ラクス派から提供された隠密補給基地サンクチュアリのメインドック。
修復作業が進むガーベラ・テトラとゲルググMの前に、シーマ、ナタル、デトローフ、そして整備主任のベッカーが集まっていた。
ホログラムモニターに映し出されているのは、宇宙世紀の遺物である両機の設計図と、コズミック・イラ世界のエネルギー規格データだ。
「……で、一番頭の痛い問題がこれさね」
シーマが紫煙を吹き出しながら、ガーベラ・テトラの胸部――超小型ミノフスキー・イヨネスコ型核融合炉を指し示した。
「あたしたちの機体は、ヘリウム3とデウテリウムを混ぜて熱核融合を起こす炉を積んでる。……だが、このコズミック・イラの世界にヘリウム3の補給ルートなんて存在しない」
「深刻な燃料枯渇、そして何より存在そのものの露見という問題ですね」
ナタルが腕を組み、冷徹な分析を口にする。
「ヤキン・ドゥーエ戦を経て、連合・ザフト双方の警戒網は極限に達しています。ニュートロンジャマー下で特有の異質な熱源を放つ宇宙世紀の核融合炉を複数機で使い続ければ、遠からず監視網に捕捉され、全地球圏から追われるハメになる。……ですが、この世界の規格に安易に全改修するのも危険です」
ナタルが画面を切り替えると、コズミック・イラ世界の一般的な動力を示すデータが並んだ。
ひとつはバッテリー駆動への換装だ。街のジャンク屋や敵の撃破機体からいくらでもエネルギーを現地調達でき、スキャンされてもただの不揃いなジャンク機体に見えるため隠蔽性は完璧となる。しかし、ガーベラ・テトラ最大の強みである圧倒的なジェネレーター出力と超高推力が失われ、ただの素早い機体に成り下がってしまうデメリットがあった。
もうひとつはニュートロンジャマーキャンセラーと核分裂炉の搭載だ。無限に近いエネルギーを獲得できるものの、入手難易度が極悪であり、全世界から命を狙われるターゲットになるため隠蔽という目的に真っ向から反してしまう。
「……どうするんだい、デトローフ? ゲルググもガーベラも、骨抜きにしてただの電池仕掛けの木偶にするかい?」
シーマの問いに、デトローフは苦笑しながらベッカーと顔を見合わせた。
「まさか。そんな真似をしたら司令は蹴っ飛ばすでしょう。……そこで、この工業プラントの力を借りて、徹底的なリソースの集約と偽装改修を提案したい」
デトローフが提示した改修案は、ヤキン・ドゥーエ後の苛烈な世界を泥臭く生き抜くための知恵とイカサマの結晶だった。
まず、クララたちのゲルググM群からは核融合炉を完全に降ろし、ザフトや連合の大容量バッテリー規格へ完全改修する。武装も実体弾や実体刃へ統一し、降ろした複数の核融合炉と残存ヘリウム3はすべて解体・抽出され、シリアルナンバーを抹消した上でガーベラ・テトラ1機のためだけに完全集約・封印することとした。
そしてガーベラ・テトラ側は、普段の移動や哨戒、軽戦闘を増設した大容量バッテリーと水・水素推進のプラズマ・スラスターで稼働させる。センサー類にも偽装回路を組み込み、普段は大容量バッテリー機にしか見えないよう偽装しつつ、温存されたミノフスキー核融合炉は艦隊の存亡がかかった極限状態のオーバーリミッターとしてのみ点火。圧倒的な出力と、バッテリーの大電力で推進剤を超高速噴射するアフターバーナーを爆発させるという構想だ。
「……なるほどねぇ」
シーマの口元がニヤリと歪んだ。
「普段は大人しいバッテリーで動くジャンク機体のフリをして隠れておいて、いざ化け物どもと殴り合う時は……隠し持った核融合炉とスラスターを開放して、一気に牙を剥くってワケかい」
「ええ。これなら連合やザフトの補給線を泥棒しながらでも維持できます」
ナタルも深く頷いた。
「合理的だ。ただしシーマ司令……ガーベラの核融合炉を開放する出撃は、目撃者を一人も残さない局面に限られます。ニュートロンジャマーを無視したあの異常な高出力を一度でも見られれば、隠蔽は瓦解する」
「分かってるさね。……出す時は、証拠もろとも宇宙の塵にしてやるだけさ」
「そしてゲルググM群ですが」とデトローフが説明を補足する。「バッテリー機となる代わりに、ガーベラから降ろした余剰パーツやサンクチュアリの資材を回して、装甲と基本フレームの剛性を極限まで高めます。現地調達とタフネス最優先の泥臭い仕様です」
「よし!」
シーマは煙草を灰皿に押し付け、立ち上がった。
「決まりだね。……あたしたちの愛機に、この世界の泥を混ぜあわせた新しい命を吹き込んでやりな! どんな手を使おうが……最後に立ってた奴が勝ちなんだからねぇ。そういやもう一機のほうはどうなった?クララがついてたやつさ」
デトローフは若干呆れながら報告を行う。
「予定より遅れています。センサーとデータリンクの統合、それに電力配分の調整に手間取っているそうです。ただ、建造そのものを中止するような問題はないです。ただ、OSについては前にキラ君に協力してもらったことで進んでいます。技術班も驚いていましたよ。」
こうして、ゲルググMは生き残るためのタフなバッテリー機へ、そしてガーベラ・テトラ・リフィットは宇宙世紀の威容を内に秘めた絶対的切り札である、新たなガーベラ・テトラへと生まれ変わるための改修作業に入った。
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サンクチュアリのメインドックを臨む、リリー・マルレーンの小さな簡易士官食堂。
