朱き蜉蝣の残光   作:ゆのじさん

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第5話

巨大な廃船や解体途中のコンテナ船を、無数のケーブルとトラス構造で繋ぎ合わせた浮遊集落――『ジャンク屋組合・定期市船団』。リリー・マルレーンはその巨大な建造物のドック口へ、慎重に艦首を滑り込ませた。

 

艦橋から外を見つめるシーマ・ガラハウ、デトローフ・コッセル、そして格納庫で身を乗り出す整備兵たちの目に飛び込んできたのは、彼らがこれまで見てきた「戦場」とは根本的に異なる光景だった。あちこちで飛び交う溶接の青白い火花。無造作に吊り下げられたジンや旧式作業機の装甲フレーム。ワイヤーを引く小型作業船と、スラスターを吹かして忙しなく行き交うワーク・ジン。響き渡るシリンダー音、金属を叩く鎚音、そして通信回線に飛び交う威勢のいい罵声と笑い声。

 

「……殺伐としてはいますが、戦争の匂いはしませんな」

 

デトローフが低く呟く。

 

シーマは咥えた煙草を噛み締め、ふっと口元を緩めた。

 

「活気があるって言いな、デトローフ。……ここは鉄くずで飯を食う連中の、立派な『町』さね」

 

リリー・マルレーンが中央デッキへ繋留されると同時に、エアロックが開放された。重々しいハッチが開き、シーマを先頭にデトローフ、そして主任整備士ベッカーら数名がデッキへ降り立つ。

 

彼らを迎えたのは、アタッチメントアームをガチャリと降ろしたワーク・ジンのコックピットから飛び出してきた、赤い作業服の若者――ロウ・ギュールだった。

 

「おっ! やっぱ近くで見ると軍艦デケーッ! 連合ともザフトとも違う妙な形してるなぁ!」

 

ロウは手すりを飛び越え、好奇心で目を輝かせながらリリー・マルレーンの舷側を見上げる。その無邪気な様子に、シーマはフッと紫煙を吹きかけた。

 

「ずいぶん威勢のいい小僧だねぇ。あたしたちが恐ろしい宇宙の海賊だったらどうする気だい?」

 

「ははっ! 海賊なら最初から主砲のロックピンなんて刺して来ねぇよ! 俺の目は誤魔化せねぇって!」

 

ニカッと笑うロウ。

 

シーマは「ハッ」と短く笑い、この突拍子もない若者の度胸と直感を気に入ったように目を細めた。

 

だが、その背後から厳めしい面構えをした治安責任者の男が、警備員たちを引き連れて歩み寄ってくる。

 

「浮かれるな、ロウ! ……そこの艦長。言っておくが、いくら客でもルールは守ってもらうぞ」

 

治安責任者は眉をひそめ、シーマたちを鋭い眼光で牽制した。

 

「船団内への火器の持ち込みは固く禁ずる。貴艦のMSはすべて起動禁止、メインジェネレーターは安全モードへ移行させろ。火薬兵器の安全装置が機能しているかも、こちらの検閲員が確認させてもらう」

 

「……かなり厳しい仕切りですな」

 

デトローフが眉をひそめて耳打ちするが、シーマは手でそれを制した。

 

「いいさ、郷に入っては郷に従う。それが生き残るための商売の基本だからねぇ」

 

その時だった。

 

治安維持班の検閲を退屈そうに眺めていた主任整備士ベッカーの目が、ロウの乗ってきたワーク・ジンのアタッチメント工具や、ジャンク屋の作業用機器に釘付けになった。

 

「なん……なんだぁ、この工具の形状は!? この油圧シリンダー、どうやってこのサイズでこのトルクを出してやがる!?」

 

ベッカーは治安員の制止を無視して作業機へ駆け寄り、転がされていた溶接機に顔を近づけた。

 

「おいおいおい! この小型溶接機の出力、うちの大型プラズマカッター並みじゃねぇか! どんな高効率コンデンサ積んでんだ!? ……それに、この装甲板の複合材質、見たことも聞いたこともねぇぞ!」

 

「おっ! おっちゃん、分かってるなぁーっ!」

 

ベッカーの反応を見たロウの目が、一瞬でパッと輝いた。

 

「この溶接機はな、俺がジャンクのパワーセルを改造して出力を三割増しにした特用品なんだよ! こっちの油圧アームのジョイント構造も見てみろって!」

 

「なにっ!? 自作だと!? 見せろ、構造を見せろ!」

 

