メンデル宙域を離脱してから数日。
リリー・マルレーンを中心とするシーマ艦隊は、指定の暗礁宙域にて、再びアークエンジェル、クサナギ、エターナルと合流を果たしていた。
各艦ともに、先の交戦による傷を癒やす間もなく、ドックや簡易作業艇が忙しく動き回っている。
宇宙空間に散らばる大小のデブリの影。
そこに潜むように集う四つの勢力。
地球連合でもなく、ザフトでもない。
世界のどこにも居場所を持たない者たちの、束の間の集会だった。
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リリー・マルレーンの士官次室。
モニターには、アークエンジェルのマリュー・ラミアス、クサナギのカガリ・ユラ・アスハ、そしてエターナルのラクス・クラインの姿が映し出されていた。
「補給の目処はついたかい?」
シーマは煙草を指先で挟み、モニターの女性たちへ問いかけた。
『ええ。ハッキングした旧連合の資材積出港から、最低限の推進剤と弾薬は確保できたわ』
マリューが痛々しい表情を少しだけ和らげて答える。
『そちらのゲルググの修理は?』
「ハロルドたちが骨を折ってくれたよ。本格修理とはいかないが、飛べるようにはなった」
シーマは煙を吐き出した。
「で……そっちの『お勉強』の成果はどうだったんだい?」
メンデルの内部で何があったのか。
シーマはあえて深く突っ込まなかったが、アークエンジェル側の空気の変化は肌で感じていた。
キラ・ヤマトやアスラン・ザラといった主要なパイロットたちの表情には、過酷な真実を突きつけられた者特有の、深く暗い影が落ちている。
通信の向こうで、ラクスが静かに目を伏せた。
『メンデルに眠っていたのは、この戦争の始まり――いいえ、人類が自ら作り出した呪いの記録でした』
「呪いねぇ」
『コーディネーターという存在が生まれた理由。そして、それを巡る人々の悪意と絶望……。それが、あそこには遺されていました』
「ふん……」
シーマは鼻で笑った。
「遺伝子をいじくって利口になったつもりで、やってることは旧時代の殺し合いと変わりやしない。滑稽な話さ」
『……否定はできません』
ラクスは静かに首を振った。
『ですが、その呪いから目を背けていては、この戦いを止めることはできません』
「戦いを止める、ねぇ」
シーマの目が細くなった。
「ラクス・クライン。あんたたちは、これからどうするつもりだい?」
一瞬の沈黙。
モニターの向こうの少女は、幼さを残す顔立ちでありながら、揺るぎない眼差しでシーマを見返した。
『プラントでは、パトリック・ザラ議長が最終兵器『ジェネシス』の運用段階に入りました。地球軍もまた、核兵器をもってこれを滅ぼそうとしています』
『両軍が向かっているのは、L5宙域……要塞ヤキン・ドゥーエです』
マリューが言葉を継いだ。
『このままでは、互いが互いを全滅させるまで終わらない。私たちは、その決戦の場へ向かいます』
「破滅を止めるために……か」
シーマは冷ややかに呟いた。
「言っちゃなんだが、正義の味方ごっこにしては命が幾つあっても足りないよ」
『分かっています』
カガリが身を乗り出すようにして言った。
『命を捨てるつもりはない! でも、ここで逃げたら……世界は本当に終わっちまうんだ!』
「逃げる、か」
シーマは胸の奥でその言葉を反芻した。
かつて、自分たちは逃げ場を失い、捨て駒とされ、地獄を這い回った。
逃げ続けた果てに辿り着いたのが、この見知らぬ世界だ。
ここでまた、世界が滅びるのを黙って指を咥えて見ているのか。
「……あたしらを巻き込む気かい?」
『いいえ』
意外にも、答えたのはラクスだった。
『シーマ司令。あなた方は、すでに私たちに十分すぎるほどの力を貸してくださいました』
『ここから先は、命の保証などどこにもない地獄です。あなた方が拒否されるのであれば、私たちはそれを引き留める権利を持ちません』
ラクスは深く頭を下げた。
『これまで協力していただいたこと、心から感謝いたします』
通信が途切れるわけではない。
だが、提示されたのは明らかな「選択」だった。
ここで手を引き、この宇宙のどこかへ姿を隠すか。
それとも、世界の破滅を賭けた最終決戦へ足を踏み入れるか。
