「……今日からあたしたちは、ただのしぶとい宇宙の掃除屋であり、運送屋だ。軍隊の威張りくさったツラは全員ドックに置いていきな」
シーマが紫煙を吐き出しながら、モニターに映し出された新しい企業ロゴ――ガラハウ・レゾナンスのエンブレムを指し示した。
「ナタル、例のお仕事用の顔の手配はどうなったい?」
「抜かりはありません、シーマ司令」
ナタルが静かな手つきで端末を操作し、偽装書類の認証シークエンスを展開する。
「クライン派の裏パイプと、バルトフェルド氏が斡旋してくれたジャンク屋組合の登録ルートを経由し、中立都市コロニーマルドゥックにおける民間運送業者としての正式な船籍・営業許可IDを取得しました。工廠艦リリー・マルレーンは、中型ジャンク回収・輸送船ガラハウ・レゾナンス1号としてデータベースに登録完了しています」
「ハッ、元連合の将校様が書類の偽造かい? 随分と手慣れたもんじゃないか」
「偽造ではありません、公認の裏口登録です」
ナタルは表情一つ変えずに淡々と返した。
「連合・ザフト双方のデータベースには、過去の定期的な回収実績と納税記録がダミーデータとして上書き補填されています。さらに、ジャンク屋組合が発行する中立活動証明コードを常時発信することで、双方の臨検(検問)を受けた際も、自動照会だけで安全にスルーできる合法的なルートを確立しました」
「へぇ……大物と繋がると、こういう汚いマネもスムーズにいくんだねぇ」
シーマは満足げに目を細めた。そこへ、整備服姿のベッカーがコンソールを叩きながら割り込んでくる。
「ハード面もバッチリだ、司令。 リリー・マルレーンの外部装甲にはあえて傷と溶接痕を増やし、塗装も使い古されたジャンク回収船のくすんだグレーに塗り直した。兵装ハッチも外見上は工作用マニピュレーターアームの格納庫に見えるよう、クライン派から提供されたダミー外装で偽装済みだ」
「ゲルググMとグロリアはどうなるんですか?」
不安そうに尋ねるクララに対し、ナタルが画面を切り替えて答える。
「ゲルググM群は作業用汎用MSとしてジャンク屋組合の登録番号を付与します。ビーム兵器を持たず実体弾と工具・重斬刀のみで運用する仕様は、むしろ武装した民間作業機として検問を通す上で完璧な言い訳になります」
「そして……エフェメラルですが」
ナタルの声が一段と低くなる。
「リリー・マルレーン最奥の重鉛遮蔽ブロックへ封印し、登録データ上は船体安定用コンデンサ・ユニットとして偽装します。臨検で内部スキャンを受けても、Nジャマー下での異常熱源が外部に漏れることは絶対にありません」
「上出来だね」
シーマは煙草を灰皿に押し付け、立ち上がった。
「これであたしたちは、連合からもザフトからも追われないただの泥臭い運送屋だ。……だがクララ、ヴァルター。油断するんじゃないよ。紙切れ一枚で誤魔化せるのは、あたしたちがヘボを踏まない間だけさ」
「はいっ、分かってますシーマ司令! どんな臨検が来ても、ただの作業員になりきってみせます!」
クララが背筋を伸ばして応え、ヴァルターも「演技の練習もしておきますよ」と苦笑いしながら頷いた。
コズミック・イラの表舞台に溶け込む偽装の鎧――ガラハウ・レゾナンス。
宇宙世紀の遺志と冷徹な知恵を隠し持った艦隊は、静かに、そして合法的に、この世界の深部へと根を張り始めていた。
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サンクチュアリ周辺の民間航路。作業用塗装の黄色とグレーに塗り直されたゲルググM二機が、デブリの合間を滑るように回収作業を行っていた。
