ヤキン・ドゥーエ要塞を包む宙域は、もはや戦場というより膨大なエネルギーと質量が激突する炉心そのものだった。
二度目の『ジェネシス』の照射が強行され、地球軍の第三次全滅攻撃艦隊の大半が光の渦の中に消失する。
宇宙を真っ赤に染め上げる死の閃光。
その巨大な破滅の影で、シーマ艦隊はリリー・マルレーンを核として固い輪陣を組み、押し寄せるデブリと散発的な残存勢力の攻撃を凌ぎ続けていた。
「第二波照射完了……! 地球軍、前衛艦隊の八割が消滅!」
オペレーターの悲鳴に近い報告が艦橋に響く。
「八割だと……?」
デトローフが艦長席の肘掛けを固く握りしめた。
「兵器なんて代物じゃないな。あれはただの屠殺場だ」
「見惚れるんじゃないよ、デトローフ!」
帰投し、パイロットスーツ姿のまま艦橋へ駆け戻ったシーマが怒鳴りつける。
「地球軍が全滅すれば、次はプラントのイカれた議長が地球へ向けてあの光を撃ち込む! そうなったらあたしたちの逃げ場もなくなるんだ!」
「司令……!」
「三隻(アークエンジェルたち)の動きは!?」
「本隊はヤキン・ドゥーエ内部、およびジェネシスの一次反射ミラーへの突入を試みています! フリーダム、ジャスティス、核ミサイル阻止へ展開中!」
シーマはモニターに表示された戦況図を睨みつけた。
地球軍は核ミサイルでプラントを焦土にしようとし、ザフトはジェネシスで地球の全生命を絶とうとしている。
双方の憎悪は極限に達し、止める術を持つ者は、あのアークエンジェル率いるごくわずかな勢力しかいない。
「……本当、笑えない冗談さね」
シーマは煙草を咥え、深く火を点けた。
「世界を救うなんて大層な役目、あんな青臭いガキどもに押し付けてるんだからねぇ」
その時、艦橋の警報がけたたましく鳴り響いた。
『警報! 哨戒網に多数の熱源接近!』
「ザフトか! 連合か!?」
『両方です! 壊走した地球軍の残存艦隊と、それを追撃するザフトのMS部隊が、当艦隊の宙域へなだれ込んできます!』
正面モニターに映像が切り替わる。
狂乱状態に陥った地球軍のストライクダガー群と、血気にはやるザフトのゲイツ、ジンが、もはや陣形もへったくれもなく殺し合いながら、リリー・マルレーンの直前へと迫っていた。
「チッ……巻き込まれるかい!」
シーマの目が据わる。
「デトローフ! 回避運動! 防衛艦、対空砲火を集中させな!」
「しかし、このままでは補給艦が……!」
「クララ!」
シーマは艦橋の通信機をひっつかんだ。
『こちらクララ! 待機中です!』
「MS隊、出撃しな! 敵味方問わず、あたしたちの艦列に踏み込んできた奴は叩き落とせ!」
『了解! ゲルググM隊、迎撃に回ります!』
「あたしも出る!」
「司令! ガーベラは先の戦いでスラスターの負荷が限界です! これ以上の連続出撃は危険すぎます!」
ハロルドの制止の声が通信に入ったが、シーマは鼻で笑い飛ばした。
「限界を超えてからが、あたしたちの戦場さ!」
シーマは踵を返し、再び格納庫へと疾走した。
――――――――――――――――
ヤキン・ドゥーエ宙域外縁。
凄まじい混戦の真っ只中へ、ガーベラ・テトラとクララ率いるゲルググM隊が飛び出していく。
既に主兵装のビームライフルは残弾が怪しく、ガーベラ・テトラのスラスターからは時折異音と火花が散っていた。
「どきな! 馬鹿どもが!」
シーマはビーム・サーベルを抜き払い、ガーベラ・テトラへ襲いかかってきたストライクダガーの腕部を一刀両断する。
追撃はしない。すれ違いざまに蹴り飛ばし、交戦圏外へと弾き出す。
『シーマさん! ザフトのゲイツが補給艦へ向かいます!』
「させられるかいッ!」
クララのゲルググMが前に出た。
ツギハギだらけの機体。
だが、その動きには以前のような躊躇は一切ない。
ビームライフルを斉射し、ゲイツのシールドを打ち砕くと、ビームサーベルを突き立てて敵機を後退させる。
