巨大な廃船やコンテナ船が複雑に組み合わさった『ジャンク屋組合・定期市船団』の内部。喧騒に満ちた資材市場を一巡りし終えた頃、案内役のロウ・ギュールが何気ない調子で振り返った。
「そういや艦長さんたち、泊まる場所とか決めてんの?」
シーマ・ガラハウは咥えた煙草を唇で弄び、肩をすくめる。
「まだ決めちゃいないねぇ。プロペラントと食料の補給が済むまでは、どこかで艦を休ませたいとは思ってるけどさ」
「だったら、このドック使えばいいよ」
ロウはまるで「天気がいいね」とでも言うような当たり前さで言った。
「補給が終わるまでなら、ちょうど大型コンテナ船の隣に空いてる区画がある。停泊料も、初めての客だから勉強して安くしとくぜ!」
その言葉に、一行の少し後ろを歩いていた治安責任者の士官が、苦々しい顔で眉をひそめた。
「おい、ロウ」
低く制する声だった。
「そんな簡単に許可を出すな。所属不明の軍艦だぞ」
ロウは振り返り、困った様子もなくケラケラと笑う。
「大丈夫だって。この艦なら問題ねぇよ」
「何を根拠に言う」
「勘」
即答だった。
あまりにも迷いのない返答に、デトローフは思わず眉をひそめ、治安責任者は額に手を当て、宇宙を見上げるように深く大きなため息をついた。
「……お前のその勘は、時々当たりすぎるから厄介なんだ」
責任者はしばらくの間、冷ややかな笑みをたたえるシーマと、その背後に立つデトローフたちを見つめた。やがて観念したように小さく肩をすくめる。
「分かった。責任はお前が持て」
「任せとけ!」
ロウは親指を立てて笑った。
シーマはそのやり取りを眺め、口元だけで笑った。
海賊としてでもなく、軍人としてでもない。ようやく、この船団に「商売相手」として迎え入れられたのだ。
シーマは紫煙をゆっくりと吹き吐き、ロウへ視線を向けた。
「いい仕事だったよ、ロウ」
一瞬だけロウは目を丸くした。
だがすぐに照れ隠しのように頭を掻き、大きく笑う。
「へへっ、そう言ってもらえると嬉しいな!」
「ああ、それと、ロウ」
「ん?」
「艦に残ってる連中にも、飯を回してやりたい。当直がいるんでねぇ」
ロウは笑顔のまま親指を立てた。
「もちろん! 持ち帰りもできるぜ!」
「酒もあるかい?」
「当然!」
「じゃあ当直明けの連中の分まで頼むよ」
「了解!」
ロウは近くの露店食堂へ向かって、威勢よく大声を張り上げた。
「おーい! 持ち帰り二十人分追加! 酒も多めにな!」
その声に、店の奥から「あいよっ!」と威勢のいい返事が飛ぶ。すかさず主任整備士ベッカーが口を挟んだ。
「酒より肉だ! 肉を増やせ! 油の足りねぇ肉じゃ力が出ねぇ!」
「勤務中の者もおります。酒はほどほどに願いますぞ」
デトローフが苦笑しながら首を振ると、シーマが煙草の灰を弾きながら笑った。
「じゃあ、当直明けの楽しみに取っといてやんな」
艦長の一言に、部下たちから小さな笑いが漏れた。
ロウはそのまま足を止めず、ご機嫌な足取りで振り返る。
「そうだ、今夜メシでもどう?」
「ほう?」
「市場の食堂。うまい店知ってんだ」
シーマは煙草を指で弾き、口元を悪戯っぽく歪めた。
「奢りなら行くよ」
「当然!」
「言ったねぇ?」
「もちろん!」
そんな他愛もないやり取りを交わしながら、一行は市場の中央食堂へと向かった。
重い扉を押し開けて食堂へ足を踏み入れると、それまで賑やかだった店内がわずかに静まり返った。
「知らねぇ軍艦の連中だ」
「どこの勢力だ?」
「あの艦、連合でもザフトでもねぇぞ」
興味と警戒の入り混じった視線が、一斉にシーマたちへ集まった。シーマ達も聞こえている。
デトローフが店内を一瞥した。
「見られておりますな」
シーマは紫煙を吐き、肩をすくめる。
「見せてやりな。隠そうとする方が怪しまれる」
