朱き蜉蝣の残光   作:ゆのじさん

49 / 49
第44話

 リリー・マルレーンの格納庫には、まだ焦げた金属の臭いが残っていた。

 

 整備班が忙しなく行き交っている。

 

 ゲルググMの一機が吊り上げられ、機体下面を露出させていた。左腕部の装甲は大きく抉られ、内部フレームにも歪みが出ている。別の機体では脚部の油圧系統が外され、床には抜き取られた配管が並べられていた。

 

「二番機は?」

 

 シーマが格納庫へ入ってくる。

 

「脚部の油圧系統が駄目です。交換部品が必要になります」

 

 ハロルドが答えた。

 

「予備は?」

 

「あります。ただし、使えば次の補修で困ります」

 

「そうかい」

 

 シーマは機体を見上げた。

 

「腕をやられたのは?」

 

「応急処置で動かせます。ただ、本格修理には時間がかかりますね」

 

「どのくらいだい?」

 

「二日」

 

 ハロルドが少し考える。

 

「無理をすれば一日半。ただし、その場合は別の場所に皺寄せが来ます」

 

「無理はするな」

 

 即答だった。

 

「壊れたものを急いで戻して、次の戦闘でまた壊す。そんな馬鹿な真似をする余裕はないよ」

 

「了解」

 

 ハロルドが頷く。

 

 シーマはそのまま格納庫の奥へ視線を向けた。

 

 そこには、ガーベラ・テトラがあった。

 

 装甲の一部が焦げている。

 

 左肩には浅い傷。

 

 推進器周辺にも熱による負荷の跡が残っていた。

 

 だが、ゲルググMほどの損傷ではない。

 

「こいつは?」

 

「ガーベラですか?」

 

「そうさ」

 

「動かせます。今日中に点検を終えれば問題ありません」

 

「……そうかい」

 

 シーマは短く息を吐いた。

 

 あの三機。

 

 フォビドゥン。

 

 レイダー。

 

 カラミティ。

 

 あの連中を相手にして、それでも機体は戻ってきた。

 

 だが、勝ったわけではない。

 

 ただ、生き残っただけだ。

 

「司令」

 

 ハロルドが声を掛ける。

 

「何だい?」

 

「今回の敵機ですが」

 

「……ああ」

 

「どうします?」

 

 シーマは答えなかった。

 

「ゲルググMでは、まともに相手をするのは厳しいです」

 

「分かってるよ」

 

「ガーベラなら?」

 

 シーマは少しだけ考える。

 

「一対一なら、まだやりようはある」

 

「三機同時なら?」

 

「……逃げるねぇ」

 

 ハロルドが苦笑した。

 

「随分と正直ですね」

 

「正直で結構さ」

 

 シーマは煙草へ火を点けた。

 

「勝てない相手と戦って、部下を殺すくらいなら、逃げた方がましだよ」

 

「了解です」

 

 ハロルドは再び整備へ戻っていった。

 

 シーマも格納庫を出る。

 

 

 

 ——————————————

 

 

 

 艦橋。

 

 デトローフが航路図を表示させていた。

 

「アークエンジェルから、先ほど通信がありました」

 

「何だって?」

 

「しばらくメンデル周辺を離れるそうです」

 

「そうかい」

 

 シーマは艦長席へ腰を下ろした。

 

「ドミニオンは?」

 

「すでに離れています」

 

「ザフトは?」

 

「こちらも姿を消しています」

 

 シーマは窓の外を見る。

 

 メンデルは遠い。

 

 白いコロニーが、静かに浮かんでいる。

 

「……全員、逃げ出したってわけかい」

 

「そういうことになりますな」

 

 デトローフが航路図を切り替える。

 

「で、うちは?」

 

「決まってるだろ」

 

 シーマは即答した。

 

「出るよ」

 

「どちらへ?」

 

「まず補給」

 

 シーマは指先で航路図をなぞった。

 

「ゲルググMの修理部品も必要だ。推進剤も減ってる。弾薬も食ってる」

 

「了解」

 

「それから――」

 

 シーマの指が止まった。

 

「次の仕事を探す」

 

 デトローフが黙った。

 

 それは、以前なら当たり前だった。

 

 傭兵として依頼を探す。

 

 報酬を得る。

 

 補給する。

 

 また戦う。

 

 だが、今は違う。

 

 この世界で自分たちがどう生きていくのか。

 