二人の技術バカは、周囲の警戒も忘れて作業台の工具と図面へ没頭し始めた。デトローフが呆れたように溜息をつき、シーマはくつくつと喉を鳴らして笑った。

 

「職人ってのは、どこの宇宙でも単純で助かるよ」

 

治安責任者の立ち会いのもと、リリー・マルレーンの簡易交易デッキで、いよいよ本格的な「取引」が開始された。

 

シーマ艦隊が提示した売却物資は――先日の戦闘で回収したジンの残骸、破損したU.C.製の予備装甲板、探していたジオン公国軍規格の予備工具や、高品質な超硬度ベアリングパーツだった。対する対価として求めるのは、命を繋ぐための基本物資。食料、真水、汎用配線ケーブル、各種シール材、液体プロペラント燃料、そして汎用の電子基板類。

 

治安責任者は腕を組み、並べられた品々を一瞥した。

 

「ジンの残骸は買おう。だが、それ以外は鉄くずにしか見えんな」

 

デトローフが何か言いかけるより早く、シーマが煙草を咥えたまま笑う。

 

「そうかい。なら、その鉄くずは持ち帰るよ」

 

「……何?」

 

「価値が分からない相手に売るほど、あたしらも安売りする気はないんでねぇ」

 

そう言って踵を返しかける。

 

「坊や」

 

シーマはロウへ視線だけ向けた。

 

「あんたなら分かるだろ?」

 

「どれどれ……うわっ!? なんじゃコリャーッ!?」

 

箱の中から取り出した高精度ベアリングを専用テスターと拡大ルーペで確認したロウが、狂ったような声を上げた。

 

「真円度が桁違いだ! 表面の研磨精度も……ミクロン単位どころじゃねぇぞ!? なんだこの加工精度ヤバすぎるだろ! これ、どんな最新型の超精密NC旋盤使って削ったんだ!?」

 

「ハッ、機械じゃねぇよ」

 

ベッカーが胸を張り、不敵に鼻で笑った。

 

「うちの工作船のジジイどもが、旋盤と手作業で一削りずつ調整したんだよ。うちの宇宙じゃ、これくらいの精密加工ができなきゃ高出力の熱核ロケットのベアリングが持たねぇんだ」

 

「て、手作業ぉっ!?」

 

ロウは目を丸くしてベアリングとベッカーの顔を交互に見つめた。コズミック・イラの世界では、高度な電子制御とオートメーション化、そしてこの世界で発達した技術に依存する部分が大きい。それに対し、過酷な宇宙世紀を叩き上げてきたシーマ艦隊の技術者たちは、愚直なまでの「職人技」によって超絶的な精度を生み出していたのだ。

 

「すげぇ……すげぇよおっちゃん! この工作技術、うちの作業機の可動部に組み込んだら、摩耗率が半分以下になるぞ!」

 

治安責任者が訝しげな顔をする。

 

「……本当にそこまで価値があるのか」

 

ロウの興奮がさらに増す。

 

「あるどころじゃねぇよ! この加工精度なら、うちじゃ喉から手が出るほど欲しい!」

 

治安責任者は逆に声のトーンが下がっていく。

 

「……なるほど」

 

治安責任者はベアリングを見つめ直した。

 

シーマは煙草の灰を静かに落とす。

 

「さて」

 

「今度は鉄くずじゃなくなったねぇ」

 

逆に、ベッカーはロウから手渡されたC.E.製の汎用回路チップを突っつかれながら、苦い顔で首をひねっていた。

 

「……だがよ、この電子チップの意味がさっぱり分からん。なんでこんな小さな基板に、うちの大型コンピューター並みの処理能力が詰まってやがる。電圧の変換ロジックも狂ってやがるぞ」

 

「へへっ、そっちはこっちの得意分野だ! 電波障害下でも誤作動を起こさないように、回路が多重化されてんだよ!」

 

互いに足りないものを持ち、互いに理解不能な強みを持っている。異世界の技術と技術がぶつかり合い、化学反応を起こした瞬間だった。

 

「おい、おっちゃん!」

 

ロウは興奮冷めやらぬ様子でベッカーの肩を掴んだ。

 

「もっと見せてくれよ! あんたたちの艦の工作機械と、その削り出しのノウハウをさ! 俺も手伝うからよ!」

 

「ハッ、調子のいい小僧だ! いいぜ、その代わりお前らの使ってる高出力溶接機と、その変圧チップの構造を全部吐き出していけ!」

 

二人はガシッと固い握手を交わした。

 

そのやり取りを、少し離れた艦長席から見ていたシーマは、煙草の煙をゆったりと吹き出した。

 

