ユニウスセブンを巡る混乱はさらに激しさを増していた。
コロニーの破砕作業を進めるザフト軍の最新鋭艦「ミネルバ」のブリッジ内では、絶え間なく警報と激しい報告が飛び交っていた。
「艦長! デブリ帯D-4宙域にて戦闘反応! 自軍の過激派と見られる機体群が、民間避難艇へ攻撃を開始した模様!」
「なんですって!? この土壇場において、民間人を撃つというの!?」
副官アーサー・トラインの悲鳴のような報告に、艦長タリア・グラディスは美貌を歪ませて叫んだ。
ミネルバのブリッジモニターには、落下のカウントダウンと無数の危険デブリ、そして過激派テロリストの機影が不気味に赤く点滅している。
「アレックス、レイ、シン、ルナマリア! 各機、破砕作戦を継続しつつ、可能なら過激派を制圧し民間艇を保護し――」
タリアが命じかけたその時、CICのオペレーターが目を見開いて声を張り上げた。
「待ってください! D-4宙域に高機動反応多数! 謎のMS部隊が介入! 過激派の弾幕を強引に遮断し、民間避難船を庇うように陣形を展開しています!」
その頃、ガナーザクウォーリアを駆るルナマリア・ホーク、インパルスガンダムのシン・アスカ、ブレイズザクファントムで戦線に立ち破砕作業を行っていたレイ・ザ・バレル、そしてアレックス・ディノとしてザクウォーリアに乗り込み指揮を執っていたアスラン・ザラもまた、その異様な光景に目を見張っていた。
「……何だ、あの部隊は!?」
ザクウォーリアのコックピットで、アスランはメインモニターに映し出された戦闘データと光学映像をズームアップした。
ユニウスセブンの崩落現場という極限の地獄絵図の中、ザフトの過激派テロリストと交戦しているMS群。重厚な装甲を持つ見覚えのある機体――「ゲルググ」、そして見慣れぬ高機動指揮官機「グロリア」。
その動きは恐ろしいほど洗練されており、無駄がない。何より、民間船を守るように鉄壁の陣形を維持して戦っている。
『ミネルバへ! あいつら、ザフトでも連合でもないぞ!』
シンの鋭く不機嫌そうな声がインパルスの通信から飛ぶ。
『テロリストどもと撃ち合ってるみたいだが……あの旧式みたいなMS、なんだってあんなに動きがいいんだ!? 陣形の組み方も普通じゃないぞ!』
『……間違いない、あの機体はゲルググだ…』
アスランは息を呑み、即座にザクウォーリアの照準を外した。
前大戦の終わり、ヤキン・ドゥーエの地獄のような戦場で、共に死線をくぐり抜け、泥を舐めながら命を拾い上げた「あの艦隊」の姿がアスランの脳裏に鮮明に蘇っていた。
『シン、待て! 絶対に攻撃するな! あの部隊は――!』
アスランは即座にオープン回線へ切り替え、切迫した声で叫んだ。
『こちらザフト、アレックス・ディノ! 応答してくれ! シーマ司令、ナタル少佐! あなた方は救助活動を行っているのか!?』
グロリアのコックピットで指揮を執っていたクララが、驚きに目を見張る。
「! ザフトのザクから……アスランさん!?」
直後、「リリー・マルレーン」のブリッジからシーマの割り込み通信が入った。シーマはソファーに深く腰掛けたまま、くわえ煙草の煙をゆったりと吐き出し、通信モニターの向こうのアスランへニヤリと不敵な笑みを向けた。
『ハッ相変わらず不器用でクソ真面目な坊やかい。おまけに偽名とは訳アリかい?アレックス・ディノ?』
『シーマ司令……! やはりあなたたちでしたか!』
アスランの表情に、驚愕と確固たる安堵の色が走る。前大戦で互いの背中を守り合ったシーマたちが今なお健在であり、この惨劇の中で動いているという事実。
『どうしてこんな危険な宙域に……!』
『見ての通りさ。クライン派の弱虫どもから「命を助けてくれ」と泣きつかれてね。足元で震えてる民間人とお客さんを拾い集めてるところだよ。お前さんたちが大層な大義名分でコロニーを叩き割ってる陰で、潰されかけてる虫ケラをね』
『……っ』
アスランは言葉を失った。シーマの言葉は相変わらずトゲだらけだったが、彼女たちがやろうとしていることは紛れもない「命の救済」だった。かつてヤキンでそうだったように、彼女たちはいつだって泥を舐めながら命を拾い上げてきたのだ。
