ヤキン・ドゥーエへ向けて進路を戻したシーマ艦隊の前方で、戦局はさらに激しさを増していた。
二度目の『ジェネシス』の照射が空間を焼き尽くし、無数の艦艇が一瞬で蒸発する。その直後に押し寄せた爆発と破片の奔流が、戦場そのものを巨大な瓦礫の海へと変えていた。視界のあちこちで艦艇が炎を吐き、MSの光が飛び交う。誰が敵で、誰が味方なのかすら判別しにくい混戦だった。
その破滅の光芒を突き抜けるようにして、一隻の大型艦が前方へ姿を現す。
地球連合軍の旗艦――ドミニオン。
そして、その艦から飛び出す三つの異形。
「――艦長! 前方にドミニオン! ブーステッドマン三機が再びアークエンジェル部隊へ接近中!」
艦橋の戦術モニターに、三機の姿が映し出された。
フォビドゥン。
レイダー。
カラミティ。
それを見た瞬間、シーマの眉間に深い皺が寄った。
「またあの化け物どもかい!」
これまで何度も戦場で遭遇してきた機体だ。ゲルググMでは正面から相手をするだけでも危険で、何度も艦隊のMSを追い詰められている。
だが、今度ばかりは逃げるわけにはいかなかった。
「デトローフ!」
「はい!」
「補給艦群をアークエンジェルの側方へ旋回させな! あの三機をこっちへ引っ張るよ!」
「了解!」
デトローフが即座に命令を飛ばす。
『補給艦群、針路変更! アークエンジェルとの間隔を維持しつつ、シーマ艦隊側へ誘導します!』
「ゲルググM隊は直衛! あいつらを艦列へ近づけるんじゃないよ!」
『了解!』
クララの声が返ってくる。
『MS隊、出ます!』
カタパルトからゲルググMが次々と射出されていく。
その中央から、赤い機体が飛び出した。
ガーベラ・テトラ。
これまで幾度となく戦場を駆け抜けてきたシーマ専用機は、確かに各部へ戦闘の傷を残していた。装甲の一部には焦げ跡が走り、表面には細かな被弾痕もある。
だが、まだ動く。
スラスターも正常。
武装も健在。
推進系に深刻な異常はない。
少なくとも、今この瞬間に戦えなくなるような損傷は受けていなかった。
シーマは機体の状態表示を一瞥し、操縦桿を握り直す。
「……まだ働けるねぇ」
ガーベラ・テトラが加速する。
その先から、三機のブーステッドマンが迫ってくる。
最初に仕掛けたのはフォビドゥンだった。
『あははははっ! いたぁ! またあいつらだぁ!』
シャニの笑い声が通信回線を震わせる。
フォビドゥンが背部のエクツァーンを展開。
二本のビームが複雑な軌道を描きながら飛んでくる。
「散開!」
シーマの命令と同時に、ゲルググM隊が左右へ分かれた。
ビームがその中央を通過する。
一機のゲルググMが機体を捻り、辛うじて回避する。
「相変わらず、嫌な撃ち方をしやがるねぇ!」
シーマはガーベラ・テトラを横滑りさせた。
フォビドゥンが距離を詰める。
手にしたニーズヘグが振り上げられた。
『死ねぇぇぇッ!』
「そう簡単に死ねるかい!」
シーマは正面から受けなかった。
機体を僅かに後退させ、刃先を紙一重でかわす。
ニーズヘグがガーベラの肩を掠め、装甲表面を削った。
警告が一つだけ表示される。
「……ちょいと傷がついたかい」
それだけだった。
シーマはむしろ踏み込んだ。
フォビドゥンの懐へ潜り込み、ビームライフルを撃つ。
しかし、ビームは偏向装甲によって逸らされた。
「やっぱり正面じゃ無理だねぇ」
フォビドゥンが反撃する。
ニーズヘグが横薙ぎに振り抜かれる。
シーマは後退。
さらに一撃。
今度は上から。
ガーベラ・テトラが急上昇してかわす。
その瞬間、クララのゲルググMがフォビドゥンの側面へ回り込んだ。
『シーマさん! 背面、取れます!』
「まだ撃つんじゃないよ!」
『えっ?』
「こいつは背中を狙われたら盾をそっちへ向ける!」
シーマはフォビドゥンの動きを見ながら、さらに正面から圧力をかける。
「だから、あたしがこいつの目を引く!」
ガーベラが左へ。
フォビドゥンも左へ。
右へ。
また右へ。
シーマはあえてフォビドゥンの正面から離れない。
偏向装甲がこちらを向き続ける。