(……ふぅん。単なる鉄くず拾いかと思えば、大当たりじゃないか)

 

この腕の立つメカニックの小僧――そしてジャンク屋という自由な組織。軍隊の規律に縛られず、技術と物資で繋がれるこの連中は、孤立無援のシーマ艦隊にとって最高の「隠れ蓑」であり、「補給線」になる。

 

「食料、真水、配線材、それに電子基板」

 

治安責任者が帳簿を閉じる。

 

「燃料は予定より一割増しだ。……それと電子基板も規格の良い物を回そう」

 

デトローフが思わず顔を上げる。

 

「よろしいので?」

 

治安責任者は肩をすくめた。

 

「そのベアリングの代金だ。こっちも損はしていない」

 

シーマは満足そうに煙草の灰を落とした。

 

「そうこなくちゃ商売にならないねぇ。……デトローフ」

 

「はっ」

 

「商談成立だねぇ。買い叩かれないよう、しっかり計算してやりな」

 

「おっと忘れるとこだったよ。一部だけでもいますぐ現ナマでもらえるかい?なぁに子供の小遣い程度でいいんだよ」

 

「いいけど、何に使うんだい?この辺は全部電子取引だぜ?」

 

 ロウが訝しげに聞いてくる。

 

「金にはいろんな使い方があるもんさ。デトローフ、後は頼んだよ」 

 

「了解いたしました、艦長」

 

シーマの口元に、深く、冷徹で、だがどこか楽しげな笑みが浮かんでいた。

 

(軍人でもない小僧が、あれだけ修羅場慣れしてるとはねぇ……世の中、面白い奴がいるもんだ)

 

泥臭い宇宙世紀の残党と、自由奔放なコズミック・イラのジャンク屋。異交する二つの運命が、ひとつのドックで確かに結びついた。

 

商談もまとまり、張り詰めていた空気がようやく和らぐ。ロウがこちら向かって声をかける。

 

「じゃあ市場も案内するよ!」

 

巨大な廃船群を繋ぎ合わせた市場の内部は、まるで無重力状態に広がる見世物小屋のようだった。

 

「ほらほら、足元気をつけろよーっ! こっちが『資材市場』! 金属板からケーブル、怪しいセンサー類までなんでも揃ってる場所だ!」

 

赤い作業服の青年ロウ・ギュールは、慣れた足つきで足場の手すりを跳ね、手招きしながらシーマたちを案内する。

 

「で、あっちに見えるドッキングブロックが『MS墓場』! 連合やザフトの撃破された機体、撃ち落とされた戦闘機のスクラップが集まる場所で、俺たちの主戦場だな!」

 

「……ほう」

 

シーマ・ガラハウは咥えた煙草の紫煙をくゆらせ、その賑わいを細い目で見渡した。その背後では、それぞれの役割を持った男たちが、まったく異なる視点でこの未知の市場を観察していた。

 

まず真っ先に食いついたのは、主任整備士のベッカーだった。ロウが指さした資材市場の露店に並ぶ金属塊を見るやいなや、目を見開いて飛びついていく。

 

「な、なんだこの素材は!? 軽量なのに硬度がうちのチタン・セラミック複合装甲の比じゃねぇぞ! こっちの耐熱塗装、プラズマの直撃にも耐える構造になってやがる……!」

 

「へへっ、それは連合の戦闘機の装甲から引っ剥がした特殊合金だよ、おっちゃん!」

 

ロウが自慢げに胸を張る。

 

「加工は硬くて大変だけど、耐熱性と引っ張り強度がズバ抜けてんだ。あんたたちの船の補強にも使えるぜ!」

 

「買いだ! 額がいくらになろうが、この装甲板と耐熱シール剤は全部買い叩くぞ!」

 

ベッカーの興奮をよそに、副官デトローフ・コッセルは別の場所に視線を走らせていた。ロウが「向こうは傭兵連中の溜まり場だ」と指さした区画には、無造作に武器を傾けた私設の警備兵や、身元の怪しい武装MSが幾つも繋ぎ止められていた。

 

「……軍が二つに割れている、どころの話ではありませんな」

 

デトローフが低く呟く。

 

「地球規模の連合体と、宇宙の人工国家……互いに正規軍を持ちながら、その隙間でこうして非正規の傭兵や作業組織が公然と機能している。中央集権的な統制が完全に失われているか、あるいは……」

 

「そうせざるを得ないほど、双方が泥沼の全面戦争をやってるってことさね」

 

シーマが横から冷ややかに言葉を挟んだ。

 