『アレックス・ディノ!』
ナタル・バジルールが厳格な声で通信に割り込む。
『無駄話をしている暇はない! 我々は民間艇の救出と過激派の抑止に専念する。あなた方は本分であるコロニーの破砕作戦に集中しろ! ただし、我々の救助ルートにデブリを流すな! 邪魔をするなら、ザフトであろうと容赦なく叩き落とす』
『……了解した、ナタル少佐! 救護宙域のデブリ排除は、こちらでも可能な限りバックアップする! シン、レイ、ルナマリア! 俺たちは破砕作業に戻るぞ! あの部隊は味方だ、絶対に手を出すな!』
『えっ!? あ、味方って……何なんですかあの部隊!? アレックスさん、知り合いなんですか!?それにアスランって』
ルナマリアが戸惑いと驚愕の声を張り上げる。ザフトの最新鋭MSである自分たちがデブリと過激派の対処に苦慮している中で、あのような旧式交じりの部隊が一切の隙もなく完璧な救難オペレーションを展開しているのだ。
『チッ……なんなんだよ、あの動き……! ザフトの正規軍より手慣れてやがる……!』
シンもまた、悔しそうに歯噛みしながらも、グロリアを中心としたゲルググ隊の見事な連携に見とれざるを得なかった。
ブレイズザクファントムのコックピットで冷静に戦況を分析していたレイ・ザ・バレルもまた、冷徹な眼光でモニターに映るゲルググ隊の弾道と位置取りを見つめていた。
『……完璧な陣形補正だ。指揮機のデータリンクと広域レーダーを中核にして、各機がコンマ一秒の遅れもなくフォローに入っている。敵の撃破ではなく“生存”と“民間艇への射線妨害”だけに全リソースを割いている……恐ろしい手腕だ』
レイの冷静な分析に、アスランが力強く頷く。
『ああ……あの部隊は前大戦、命を救うために戦い抜いた人たちだ。俺たちの邪魔にはならない』
一方、ミネルバのブリッジでも、その通信のやり取りを聞いていたタリア艦長が驚愕に目を見張りつつも、すぐに腹を括った。
「……全艦に通達! D-4宙域の救援部隊への射撃を厳禁とする! 本艦は破砕作業に専念し、彼らの救護ルート上のデブリを主砲で払え!」
「は、艦長!? よろしいのですか!?」
焦るアーサーに対し、タリアは毅然と言い放った。
「あの宙域で、今本当の意味で命を救おうとしているのはあの人たちよ。私たちに邪魔をする権利なんてないわ!」
ミネルバ隊の面々は混乱と敬意が混ざり合った複雑な想いを抱きながらも、見事な手際でテロリストを無力化し、民間船を次々と牽引していくゲルググ隊の圧倒的な「現場力」を目に焼き付け、自らの任務である破砕作業へと戻っていった。
「ふん……相変わらず青臭い坊やだねぇ。偽名を使って何しようとしてるのやら。クララにはあとで腹芸の対応も覚えさせなきゃいけないねぇ」
シーマはそう呟きながらも、満足そうに煙草を灰皿へ押し付けた。
だが、戦場はなおも過酷を極めていた。
「ナタル少佐、救援隊のゲルググ3番機、プロペラントタンクの圧力が急上昇! 冷却ラインにデブリの破片が接触した可能性があります!」
ブリッジのCICが叫ぶ。
「ベッカーに繋げ! 艦内ドックの予備モジュールを用意させておけ! 3号機を強引に引き戻して三分で換装させる! クララ軍曹、3番機の後退に合わせてグロリアの火器で接近する巨塊デブリを砕け! 誰も死なせるな! 全機生きて母艦へ連れ戻すんだ!」
「了解! 3番機、後退! 落ちてくる岩塊はグロリアが全部叩き割る!」
普段の冷静沈着なナタルからは想像もつかないほど激しい、だが極限まで正確なその指示。それは言葉どおり「部下を絶対に死なせない」という執念そのものだった。
そのナタルの鬼気迫る背中と、モニターの中で泥臭く、しかし生き生きと必死に命を繋ごうとする若者たちの姿を、シーマとデトローフは傍らで静かに見守っていた。
デトローフが静かに温かいコーヒーを含み、隣のシーマへ穏やかな視線の向けた。
「……いい顔になりましたな、ナタルも。そしてあの若者たちも」