ロウはそんな空気など気にも留めず、店の中へ声を張る。
「大丈夫! 俺の客だから!」
その一言だけで十分だった。
「ああ、なんだロウの客か」
「なら問題ねぇ」
視線はすぐに逸れ、店内には再び酒と笑い声が戻っていく。
シーマは静かに煙を吐いた。
(軍は敵にも味方にもなる。だが商人は違う。利益になるなら、明日には敵とも握手する)
軍隊という組織の欺瞞と裏切りをいやというほど味わってきたシーマにとって、その割り切った現実はむしろ心地よかった。
(……そういう連中なら、付き合いやすい。悪くない商売になりそうさね)
席に着き、しばらくすると香ばしく焼き上げられた肉料理や新鮮な宇宙野菜が運ばれてきた。久方ぶりのまともな酒に舌鼓を打ち、笑い声の絶えない食事はあっという間に過ぎていった。
食堂を出ると、船団内の通路にはまだ多くの人々が行き交い、あちこちで作業機械の駆動音や金属を打つ甲高い音が響いていた。酒場へ向かう者、夜通し整備を続ける者、積み荷を運ぶ者――誰もがそれぞれの仕事に追われている。
ロウに先導されながら歩くうち、一行はやがてリリー・マルレーンが繋留されたドックへと戻ってきた。
巨大な艦体は無数の係留ケーブルに支えられ、ジャンク屋船団の雑多な艦艇に囲まれながらも、どこか堂々とした存在感を放っている。
ロウは艦を見上げ、感心したように口笛を鳴らした。
「帰る場所があるっていいよな。」
シーマは答えない。
ただ静かにリリー・マルレーンを見上げる。
(……帰る場所、か。)
「シーマさんたちって、ナチュラルなのか? それともコーディネイターなのか?」
シーマの足が、ほんのわずかに止まった。
「……なんだって?」
「いや、気になってさ。連合でもザフトでもないだろ?」
ロウは悪びれもせず続ける。
「俺たちの知ってる軍人なら、大体どっちかだからな」
シーマは煙草を咥え直し、しばらくロウを見た。
「……お前さん、面白いことを聞くねぇ」
「変な質問だったか?」
「いや」
シーマは紫煙を吐き出した。
「ただねぇ――あたしらは、そもそもこの世界の人間じゃないのさ」
「……え?」
ロウの表情が固まった。
「この世界の人間じゃないって……どういう意味だ?」
「そのままの意味さ」
シーマはそれ以上説明しなかった。
「だから、ナチュラルだのコーディネイターだの言われても、あたしらにはピンと来ないんだよ」
「……別の場所から来たってことか?」
「そういうことにしておきな」
シーマは笑った。
「それ以上は聞かないほうが、お互いのためだよ」
「……分かった」
ロウは少し考え込んだものの、それ以上は追及しなかった。
そして数秒後。
「まあ、どっちでもいいか!」
「……は?」
「シーマさんたちが何者だろうが、ちゃんと金払って、ちゃんと仕事してくれる客なら問題ねぇだろ!」
シーマは目を丸くし――やがて、くつくつと笑った。
「……本当に、お前さんは面白い小僧だねぇ」
そこにロウが思い出したように口を開く。
「そういやさ」
「ん?」
「最近、プラントが変な艦を探してるって噂が流れてるんだ」
シーマの目が、ほんのわずか鋭くなる。
「変な艦?」
「ああ。どこの所属か分からねぇ軍艦らしい。IFFの応答もなくて、データベースにも登録がないってさ。市場でもちょっと話題になってる」
シーマは何事もなかったように煙草を咥え、ゆっくりと笑った。
「……面白い話だねぇ」
だが、その瞳だけは静かに細められていた。
この世界で初めて得た「信用」。
だがその頃すでに、どこかで「所属不明の軍艦」を追う者たちが動き始めていた。
ジャンク屋船団の夜は遅い。あちこちのドックでは夜通し溶接の火花が散り、荷役用クレーンが唸りを上げ、酒場からは笑い声が絶えることはなかった。