『あたしたちは……ここで死ぬわけにはいかないんだよ!』
クララの叫びが通信に響く。
一年戦争の敗残兵。
行き場を失い、宇宙を彷徨い、ようやく見つけた居場所。
この艦隊と、仲間たち。
それを守るためなら、神だろうが悪魔だろうが、どんな化け物が相手だろうが退くつもりはなかった。
「……ハッ、強くなったねぇ、クララ!」
シーマのガーベラ・テトラが背後から回り込み、接近していた別の敵機を牽制射撃で追い散らす。
二機の連動。
圧倒的なスペックを誇る新型機ではない。
最新のシステムもない。
だが、過酷な死線を潜り抜けて培われた「生き残るための連携」が、二軍の混戦を確実に押し返していく。
——————————————
ヤキン・ドゥーエを包む地獄の真っ只中。
その最悪の瞬間は訪れた。
脱出艇に乗っていたフレイ・アルスターの死。
赤い光弾が小舟のような艇を容赦なく貫き、一瞬で塵へと変えた光景。
「……フレイ……?」
フリーダムのコクピットで、キラ・ヤマトの思考が完全に停止した。
画面を埋め尽くす白い光と爆煙。
絶叫すら上がらない。ただ、広大な宇宙の暗闇の中で、キラの心は呆然と打ち砕かれ、フリーダムはスラスターの光を失って漂流するように動きを止めてしまった。
その隙を、背後から接近する「異形の悪意」は見逃さない。
大型バックパックから放射状に伸びる無数の砲塔――ドラグーン・システムを展開した灰色の悪魔、プロヴィデンス。
『フハハハハ! 守りたい世界だと? それが人間の限界だ、少年!』
ラウ・ル・クルーゼの狂気を含んだ声が全回線に響く。
円環状に展開したドラグーンが一斉にフリーダムを取り囲み、死角無き全周囲射撃の体勢に入った。動きを止めたフリーダムは、ただの標的に過ぎない。
「――っく、あのバカ! 何突っ立ってやがるのさッ!」
ガーベラ・テトラのコクピットで、シーマが叫んだ。
スラスターの負荷警告が赤く明滅する中、シーマは操縦桿を力任せに引き絞る。
「第一小隊! あたしに続け! キラを死なせるんじゃないよ!」
『了解!』
ガーベラ・テトラを先頭に、第1小隊のゲルググM数機が、死の包囲網へと突っ込んだ。
直後、死角から襲い来る見えざるビームの雨。
「な……なんだい、この攻撃の軌道は……ッ!?」
全方位から襲いかかる光線。相手の位置すら確定できない不気味な多次元攻撃。
シュツルム・ブースターを限界まで吹かし、シーマはガーベラ・テトラを極限の機動で踊らせた。
1機のゲルググMがビームに貫かれ、爆煙を上げる。
『うあぁぁッ!』
「退きな! 画面の数字を信じるな、感覚で避けろッ!」
宇宙世紀の地獄を生き抜いてきたシーマの直感が、宇宙空間を飛び交う「悪意の視線」を捉える。
見えない糸で繋がれたかのように不気味に蠢く、端末
(――そこかいッ!)
シーマは背後の全スラスターを逆噴射し、急激な制動とともにガーベラ・テトラを反転させた。
ビームライフルを限界まで連射。集中的に叩き込まれた光弾が、滑空していたドラグーン端末の1つを正確に撃ち抜く。
オレンジ色の火花を散らして端末が爆砕した。
「1つ!」
『ほう……私とドラグーンの空間認識に追いつく者がいるか!』
クルーゼの冷酷な声とともに、残るドラグーンが一斉にターゲットをガーベラ・テトラへと切り替える。
左上、右下、背後――隙のない交差砲撃。
「シーマさんッ!」
後方から突っ込んできたクララのゲルググMが、ビームライフルの斉射でクルーゼの頭上にあった2つ目のドラグーンを意地で打ち落とした。
『やった……!』
「クララ、下がりなッ!!」
だが、代償はあまりにも大きかった。
ドラグーンを2つ破壊した瞬間の僅かな隙を突かれ、プロヴィデンス本体の複合兵装防盾システムから放たれた大型ビーム・サーベルが、ガーベラ・テトラの側面を深く切り裂いた。
さらに至近距離からのビーム射撃。
ドカァァァンッ!
