プラントの軍事用新生セクター「アーモリーワン」
整然と区画整理された人工の宙域には、ザフトが誇る最新の工廠施設と軍港が広がり、その静寂は厳かな平和の象徴のように思えた。
だが、その静けさは、あまりにも容易く破られた。
リリー・マルレーンのブリッジ。
静寂を切り裂いたのは、通常警報ではなく、広域戦術データリンクを埋め尽くす異常信号の群れだった。
「――アーモリーワン工廠区画にて爆発音を確認! 続いてザフト軍の優先緊急暗号コード打電! クラスはレッド……軍港全体のロックダウンが発令されました!」
通信オペレーターの叫び声に似た報告が飛び交う。
ソファーで煙草をくゆらせていたシーマ・ガラハウは、ゆっくりと立ち上がると、鋭い眼光をメインモニターへと向けた。画面には、遠方の工廠区画から立ち上る凄まじい光と、爆発の拡散パターンが映し出されている。
「ハッ……相変わらず賑やかなことだねぇ。議長の訪問だか、オーブの代表との会談だかで厳重警戒中のはずじゃなかったのかい?」
「会談は予定通り行われていたはずです。オーブ代表カガリ・ユラ・アスハと、ザフトのギルバート・デュランダル議長……ですが、このタイミングでの爆発です。偶然にしては出来すぎている」
ナタル・バジルールが冷徹な手つきでサブコンソールを操作し、光学カメラの映像を望遠拡大する。
画面を拡大していくと、港湾区画から強引に飛び出していく数機のMS影と、それを追撃するザフトの防衛部隊の交戦光線が交錯していた。
「強奪か……」
コーヒーカップを手にしたデトローフが、渋い顔で呟く。
「ザフトの最新鋭機でしょうな。セカンドステージシリーズと呼ばれる開発計画の機体だ。インパルス、カオス、アビス、ガイア……どれもこの日のために秘匿されてきた切り札のはずですが、手塩にかけて育てた娘をまとめて拐われた格好です。2年前にもありましたな」
だが、シーマはフンと鼻を鳴らし、紫煙の向こうで細めた目をさらに険しくした。
(ここで考えるべきはどこまで波及するかだが…結局のとこ一番大きな目的は、火種を作りたいってとこか?)
「ナタル、偶発的にしては出来レースが過ぎると思わないかい? あのギルバート・デュランダルって男が、オーブの世間知らずな姫さんを招き入れたまさにその日に、お誂え向きの襲撃だ。……いくら軍港の隙を突かれたと言っても、ザフトのトップが多国のトップと一緒に命を晒すようなヘボをかますかねぇ」
「……司令、まさかデュランダル議長自らによる自作自演、あるいは容認だとお考えですか?」
ナタルが問いかけると、シーマは紫煙を吐き出しながら吐き捨てるように言った。
「あるいは、連合のタカ派が最初からデュランダルの腹の内を読んでいて、その裏を掻いたかだ。どっちにしろ、ただの泥棒が入ったなんて生易しい話じゃないよ。あいつらは、この強奪事件そのものを次の戦争を始めるための大義名分として利用し合おうとしてるのさ」
その時、ブリッジの警報音が一段低い異音を奏で始めた。
「司令、情報解析班から緊急報告です。ザフトの正規通信回線とは別に、宙域全域に異常な低周波ノイズが拡散されています」
ナタルが眉をひそめ、戦術マップ上の特定の座標を指し示した。
「ザフトの防衛部隊は『連合の特殊部隊によるMS強奪』と判断し、追撃隊を出撃させています。出撃したのは新造艦ミネルバ。……ですが、この広域ノイズの波形は、通常のニュートロンジャマーや拡散粒子によるものではありません」
「ほう……?」
(まだだ。判断材料が全然足りないねぇ…)
シーマが灰皿に煙草の灰を捨て、身を乗り出す。
「ザフトの追撃隊も、追われてる連中も気づいちゃいないノイズかい?」