その一方で、クララのゲルググMが徐々に背後へ回り込んでいく。
『……今です!』
クララが引き金を引いた。
ビーム・ライフルがフォビドゥンの背面へ飛ぶ。
偏向装甲が追いつかない。
一発。
二発。
三発。
背部スラスターの一部が弾け飛ぶ。
『あぐっ!』
フォビドゥンの姿勢が崩れた。
「今だよ!」
シーマが叫ぶ。
ガーベラ・テトラのビームライフルが追い打ちをかける。
フォビドゥンの背部装甲が吹き飛び、機体が大きく旋回した。
『うわぁぁぁぁッ!』
シャニの悲鳴。
クララは一瞬だけ躊躇した。
だが、シーマの声が飛ぶ。
「クララ!」
『はい!』
「終わらせな!」
『了解ッ!』
ゲルググMのビーム・ライフルが最後の一撃を撃ち込む。
フォビドゥンの胸部で爆発が起こった。
機体が炎に包まれ、ゆっくりと戦場の彼方へ流れていく。
「一機目!」
クララが叫ぶ。
だが、喜んでいる暇はなかった。
『あははははっ! 次は俺だぁぁぁッ!』
レイダーが突っ込んでくる。
巨大な破砕球が唸りを上げた。
「来たねぇ!」
シーマは機体を急旋回させる。
破砕球がガーベラ・テトラの横を通過した。
間一髪。
だが、レイダーはそのまま旋回し、再びこちらへ向き直る。
『逃げんなよぉ!』
「逃げてるんじゃないさ!」
シーマは加速した。
「誘ってるんだよ!」
レイダーが追う。
ガーベラ・テトラはあえて直線的に逃げた。
クララがその意図を理解する。
『シーマさん、後ろは――』
「任せな!」
シーマは突然機体を反転させた。
レイダーの破砕球が目の前まで迫る。
その瞬間、ガーベラ・テトラが急減速。
破砕球が頭上を通過する。
シーマはその懐へ飛び込んだ。
「図体がでかいんだよ!」
ビーム・サーベルを抜く。
一閃。
レイダーの翼部を斬り裂いた。
『なっ――!』
レイダーが姿勢を崩す。
そこへクララたちが集中砲火を浴びせた。
『今です!』
ビームが翼と推進器を捉える。
レイダーが大きく回転した。
『クソがぁぁぁッ!』
「二機目!」
シーマが呟く。
しかし、その声をかき消すように遠方から巨大な閃光が走った。
ガーベラ・テトラの横を掠める。
背後のデブリが蒸発した。
「……最後は、あいつかい」
カラミティ。
遠距離砲撃に特化した三機目が、十分な距離を取ったまま砲口をこちらへ向けている。
『消えろ……!』
オルガの低い声。
カラミティが砲撃を開始した。
ビームと実体弾が一斉に飛んでくる。
「散開!」
ゲルググM隊が散る。
次々と光が走る。
一機。
二機。
三機。
カラミティの砲撃は正確だった。
無闇に追ってくるのではない。
逃げ道を一つずつ潰している。
「……こいつが一番面倒だねぇ」
シーマは正面から突っ込まなかった。
カラミティが撃つ。
避ける。
撃つ。
避ける。
ガーベラ・テトラは一定の距離を保ちながら、少しずつ横へ回り込んでいく。
だが、カラミティも動く。
こちらの意図を読んでいる。
「チッ……!」
一発がガーベラの脚部装甲を掠めた。
装甲が削れる。
しかし、それだけだった。
シーマは機体状態を確認する。
「まだいけるねぇ」
スラスター正常。
推進系正常。
武装正常。
問題ない。
「クララ!」
『はい!』
「正面から撃つんじゃない。左右から散発的に撃ちな!」
『了解!』
ゲルググM隊が動いた。
一機が右。
一機が左。
カラミティがそちらへ砲口を向ける。
そのたびにシーマが距離を詰める。
「そうさ……そっちじゃない」
カラミティが右へ。
シーマも右へ。
カラミティが左へ。
シーマは一気に加速する。
「こっちだよ!」
ガーベラ・テトラが砲撃の隙間を抜けた。
カラミティの懐へ入る。
「近けりゃ、そのデカい砲も撃ちにくいだろ!」
ビームライフルを撃ち込む。
カラミティが後退する。
だが、その背後にはクララたちがいた。
『逃がしません!』
ゲルググM隊が一斉に射撃する。
カラミティが回避する。
だが、回避した先へシーマがいる。
「終わりだよ!」
ビーム・サーベルがカラミティの大型火器を斬り飛ばした。