シーマはふっと口元を緩めた。
「へっ……まったくねぇ。最初は死に損ないの集まりだったあたしたちが、気付けばこっちの世界の人間まで一緒になって血眼で命を拾い集めてる」
デトローフは深く頷き、窓の外の狂乱する暗黒の宇宙を見つめた。
「この二年……決して無駄ではありませんでしたな、シーマ司令。自分たちが泥を舐めながら繋いできた命と整備思想が、しっかりとあの子たちの中に根を張っている」
「……ああ。そうさね」
シーマの胸の奥に、かつて宇宙世紀で仲間を次々と失い、泥沼の戦場を一人で背負っていた頃には決して味わえなかった、温かく確かな実感が込み上げていた。自分が声を荒げて直接指示を出さずとも、この艦隊は、この意志は、もう倒れることはない。
だが、人間のささやかな救難活動や決死の抵抗を嘲笑うかのように、ユニウスセブンの巨体は大気圏の重力圏へと無慈悲に呑み込まれていった。
ザフト軍やミネルバの決死の破砕作業により、コロニー自体は幾つもの巨大な破片へと分解されたものの、その「隕石の雨」を完全に止める術はなかった。
赤く熱せられた巨塊群が大気圏を突破し、地球の各地へと降り注ぐ。
直後、広域通信回線から流れ込んできたのは、地球上で巻き起こる絶叫と、大津波、そして都市が瞬時に壊滅していく破滅の映像だった。
「……落ちたか」
デトローフが静かに目を閉じる。
救助活動を完璧に完遂し、傷ついた救援艇と全機無事に生還した小隊を無事に収容したリリー・マルレーンのブリッジには、重苦しい沈黙が立ち込めていた。
大きく息を吐き出し、全身汗だくになりながらオペレーションを終えたナタルの元へ、パイロットスーツ姿でブリッジに戻ってきたクララが歩み寄る。
「少佐……! ナタル少佐の正確なナビゲーションとグロリアのデータリンクがなかったら、わたしたち、途中でデブリとテロリストに呑まれていました……! ありがとうございました!」
ナタルは乱れた髪を手でサッと払い、いつもの厳格な表情を取り戻すと、小さく頷いた。
「礼には及びません。あなたの現場での指揮と判断が迅速だったからです。……で、最終報告は?」
「は、はい! クライン派の連絡艇を含む民間船4隻、損傷した作業艇2隻を無事収容。救助者総数、三百四十二名。……救援小隊、全機帰還! 死者、ゼロです!」
その報告を聞いた瞬間、ナタルの肩の力がふっと抜け、ごくわずかに安堵の笑みが浮かんだ。
「よくやりました、クララ軍曹」
シーマはソファーからゆっくりと立ち上がると、クララの頭を無造作にわしゃわしゃと撫で、ナタルの肩を軽く叩いた。
「地球がどれだけ燃え上がろうが、あたしたちが今日拾い上げた三百四十二の命は、確実に明日へ繋がった。……お前たち、上出来だよ」
シーマはメインモニターに映る、赤くくすんで燃える地球を見つめた。
ユニウスセブンの落下。それは単なる自然災害でも、一過性のテロでもない。
この惨劇を絶好の口実として、地球連合のタカ派はザフトへの憎悪を煽り立て、ザフトもまた全面開戦の口実を得るだろう。両陣営が溜め込んできた毒が、ついに世界全土を呑み込む大火となる。
「だが見な。世界はもう、引き返せないところまで墜ちたよ」
シーマの呟きに、ナタルが手元の端末を閉じ、冷徹で確かな瞳で頷いた。
「ええ。連合とザフト……世界規模の全面戦争が再開されます」
「分かってるなら上々だ」
シーマは不敵な冷笑をその唇に浮かべ、暗い宇宙の向こうを見据えた。
「連中がどれだけ壮大な大義で世界を燃やし尽くそうと勝手さね。……ナタル、アメノミハシラに連絡を入れな。リゲルのロールアウトを急がせるんだ。これから始まる本当の地獄を乗り切るための足が、一刻も早く要る」
「了解しました」
「あたしたちはあたしたちのやり方で、この狂った時代の底を泥臭く這いずり回って、全員で生き残って見せるさ」
新しい戦争の火蓋が、ついに切って落とされた。
世界が再び地獄の炎に包まれていく中で、新生シーマ艦隊は、守るべき命と確固たる意志を胸に抱き、静かに次なる戦域へと舵を切った。