「ええ。あまりにも巧妙に指向性がコントロールされています。特定の周波数帯だけを局所的にジャミングし、ザフトの早期警戒衛星の目を一時的に目くらまししていたかのようなデータパターンです。通常の連合軍やザフトの標準装備には存在しない特殊機体のシグネチャです」
「……なるほどねぇ」
シーマの脳内で、バラバラに見えたピースが急速に組み合わさっていく。
「表でド派手に暴れて機体を分捕っていったのは連合の荒事担当……ファントムペインってやつだろう。だが、そいつらの後ろで糸を引いてる『別の影』がいる。ザフトの目を盗むだけならまだしも、この広範囲な電子戦戦術……まるで『強奪犯を首尾よく逃がすため』だけに動いた裏方がいるねぇ」
デトローフがコーヒーを飲み干し、感心したように頷く。
「表の強奪犯と、裏の電子戦機……二重構造というわけか。となると、この事件の真の目的は単なる『新型機の入手』だけではないな」
「当たり前さ。兵器が一機や二機手に入ったところで、国家間のパワーバランスなんて変わりやしない。……狙いは火種だ。プラントの喉元で最新兵器を奪われたとなれば、ザフトの軍部は黙っちゃいられない。国民の感情も一気にタカ派へ傾く。デュランダルが平和主義者の顔をしながら裏で手綱を引いているとしたら、見事なマッチポンプじゃないかい」
シーマの読みは、一部の推測に過ぎない。しかし、限られた情報だけでここまで戦争の構造を見抜く嗅覚に、ナタルも背筋が伸びる思いだった。
「二年前のヤキン・ドゥーエで世界は平和になったんじゃなかったのかねぇ? カガリやデュランダル議長様とやらがどれだけ綺麗な言葉を並べ立てたところで、裏じゃこれだ。兵隊を磨き、新型を仕込み、影の刺客を放ち合う……反吐が出るほど変わっちゃいない」
「司令、我が艦隊の対応は? このまま静観を維持しますか? ミネルバは強奪された機体を追い、アーモリーワンを離脱しつつあります」
ナタルの問いに、シーマは冷徹に言い放った。
「静観に決まってるだろ。火中の栗を拾うような真似をするほど、あたしたちはお人好しじゃないよ。ザフトが面目を潰されようが、連合の泥棒猫が逃げおおせようが、知ったこっちゃないさね」
シーマはそう言いながらも、鋭い視線をモニターの戦術マップから外さなかった。
「だが……データは一滴残らず拾い集めておきな。特に、さっきの『影の電子戦』の波形だ。表の戦場に姿を現さない怪物が、この宇宙にはまだウジャウジャ潜んでやがる。ザフトか、連合の別動隊か、あるいはサハクのような第三勢力か……誰が糸を引いているにせよ、そいつらの牙がいつあたしたちに向けられるか分かったもんじゃない」
デトローフが静かに頷く。
「ザフトも連合も信用できませんな。結局のところ、連中が求めているのは平和ではなく自分たちに都合の良い支配だ。今回の事件で、溜め込まれた毒素が表に吹き出したに過ぎません」
「ああ、そうさね」
シーマは立ち上がり、ブリッジの窓越しに、遠くへ消えていくミネルバの推進光を見つめた。
その光の先には、再び戦火に巻き込まれていく世界と、持たざる者たちを呑み込む理不尽な嵐が待っている。
「……ナタル。ロウやアメノミハシラとの連絡ラインを維持しな。『リゲル』の量産と配備を急がせるんだ。被弾に強く、確実に兵隊を生かして帰せる足をね」
「了解しました。……新しい戦争が、始まりますね」
ナタルの静かな呟きに、シーマは新しい煙草に火をつけ、紫煙を高く吹き上げた。
「始まったんじゃない。終わってなんか、最初からいなかったのさ……。あたしたちも、また忙しくなりそうだよ」
アーモリーワンの闇の奥深く、目に見えぬ悪意の糸が絡み合う中で、新生シーマ艦隊は、冷酷なまでに静かに、次なる嵐への牙を研ぎ始めていた。