激しい衝撃と火花がコクピット内部を襲い、モニターの半分が死んだ。
「ぐぅッ……!?」
ガーベラ・テトラの左腕が吹き飛び、右スラスターが沈黙する。
中破。
一年戦争の名機をベースに仕立て上げられたガーベラ・テトラの限界だった。
『フ……所詮は化石のような旧式機。消え去れ!』
プロヴィデンスが追撃の大型ビーム・ライフルをガーベラ・テトラのコクピットへ向ける。
照準が合わさる。
だが――
「……やめろぉぉぉぉぉぉッ!!!」
絶望の底から解き放たれた、キラの悲痛な叫びが空間を揺さぶった。
瞳の焦点を合わせたフリーダムが、背部のウイングを爆発的に広げ割り込んできた。
フルバーストモードのビームがプロヴィデンスのシールドを弾き飛ばし、クルーゼの機体を力任せに押し戻す。
「……ハッ……遅いんだよ……バカが……!」
激痛に耐えながら、シーマは途切れ途切れに嘲笑した。
だが、その目には確かな安堵があった。
キラの眼光には、もう迷いはない。大切な者を奪われた絶望を乗り越え、目の前の元凶を打ち倒すという凄惨なまでの決意が宿っていた。
『第2小隊! 傷ついた第1小隊と司令機を回収しろ! 急げ!』
デトローフの怒号のような指示が飛び、第2小隊のゲルググMたちがガーベラ・テトラを取り囲むようにして庇いに入る。
『シーマさん! しっかりしてください!』
クララのゲルググMが、中破して漂うガーベラ・テトラの肩をがっしりと支えた。
「死にやしないよ……クララ……」
シーマは吐き捨て、血の混じった唾を吐いた。
「あたしたちの仕事は……ここまでだ……」
視線の先で、フリーダムとプロヴィデンスが、互いの存在を賭けた最後の死闘へと突入していく。
二機のMSが交錯し、光と牙を剥き出しにしてぶつかり合う。
「あとは……好きにしな、キラ……」
(畜生…1小隊で子機2個だけってこたぁないだろう…)
シーマは小さく呟くと、クララたちに支えられながら、戦火の渦巻く中心部を脱出し、後方のリリー・マルレーンへと帰投の途についた。
――――――――――――――――
そして。
宇宙の中心で、最後の劇変が起きた。
ヤキン・ドゥーエ要塞の司令部が自爆。
要塞そのものが巨大な光の塊となって崩壊を始める。
さらに、ジェネシスの最終照射プロセスが進行する中、フリーダムとジャスティス、そして三隻同盟の命懸けの攻防により、ジェネシスの内部構造が破壊され――
空間を揺るがす膨大な光と衝撃波が、L5宙域全体を覆い尽くした。
「……!」
ガーベラ・テトラのコクピットで、シーマは強烈な光に思わず腕で目を覆った。
要塞の爆ぜる光。
ジェネシスの崩壊。
それは、この愚かな戦争の終わりを告げる光景だった。
「終わった……のかい?」
通信機から、デトローフの途切れ途切れの声が届く。
『……全艦……健在……。敵味方ともに……戦闘行動を停止……撤退を開始しています……』
光が収まっていく。
モニターの向こうに広がっていたのは、見渡す限りの宇宙の静寂と、無数の残骸だった。
地球軍も、ザフトも、もはや戦う力を失っていた。
『シーマさん……』
クララの声。
『あたしたち……生きてます……』
シーマは肩の力を抜き、深く息を吐き出した。
パイロットスーツの胸元を緩め、手袋を脱ぐ。
指先はまだ震えていたが、それは恐怖からではなかった。
「……そうかい」
シーマは口元を緩め、微かに笑った。
「生きて……帰ってきたねぇ」
――――――――――――――――
決戦が終わった。
破壊されたジェネシスの残骸が漂う暗礁宙域で、リリー・マルレーンをはじめとするシーマ艦隊は、静かに艦列を整えていた。
遠くには、同じく傷つきながらも停船しているアークエンジェルとエターナルの姿が見える。
『シーマ司令』
エターナルからの通信。
画面に映るラクス・クラインは、疲れ切った顔をしながらも、深く、深く頭を下げた。
『あなた方のおかげで……私たちは最後まで戦い抜くことができました。本当に……ありがとうございました』
「礼なんていらないよ、歌姫さん」
シーマは艦長席で新しい煙草に火を点けた。
「あたしたちは、自分たちが生き残るために勝手に出ば張っただけだ」
