朱き蜉蝣の残光   作:ゆのじさん

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第47話

四隻の艦隊が進路を統一し、L5宙域――要塞ヤキン・ドゥーエへと向かう航路へ入った。

 

メンデルでの戦闘から数日。

 

艦隊は一度も通常空間での大規模な通信を行わず、隠密航行を続けていた。

 

前方には、巨大な要塞の影。

 

アンド、その周囲を埋め尽くす圧倒的な光の群れ。

 

地球連合軍とザフト。

 

双方の主力艦隊がすでに展開し、宇宙そのものを焼き尽くすかのような交戦が始まっていた。

 

「……始まったねぇ」

 

リリー・マルレーン艦橋。

 

シーマは艦長席で煙草を咥え、正面モニターを見つめていた。

 

画面を覆い尽くす無数の光点。

 

ビームの光軸が交錯し、幾重もの爆発が暗闇を切り裂く。

 

「規模が違いすぎますな」

 

デトローフが航路図を更新しながら、苦笑混じりに呟いた。

 

「ソロモンやア・バオア・クーとも違う。互いに相手を根絶やしにする気満々だ」

 

「種族の存亡を賭けた戦い、なんて大層な看板を背負ってるからねぇ」

 

シーマは鼻で笑い、煙を吐き出した。

 

「引くに引けない馬鹿どもの集まりさ」

 

『各艦へ、アークエンジェルより通信』

 

マリュー・ラミアスの声が艦橋に響く。

 

『これより本隊は、両軍の主力を回避しつつ、要塞ヤキン・ドゥーエおよびジェネシスへの接近を試みます』

 

『目的は、核攻撃およびジェネシスの照射阻止。決して両軍の撃滅ではありません』

 

「相変わらずの難題だねぇ」

 

シーマは通信回線を開いた。

 

「で、あたしたちの役割は?」

 

『シーマ艦隊には、三隻の側方および後方の警戒をお願いします』

 

『地球軍の遊撃部隊……特に例の新型MS三機が、再びこちらへ差し向けられる可能性があります』

 

「あの化け物どもか」

 

シーマの目が鋭くなる。

 

「分かったよ。外から突っ込んでくる邪魔者は、こっちで引き受ける」

 

『感謝します。……武運を』

 

通信が切れた。

 

「……さて」

 

シーマが立ち上がる。

 

「デトローフ。艦艇の指揮はお前に任せるよ」

 

「司令自ら出ますか」

 

「当たり前だろ」

 

シーマはパイロットスーツのノーマルスーツのジッパーを引き上げた。

 

「あの三馬鹿がまた来るなら、クララたちだけじゃ手に余る。あたしが正面で張らなきゃ、船ごと持っていかれるよ」

 

「ご無運を」

 

「死ぬ気はないよ」

 

シーマは嘲笑するように笑った。

 

「こんな場所で骨を埋めるなんて、ご免被るね」

 

 

 

――――――――――――――――

 

 

 

格納庫。

 

赤く塗装されたガーベラ・テトラ・が、カタパルト上で静かに佇んでいる。

 

その隣には、応急修理を終えたクララのゲルググM。

 

「シーマさん!」

 

クララが走り寄ってきた。

 

「出撃ですか!」

 

「ああ」

 

シーマはコクピットへ続くステップに手をかけた。

 

「怖気付いたかい?」

 

「いいえ」

 

クララは少しだけ緊張を覗かせながらも、しっかりとシーマを見据えた。

 

「生き残るために……自分の仕事をやります」

 

「よし」

 

シーマはクララの頭を軽く叩いた。

 

「無理はするな。あたしの背中だけ見てな」

 

「了解!」

 

二人がそれぞれのコクピットへと滑り込む。

 

ハッチが閉じ、システムが起動する。

 

『ガーベラ・テトラ、ゲルググM隊、発進準備完了!』

 

「シーマ・ガラハウ、ガーベラ・テトラ――出るよ!」

 

爆発的な加速とともに、赤い機体がヤキン・ドゥーエの宙域へ飛び出した。

 

直後、前方の戦火が一層激しさを増す。

 

地球軍の巨大兵器――核ミサイル群がザフトの防衛ラインへ向かって放たれる。

 

それを遮るように、巨大な光の柱が宇宙を貫いた。

 

「……!?」

 

ガーベラ・テトラのセンサーが異常な熱量を感知し、警告音を鳴らし響かせる。

 

ガンマ線レーザー兵器『ジェネシス』の第一次照射。

 

地球軍の連合艦隊、その数千の艦艇と兵士たちが、一瞬にして光の中に消え去った。

 

