朱き蜉蝣の残光   作:ゆのじさん

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第44話

 リリー・マルレーンの格納庫には、まだ焦げた金属の臭いが残っていた。

 

 整備班が忙しなく行き交っている。

 

 ゲルググMの一機が吊り上げられ、機体下面を露出させていた。左腕部の装甲は大きく抉られ、内部フレームにも歪みが出ている。別の機体では脚部の油圧系統が外され、床には抜き取られた配管が並べられていた。

 

「二番機は?」

 

 シーマが格納庫へ入ってくる。

 

「脚部の油圧系統が駄目です。交換部品が必要になります」

 

 ベッカーが答えた。

 

「予備は?」

 

「あります。ただし、使えば次の補修で困ります」

 

「そうかい」

 

 シーマは機体を見上げた。

 

「腕をやられたのは?」

 

「応急処置で動かせます。ただ、本格修理には時間がかかりますね」

 

「どのくらいだい?」

 

「二日」

 

 ベッカーが少し考える。

 

「無理をすれば一日半。ただし、その場合は別の場所に皺寄せが来ます」

 

「無理はするな」

 

 即答だった。

 

「壊れたものを急いで戻して、次の戦闘でまた壊す。そんな馬鹿な真似をする余裕はないよ」

 

「了解」

 

 ベッカーが頷く。

 

 シーマはそのまま格納庫の奥へ視線を向けた。

 

 そこには、ガーベラ・テトラがあった。

 

 装甲の一部が焦げている。

 

 左肩には浅い傷。

 

 推進器周辺にも熱による負荷の跡が残っていた。

 

 だが、ゲルググMほどの損傷ではない。

 

「こいつは?」

 

「ガーベラですか?」

 

「そうさ」

 

「動かせます。今日中に点検を終えれば問題ありません」

 

「……そうかい」

 

 シーマは短く息を吐いた。

 

 あの三機。

 

 フォビドゥン。

 

 レイダー。

 

 カラミティ。

 

 あの連中を相手にして、それでも機体は戻ってきた。

 

 だが、勝ったわけではない。

 

 ただ、生き残っただけだ。

 

「司令」

 

 ベッカーが声を掛ける。

 

「何だい?」

 

「今回の敵機ですが」

 

「……ああ」

 

「どうします?」

 

 シーマは答えなかった。

 

「ゲルググMでは、まともに相手をするのは厳しいです」

 

「分かってるよ」

 

「ガーベラなら?」

 

 シーマは少しだけ考える。

 

「一対一なら、まだやりようはある」

 

「三機同時なら?」

 

「……逃げるねぇ」

 

 ベッカーが苦笑した。

 

「随分と正直ですね」

 

「正直で結構さ」

 

 シーマは煙草へ火を点けた。

 

「勝てない相手と戦って、部下を殺すくらいなら、逃げた方がましだよ」

 

「了解です」

 

 ベッカーは再び整備へ戻っていった。

 

 シーマも格納庫を出る。

 

 

 

 ——————————————

 

 

 

 艦橋。

 

 デトローフが航路図を表示させていた。

 

「アークエンジェルから、先ほど通信がありました」

 

「何だって?」

 

「しばらくメンデル周辺を離れるそうです」

 

「そうかい」

 

 シーマは艦長席へ腰を下ろした。

 

「ドミニオンは?」

 

「すでに離れています」

 

「ザフトは?」

 

「こちらも姿を消しています」

 

 シーマは窓の外を見る。

 

 メンデルは遠い。

 

 白いコロニーが、静かに浮かんでいる。

 

「……全員、逃げ出したってわけかい」

 

「そういうことになりますな」

 

 デトローフが航路図を切り替える。

 

「で、うちは?」

 

「決まってるだろ」

 

 シーマは即答した。

 

「出るよ」

 

「どちらへ?」

 

「まず補給」

 

 シーマは指先で航路図をなぞった。

 

「ゲルググMの修理部品も必要だ。推進剤も減ってる。弾薬も食ってる」

 

「了解」

 

「それから――」

 

 シーマの指が止まった。

 

「次の仕事を探す」

 

 デトローフが黙った。

 

 それは、以前なら当たり前だった。

 

 傭兵として依頼を探す。

 

 報酬を得る。

 

 補給する。

 

 また戦う。

 

 だが、今は違う。

 

 この世界で自分たちがどう生きていくのか。

 

 まだ、その答えは見つかっていない。

 

「……司令」

 

「何だい?」

 

「メンデルで、何か掴めたと思いますか?」

 

 シーマは窓の外を見る。

 

「さあねぇ」

 

「何も?」

 

「何も、ってこともないさ」

 

 煙草の煙を吐く。

 

「あそこにゃ、あたしたちが知らない何かがある。それだけは分かった」

 