『それでも……あなた方がいなければ、私たちはあそこまで辿り着けませんでした』
ラクス・クラインが静かに微笑む。
『シーマ様。これから……あなた方はどうされるのですか?』
シーマは煙を吐き出し、窓の外の星々を見つめた。
プラントと地球は、壊滅的な被害を受けながらも全滅だけは免れた。
だが、これで平和が訪れるわけではない。
新しい秩序が生まれ、また新たな歪みが生まれるだろう。
「さあねぇ」
シーマは言った。
「あたしたちみたいな流れ者に、留まる港なんて最初からないのさ」
「補給が終わったら、あたしたちはあたしたちの航路を行く」
『……どこへ?』
「どこへでもさ」
シーマはニッと口元を歪めた。
「この広い宇宙だ。探せば、あたしたちが笑って酒を飲める場所くらい、一つや二つ落ちてるだろ」
通信の向こうで、ラクスが温かい笑みを浮かべた。
『……よい航海を、シーマ艦隊』
「あんたたちもね。二度とこんな馬鹿な戦争に巻き込まれるんじゃないよ」
通信が切れた。
リリー・マルレーンの艦橋に、静かな時間が流れる。
「司令」
デトローフが尋ねた。
「面舵……でよろしいですな?」
「ああ」
シーマは煙草を灰皿へ置き、立ち上がった。
「全艦、面舵いっぱい」
ヤキン・ドゥーエから十分な距離を取ったところで、シーマ艦隊はようやく航行速度を落とした。
戦闘が終わったからといって、艦内が静かになったわけではない。
格納庫では、帰投したMSの応急修理が続いている。
損傷した装甲板を外し、焼けた配線を交換し、破損したスラスターを一つずつ確認していく。整備兵たちの怒鳴り声と工具の音が絶えることはなかった。
「ガーベラ、左腕喪失。右側スラスターも三基が死んでます」
ハロルドの報告に、シーマは煙草を咥えたまま機体を見上げた。
「三基ねぇ」
「ええ。しかも残った推進器も無理をさせすぎてる。今の状態じゃまともに戦闘機動なんぞさせたら、次は本当に爆発しますぜ」
「そうかい」
「……それだけですか?」
「何がだい?」
「司令の愛機でしょう」
シーマは少しだけ笑った。
「愛機ねぇ」
焼け焦げたガーベラ・テトラを見る。
かつて宇宙世紀で与えられた機体。
こちらの世界へ来てから、失われた部品を一つずつ拾い集め、別物と呼べるほど手を加えてきた機体。
その左腕はもうない。
装甲も裂け、内部機構もかなり傷んでいる。
それでも、まだ立っている。
「……あたしと似たようなもんさ」
「は?」
「何度も壊されちゃ、他所から拾ってきた部品で繋いでる」
煙を吐く。
「それでも動くんなら、まだ使えるだろ」
ハロルドはしばらく黙っていた。
やがて、小さく鼻を鳴らした。
「……まあ、そういうことにしときますかね」
「そうしな」
シーマは格納庫を離れた。
その途中、医務区画の前で足を止める。
扉の向こうでは、負傷したパイロットたちが治療を受けていた。
重傷者はいる。
だが、死者はいない。
その事実を確認してから、シーマはようやく歩き出した。
艦橋へ戻る。
「損耗報告」
「はい」
デトローフが立ち上がった。
「全艦、大破なし。MSは複数機が中破。人的被害は負傷者のみ。死者は――」
「そこまででいいよ」
シーマが遮った。
デトローフは頷いた。
シーマは艦橋正面のスクリーンを見る。
そこには、遠ざかっていくヤキン・ドゥーエが映っていた。
もう戦闘の光は見えない。
ただ、破壊された要塞とジェネシスの残骸だけが、暗い宇宙の中に浮かんでいる。
「……終わったんだねぇ」
誰に言うでもなく呟く。
だが、デトローフは答えなかった。
終わった。
確かに戦争は終わった。
しかし――
「司令」
「何だい?」
「これから、どうします?」
「決まってるだろ」
シーマは航路図を指で叩いた。
「あそこへ戻るよ」
「……例の補給基地ですか」
「そうさ。ラクスとの契約で押さえた、あの場所だ」
デトローフが少しだけ目を細める。
「戦争が終わっても、契約は生きてますからな」
「だったら使わせてもらおうじゃないか」
シーマは煙草に火を点けた。
「まずは船を直す。飯を食う。寝る。それから――」
一拍置いて、彼女は続けた。
「これからどう生きるか、考えるんだよ」
ヤキンドゥーエ攻防戦終了!