「な……んだい、ありゃあ……」

 

シーマは絶句した。

 

モニター越しに見えるのは、兵器という名の純粋な虐殺。

 

宇宙世紀のソーラ・レイをも凌駕する破壊の嵐。

 

『ひっ……!』

 

通信回路から、クララの短い悲鳴が漏れる。

 

『艦隊が一瞬で……!』

 

「……見惚れてる暇はないよ!」

 

シーマは強引に声を張り上げ、我に返った。

 

「来やがった!」

 

壊滅した地球軍艦隊の残骸を突き破り、高速で接近する三つの熱源。

 

漆黒の宇宙を滑る、歪な三機の影。

 

フォビドゥン、レイダー、カラミティ。

 

『あははははっ! 大収穫だな!』

 

『……ウザいんだよ、邪魔すんな!』

 

『ハハッ! まだ残ってんじゃねぇか、あの赤い奴!』

 

狂気に満ちた通信のノイズが、ガーベラ・テトラの受信機を叩く。

 

ジェネシスの惨劇を目の当たりにしてもなお、彼らには恐怖も悲しみもない。

 

ただ、目の前の獲物を破壊することだけに飢えている。

 

「……やっぱり、話の通じる連中じゃないねぇ」

 

シーマは操縦桿を固く握り締め、スロットルを開いた。

 

ガーベラ・テトラのスラスターが全開になり、赤い閃光となって三機へ突撃する。

 

「来な、化け物ども!」

 

ヤキン・ドゥーエの地獄の最前線で、シーマ艦隊の生き残りを賭けた最後の戦いが幕を開けた。

 

 

 

――――――――――――――――

 

 

 

赤い閃光――ガーベラ・テトラが、暗黒の宙域を切り裂く。

 

迎撃に出たシーマ機の直後を、クララたちのゲルググM隊が扇状に展開しながら追従した。

 

正面から突き進んでくるのは、地球連合軍の強化人間が駆る三機の新型MS。

 

レイダーが可変機構を駆使して高速で一気に肉薄し、巨大な破砕球を振り回す。

 

『死ねよぉッ!!』

 

「させるかよッ!」

 

シーマは背部の大型シュツルム・ブースターを限界まで吹かし、強烈なGに耐えながら機体を斜め上空へ跳ね上げた。

 

間一髪、破砕球がガーベラ・テトラの残像を空切る。

 

すかさず、後方からカラミティが長距離ビーム砲『シュラーク』を連射。赤と黄色の光線が宇宙を焼き払うように走った。

 

「クララ! 右へ回避しな!」

 

『了解! 2番機、離脱します!』

 

クララは死線の中で研ぎ澄まされた直感に従い、ゲルググMのスラスターを逆噴射させた。

 

先ほどまで機体が存在していた空間を、カラミティのビームが掠めていく。熱線が装甲表面の塗料を瞬時に蒸発させたが、直撃は免れた。

 

(……見えた! 前回の戦闘とは違う……動きを「追う」んじゃない、「合わせる」んだ!)

 

クララは歯を食いしばり、ビームライフルをカラミティの脚部へ向けて牽制射撃する。

 

確かな成長。

 

だが、三機の連携は異常だった。

 

左右に散開したガーベラとゲルググMの隙間を突くように、フォビドゥンが実体鎌(ニーズヘグ)を構えて滑り込んでくる。

 

『……鬱陶しいんだよ!』

 

シャニの歪んだ声とともに、フォビドゥンの背部誘導ビーム砲『フレスベルグ』が不規則な軌道を描いて折れ曲がり、ゲルググM隊の1機へ向かって襲いかかる。

 

「しまった――!」

 

回避運動が間に合わない。

 

死を覚悟した部下の機体と、屈曲ビームの線の間に、一直線に割り込む影があった。

 

ガーベラ・テトラ。

 

シーマはビームライフルの斉射でビームの軌道を僅かに逸らし、さらにシールド代わりに機体を滑り込ませて部下を突き飛ばした。

 

衝撃波がガーベラ・テトラの右肩を叩き、装甲が激しく火花を散らす。

 

『司令!』

 

「騒ぐんじゃないよ! 掠り傷だ!」

 

シーマは操縦桿を引き絞り、すぐさま機体を反転。

 

接近しすぎたフォビドゥンの頭上を越えざまに、至近距離からビームライフルを叩き込んだ。

 

ビーム偏向重装甲(ゲシュマイディッヒ・パンツァー)に弾かれはしたものの、フォビドゥンの体勢を大きく崩させることに成功する。

 