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通信が終わり、士官次室にはデトローフとシーマだけが残された。
「……どうしますかな、司令」
デトローフが静かに問う。
「補給は済んだ。ゲルググも動く。今なら、どの宙域へも逃げられます」
「逃げた先で、何があるんだい?」
シーマは脚を組み直した。
「連合が勝てば、あたしたちのような正体不明の武装集団は真っ先に狩られる。ザフトが勝って地球を焼けば、宇宙の資源もじきに底をつく」
「つまり……どちらが勝っても、あたしたちに明日はない」
「そういうことさ」
シーマは立ち上がり、窓の外を見つめた。
暗闇の中に漂う三隻の艦影。
「あの娘たちは甘い。綺麗事ばかり並べて、青臭くて反吐が出る」
「……ですが」
「ああ」
シーマの口元に、どこか自虐的な笑みが浮かんだ。
「あの甘ちゃんどもが破滅を止めてくれなきゃ、あたしたちの『明日』も無くなるんだよ」
自分たちが生き残るために。
部下たちに、安心して眠れる場所を与えるために。
そのためには、世界が存続してもらわなければ困るのだ。
「……勝手なものだな」
シーマは独りごとのように呟いた。
「一度死んだはずの命を拾って、今さら世界の存亡に命を賭けることになるとはねぇ」
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リリー・マルレーンの格納庫。
整備を終えたガーベラ・テトラの足元で、クララが自分のゲルググMを見上げていた。
応急処置が施された装甲はツギハギだらけで、お世辞にも万全とは言えない。
「クララ」
声に振り返ると、シーマが歩み寄ってくるところだった。
「シーマさん……」
「機体の調子は?」
「大丈夫です。ハロルドさんたちが完璧に仕上げてくれました」
クララは自分の両手を見つめた。
「……あたし、考えたんです」
「何をだい?」
「あの三機の新型……あの化け物たちと戦ったときのことです」
クララの声には、昨日までの怯えはなかった。
硬く、引き締まった響きがあった。
「あたしたちは勝てないかもしれない。でも、逃げ続けても……結局は追い詰められて殺されるだけなんじゃないかって」
「……」
「生きて帰るために……生き残るために、あたしはまた飛びます」
シーマは黙ってクララの顔を見つめた。
かつての一年戦争で、同じように死線と直面し、それでも生きるために牙を剥いた若き日の自分たちの姿が重なる。
「……へっ」
シーマは小さく鼻を鳴らした。
「言ったろ。生きて帰ってきた奴が一番強いんだってね」
シーマは胸元から通信機を取り出し、全艦への回線を開いた。
「全艦、伝達」
リリー・マルレーン以下、補給艦、支援艦、防衛艦の全クルーにシーマの声が届く。
「これより、当艦隊は三隻同盟と行動を共にし、L5宙域――ヤキン・ドゥーエへ向かう」
格納庫の整備兵たちが手を止め、スピーカーを見上げる。
「目的は敵の殲滅じゃない。正義の味方になるつもりも毛頭ない」
「あたしたちがやるべきことはたった一つ」
シーマの声が低く、熱を帯びる。
「世界の終わりをぶち壊して、あたしたちの生き場所を分捕ることだ」
「一人でも多く生き残れ。死んだらあたしが化けて出てやるからねぇ!」
一瞬の静寂の後。
格納庫のあちこちから、怒号のような歓声が上がった。
『了解、司令!』
『死んでたまるかよ!』
『お供します、シーマ様!』
居場所のないアウトローたちの覚悟が決まった瞬間だった。
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アークエンジェル艦橋。
『シーマ艦隊より通信! 本隊、ヤキン・ドゥーエ航路へ追従を開始します!』
オペレーターの報告に、マリューは息を飲んだ。
モニターに映し出されたリリー・マルレーンが、重厚な船体を反転させ、アークエンジェルの側方へと滑り込んでくる。
『……呆れた人たちね』
マリューは目元を緩め、どこか晴れやかな笑みを浮かべた。
『本当に……力強い味方だわ』
前方には、無数の星々が輝く深い宇宙。
その先にあるのは、人類の存亡を賭けた最後の戦場――ヤキン・ドゥーエ。
シーマ艦隊は、三隻同盟と共に、最後の嵐の中へと進路をとった。