第54話
『ガラハウ・レゾナンス』として表向きの顔を得てから数ヶ月。
リリー・マルレーンは、民間輸送船としての航路を淡々と往復していた。
中立コロニー「マルドゥック」と軍需プラント「アーモリーワン」を結ぶ宇宙域。
その定期航路の片隅で、作業用塗装に身を包んだ二機のゲルググMが、漂流する廃材コンテナの回収作業にいそしんでいた。
「ヴァルターさん、これで今月のクライン派経由の納品ノルマは達成ですね。……ふう、なんだか最近、アーモリーワンの周辺やけにきな臭くないですか?」
クララがコクピットから小まめにコンソールを叩きながら、無線越しにため息をつく。
かつては敵の喉元を狙う尖兵だったゲルググMのマニピュレーターは、今や大型の油圧カッターと精密溶接バーナーを握り、手際よくデブリを解体して貨物室へ収めていた。
「余計な詮索をするなクララ。俺たちの仕事はゴミを拾って、綺麗に帳簿を合わせて、安全にマルドゥックへ届けることだ。」
「分かってますよ! だけど、なんだか変なんです。さっきから一般回線に混じって、ザフトの正規軍じゃない暗号パケットや、妙にスクランブルのきつい通信が跳ね回ってるんです。ナタル少佐なら絶対気づいてますよ」
クララの直感通り、母艦のブリッジでは、ナタル少佐が眉間を押さえながらホログラムモニターの海と睨めっこしていた。
「――シーマ司令。アーモリーワン周辺の空間管理区画から、不自然な物流の滞りと、局所的な通信封鎖の兆候をキャッチしました」
ソファーに深く腰掛け、紫煙をくゆらせていたシーマが、ゆっくりと目を開ける。
「ほう……。平和なプラントのショールームで、また坊ちゃんどもが派手な花火でも上げるつもりかい?」
「詳細はまだ掴めません。ですが、ザフト側が何やら極秘裏に新しいオモチャの開発を進めているという噂は、ジャンク屋組合の裏ネットワークでも囁かれていました。……そして問題は、それだけではないということです」
ナタルが端末を操作し、別のウィンドウを立ち上げる。そこには、地球連合側の非正規部隊やログレス周辺の影を追う、掃除屋としての独自の調査データが浮かび上がっていた。
「連合の特殊部隊……ファントムペインの影が、この宙域の背後にちらついています。正規軍の検問をかいくぐり、何者かが裏で軍需プラントの動きを監視し、あるいは強奪する手ぐすねを引いている」
「……きな臭いねぇ。停戦協定からまだ二年だってのに、どいつもこいつども、じっとしてられない質らしい」
シーマは薄く笑い、灰皿に煙草を押し付けた。
前線には立たず、自らは艦隊の最高責任者としてリリー・マルレーンの奥に控える。しかし、彼女の眼光はかつての海賊のそれよりも遥かに鋭く、世界の歪みを正確に捉えていた。
「司令、どうします? 表向きの運送屋として、この宙域から一時的に離れますか? それとも――」
ナタルの問いに、シーマは首を横に振った。
「逃げる必要はないさ。あたしたちは『ガラハウ・レゾナンス』だ。ゴミを拾い、荷を運び、自分たちの食い扶持を稼ぐ。……だがね、ナタル。裏で何が起きているのか、その火種の正体くらいは正確に把握しておきな」
シーマは立ち上がり、ドックの方向へ目を向ける。そこには、クララやヴァルターが汗を流して磨き上げたグロリアのフレームと、最奥の重鉛ブロックに静かに眠るエフェメラルの気配があった。
「新しい戦争が始まるかもしれない。だからこそ、ゲルググMの老朽化を見据えた次の手が必要さ。ジャンク屋組合やアメノミハシラ関連の設備を通した、あの新規汎用量産機の発注はどうなっているい?」
シーマの問いに、ナタルは手元のタブレットを確認しながら頷いた。
「順調です。アストレイ系フレームの柔軟な可動特性と、我が艦隊の生存性・整備思想を融合させた新型量産機――リゲルの基本設計データはすでに受領済みです。ジャンク屋ネットワークを介して、必要資材の調達とフレーム構造の再設計も水面下で進めています」
「よし。エフェメラルは最後の切り札、グロリアは部隊の盾と中枢。そして、次代の艦隊標準機が揃えば、どんな嵐が吹こうとも、あたしたちはあたしたちのやり方で、全員揃って生き残るのさ」
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「ガラハウ・レゾナンス1号」の艦内ドック。
その一角で、ベッカーが頭を抱えながら巨大なレンチを床に放り投げていた。
「おい、その配線をそこに繋ぐ馬鹿がどこにいる! 焼損したらどう責任取る気だ、この騒がしいガキ!」