『チッ……このオバサン、ちょこまかと!』

 

「オバサンとは失礼な言い草だねぇ!」

 

シーマは冷酷な笑みを浮かべ、ガーベラ・テトラの機動性を極限まで引き出して三機の猛攻を回避し続ける。

 

圧倒的なスペック差。

 

本来なら一瞬で磨り潰されていてもおかしくない戦力差だ。

 

だが、シーマとシーマ艦隊のパイロットたちには、一年戦争という地獄を生き抜いてきた「実戦の泥臭さ」があった。

 

無駄な攻撃はしない。

 

深追いはしない。

 

ただひたすらに回避と牽制を繰り返し、三機の注意を自機へと引きつけ続ける。

 

その頃、シーマ艦隊が稼いだ「時間」と「空間」を使い、三隻同盟はヤキン・ドゥーエ要塞の防衛網を突破しつつあった。

 

『アークエンジェルよりリリー・マルレーンへ! 本隊、第一防衛線を突破! 続いてヤキン・ドゥーエ宙域へ突入します!』

 

通信を受けたデトローフは、即座に全艦へ命令を発した。

 

「よし! 我々も三隻の後方へ追従する! 防衛艦、対空砲火を絶やすな! 補給艦を中央に庇え!」

 

『デトローフ代理! 敵三機のMS、依然としてシーマ司令の部隊と交戦中!』

 

「司令の狙い通りだ……!」

 

デトローフはモニターに映る赤い機体の軌跡を見つめた。

 

「あの化け物どもを要塞へ近づけさせないために、自ら囮になっている。……全艦、射撃準備! 司令たちの退路を開くため、主砲で援護射撃を行え!」

 

リリー・マルレーンの主砲が放たれ、連射されたビームがカラミティの砲撃ラインを力任せに遮った。

 

『くそっ! なんだよあいつら! チョロチョロ逃げ回りやがって!』

 

オルガが苛立ちを爆発させ、カラミティの砲身を激しく振るう。

 

『あははっ! でも壊し甲斐があるじゃん! 次は首をブチ切ってやる!』

 

クロトのレイダーが速度を上げ、再びガーベラ・テトラへ襲いかかる。

 

だが、その時だった。

 

『――三機に緊急指令! アークエンジェルおよびフリーダムの撃破を最優先とせよ! 戻れ!』

 

ドミニオンからのナタルの優先割り込み通信が、彼らのコクピットに強制挿入された。

 

『あぁん!? 今いいところなんだよ!』

 

『……ちっ、邪魔が入った』

 

『面倒くせぇな……あっち行こうぜ』

 

薬切れ特有の焦燥感と、本部の命令。

 

三機のMSは吐き捨てるように言い残すと、ガーベラ・テトラへの追撃を諦め、一転してヤキン・ドゥーエ深くへ向かうフリーダムやアークエンジェルの方向へと反転・離脱していった。

 

宇宙に漂う、凄まじい熱気と残骸の山。

 

「……ハァ……ハァ……」

 

ガーベラ・テトラのコクピットで、シーマは荒い息を吐きながら荒れた宇宙を見つめていた。

 

モニターには、遠ざかっていく三機の熱源。

 

「……行ったかい」

 

『シーマさん! 無事ですか!?』

 

クララの声が通信機から飛び込んでくる。

 

「生き……てるよ」

 

シーマは笑った。手袋越しに握りしめた手が、激しい疲労で小さく震えている。

 

「言ったろう……生きて帰ってきた奴が一番強いんだってねぇ」

 

『はい……! ゲルググM隊、全機生還しました!』

 

「上等だ……」

 

シーマは胸を撫で下ろした。

 

だが、安らぎの時間は訪れない。

 

視線の先――ヤキン・ドゥーエ要塞の背後に聳え立つ巨大な兵器『ジェネシス』が、再び不気味なエネルギーを充填し始めていた。

 

空間が歪み、光が集積されていく。

 

二度目の照射が迫っているのだ。

 

「フン……休ませてはくれないかい」

 

シーマは煙草を咥え、火を点けた。

 

ガーベラ・テトラのスラスターが再び小さな光を宿す。

 

「全機、リリー・マルレーンと合流するよ」

 

『了解!』

 

「この地獄の特等席で……あのアホどもがどうやって世界を救うのか、最後まで見届けてやろうじゃないか」

 

傷ついた赤い機体とツギハギのゲルググMたちは、最後の決戦場――光と闇が渦巻くヤキン・ドゥーエの渦中へ向かって、再び艦隊へと戻っていった。

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