幕間:朱き蜉蝣の残望
C.E.71年9月27日。
第二次ヤキン・ドゥーエ攻防戦の終結は、宇宙にひとつの区切りをもたらした。
パトリック・ザラは死亡し、地球連合軍とザフトの双方で多大な血が流れた末の停戦。
だが、それは世界に真の平和が訪れたことを意味しない。
臨時最高評議会議長に就任したアイリーン・カナーバがどれほど和平へ奔走しようとも、水面下では燻り続ける火種が消えることはなかった。
宇宙の片隅に身を隠すシーマ艦隊にとっても、それは嵐の前の静けさに過ぎなかった。
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「――で、プラントの新しいお偉いさんは、ザラの後始末に追われて四苦八苦ってわけかい」
艦内の薄暗い一室で、シーマ・ガラハウはソファに深く腰掛け、紫煙をくゆらせながら鼻で笑った。
目の前のテーブルには、ナタル・バジルールがまとめた最新の世界情勢データが投影されている。
「はい。カナーバ臨時政権は地球連合との講和を急いでいますが、軍部や強硬派の反発も根強い。……ですが、問題は表の政治だけではありません」
ナタルは眼鏡の位置を直し、険しい表情で別のウィンドウを開いた。
そこには、ジャンク屋ネットワークの裏チャンネルから拾い上げた、微弱なノイズ交じりの情報が流れている。
「裏の世界では、すでに次の火種がくすぶっています。監視衛星網の調査に向かったザフトの哨戒艦『カルマン』が消息を絶った。戦闘の痕跡すら残さずに、です」
「……ほう。終戦直後だってのに、随分と景気の悪い話じゃないか」
シーマは細い目を細め、灰皿に煙草の灰を落とした。
カルマン事件を発端として、連合とザフトの双方で不穏な艦隊の動きが観測され始めている。それは、誰かが意図的に両者を再び衝突させようとしている明白な兆候だった。
「キラ・ヤマトやエターナルの連中も、独自にこの事件へ動き出しているとの噂です」
「よしな、ナタル。あたしたちはあの坊やたちの聖戦に付き合ってる暇はないのさ。連中がどう動こうと、あたしたちの目的は一つだ」
シーマは立ち上がり、冷徹な光を宿した瞳でドックの方向を見据えた。
「この世界で、あたしたち全員が生きて残るための足場を固める。それだけだよ」
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C.E.71年の秋から冬にかけて。
世界の混乱――カルマン事件からザラ派残党による一連の陰謀の渦中にある頃、シーマ艦隊は独自の生存戦略を静かに実行に移していた。
艦艇の本格的な修理と補給ルートの確保。
C.E.の兵器体系やOSデータ、そしてジャンク屋やアメノミハシラ関連の技術者たちとの間接的な交易を通じた、新型フレームの基礎設計。
表舞台でキラやアスランが「過去の戦争を終わらせるための戦い」を繰り広げているその裏で、シーマ艦隊は「戦争が終わったあとに、生き残った者たちがどうやって食い扶持を稼ぎ、どうやって次の世代へ繋ぐか」という現実と向き合っていた。
ブリッジの片隅で、クララは、膨大な戦術データと格闘していた。
「ヴァルターさん、これ……連合とザフトの緊張、一歩間違えたらまた戦争になりませんか?」
隣で黙々と機体整備のスケジュールを確認していたヴァルターは、低く落ち着いた声で短く返す。
「だからこそ、余計な火の粉をかぶるなと言っている。……クララ、お前の仕事は他人の戦争を憂うことじゃない。自分の機体の整備と、部隊の生存率を上げることだ」
「分かってますって! でも……なんだか、納得いかないんです。戦いが終わったっていうのに、まだ誰かが誰かを撃とうとしているなんて」
クララの迷いを含んだ呟きに、ヴァルターは手を止め、わずかに視線を和らげた。
「……戦争が終わっても、人間の恨みや野心はすぐに消えない。だがな、シーマ様や俺たちがここにいるのは、誰かに復讐するためでも、世界を救うためでもない」
ヴァルターはクララの肩に軽く手を置き、静かに告げた。
「お前が生き残り、お前の後ろにいる連中を帰すこと。それだけだ」
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C.E.71年末、キラやアスランたちの奮闘により、ザラ派残党による計画は阻止された。
世界の破滅は辛うじて回避され、地球連合とプラントの間には、ついに本格的な講和への道が開かれることとなる。
そしてC.E.72年――『ユニウス条約』の締結。
戦後秩序が正式に形作られたその日、リリー・マルレーンの艦長室で、シーマは窓の外に広がる静まり返った宇宙を見つめていた。
「条約ねぇ……。紙切れ一枚で、あたしたちのようなはみ出し者がどう扱われるのやら」
「ですが司令、これで表向きの『合法的な身分』を維持するための交渉材料は揃いました。ジャンク屋組合や中立地帯とのパイプも太くなっています」
ナタルの報告に、シーマはフッと皮肉な笑みを浮かべた。
「上等さ。平和ってやつが本物だろうと偽物だろうと関係ない。あたしたちは、あたしたちのやり方で、この腐った世界をしぶとく生き抜いてやるのさ」
過去の呪縛を断ち切り、戦後という名の新しい荒野へ向けてシーマ艦隊は、静かに、しかし確かな歩みを進めていく。
この辺は介入させられませんでした