「ヴァルターさん、二番コンテナの固縛、完了しました! 牽引ワイヤーのテンション正常です!」
クララがコクピットで手際よくコンソールを操作する。かつてジオンの尖兵としてビームライフルを構えていたマニピュレーターは、いまや大型の油圧カッターと精密溶接バーナーを握りしめ、漂流する資源ゴミをテキパキと解体・固定していた。
「よし、上出来だクララ。次は四時方向の廃破砕船から高品位のチタン合金ブロックを引き抜く。無理に引くとワイヤーが跳ねるぞ、慎重にな」
「了解です! ……ふふ、なんだかパズルみたいで案外楽しいですね」
「だが手元を狂わせるなよ、傷をつけると納品価格を買い叩かれる」
機体のスラスターをわずかに噴射し、無駄のない挙動でデブリを処理していく二人。核融合炉の推進力に頼っていた頃とは違い、バッテリー消費をコンマ1%単位で管理しながら動く技術は、この数ヶ月の地道な「運送屋」の仕事の中で完全に身についたものだった。
一方、工廠艦から偽装された「ガラハウ・レゾナンス1号」のブリッジでは、シーマが大量の電子伝票と睨み合っていた。
「……チッ、中立都市マルドゥックのドック代がまた値上がりしてやがる。ナタル、例のジャンク屋組合から回ってきたスクラップの買い取り査定、もうちょっと色を付けさせられないのかい?」
「これ以上は無理ですね」
ナタルが冷静な顔で端末の数値を弾く。
「先月、民間貨物船の緊急牽引を成功させた際の特別報奨金と、バルトフェルド氏経由で納品したバッテリーセルのマージンが入金されています。燃料費とクララたちの手当を引いても、艦隊の今月の維持費は十分に黒字です」
かつて連合の鉄血士官として圧倒的な戦術眼を誇っていたナタル少佐は、いまや完璧な経理・配船担当としてガラハウ・レゾナンスの裏の骨組みを支えていた。彼女が弾く徹底したコスト計算と合法的な書類手続きのおかげで、臨検に来たザフトや連合の巡視船も、何一つ怪しむことなく通過していく。
そこへ通信回線を通じて、作業を終えたクララの不満げな声が割り込んできた。
『ちょっとナタル少佐! さっき送られてきた作業ルートの修正データ、バッテリー消費の計算が厳しすぎます! 回避マージンがたった3%なんて、現場の動きをなんだと思ってるんですか!?』
「計算通りのスラスター噴射を行えば、3%あれば自力帰還には十分です、クララ少尉」
ナタルは通信画面のクララに整った顔を向け、淡々と返す。
「無駄な旋回と急加速を減らし、慣性移動を徹底してください。現場の感覚だけに頼ってバッテリーを浪費されては、経営もデータ収集も成り立ちません」
『 デスクワークの理屈ばかり押し付けないでください! 宙域のデブリは気まぐれなんです、現場の突発的な動きに対応するための余裕が欲しいって言ってるんですよ!』
『クララ、少佐相手に噛みつくな……』というヴァルターの困り果てたなだめ声が通信の向こうから聞こえる。
「感情的になる暇があるなら、操作精度をコンマ2秒詰めてください。それがグロリアに乗って部隊全員を連れて帰るパイロットのやるべきことです」
『なっ……! 言ってくれますね少佐殿! 次の回収作業で、完璧に計算以上の省エネで結果を出して見せますからね!』
通信がバツンと切れると、シーマは煙草の紫煙をふっと吐き出し、愉悦に満ちた笑みを浮かべた。
「ハッ、若いのがイイ音立てて噛みついてくれるじゃないか。ナタル、あんたも案外煽るのが美味いねぇ」
「煽ってなどいません。要求水準を伝えただけです」
ナタルが静かに眼鏡の密着を確かめ、涼しい顔で付け加えた。
「ですが……あのように張り合ってくれるほうが、パイロットとしての成長も早い」
