ユニウスセブンの落下の衝撃は、全世界を激震させた。
地球連合とザフトによる全面戦争の再開――双方が憎悪を燃やし尽くそうとする狂乱の渦中、中立国オーブの首長たるカガリ・ユラ・アスハは地球連合との同盟を選択する。それは亡きウズミ・ナラ・アスハが掲げた「他国の戦いに干渉せず、他国の侵略を許さず」という理念を自ら踏みにじる決断でもあった。
だが、それに真っ向から異を唱える男装の麗人がいた。
アメノミハシラ――宙域にそびえるオーブの宇宙拠点。
その漆黒の謁見の間で、ロンド・ミナ・サハクはメインモニターに映し出される地球の惨状を見つめていた。その傍らには、彼女の賓客として招かれたシーマ・ガラハウとナタル・バジルールが静かに佇んでいる。
「カガリは弱すぎた。連合の圧力に屈し、理念を売り渡し、オーブを再び他国の戦争の道具へと貶めた」
ミナの低い声には、静かな怒りと絶対の意志が宿っていた。
「だが、オーブの真の理念は滅びぬ。我が名はロンド・ミナ・サハク。我が意思、我が理念に従う者たちとともに、この歪んだ世界に『宣言』を発する」
ミナは振り返り、シーマとナタルへ視線を向けた。
「シーマ・ガラハウ。ナタル・バジルール。そなたたちの『命を拾う』戦いぶり、実に見事であった。クライン派の避難船を救い出し、過激派の暴挙を抑え込んだ現場の技量……アメノミハシラとしても、サハクの将としても惜しみない賛辞を送ろう」
「へっ……大層な褒め言葉どうもねぇ、ミナ様」
シーマは紫煙をゆるりと吐き出し、唇の端を吊り上げた。
「あたしたちは泥を舐めて生きてきたただの亡霊さね。綺麗事の理念で国を動かすような上等な器じゃないよ。……で? その『天空の宣言』とやらで、世界をどう料理する気だい?」
「理念に生き、自らの意思で生きる者に、国家や陣営の縛りなど不要。我が理念に賛同する者、そしてただ己の命を守り、正しく生きようとする者すべてを、アメノミハシラは庇護する。……世界がどれほど戦火に包まれようと、我が領域を侵す者はことごとく討ち払う」
ミナの言葉に、ナタルが背筋を伸ばし、冷静な眼光で問いかける。
「サハク代表。それは地球連合およびザフト双方を同時に敵に回すことを意味します。アメノミハシラ単体での防衛および補給線には限界がある。……我々シーマ艦隊にも、それ相応の役割を求められるということですね?」
「察しが早くて助かるよ、ナタル少佐」
ミナは薄く微笑むと、手元のコンソールを操作した。
「そなたたちには、我が宣言の『実力行使の一翼』を担ってもらう。……来てもらおうか。そなたたちの新たな『足』が、すでに産声を上げている」
アメノミハシラの中央特務兵器工廠。
重厚なエアロックが開くと、そこには眩いばかりの作業用照明に照らし出された巨躯が鎮座していた。
「……ほう」
シーマの瞳が、珍しく歓喜と鋭い興味に揺れた。
そこにそびえ立っていたのは、ゲルググの無骨なシルエットを残しつつ、アストレイ系のフレーム構造とC.E.の最新技術を融合させた、剛健にして機能美を湛える標準量産機――『リゲル』であった。
「……これが、リゲルですか」
パイロットスーツに身を包んだクララ軍曹が、息を呑んでその姿を見上げる。
黒と濃紺を基調とした実用本位のカラーリング。背部には多目的に換装可能な高効率スラスターユニットが設置され、胸部には重要区画を確実に保護する増設装甲が施されている。
ドックのデッキから作業着姿のメカニック長・ベッカーが手すりを叩いて身を乗り出し、得意げな大声を上げた。
