四隻の艦隊が進路を統一し、L5宙域――要塞ヤキン・ドゥーエへと向かう航路へ入った。
メンデルでの戦闘から数日。
艦隊は一度も通常空間での大規模な通信を行わず、隠密航行を続けていた。
前方には、巨大な要塞の影。
アンド、その周囲を埋め尽くす圧倒的な光の群れ。
地球連合軍とザフト。
双方の主力艦隊がすでに展開し、宇宙そのものを焼き尽くすかのような交戦が始まっていた。
「……始まったねぇ」
リリー・マルレーン艦橋。
シーマは艦長席で煙草を咥え、正面モニターを見つめていた。
画面を覆い尽くす無数の光点。
ビームの光軸が交錯し、幾重もの爆発が暗闇を切り裂く。
「規模が違いすぎますな」
デトローフが航路図を更新しながら、苦笑混じりに呟いた。
「ソロモンやア・バオア・クーとも違う。互いに相手を根絶やしにする気満々だ」
「種族の存亡を賭けた戦い、なんて大層な看板を背負ってるからねぇ」
シーマは鼻で笑い、煙を吐き出した。
「引くに引けない馬鹿どもの集まりさ」
『各艦へ、アークエンジェルより通信』
マリュー・ラミアスの声が艦橋に響く。
『これより本隊は、両軍の主力を回避しつつ、要塞ヤキン・ドゥーエおよびジェネシスへの接近を試みます』
『目的は、核攻撃およびジェネシスの照射阻止。決して両軍の撃滅ではありません』
「相変わらずの難題だねぇ」
シーマは通信回線を開いた。
「で、あたしたちの役割は?」
『シーマ艦隊には、三隻の側方および後方の警戒をお願いします』
『地球軍の遊撃部隊……特に例の新型MS三機が、再びこちらへ差し向けられる可能性があります』
「あの化け物どもか」
シーマの目が鋭くなる。
「分かったよ。外から突っ込んでくる邪魔者は、こっちで引き受ける」
『感謝します。……武運を』
通信が切れた。
「……さて」
シーマが立ち上がる。
「デトローフ。艦艇の指揮はお前に任せるよ」
「司令自ら出ますか」
「当たり前だろ」
シーマはパイロットスーツのノーマルスーツのジッパーを引き上げた。
「あの三馬鹿がまた来るなら、クララたちだけじゃ手に余る。あたしが正面で張らなきゃ、船ごと持っていかれるよ」
「ご無運を」
「死ぬ気はないよ」
シーマは嘲笑するように笑った。
「こんな場所で骨を埋めるなんて、ご免被るね」
――――――――――――――――
格納庫。
赤く塗装されたガーベラ・テトラ・が、カタパルト上で静かに佇んでいる。
その隣には、応急修理を終えたクララのゲルググM。
「シーマさん!」
クララが走り寄ってきた。
「出撃ですか!」
「ああ」
シーマはコクピットへ続くステップに手をかけた。
「怖気付いたかい?」
「いいえ」
クララは少しだけ緊張を覗かせながらも、しっかりとシーマを見据えた。
「生き残るために……自分の仕事をやります」
「よし」
シーマはクララの頭を軽く叩いた。
「無理はするな。あたしの背中だけ見てな」
「了解!」
二人がそれぞれのコクピットへと滑り込む。
ハッチが閉じ、システムが起動する。
『ガーベラ・テトラ、ゲルググM隊、発進準備完了!』
「シーマ・ガラハウ、ガーベラ・テトラ――出るよ!」
爆発的な加速とともに、赤い機体がヤキン・ドゥーエの宙域へ飛び出した。
直後、前方の戦火が一層激しさを増す。
地球軍の巨大兵器――核ミサイル群がザフトの防衛ラインへ向かって放たれる。
それを遮るように、巨大な光の柱が宇宙を貫いた。
「……!?」
ガーベラ・テトラのセンサーが異常な熱量を感知し、警告音を鳴らし響かせる。
ガンマ線レーザー兵器『ジェネシス』の第一次照射。
地球軍の連合艦隊、その数千の艦艇と兵士たちが、一瞬にして光の中に消え去った。
「な……んだい、ありゃあ……」
シーマは絶句した。