「調べなくていいんですか?」

 

「調べるさ」

 

 デトローフが顔を上げる。

 

「ですが――」

 

「今じゃない」

 

 シーマは淡々と言った。

 

「分からないものを分からないまま掘り返すほど、あたしらは暇じゃないんだよ」

 

「……なるほど」

 

「それに」

 

 シーマは少しだけ笑った。

 

「あのコロニーにゃ、あたしらより先に嗅ぎ回ってる連中がいくらでもいる」

 

「ザフトや連合ですか」

 

「それだけじゃないだろうさ」

 

 シーマは煙草を灰皿へ押しつけた。

 

「だったら、そいつらが何を見つけたのか。まずはそっちを見てからでも遅くない」

 

 デトローフが頷く。

 

「了解しました」

 

 艦橋に短い沈黙が落ちる。

 

「それと」

 

 シーマが言った。

 

「クララを呼びな」

 

「クララを?」

 

「ああ」

 

 少し間を置いて、シーマは続けた。

 

「今回のことについて、聞いておきたい」

 

 

 

 ——————————————

 

 

 

 ほどなくして、クララが艦橋へやってきた。

 

「失礼します」

 

「来たねぇ」

 

 シーマが振り返る。

 

「座りな」

 

「はい」

 

 クララが席につく。

 

「怪我は?」

 

「大丈夫です。肩の火傷だけです」

 

「そうかい」

 

 シーマはクララを見た。

 

「今日の戦闘、どうだった?」

 

「……何もできませんでした」

 

「そうじゃない」

 

 シーマが遮る。

 

「敵のことを聞いてる」

 

 クララは少し考えた。

 

「速かったです」

 

「他には?」

 

「……動きが、読めませんでした」

 

「読めない?」

 

「はい」

 

 クララは拳を握る。

 

「普通なら、次にどう動くか予測できます。相手が逃げるなら追う。撃ってくるなら避ける。距離を取るならこちらも距離を取る。でも、あの三機は……」

 

「何だい?」

 

「自分から危険なところへ飛び込んできます」

 

 シーマは黙って聞いている。

 

「撃たれることを怖がっていないみたいでした」

 

「そうだねぇ」

 

「だから、こちらの予測が全部外れる」

 

 クララは俯いた。

 

「……怖かったです」

 

 シーマは何も言わない。

 

「今まで、怖くても戦えました。でも、あの三機は違った」

 

 クララは顔を上げた。

 

「戦うことそのものを楽しんでいるみたいで……」

 

「そうかい」

 

 シーマは短く答えた。

 

「なら、覚えときな」

 

「はい」

 

「ああいう相手に、自分まで付き合うんじゃない」

 

 クララが目を瞬く。

 

「相手が狂ってるなら、こっちまで狂ってやる必要はない」

 

「……はい」

 

「勝てないなら逃げる。逃げられないなら時間を稼ぐ。守るものがあるなら、それを優先する」

 

 シーマはクララを見る。

 

「戦場で一番大事なのは、格好良く死ぬことじゃない」

 

「……生きて帰ること」

 

「そういうことさ」

 

 クララが頷いた。

 

「それと」

 

 シーマが続ける。

 

「次に会った時は、今日より少しだけ長く生き残れるようになりな」

 

「はい!」

 

 クララが立ち上がる。

 

「失礼します!」

 

 敬礼して、艦橋を出ていく。

 

 扉が閉まる。

 

 シーマはその背中を見送った。

 

「……若いねぇ」

 

 デトローフが苦笑する。

 

「昔の司令みたいですな」

 

「よしな」

 

 シーマが煙草を咥える。

 

「昔のあたしなら、今ごろ敵艦へ突っ込んでるよ」

 

「今は?」

 

「今は――」

 

 火を点ける。

 

 煙を一度吸い込む。

 

「部下を連れて帰る方が忙しいのさ」

 

 艦橋の外。

 

 リリー・マルレーンの推進器が、静かに点火する。

 

 メンデルが、少しずつ遠ざかっていく。

 

 シーマ艦隊は、再び航路へ入った。

 

 何も知らないまま。

 

 メンデルの奥で何が起きていたのかも。

 

 あの三機が何者なのかも。

 

 そして、この先で自分たちがどんな戦争へ巻き込まれていくのかも。

 

 ただ一つだけ。

 

 今回の戦闘で、シーマ艦隊は確かなものを得ていた。

 

 この世界には。

 

 自分たちが想像していた以上に、危険な連中がいる。

 

 ならば。

 

 生き残るためには、もっと強くならなければならない。

 

 だがそれは、敵を倒すためではない。

 

 帰るためでもない。

 

 自分たちが、この世界で生きていくためだった。

 




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