

 

 シーマは鼻で笑った。

 

「都合の悪いところだけ消えてるってわけかい」

 

「そういうことです」

 

「そいつは随分と昔から変わらないやり口だねぇ」

 

 シーマの視線が下がった。

 

 自分たちも同じだった。

 

 都合のいい命令だけが届く。

 

 何のためにやるのかは知らされない。

 

 結果が悪ければ、実行した人間だけが責任を取らされる。

 

 戦争というものは、いつだってそうだった。

 

「それで?」

 

 シーマは顔を上げた。

 

「お前さん自身にも、何か関係があるのかい」

 

 キラの表情が僅かに強張った。

 

「……わかりますか」

 

「隠したいならもうちょっと頑張るんだねぇ」

 

 それ以上、シーマはすぐには聞かなかった。

 

 キラが自分から話すのを待つ。

 

「僕は、普通のコーディネーターとは違います」

 

「まぁいくつか思い当たる節はあるよ」

 

 シーマは言った。

 

「学生がMS乗ってるって時点でホントなら眉唾もんなんだからね」

 

「……」

 

「だが、あたしが知りたいのは、お前さんが何者かって話じゃない」

 

 シーマはキラを見る。

 

「メンデルで、何が分かった?」

 

「……僕は、出生前から遺伝子を調整されていたみたいです」

 

「誰に?」

 

「分かりません」

 

「何のために?」

 

「それも……」

 

「そうかい」

 

 シーマはそれ以上追及しなかった。

 

 知らない。

 

 分からない。

 

 資料は残っていない。

 

 それでも、結果だけは目の前にある。

 

 それが一番気に入らなかった。

 

「つまり」

 

 シーマがゆっくり言った。

 

「誰かが、こういう人間を作ろうとした」

 

「……はい」

 

「何のために作ったかは分からない」

 

「はい」

 

「作った連中が今どうしてるかも分からない」

 

「……はい」

 

 シーマは煙草を指で弄びながら、薄く笑った。

 

「そいつは随分と無責任な話だねぇ」

 

 キラは答えなかった。

 

 シーマも笑いを消した。

 

「戦争をやる連中ってのは、どうしてこういうところだけ似てるんだろうねぇ」

 

 マリューが顔を上げる。

 

「シーマさん……」

 

「いや」

 

 シーマは首を振った。

 

「あたしらの話さ」

 

 煙草を灰皿へ置く。

 

「命令されたから撃つ。必要だから殺す。そうやって使われて、用が済んだら捨てられる」

 

 その声に怒鳴るような熱はなかった。

 

 むしろ、長年の経験からくる乾いた諦めがあった。

 

「人間を道具にする連中は、最後まで道具の面倒を見ようとはしない」

 

「……」

 

「壊れたら、次を作るだけさ」

 

 キラは黙っていた。

 

 シーマはそんなキラを見て、少しだけ目を細めた。

 

「お前さんも、そういうものの一つだったってことかい」

 

「……分かりません」

 

「だろうねぇ」

 

 シーマは椅子から背を離した。

 

「だったら、今さら答えを探したって仕方ないさ」

 

「でも……」

 

 キラが言いかける。

 

「知りたいんです」

 

「何を?」

 

「僕を作った人たちが、何を考えていたのか」

 

 シーマはしばらくキラを見た。

 

 そして、小さく息を吐いた。

 

「そいつは、あたしには分からないねぇ」

 

「……」

 

「だが、一つだけ言える」

 

 シーマは立ち上がった。

 

「作った奴の都合と、作られた奴の生き方は別の話だ」

 

 キラが顔を上げる。

 

「お前さんが何のために作られたのかは知らない」

 

 シーマは扉へ向かう。

 

「だが、今のお前さんが何をするかまで、そいつらが決められるわけじゃないさ」

 

 扉の前で足を止める。

 

「……まあ」

 

 振り返らずに続けた。

 

「それを決めるのは、あたしらじゃない。お前さん自身だよ」

 

 キラは黙っていた。

 

 ラクスも何も言わない。

 

 シーマはそれ以上、余計なことを言わなかった。

 

 会議室を出る。

 

 扉が閉まる。

 

 通路へ出たシーマは、そこで初めて煙草に火を点けた。

 

 深く吸い込む。

 

 肺へ煙が入り、ゆっくり吐き出される。

 

「……人間を作る、か」

 

 独り言だった。

 

 メンデルで何が行われていたのか。

 

 誰が始めたのか。

 

 何を目的にしていたのか。

 

 シーマには分からない。

 

 分かる必要もないと思っていた。

 

 自分たちが背負ってきたものだけで、十分すぎるほど重い。

 

 それでも。

 

 頭から離れないものが一つあった。

 

 先ほど戦った三機。

 

 フォビドゥン。

 

 レイダー。

 

 カラミティ。

 

 あれもまた、人間を兵器として使うために作られたものだった。

 

 そして、自分たちはその前に立たされた。

 

「……結局、同じ穴の狢ってことかい」

 

 シーマは吐き捨てるように呟いた。

 

 誰かが兵器を作る。

 

 誰かがそれを使う。

 

 誰かが命令する。

 

 そして、最後に死ぬのは現場にいる人間だ。

 

 メンデルで何が始まったのか。

 

 それは分からない。

 

 だが、戦争の裏側にはいつだって、表には出てこない連中がいる。

 

 その連中が何を考えているのかなど、兵士には知らされない。

 

 知らされるのは、いつも命令だけだった。

 

 シーマは煙草を咥え直した。

 

「……くだらないねぇ」

 

 そう呟いて、歩き出す。

 

 今はまだ、それでよかった。

 

 メンデルの秘密を暴くことより。

 

 次の戦闘で、部下を一人でも多く生かすこと。

 

 シーマにとっては、その方がよほど重要だった。

 

 だが。

 

 メンデルで何が行われていたのか。

 

 その断片は、いずれシーマ艦隊自身の前にも姿を現すことになる。

 

 それが、彼女たちの生き残るための戦いと、どこで繋がるのか。

 

 この時のシーマには、まだ知る由もなかった。

 

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