モニター越しに見えるのは、兵器という名の純粋な虐殺。
宇宙世紀のソーラ・レイをも凌駕する破壊の嵐。
『ひっ……!』
通信回路から、クララの短い悲鳴が漏れる。
『艦隊が一瞬で……!』
「……見惚れてる暇はないよ!」
シーマは強引に声を張り上げ、我に返った。
「来やがった!」
壊滅した地球軍艦隊の残骸を突き破り、高速で接近する三つの熱源。
漆黒の宇宙を滑る、歪な三機の影。
フォビドゥン、レイダー、カラミティ。
『あははははっ! 大収穫だな!』
『……ウザいんだよ、邪魔すんな!』
『ハハッ! まだ残ってんじゃねぇか、あの赤い奴!』
狂気に満ちた通信のノイズが、ガーベラ・テトラの受信機を叩く。
ジェネシスの惨劇を目の当たりにしてもなお、彼らには恐怖も悲しみもない。
ただ、目の前の獲物を破壊することだけに飢えている。
「……やっぱり、話の通じる連中じゃないねぇ」
シーマは操縦桿を固く握り締め、スロットルを開いた。
ガーベラ・テトラのスラスターが全開になり、赤い閃光となって三機へ突撃する。
「来な、化け物ども!」
ヤキン・ドゥーエの地獄の最前線で、シーマ艦隊の生き残りを賭けた最後の戦いが幕を開けた。
――――――――――――――――
赤い閃光――ガーベラ・テトラが、暗黒の宙域を切り裂く。
迎撃に出たシーマ機の直後を、クララたちのゲルググM隊が扇状に展開しながら追従した。
正面から突き進んでくるのは、地球連合軍の強化人間が駆る三機の新型MS。
レイダーが可変機構を駆使して高速で一気に肉薄し、巨大な破砕球を振り回す。
『死ねよぉッ!!』
「させるかよッ!」
シーマは背部の大型シュツルム・ブースターを限界まで吹かし、強烈なGに耐えながら機体を斜め上空へ跳ね上げた。
間一髪、破砕球がガーベラ・テトラの残像を空切る。
すかさず、後方からカラミティが長距離ビーム砲『シュラーク』を連射。赤と黄色の光線が宇宙を焼き払うように走った。
「クララ! 右へ回避しな!」
『了解! 2番機、離脱します!』
クララは死線の中で研ぎ澄まされた直感に従い、ゲルググMのスラスターを逆噴射させた。
先ほどまで機体が存在していた空間を、カラミティのビームが掠めていく。熱線が装甲表面の塗料を瞬時に蒸発させたが、直撃は免れた。
(……見えた! 前回の戦闘とは違う……動きを「追う」んじゃない、「合わせる」んだ!)
クララは歯を食いしばり、ビームライフルをカラミティの脚部へ向けて牽制射撃する。
確かな成長。
だが、三機の連携は異常だった。
左右に散開したガーベラとゲルググMの隙間を突くように、フォビドゥンが実体鎌(ニーズヘグ)を構えて滑り込んでくる。
『……鬱陶しいんだよ!』
シャニの歪んだ声とともに、フォビドゥンの背部誘導ビーム砲『フレスベルグ』が不規則な軌道を描いて折れ曲がり、ゲルググM隊の1機へ向かって襲いかかる。
「しまった――!」
回避運動が間に合わない。
死を覚悟した部下の機体と、屈曲ビームの線の間に、一直線に割り込む影があった。
ガーベラ・テトラ。
シーマはビームライフルの斉射でビームの軌道を僅かに逸らし、さらにシールド代わりに機体を滑り込ませて部下を突き飛ばした。
衝撃波がガーベラ・テトラの右肩を叩き、装甲が激しく火花を散らす。
『司令!』
「騒ぐんじゃないよ! 掠り傷だ!」
シーマは操縦桿を引き絞り、すぐさま機体を反転。
接近しすぎたフォビドゥンの頭上を越えざまに、至近距離からビームライフルを叩き込んだ。
ビーム偏向重装甲(ゲシュマイディッヒ・パンツァー)に弾かれはしたものの、フォビドゥンの体勢を大きく崩させることに成功する。
『チッ……このオバサン、ちょこまかと!』
「オバサンとは失礼な言い草だねぇ!」