『なっ……!』
武装を失ったカラミティが後退する。
「クララ!」
『はいッ!』
ビーム・ライフルが集中する。
胸部装甲が爆ぜた。
カラミティが大きく揺れた。
『う、うわぁぁぁぁッ!』
爆炎。
そして、沈黙。
三機のブーステッドマンは、完全に戦場から姿を消した。
しばらくの間、クララは何も言わなかった。
やがて、小さく息を吐く。
『……三機とも』
「ああ」
シーマは答えた。
ガーベラ・テトラの状態を確認する。
右肩装甲に軽微な損傷。
脚部装甲に擦過痕。
それ以外は問題なし。
「まだ動けるねぇ」
『はい』
「なら戻るよ。補給艦を守りな」
『了解!』
ゲルググM隊が艦隊へ向けて反転する。
シーマも機体を旋回させた。
遠くには、まだ戦場が広がっている。
ヤキン・ドゥーエ。
その向こうで、戦争そのものが最後の力を振り絞っている。
「……三機とも、これで終わりかい」
シーマは一度だけ、背後を振り返った。
何もない。
ただ、爆発の残光だけが宇宙を漂っている。
「しぶとかったねぇ」
そう呟き、前へ向き直る。
ガーベラ・テトラはまだ健在だった。
壊れたわけでもない。
戦えなくなったわけでもない。
ただ、少しばかり傷が増えただけだ。
そしてシーマは知らなかった。
この先に待っている戦いが、これまでの三機との戦闘とはまるで違うものになることを。
まだ、ガーベラ・テトラが本当の意味で傷つく時は来ていなかった。
――――――――――――――――
アークエンジェルとドミニオンが、ほとんど互いの艦体を擦り合わせるような距離で砲撃を交わしていた。
ローエングリンの閃光がドミニオンの艦底を舐め、直後にはゴットフリートがアークエンジェルの艦橋脇を掠める。宇宙空間では音など存在しないはずなのに、ナタル・バジルールには、その一発一発が艦そのものの悲鳴のように聞こえていた。
警報。
損傷報告。
負傷者の報告。
そして、艦内を走る乗員たちの足音。
すべてが混ざり合っていた。
「……左舷第三ブロック、機能停止!」
「消火班を向かわせろ!」
「無理です! 隔壁が歪んで――」
「なら手動で閉めろ!」
ナタルは怒鳴った。
怒鳴らなければ、自分の声さえ聞き取れないほどだった。
艦長席の前方では、アズラエルがなおも叫び続けている。
『撃て! 何をしているんだ、バジルール! まだ砲撃できるだろう!』
「ドミニオンは限界です!」
『限界だと?』
「これ以上の戦闘継続は艦の喪失に直結します!」
『だからどうした!』
アズラエルの目には、もはや艦も乗員も映っていなかった。
あるのは、目の前の敵を破壊することだけ。
『あの艦を沈めろ! あの化け物どもを! 何としてでも――』
「黙れ!」
ナタルは初めて、アズラエルを怒鳴りつけた。
艦橋の空気が凍る。
「私はこの艦の艦長だ!」
『……』
「そして、この艦に乗っている者たちの命を預かっている!」
アズラエルが目を細めた。
『軍人のくせに、随分と甘いことを言うじゃないか』
「甘い?」
『敵を殺せばいいんだ。それが軍人だろう?』
ナタルの拳が震えた。
違う。
そうではない。
そうではないと、言いたかった。
だが、その言葉を口にした瞬間、自分がこれまで信じてきたものまで否定することになるような気がした。
軍人とは何なのか。
命令に従うことなのか。
与えられた任務を遂行することなのか。
敵を撃破することなのか。
それとも――
部下を生きて帰すことなのか。
答えは、教範のどこにも書かれていなかった。
「……総員、退艦準備!」
ナタルは決断した。
「繰り返す! 総員、退艦準備! ドミニオンを放棄する!」
『バジルール!』
アズラエルが叫ぶ。
『貴様、命令違反だぞ!』
「構わん!」
その言葉を吐いた瞬間。
ナタル自身が、その重さに気づいた。
構わない。
本当にそうなのか。
自分は軍人だ。
軍人である以上、命令には従わなければならない。
それが組織というものだ。
命令系統が崩れれば、軍隊は軍隊ではなくなる。
では――
上官が狂っていたら?
