朱き蜉蝣の残光   作:ゆのじさん

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第45話

メンデル宙域を離脱してから数日。

 

リリー・マルレーンを中心とするシーマ艦隊は、指定の暗礁宙域にて、再びアークエンジェル、クサナギ、エターナルと合流を果たしていた。

 

各艦ともに、先の交戦による傷を癒やす間もなく、ドックや簡易作業艇が忙しく動き回っている。

 

宇宙空間に散らばる大小のデブリの影。

 

そこに潜むように集う四つの勢力。

 

地球連合でもなく、ザフトでもない。

 

世界のどこにも居場所を持たない者たちの、束の間の集会だった。

 

――――――――――――――――

 

リリー・マルレーンの士官次室。

 

モニターには、アークエンジェルのマリュー・ラミアス、クサナギのカガリ・ユラ・アスハ、そしてエターナルのラクス・クラインの姿が映し出されていた。

 

「補給の目処はついたかい?」

 

シーマは煙草を指先で挟み、モニターの女性たちへ問いかけた。

 

『ええ。ハッキングした旧連合の資材積出港から、最低限の推進剤と弾薬は確保できたわ』

 

マリューが痛々しい表情を少しだけ和らげて答える。

 

『そちらのゲルググの修理は?』

 

「ベッカーたちが骨を折ってくれたよ。本格修理とはいかないが、飛べるようにはなった」

 

シーマは煙を吐き出した。

 

「で……そっちの『お勉強』の成果はどうだったんだい?」

 

メンデルの内部で何があったのか。

 

シーマはあえて深く突っ込まなかったが、アークエンジェル側の空気の変化は肌で感じていた。

 

キラ・ヤマトやアスラン・ザラといった主要なパイロットたちの表情には、過酷な真実を突きつけられた者特有の、深く暗い影が落ちている。

 

通信の向こうで、ラクスが静かに目を伏せた。

 

『メンデルに眠っていたのは、この戦争の始まり――いいえ、人類が自ら作り出した呪いの記録でした』

 

「呪いねぇ」

 

『コーディネーターという存在が生まれた理由。そして、それを巡る人々の悪意と絶望……。それが、あそこには遺されていました』

 

「ふん……」

 

シーマは鼻で笑った。

 

「遺伝子をいじくって利口になったつもりで、やってることは旧時代の殺し合いと変わりやしない。滑稽な話さ」

 

『……否定はできません』

 

ラクスは静かに首を振った。

 

『ですが、その呪いから目を背けていては、この戦いを止めることはできません』

 

「戦いを止める、ねぇ」

 

シーマの目が細くなった。

 

「ラクス・クライン。あんたたちは、これからどうするつもりだい?」

 

一瞬の沈黙。

 

モニターの向こうの少女は、幼さを残す顔立ちでありながら、揺るぎない眼差しでシーマを見返した。

 

『プラントでは、パトリック・ザラ議長が最終兵器『ジェネシス』の運用段階に入りました。地球軍もまた、核兵器をもってこれを滅ぼそうとしています』

 

『両軍が向かっているのは、L5宙域……要塞ヤキン・ドゥーエです』

 

マリューが言葉を継いだ。

 

『このままでは、互いが互いを全滅させるまで終わらない。私たちは、その決戦の場へ向かいます』

 

「破滅を止めるために……か」

 

シーマは冷ややかに呟いた。

 

「言っちゃなんだが、正義の味方ごっこにしては命が幾つあっても足りないよ」

 

『分かっています』

 

カガリが身を乗り出すようにして言った。

 

『命を捨てるつもりはない! でも、ここで逃げたら……世界は本当に終わっちまうんだ!』

 

「逃げる、か」

 

シーマは胸の奥でその言葉を反芻した。

 

かつて、自分たちは逃げ場を失い、捨て駒とされ、地獄を這い回った。

 

逃げ続けた果てに辿り着いたのが、この見知らぬ世界だ。

 

ここでまた、世界が滅びるのを黙って指を咥えて見ているのか。

 

「……あたしらを巻き込む気かい?」

 

『いいえ』

 

意外にも、答えたのはラクスだった。

 

『シーマ司令。あなた方は、すでに私たちに十分すぎるほどの力を貸してくださいました』

 

『ここから先は、命の保証などどこにもない地獄です。あなた方が拒否されるのであれば、私たちはそれを引き留める権利を持ちません』

 

ラクスは深く頭を下げた。

 

『これまで協力していただいたこと、心から感謝いたします』

 

通信が途切れるわけではない。

 

だが、提示されたのは明らかな「選択」だった。

 

ここで手を引き、この宇宙のどこかへ姿を隠すか。

 

それとも、世界の破滅を賭けた最終決戦へ足を踏み入れるか。

 