シーマは冷酷な笑みを浮かべ、ガーベラ・テトラの機動性を極限まで引き出して三機の猛攻を回避し続ける。
圧倒的なスペック差。
本来なら一瞬で磨り潰されていてもおかしくない戦力差だ。
だが、シーマとシーマ艦隊のパイロットたちには、一年戦争という地獄を生き抜いてきた「実戦の泥臭さ」があった。
無駄な攻撃はしない。
深追いはしない。
ただひたすらに回避と牽制を繰り返し、三機の注意を自機へと引きつけ続ける。
その頃、シーマ艦隊が稼いだ「時間」と「空間」を使い、三隻同盟はヤキン・ドゥーエ要塞の防衛網を突破しつつあった。
『アークエンジェルよりリリー・マルレーンへ! 本隊、第一防衛線を突破! 続いてヤキン・ドゥーエ宙域へ突入します!』
通信を受けたデトローフは、即座に全艦へ命令を発した。
「よし! 我々も三隻の後方へ追従する! 防衛艦、対空砲火を絶やすな! 補給艦を中央に庇え!」
『デトローフ代理! 敵三機のMS、依然としてシーマ司令の部隊と交戦中!』
「司令の狙い通りだ……!」
デトローフはモニターに映る赤い機体の軌跡を見つめた。
「あの化け物どもを要塞へ近づけさせないために、自ら囮になっている。……全艦、射撃準備! 司令たちの退路を開くため、主砲で援護射撃を行え!」
リリー・マルレーンの主砲が放たれ、連射されたビームがカラミティの砲撃ラインを力任せに遮った。
『くそっ! なんだよあいつら! チョロチョロ逃げ回りやがって!』
オルガが苛立ちを爆発させ、カラミティの砲身を激しく振るう。
『あははっ! でも壊し甲斐があるじゃん! 次は首をブチ切ってやる!』
クロトのレイダーが速度を上げ、再びガーベラ・テトラへ襲いかかる。
だが、その時だった。
『――三機に緊急指令! アークエンジェルおよびフリーダムの撃破を最優先とせよ! 戻れ!』
ドミニオンからのナタルの優先割り込み通信が、彼らのコクピットに強制挿入された。
『あぁん!? 今いいところなんだよ!』
『……ちっ、邪魔が入った』
『面倒くせぇな……あっち行こうぜ』
薬切れ特有の焦燥感と、本部の命令。
三機のMSは吐き捨てるように言い残すと、ガーベラ・テトラへの追撃を諦め、一転してヤキン・ドゥーエ深くへ向かうフリーダムやアークエンジェルの方向へと反転・離脱していった。
宇宙に漂う、凄まじい熱気と残骸の山。
「……ハァ……ハァ……」
ガーベラ・テトラのコクピットで、シーマは荒い息を吐きながら荒れた宇宙を見つめていた。
モニターには、遠ざかっていく三機の熱源。
「……行ったかい」
『シーマさん! 無事ですか!?』
クララの声が通信機から飛び込んでくる。
「生き……てるよ」
シーマは笑った。手袋越しに握りしめた手が、激しい疲労で小さく震えている。
「言ったろう……生きて帰ってきた奴が一番強いんだってねぇ」
『はい……! ゲルググM隊、全機生還しました!』
「上等だ……」
シーマは胸を撫で下ろした。
だが、安らぎの時間は訪れない。
視線の先――ヤキン・ドゥーエ要塞の背後に聳え立つ巨大な兵器『ジェネシス』が、再び不気味なエネルギーを充填し始めていた。
空間が歪み、光が集積されていく。
二度目の照射が迫っているのだ。
「フン……休ませてはくれないかい」
シーマは煙草を咥え、火を点けた。
ガーベラ・テトラのスラスターが再び小さな光を宿す。
「全機、リリー・マルレーンと合流するよ」
『了解!』
「この地獄の特等席で……あのアホどもがどうやって世界を救うのか、最後まで見届けてやろうじゃないか」
傷ついた赤い機体とツギハギのゲルググMたちは、最後の決戦場――光と闇が渦巻くヤキン・ドゥーエの渦中へ向かって、再び艦隊へと戻っていった。