テーブルの上に並べられているのは、クライン派から支給された乾燥食料と、現地調達した缶詰をベッカーたちが不器用にあつらえた、慎ましい料理の数々だった。
「――まあ、固い挨拶は抜きだ。うちの艦隊に、元連合のキレ者が加わってくれたことを祝ってね」
シーマが合成ウイスキーの入ったグラスを軽く掲げ、喉を鳴らす。ヤキン・ドゥーエを生き延び、この異世界で艦隊を指揮する立場となったナタル・バジルールに対する、ささやか極まる「歓迎会」だった。
「お心遣い、感謝します……シーマ司令」
ナタルは恐縮した面持ちでグラスを手に取ったが、その表情はまだどこか硬い。軍人としての規律と、ジオン残党という「かつての敵」の懐に飛び込んだ緊張感が、彼女の身を強ばらせていた。
「そう肩肘張るんじゃないよ、ナタル少佐」
シーマは紫煙をふっと吹き出し、隣に立つ整備主任のベッカーへ顎をしゃくった。
「うちで生き残ってもらう以上、あんたにもあたしたちの命綱のカラクリを全部知っておいてもらわなきゃ困るからねぇ。……ベッカー、開示しておやり」
「了解です、司令」
ベッカーが差し出した情報端末に、ナタルが視線を落とす。そこに展開されたのは、シーマ艦隊がひた隠しにしてきた宇宙世紀(U.C.)技術の極秘データ一式だった。
「……これは」
ナタルの瞳が驚愕に揺れる。
「超小型ミノフスキー・イヨネスコ型核融合炉……に、メガ粒子砲のエネルギーコンデンサー構造……? ニュートロンジャマーの影響を受けずに、これほどの高出力を単体で生み出す動力が存在するというのですか」
「ああ。だがこの世界の物理法則や規格とは根本からズレてる。ヘリウム3の補給も途絶えてるから、あたしたちはこの核融合炉をガーベラ・テトラ・エフェメラル一機だけに集中温存し、短時間の決戦兵器として封印したのさ」
ベッカーが淡々と、しかし誇らしげに技術体系と隠蔽工作の全貌を説明していく。
「そして、もう一機のガーベラ……グロリアは、あんたたちC.E.のバッテリー規格やスラスター技術をベースにイチから再設計する。味方の位置、損傷、燃料残量をリアルタイムで統合処理して、部隊全員を生かして帰すための中枢だ。また未完成だけどねぇ」
「……凄まじいな」
ナタルは感嘆の息を漏らした。
単なる「未知のオーバーテクノロジー」に依存するのではなく、このコズミック・イラの泥臭い現実とすり合わせ、秘匿し、生存のために最適化させていく徹底したリアリズム。この艦隊が修羅場をくぐり抜けてきた理由を、ナタルは肌で理解した。
「 U.C.の遺物と、C.E.の技術の悪魔合体……。ナタル少佐、あんたの戦術眼があれば、このふたつの牙をどう噛み合わせれば一番生き残れるか、もう頭の中で計算できてるだろ?」
シーマの問いかけに、ナタルは深く頷いた。
「ええ。単なる隠蔽にとどまらず、情報戦と局地的な絶対優位を組み合わせれば、いかなる追撃からも艦隊を守り切れます」
二人が軍人としての互いの着眼点を認め合い、静かに酒杯を傾ける。
――その光景を、食堂の入り口近くで腕を組み、面白くなさそうに睨みつけている影があった。
ゲルググMのパイロット、クララだった。
(……なによ、元連合の士官だからってさ)
クララは持っていた合成ジュースの紙パックをぎゅっと握りつぶす。
今まで自分たちが命がけで守り、泥にまみれて運用してきた機体と技術の秘密。それを、ついこの間まで敵だった「地球連合の将校」があっさりと理解し、シーマやベッカーと対等に議論を交わしているのが、どうしても面白くなかった。
(シーマ司令の隣に立つのは……あたしたちジオンのベテラン兵のはずなのに。あの整った顔した少佐殿、戦術がどうのって偉そうに……!)
クララの鋭い視線に気づいたヴァルターが、苦笑しながら彼女の肩を軽く叩く。
「おいクララ、顔に出すぎだ。ナタル少佐はうちの副官として司令が引き抜いた方だ。戦術の組み立てじゃ、俺たちじゃ逆立ちしたって敵わない」
「分かってますよ、ヴァルターさん!」
クララはプイッと横を向いた。
「分かってますけど……あたしだって、グロリアに乗って部隊を守るパイロットになるんです。机の上の計算だけじゃ、現場の泥臭い戦いは動かせないってところ、あの元少佐殿に見せつけてやりますから!」
小さく火花を散らすクララの対抗心を、シーマはグラス越しに目ざとく見つけ、口元を愉悦に歪ませていた。
「ハッ……いい度胸じゃないか。ナタル、うちの若いのがあんたをライバル視して噛みつきたそうにしてるよ」
ナタルはちらりとクララに視線を送り、整った顔立ちのまま、静かに背筋を伸ばした。
「結構なことです。戦場での感情的な対立は死を招きますが……高め合う競争心なら歓迎しましょう。クララ少尉、いつでも私の立てる戦術案に異議を申し立てて構いませんよ。それを上回る現場の解を見せてもらえるなら、ですが」
「っ! 言ってくれますね、少佐殿……!」
クララが悔しそうに歯噛みし、食堂に小さな活気が生まれる。
完璧な戦術を描く元連合の鉄血士官ナタルと、現場の執念で食い下がる若きパイロットのクララ。
新たな確執と信頼が混ざり合いながら、シーマ艦隊の「次なる準備」は着実に進んでいくのだった。
今ある分だけ何とか投稿します。