命令そのものが乗員の死を要求していたら?
艦長として、その命令を拒絶することは。
軍人として正しいのか。
それとも、ただの反逆なのか。
答えを出す時間はなかった。
ドミニオンの艦橋を、凄まじい衝撃が襲った。
「うっ……!」
ナタルが手すりへ掴まる。
「艦橋前面、損傷!」
「減圧警報!」
次の瞬間だった。
艦橋正面のバイザーが大きく歪んだ。
ナタルは目を見開いた。
「な……?」
巨大な影が、宇宙空間から迫ってくる。
赤いMS。
ガーベラ・テトラ。
その機体は既に満身創痍だった。
それでも。
動いている。
「……あれは……」
ガーベラ・テトラのマニピュレーターが、艦橋の装甲を力任せに掴んだ。
「まさか――」
轟音。
装甲が引き裂かれる。
艦橋内部へ、一気に空気が吸い出された。
「――ッ!」
ナタルは咄嗟に床へ伏せた。
目の前を何かが飛んでいく。
端末。
書類。
工具。
そして、人間。
『――死にたがりかい、艦長さんッ!!』
通信機から聞き慣れた女の声が響いた。
「シーマ中佐……!?」
『あんた、まだそんなところにいたのかい!』
「私は艦長だ!」
『だから拾いに来たんだよ!』
巨大なマニピュレーターがナタルへ伸びる。
「待て! 私は――」
『文句はあとだ!』
掴まれた。
身体が浮く。
『クララ! 艦長を抱えた! 引き上げるよ!』
『了解!』
後方からクララのゲルググMが接近する。
ナタルの身体を収容カプセルへ押し込む。
その瞬間、ドミニオンの艦橋越しにアズラエルと目が合った。
男はまだ何か叫んでいた。
ナタルには、その声が聞こえなかった。
ただ、唇だけが動いていた。
撃て。
まだ撃て。
戦え。
それだけだった。
次の瞬間。
アークエンジェルのローエングリンがドミニオンを貫いた。
白い光が広がる。
ナタルは、その光景をただ見ていた。
自分が艦長を務めた艦が。
乗員たちと共に生き延びようとした艦が。
巨大な爆炎の中へ消えていく。
「……」
何も言えなかった。
悲しい。
悔しい。
恐ろしい。
そして。
自分が生きていることが、許されないような気がした。
――――――――――――――――
激戦の渦中、さらなる悲劇が宇宙を襲う。
要塞の影から現れた純白の悪魔――プロヴィデンス。
無数に展開されたドラグーン端末からの全方位射撃が、宙域を埋め尽くす。
『フハハハ! これが人間の作り出した絶望だ!』
ラウ・ル・クルーゼの狂気が宇宙を包む中、ムウ・ラ・フラガの乗るストライクが、傷ついたアークエンジェルを守るため、そしてプロヴィデンスの暴威を止めるために飛び出していった。
『ムウさん!!』
キラの制止の声も虚しく、ストライクはプロヴィデンスの容赦ない多方向ビームの集中砲火を浴びる。
ドカァンッ! ズドォォンッ!
「ぐああぁぁぁぁッ!!」
装甲が次々と弾け飛び、ストライクの機体が眩い光の中に包まれていく。
『……あいつ……!』
シーマの目が激しい衝撃に丸くなった。
プロヴィデンスの圧倒的な火力の前に、ストライクは原型を留めぬほど破壊され、宇宙の暗闇の中へと撃墜されていく――。