そこへ、汗を拭いながら格納庫から上がってきたベッカーが顔を出した。
「司令、ナタル少佐! クララたちが持ち帰った高品位チタン、半分はマルドゥックの市で売却に回しますが、残りはグロリアの補強装甲用に回しますよ。それと、C.E.製の大容量バッテリーの予備がさらに4パック確保できました!」
「よくやったよベッカー」
シーマは口元を滑らかに歪ませる。
「泥水すすって真面目に運送屋をやったお陰で、合法的にグロリアの肉付けが進むってワケだ。ナタルのケチな経理とクララの意地のおかげで、うちの財政も安泰さね」
「真面目に働くことこそが、最高の偽装であり、生存への最短ルートですから」
表向きは汗と油にまみれてデブリを運び、口げんかを交わしながら日常をこなす、ただのしぶとい民間企業。
だがその裏では、日々の真面目な稼ぎと切磋琢磨によって、来たるべき大火勢を生き抜くための牙と防壁が、着実に研ぎ澄まされていた。
ガラハウ・レゾナンスの設立から数ヶ月。
工廠艦リリー・マルレーン改め「ガラハウ・レゾナンス1号」は、暗礁宙域や中立コロニー間を何度も往復していた。クララやヴァルターも作業用塗装のゲルググMでジャンク回収をこなし、すっかり「宇宙の運送屋」の顔が板についてきている。
ブリッジで定期の帳簿データを確認していたナタルが、ふと手を止め、ホログラムモニターにいくつかの独立した業務記録を並べ替えた。
「……シーマ司令。この数ヶ月間に我が社が請け負った運送・回収業務のログですが……少々気になる偏りが出ています」
「偏り、ねぇ。どんなだい?」
シーマが煙草を燻らせながらソファーから顔を上げる。
「最初はただの日常的な違和感でした。ですが、数ヶ月分のデータを横断して解析すると、明確な異変が見えてきます」
ナタルが指先で操作すると、いくつかの散発的なデータが線で繋がっていった。
数ヶ月前、アーモリーワン近郊で回収した廃棄コンテナの解析データからは、単なる工業資材と思われたものの内部に残された微細成分より、軍事用の超高張力鋼と新型ミラージュコロイド関連のレアメタルが検出されていた。アーモリーワンでは単なる新造艦の建造ではなく、既存の技術体系を画する新型MS群の密室開発が進められている可能性が極めて高い。
また、先月地球連合側の航路で請け負ったジャンク輸送の際、ログレスの軍需産業体や、連合の非正規特殊部隊ファントムペインと思われる識別コードの艦影と掠れていた。彼らは正規軍のルートを避け、暗礁宙域で不自然な物資の裏取引と工作を行っている。
さらに決定的なのは、漂流船の通信ログから拾った暗号断片だった。プラント内部の旧ザラ派残党が不穏な動きを見せており、その視線はかつての惨劇の地であるユニウスセブンへ注がれている。
ナタルの報告を聞き終えたシーマは、ゆっくりと紫煙を吐き出した。
「ハッ……数ヶ月掃除屋として泥水を啜ってきた甲斐があったかねぇ。点と点が綺麗に線で繋がったじゃないか」
「ええ。単発の仕事では見えなかったものが、時間をかけたことで浮き彫りになりました。プラントも連合も、表面上は平和を装いながら、裏では着々と次の大火事の準備を進めています」
ナタルは静かな、しかし確信に満ちた声で締めくくった。
「おそらく来年……C.E.73年を迎える頃には、世界は再び開戦へと雪崩れ込みます」
「結構なことじゃないかい。嵐が来ると分かっていれば、傘の準備もできる」
シーマの口元が不敵に歪む。
「ナタル、グロリアの調整とデータリンクの訓練ペースを上げな。この数ヶ月で稼いだ資材と情報をフルに使って、いつ開戦の火の粉が飛んできても全員で生き残れる頑丈な檻を完成させるよ!」
SEED編完!!!