シーマにとって、この船団めぐりは単なる資材の買い出しではなかった。彼女が何よりも欲していたのは――「情報」という、宇宙で生き残るための最も強力な武器だった。

 

シーマは露店で電子部品を吟味する振りをして、恰幅の良いジャンク屋の商人へコインを放って話しかけた。

 

「やぁ旦那さん。……最近は地球連合の連中も、このあたりにちょっかいを出してくるのかい?」

 

シーマは質問のついでに、もう一枚コインを取り出した。

 

「続きが面白けりゃ、もう一枚出すよ」

 

「おっとっと…へへっ。まぁ前ほどじゃねぇなぁ」

 

商人は受け取ったコインを指で弾き、ニヤリと笑った。

 

「ほう?」

 

「今は連中も戦争で首が回らねぇのさ」

 

「連合の連中は今、地球上の拠点を守るのと、月面の基地を維持するのに手一杯さ。あいつら『ナチュラル』の兵隊は数だけは多いが、MSの量産すらまだまともにできねぇからな。戦車と戦闘機でザフトに突っ込んで、返り討ちに遭ってばかりよ」

 

「ほう……ナチュラル、ねぇ」

 

シーマは言葉の意味を噛みしめるように煙を吐いた。

 

「じゃあ、向こうの不細工なMSに乗ってる『ザフト』ってのは景気がいいのかい?」

 

「あいつらはプラント……つまり宇宙の人口コロニー群を拠点にしてる『コーディネーター』の軍隊だからな」

 

商人は肩をすくめて、手元のセンサー基板を磨き始めた。

 

「遺伝子操作で生まれた天才さまたちだ。兵器の開発能力も、MSの性能も連合の比じゃねぇ。……だが、数が少ねぇのが玉にキズだな。地球からの食糧攻めに青息吐息って噂だ」

 

「へぇ……遺伝子いじくり回したエリート様と、数だけが頼りの旧人類かい。どこの世界も、下らない種族争いで血を流すのが大好きなようだねぇ」

 

コインをもう1枚指で弾いたシーマの嘲笑に、横から戻ってきたロウが「まあな」と苦笑いを浮かべた。

 

「おまけに、ザフトが宇宙に撒き散らした『Nジャマー』のせいでさ。原子力を潰された地球側は大停電でパニックだし、電波は通りにくくなるしで、俺たちジャンク屋も仕事がやりにくくて敵わんよ」

 

「Nジャマー……」

 

デトローフの目が光った。

 

先ほどから自分たちのレーダーや長距離通信を極度に阻害していた正体が、その核反応抑制装置であることを理解したのだ。

 

「……なるほど。核エネルギーを物理的に封殺し、レーダー網を無力化する兵器か。だからこそ、超至近距離でのMSによる視界戦が主流になっているわけだ」

 

「そういうこと!」

 

ロウが親指を立てる。

 

「だから俺たちジャンク屋は、電波に頼らない手動の指向性通信や、ワイヤー使ったアナログな作業ノウハウを磨いてるってわけさ!」

 

シーマは世間話を続けながら、脳内でパズルのピースを組み上げていった。

 

――連合とザフトは互いに消耗し合っている。

 

――その隙間で、ジャンク屋や傭兵が商売を成り立たせている。

 

――そして、この世界では通信もエネルギーも制約を受ける。

 

(……クククッ、上等じゃないか)

 

シーマの口元が、かつて開拓船団や海賊を率いて過酷な宇宙を生き抜いてきた女将軍のそれに歪む。

 

二大勢力が完璧な統制を敷いている世界なら、自分たちのような異物は一瞬で炙り出され、潰される。だが、互いに首を絞め合い、混乱とスクラップを撒き散らしているこの世界なら――いくらでも泳ぎ回る隙間が存在する。

 

「あんた、ロウっていったね」

 

シーマは歩き始めたロウの背中に声をかけた。

 

「なんだい、艦長さん?」

 

「いい市場を教えてもらったよ。……あたしたちは、この世界でまだまだ『買い出し』をしなきゃならないようだねぇ」

 

「おう! 物資でもジャンクでも、困ったら何でも俺たちジャンク屋組合を頼ってくれよな!」

 

太陽のようなロウの笑顔を見つめながら、シーマは咥えた煙草を固いブーツの底で踏み消した。

 

(軍は敵にも味方にもなる。だが商人は違う。利益になるなら、明日には敵とも握手する)

 

その現実は、シーマにとってむしろ心地よかった。

 

(……そういう連中なら、付き合いやすい。悪くない商売になりそうさね)

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