 まだ、その答えは見つかっていない。

 

「……司令」

 

「何だい?」

 

「メンデルで、何か掴めたと思いますか?」

 

 シーマは窓の外を見る。

 

「さあねぇ」

 

「何も?」

 

「何も、ってこともないさ」

 

 煙草の煙を吐く。

 

「あそこにゃ、あたしたちが知らない何かがある。それだけは分かった」

 

「調べなくていいんですか?」

 

「調べるさ」

 

 デトローフが顔を上げる。

 

「ですが――」

 

「今じゃない」

 

 シーマは淡々と言った。

 

「分からないものを分からないまま掘り返すほど、あたしらは暇じゃないんだよ」

 

「……なるほど」

 

「それに」

 

 シーマは少しだけ笑った。

 

「あのコロニーにゃ、あたしらより先に嗅ぎ回ってる連中がいくらでもいる」

 

「ザフトや連合ですか」

 

「それだけじゃないだろうさ」

 

 シーマは煙草を灰皿へ押しつけた。

 

「だったら、そいつらが何を見つけたのか。まずはそっちを見てからでも遅くない」

 

 デトローフが頷く。

 

「了解しました」

 

 艦橋に短い沈黙が落ちる。

 

「それと」

 

 シーマが言った。

 

「クララを呼びな」

 

「クララを?」

 

「ああ」

 

 少し間を置いて、シーマは続けた。

 

「今回のことについて、聞いておきたい」

 

 

 

 ——————————————

 

 

 

 ほどなくして、クララが艦橋へやってきた。

 

「失礼します」

 

「来たねぇ」

 

 シーマが振り返る。

 

「座りな」

 

「はい」

 

 クララが席につく。

 

「怪我は?」

 

「大丈夫です。肩の火傷だけです」

 

「そうかい」

 

 シーマはクララを見た。

 

「今日の戦闘、どうだった?」

 

「……何もできませんでした」

 

「そうじゃない」

 

 シーマが遮る。

 

「敵のことを聞いてる」

 

 クララは少し考えた。

 

「速かったです」

 

「他には?」

 

「……動きが、読めませんでした」

 

「読めない?」

 

「はい」

 

 クララは拳を握る。

 

「普通なら、次にどう動くか予測できます。相手が逃げるなら追う。撃ってくるなら避ける。距離を取るならこちらも距離を取る。でも、あの三機は……」

 

「何だい?」

 

「自分から危険なところへ飛び込んできます」

 

 シーマは黙って聞いている。

 

「撃たれることを怖がっていないみたいでした」

 

「そうだねぇ」

 

「だから、こちらの予測が全部外れる」

 

 クララは俯いた。

 

「……怖かったです」

 

 シーマは何も言わない。

 

「今まで、怖くても戦えました。でも、あの三機は違った」

 

 クララは顔を上げた。

 

「戦うことそのものを楽しんでいるみたいで……」

 

「そうかい」

 

 シーマは短く答えた。

 

「なら、覚えときな」

 

「はい」

 

「ああいう相手に、自分まで付き合うんじゃない」

 

 クララが目を瞬く。

 

「相手が狂ってるなら、こっちまで狂ってやる必要はない」

 

「……はい」

 

「勝てないなら逃げる。逃げられないなら時間を稼ぐ。守るものがあるなら、それを優先する」

 

 シーマはクララを見る。

 

「戦場で一番大事なのは、格好良く死ぬことじゃない」

 

「……生きて帰ること」

 

「そういうことさ」

 

 クララが頷いた。

 

「それと」

 

 シーマが続ける。

 

「次に会った時は、今日より少しだけ長く生き残れるようになりな」

 

「はい!」

 

 クララが立ち上がる。

 

「失礼します!」

 

 敬礼して、艦橋を出ていく。

 

 扉が閉まる。

 

 シーマはその背中を見送った。

 

「……若いねぇ」

 

 デトローフが苦笑する。

 

「昔の司令みたいですな」

 

「よしな」

 

 シーマが煙草を咥える。

 

「昔のあたしなら、今ごろ敵艦へ突っ込んでるよ」

 

「今は?」

 

「今は――」

 

 火を点ける。

 

 煙を一度吸い込む。

 

「部下を連れて帰る方が忙しいのさ」

 

 艦橋の外。

 

 リリー・マルレーンの推進器が、静かに点火する。

 