「ハッ! 当たり前だクララ! こいつはただの改修機じゃねぇ! アメノミハシラのアストレイ系フレームに、俺たちが宇宙世紀で培った『パーツの互換性と現場での自己修復能力』を極限まで叩き込んだ、艦隊の新たな標準量産機だ!」
ベッカーが整備用端末のデータを展開しながら、ナタルとシーマへ熱弁を振るう。
「主武装は連射性と扱いやすさを優先した標準ビームライフルと、近接・自衛用のビームサーベル。背部ユニットは用途に応じ即座にパージ可能で、デブリ帯での救難活動から警戒護衛、戦闘までを確実にこなすマルチロール機だ! 無茶な高出力は出ねぇが、徹底的なモジュール化と重装甲で『何があっても壊れにくく、生きて帰れる』タフさは随一だぜ!」
ナタルが端末の数値を緻密に確認し、深く満足そうに頷いた。
「素晴らしい完成度です、ベッカー技師長。高い整備性、扱いやすさ、そして戦線を維持するためのデータリンク能力……我々の『部下を生かして連れ戻す』戦術思想が完璧に形になっている」
ミナが歩み寄り、シーマの隣に立った。
「このリゲルは、我がアメノミハシラの技術と、そなたたちの泥臭い現場の英知が結実した信頼の機体だ。シーマ・ガラハウ、この機体を誰に任せる?」
シーマは頼もしい顔つきで見上げるクララに視線を送り、不敵に口元を緩めた。
「リゲルは順次、うちの若手パイロットたちへ配備していくさね。そしてクララ!」
「は、はいっ!」
「お前は引き続き愛機の『グロリア』で部隊全体を指揮しな。このリゲルたちが真価を発揮できるよう、戦術データリンクでしっかりと命の綱を繋いでやるんだよ」
「了解しました! このグロリアとみんなの力で、絶対に誰も死なせません!」
「アホか」
シーマが無造作にクララの額をデコピンではじいた。
「肩の力を抜きな。『絶対に』なんて力むんじゃないよ。生きて帰ってきてこそ、あたしたちの勝利さね。……分かったかい?」
「……っ、はい! 全員で生きて帰ります!」
クララは涙ぐみながら額を押さえ、力強く敬礼した。
その直後、世界へ向けて歴史的な放送が流された。
『――我が名はロンド・ミナ・サハク』
アメノミハシラから放たれた無差別超広域通信が、地球連合、ザフト、そしてオーブ本国のすべてのモニターを強制的にジャックした。
ミナの誇り高く厳格な声が、宇宙と地球の隅々にまで響きわたる。
『世界の指導者どもに問う。力によって他者をねじ伏せ、憎悪によって世界を焼き尽くすことが、そなたらの望む未来か。世界がどれほど混沌に墜ちようとも、我らは屈しない。己の理念に従い、正しく生きようとする者を、アメノミハシラは全面的に支援し、庇護する。……我が領域を侵し、理念なき破壊を撒き散らす者には、容赦なき鉄槌を下すものと知れ!』
「天空の宣言」――。
この圧巻の声明は、世界中の陣営に激震を走らせた。
地球連合軍のタカ派(ファントムペイン)はこれを「不快な叛逆」と見なし、ザフトの最高評議会議長ギルバート・デュランダルは静かな興味と警戒を深める。そして、ミネルバの艦長タリア・グラディスやアスラン・ザラもまた、アメノミハシラの確固たる覚悟に目を見張っていた。
だが、この宣言を「弱小勢力の戯言」と侮り、速やかに踏み潰そうとする不穏な影が動いていた。
「……報告! アメノミハシラの警戒宙域境界線にて未確認MS部隊を検知! 連合軍の非正規特殊部隊および、混乱に乗じた宇宙海賊の混成部隊です! 数は12!」
「ハッ、言ったそばからハエどもが集まってきたかい」
「リリー・マルレーン」のブリッジで、シーマがニヤリと冷笑を浮かべた。
ナタルが間髪入れずにコンソールを叩き、迎撃体制を敷く。