――――――――――――――――

 

通信が終わり、士官次室にはデトローフとシーマだけが残された。

 

「……どうしますかな、司令」

 

デトローフが静かに問う。

 

「補給は済んだ。ゲルググも動く。今なら、どの宙域へも逃げられます」

 

「逃げた先で、何があるんだい?」

 

シーマは脚を組み直した。

 

「連合が勝てば、あたしたちのような正体不明の武装集団は真っ先に狩られる。ザフトが勝って地球を焼けば、宇宙の資源もじきに底をつく」

 

「つまり……どちらが勝っても、あたしたちに明日はない」

 

「そういうことさ」

 

シーマは立ち上がり、窓の外を見つめた。

 

暗闇の中に漂う三隻の艦影。

 

「あの娘たちは甘い。綺麗事ばかり並べて、青臭くて反吐が出る」

 

「……ですが」

 

「ああ」

 

シーマの口元に、どこか自虐的な笑みが浮かんだ。

 

「あの甘ちゃんどもが破滅を止めてくれなきゃ、あたしたちの『明日』も無くなるんだよ」

 

自分たちが生き残るために。

 

部下たちに、安心して眠れる場所を与えるために。

 

そのためには、世界が存続してもらわなければ困るのだ。

 

「……勝手なものだな」

 

シーマは独りごとのように呟いた。

 

「一度死んだはずの命を拾って、今さら世界の存亡に命を賭けることになるとはねぇ」

 

――――――――――――――――

 

リリー・マルレーンの格納庫。

 

整備を終えたガーベラ・テトラの足元で、クララが自分のゲルググMを見上げていた。

 

応急処置が施された装甲はツギハギだらけで、お世辞にも万全とは言えない。

 

「クララ」

 

声に振り返ると、シーマが歩み寄ってくるところだった。

 

「シーマさん……」

 

「機体の調子は?」

 

「大丈夫です。ベッカーさんたちが完璧に仕上げてくれました」

 

クララは自分の両手を見つめた。

 

「……あたし、考えたんです」

 

「何をだい?」

 

「あの三機の新型……あの化け物たちと戦ったときのことです」

 

クララの声には、昨日までの怯えはなかった。

 

硬く、引き締まった響きがあった。

 

「あたしたちは勝てないかもしれない。でも、逃げ続けても……結局は追い詰められて殺されるだけなんじゃないかって」

 

「……」

 

「生きて帰るために……生き残るために、あたしはまた飛びます」

 

シーマは黙ってクララの顔を見つめた。

 

かつての一年戦争で、同じように死線と直面し、それでも生きるために牙を剥いた若き日の自分たちの姿が重なる。

 

「……へっ」

 

シーマは小さく鼻を鳴らした。

 

「言ったろ。生きて帰ってきた奴が一番強いんだってね」

 

シーマは胸元から通信機を取り出し、全艦への回線を開いた。

 

「全艦、伝達」

 

リリー・マルレーン以下、補給艦、支援艦、防衛艦の全クルーにシーマの声が届く。

 

「これより、当艦隊は三隻同盟と行動を共にし、L5宙域――ヤキン・ドゥーエへ向かう」

 

格納庫の整備兵たちが手を止め、スピーカーを見上げる。

 

「目的は敵の殲滅じゃない。正義の味方になるつもりも毛頭ない」

 

「あたしたちがやるべきことはたった一つ」

 

シーマの声が低く、熱を帯びる。

 

「世界の終わりをぶち壊して、あたしたちの生き場所を分捕ることだ」

 

「一人でも多く生き残れ。死んだらあたしが化けて出てやるからねぇ!」

 

一瞬の静寂の後。

 

格納庫のあちこちから、怒号のような歓声が上がった。

 

『了解、司令!』

 

『死んでたまるかよ!』

 

『お供します、シーマ様!』

 

居場所のないアウトローたちの覚悟が決まった瞬間だった。

 

――――――――――――――――

 

アークエンジェル艦橋。

 

『シーマ艦隊より通信! 本隊、ヤキン・ドゥーエ航路へ追従を開始します!』

 

オペレーターの報告に、マリューは息を飲んだ。

 

モニターに映し出されたリリー・マルレーンが、重厚な船体を反転させ、アークエンジェルの側方へと滑り込んでくる。

 

『……呆れた人たちね』

 

マリューは目元を緩め、どこか晴れやかな笑みを浮かべた。

 

『本当に……手強い味方だわ』

 

前方には、無数の星々が輝く深い宇宙。

 

その先にあるのは、人類の存亡を賭けた最後の戦場――ヤキン・ドゥーエ。

 

シーマ艦隊は、三隻同盟と共に、最後の嵐の中へと進路をとった。

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