「いーじゃん、いーじゃん! こっちの方がエネルギー効率上がって、出力の許容量も跳ね上がるんだからさ! ベッカーのおっちゃん、頭が固いなー!」
派手なオレンジ色のつなぎを着たロウ・ギュールが、手際よくハンダごてを操りながらケラケラと笑う。
アストレイ系のフレームやジャンクパーツを抱え、表向きはジャンク屋の気まぐれな出入り業者として乗り込んできたロウだが、彼が持ち込んだ情報は、通常の民間ネットワークや連合・ザフトの商用回線では絶対に手に入らない代物だった。
艦長室のモニター越しにその様子を眺めながら、ナタルが手元のデータタブレットをスクロールさせる。
「――シーマ司令。ロウ・ギュールがジャンク屋の裏回線を経由して持ち込んだデータ、およびアメノミハシラの秘密ドックからの資材供給ルート、確認が取れました」
ソファーに深く腰掛け、煙草の煙をくゆらせていたシーマが、鋭い目を細める。
「アメノミハシラかい。かつてはロンド・ギナ・サハクが選民思想の戯言をのたまっていたが……今はあの双子の姉の方、ロンド・ミナ・サハクが仕切っている場所だねぇ」
「はい。ギナの死後、アメノミハシラを継いだミナは、かつての過激な特権意識から距離を置き、中立を守るための現実的な防衛と技術の管理にシフトしています。彼らが保有するアストレイ系フレームの製造ラインおよび予備パーツの規格データが、ロウの仲介とジャンク屋ネットワークのハブを介して、我が艦隊のリゲル発注計画に組み込まれています」
ナタルがウィンドウを開くと、アストレイ系の柔軟な可動フレームをベースにしつつ、シーマ艦隊の生存性・整備思想を落とし込んだリゲルの設計図面が浮かび上がった。
「……あの女当主は、弟のようなお山の大将気取りじゃない。もっと冷徹に世界を見据えている。あたしたちのような、泥を被って生き残るだけの連中をどう見てるんだか」
「ミナにとっても、ザフトや連合の管理下に置かれない独立した特異点としての我が艦隊は、利害が一致する協力者、あるいは厄介な外部勢力を引き受けてくれる防壁に映っているのでしょう。彼女らは思想ではなく、純粋な技術と利益の交換として取引に応じている」
ナタルの冷静な分析に、シーマはフッと冷笑を浮かべ、灰皿に煙草を押し付けた。
「利害が一致しているうちは、悪党同士、いや、生き残り同士の手打ちってわけかい。上等だね。サハクがどんな高尚な理念を掲げようと、あたしらが欲しいのは綺麗事の理念じゃない。部隊の穴を塞ぎ、次の戦闘から全員を確実に連れて帰るための確かなカタチだ」
そこへドアが開き、デトローフが大きなトレイに人数分のコーヒーカップを乗せて入ってきた。
「ナタル少佐、少し休んだらどうだ。いつまで画面とにらめっこしてるつもりだ。……司令、いつものマンデリンです。今日の豆は、キリマンジャロもいい焼き加減だったんですがね」
苦笑交じりに湯気の立つカップを差し出すデトローフの顔には、艦長としての厳しさと、部下の体調や艦内の隅々にまで気を配る古参兵ならではの細やかさが滲んでいた。シーマは黙ってカップを受け取り、一口口にして息をつく。
「デトローフ、リゲルのフレーム調達の件はどうなっている?」
「順調ですよ。アメノミハシラ側の実務担当者や技術者たちも、こちらの『被弾しても致命傷を避け、モジュール単位で換装する』というU.C.由来の整備思想には感心していました。効率的だが泥臭い設計だとね」
「結構。綺麗に飾られたお高くとまった機体なんて、戦場じゃ真っ先にスクラップ行きだ。……で、あの騒がしいガキはまだ暴れてたかい?」
「ええ。ロウの奴は『アメノミハシラから面白いパーツを仕入れてきたから、リゲルのスラスター周りをもう一工夫いじりたい』と言い張り、エフェメラルの推進系とグロリアのデータリンク機構を見て『これ面白い! ウチでも改修の参考にさせてよ!』と勝手に図面を写真に撮ろうとしたので、ベッカーが怒鳴りつけて追い回していましたよ」
デトローフが呆れ顔でコーヒーを煽ると、シーマはフッと口元を緩めた。
「はっ、相変わらず賑やかなことで……。行かせてやりな。あのガキの言う通り、新しい風を取り入れなけりゃ、あたしたちみたいな古臭い亡霊は、あっという間に時代の底に沈むのさね」
シーマは小さく息をつき、窓の外に広がるアーモリーワン宙域の闇を見据える。
アメノミハシラの技術とジャンク屋の足場、そして宇宙世紀から引き継いだ生存の知恵。それらが歪な形で噛み合いながら、新しい世代のための牙――リゲルの輪郭を確実に形作ろうとしていた。