「敵機はアメノミハシラの民間物資搬入ルートを狙っています。……クララ軍曹! 愛機『グロリア』で出撃! ゲルググ隊2機を率いて敵部隊をアメノミハシラ領域外へ排除しろ!」
『クララ軍曹、グロリア! 出撃します!!』
カタパルトから解き放たれた『ガーベラ・テトラ・グロリア』は、背部のスラスターから優美かつ力強い推進光を吹き出し、漆黒の宇宙へ滑り出した。
「グロリア、全システム順調……! 哨戒データリンク起動!」
コックピットのマルチディスプレーに、周囲のデブリの動きと敵機の精密な座標データが瞬時に展開される。
敵の海賊機(ジャンク品で補修されたジンや、ダガー系の改造機)が実体弾やビームを拡散させながら襲いかかる。
『ハハッ! たった3機で出てくるとは生意気な! 囲んで叩き潰せ!』
「させない!!」
クララはグロリアの広域センサーとデータリンク機能をフル稼働させ、迫り来る敵機12機の射撃軌道を瞬時に計算・解析した。
「ナタル少佐! 敵部隊の回避・連携パターンを解析しました! データを『リリー・マルレーン』およびゲルググ隊へ転送します!」
『了解! データリンク確認。クララは中央で敵の射線を誘導、ゲルググ隊は両翼からピンポイントで追い落とせ!』
ナタルの精密な指揮と、クララ(グロリア)の広域電子戦・データリンク能力が完璧な噛み合いを見せる。
クララはグロリアの安定した機動性と重装甲を生かして敵の攻撃を最小限の旋回で凌ぎつつ、確実な牽制射撃で敵陣形を分断。無理な単機突撃はせず、司令塔として後方のゲルググ隊へ的確な射撃ポイントを指示し続ける。
個人の力に頼るのではない、**「崩れない隊形」と「グロリアを中心としたデータリンク連携」**によって、敵部隊は手も足も出ずに包囲・無力化されていく。
「誰も殺させない……! これが、わたしたちの戦い方です!」
グロリアの指示のもと、ゲルググ隊の的確な射撃が敵機のスラスターや関節部だけを寸分違わず撃ち抜き、戦闘不能へ追い込んでいく。圧倒的な連携の前に、わずか数分で敵部隊の過半数が無力化され、残存機は足並みを乱して命からがら撤退していった。
戦闘終了後。
指揮官機として見事な連携を主導し、アメノミハシラのドックへ安全に着艦したグロリアの姿を、謁見の間のモニターから見届けていたロンド・ミナ・サハクは、満足そうに深く頷いた。
「見事だ。個の力に頼らず、強固な連携とデータで戦場を支配する……まさに我が『天空の宣言』の基盤を支えるに相応しい指揮の冴えだな」
シーマはソファーで脚を組み直し、くわえ煙草をあつあつのコーヒーで湿らせながら言った。
「ふん、まだ初陣さね。これから世界はどんどん狂っていく。連合もザフトも、あたしたちみたいな邪魔者を消そうと本格的に動き出すだろうよ」
ナタルが手元のデータ端末をスライドさせ、静かに、しかし力強く告げる。
「ええ。ですが我々のやるべきことは変わりません。グロリアと配備が進む新造量産機リゲル、そして新編されたシーマ艦隊の力をもって、戦火に巻き込まれる弱者を救い、我々の生きる道を切り拓くだけです」
ミナは二人に向かい、優雅に、そして力強く手を差し伸べた。
「頼もしい限りだ。シーマ・ガラハウ、ナタル・バジルール。……この狂った時代の底で、我らの威光と理念を世界に示そうぞ」
「へっ……威光なんて上等なもんはミナ様にまかせるよ。あたしたちは泥臭く、死なずに生き残るだけさ」
シーマはその手を取って不敵に笑い、ナタルもまた静かに敬礼を返した。
乱世の嵐が強まりゆく中、新生シーマ艦隊は確実な指揮を執るグロリアと新鋭機「リゲル」とともに、時代の舞台へと力強く足を踏み出したのである。