 メンデルが、少しずつ遠ざかっていく。

 

 シーマ艦隊は、再び航路へ入った。

 

 何も知らないまま。

 

 メンデルの奥で何が起きていたのかも。

 

 あの三機が何者なのかも。

 

 そして、この先で自分たちがどんな戦争へ巻き込まれていくのかも。

 

 ただ一つだけ。

 

 今回の戦闘で、シーマ艦隊は確かなものを得ていた。

 

 この世界には。

 

 自分たちが想像していた以上に、危険な連中がいる。

 

 ならば。

 

 生き残るためには、もっと強くならなければならない。

 

 だがそれは、敵を倒すためではない。

 

 帰るためでもない。

 

 自分たちが、この世界で生きていくためだった。

 




ストック完全になくなりました
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

【完結】黒いガンダムの宇宙世紀(作者:いずりょう)(原作:ガンダム)

U.C.0070、地球。▼三歳のレン・イズミは、前世で三十五年間を生きた記憶を取り戻す。自分が生まれたのは、人類が宇宙へ進出した未来――宇宙世紀。▼そして九年後には、ジオン公国と地球連邦による一年戦争が始まる。▼レンは原作はある程度知っている。▼ジオン軍のモビルスーツ コロニー落とし サイド7への襲撃▼アムロ・レイがガンダムへ乗り、ホワイトベースの戦いが始ま…


総合評価:1082/評価:6.83/完結:103話/更新日時:2026年08月17日(月) 18:00 小説情報

機動戦士ガンダム 不死鳥戦記(作者:だいたい大丈夫)(原作:ガンダム)

宇宙世紀0079。ジオン公国の有力名家フロートニック家の長男、カリス・ジークフリード・フロートニック(16歳)は、実家の財力で少尉任官し、私兵を率いてルウム戦役へ出陣した。▼「金の力で遊んでいるお坊ちゃん」と、同期のシャア・アズナブル中尉から冷酷に嘲笑されるカリス。しかし、初陣の激戦の最中、彼は敵の射線が光の道筋として見える「ニュータイプ」の力に覚醒する。▼…


総合評価:636/評価:7.17/連載:43話/更新日時:2026年08月18日(火) 12:07 小説情報

魔改造バルキリーで銀河を駆け抜けたい(作者:萩月輝夜)(原作:超時空要塞マクロス)

C.E71年9月…連合・プラント大戦の最中一人の少女が命を落とした。▼彼女の意識が途切れたそのとき奇跡が起こった。▼一方で星間大戦から半世紀…人類は存亡を掛けて人類は種を銀河の彼方へ飛ばした。▼辺境の惑星”アル・シャハル”にて一人の少女が現れる…そこに現れたのは別世界で死んだ筈の少女…その名はエミリア・A・レインズブーケ。▼後に”紅蓮の悪魔”と呼ばれる彼女は…


総合評価:477/評価:8.75/連載:6話/更新日時:2026年08月01日(土) 08:11 小説情報

続・黒いガンダムの宇宙世紀(作者:いずりょう)(原作:ガンダム)

 一年戦争は終わった。▼ 黒いガンダムを駆り、多くの者たちの運命を変えたレン・イズミ。しかし終戦後、ニュータイプとして高い軍事的価値を持つレン、アムロ、ララァを、地球連邦軍がそのまま自由にするはずもなかった。▼ 研究対象として囲い込まれるくらいなら、その立場そのものを利用する。レンはゴップ大将のもと、新たな特殊部隊――**BLACK RAVEN〈黒鴉隊〉**…


総合評価:645/評価:8.57/連載:16話/更新日時:2026年08月29日(土) 18:00 小説情報

もはや何番煎じかもわからぬオーブ指導者層転生物(作者:シチシチ)(原作:ガンダム)

時はCE54年、オーブの当代五大士族の党首は軒並み齢30を超え、後継者作りに手を付け始めた。オーブ氏族らしく禁止条約ブッちぎってコーディネイターの新規生産にいそしんだ。五大氏族が一、アスハ家も次期当主とすべく掟通り実子ではなく当主ウズミの弟ホムラの子としてイサリを爆誕させた。直後、当主ウズミはかねてからの友人、ハルマ・ヤマトの子、ではなく彼が引き取ったユーレ…


総合評価:969/評価:8.18/連載:17話/更新日時:2026年08月25日(火) 00:04 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>