リリー・マルレーンもまた、その喧騒の中で静かに係留されたまま、束の間の休息を得ていた。
そして一夜が明ける。
ジャンク屋船団の人工光が「朝」の周期を示し始めた頃、赤い作業服を着たロウ・ギュールが、データ端末の契約書を片手にリリー・マルレーンのタラップを威勢よく登ってきた。
「おう! 艦長さん、正式にドック使用と物資取引の契約をしようぜ!」
簡易応接スペースで、シーマ・ガラハウは咥えた煙草の紫煙を細く吹き出しながら、手元のホログラムシートに表示された契約条項を眺めた。
「へぇ……案外きっちりしてるじゃないか、ロウ。」
「へへっ、こう見えてもジャンク屋は信用が一番の商売だからな! 曖昧な約束で後から揉めるのはお互い損だろ?」
ロウはニカッと笑い、自らのデジタル署名をサラリと書き込む。その横に立っていた治安責任者の士官が、腕を組んだまま低く言った。
「ロウが全面的な保証人だ。……規程通り、期限内のプロペラント補給とドック解放、および指定資材の売買を許可する」
「ハッ、重い保証人様だねぇ」
シーマは煙草の灰を灰皿へトントンと落とし、口元に不敵な笑みを浮かべて端末にサインを走らせた。
「いい契約だ。……デトローフ、手配を始めな」
「了解いたしました」
契約の成立と同時に、リリー・マルレーンが繋留されたドック全体が、爆発的な熱気と活気に包まれた。
バチバチバチッ!と青白く激しい溶接の火花が宇宙を散る。
無数の作業用クレーンアームが交錯し、大型コンテナ船から引き出されたプロペラント用配管や汎用ケーブルが、リリー・マルレーンと三機のゲルググMへと次々と接続されていく。
ドックの中央では、ロウの駆るワーク・ジンが豪快にエンジン音を響かせ、巨大なクレーンアームで「ある機体」を吊り上げていた。
――シーマ・ガラハウの専用機、高機動型MS『AGX-04 ガーベラ・テトラ』。
デラーズ紛争の戦闘による損傷と、プロペラント枯渇によって沈黙していた紅き機体が、大型作業アームによって慎重に整備ドックのフレームへ固定されていく。
「おい! そこ! 慎重に扱え! 主冷却系のパイプを切るんじゃないぞ!」
主任整備士ベッカーが、デッキの手すりから身を乗り出して怒鳴り散らしていた。その足元へ、工具箱を担いだロウがタラップを跳び越えてやって来る。
「おっちゃん! この規格の電子制御カプラーなら、こっちの汎用ジャンクションボックスがそのまま噛ませられるぜ!」
「なんだと!? 見せろ……よし、使える! おい野郎ども、このインターフェースを三番回路に割り込ませろ!」
そこからは、まさに圧巻の「技術交流」だった。
宇宙世紀の職人技と、コズミック・イラの高度な電子・素材技術。互いの知識と経験が、激しい火花とともに交錯する。
「おいロウ! なんでこんな細い配線コード一本で、メインカメラのアクチュエーターが動くんだ!? 耐電流のキャパがおかしいだろ!」
「逆に聞くけどさ、おっちゃんたちのこの油圧配管の太さなんなんだよ!? こんなゴツいパイプ、どんだけ高圧でプロペラント流してんだよ!」
ハハハッ!と、オイルと汗にまみれた二人の親父と青年が、作業台を挟んで顔を見合わせて爆笑した。
「でもな、この手作業で削り出された油圧バルブのおかげで、うちのワーク・ジンのトルクが15%も上がったぜ!」
「ふん、こっちだってその怪しい変圧チップのおかげで、ゲルググのサブメイン回路が焼き切れずに済んだんだ。お互い様だな!」
その光景を、少し離れたキャットウォークから、シーマはゆっくりと煙草を吸いながら見下ろしていた。
高圧ガスが噴き出す音。
金属が擦れ合う高い響き。
怒鳴り散らす整備兵たちの声と、それ以上に大きく響くジャンク屋たちの笑い声。
そして、少しずつ、だが確実に息を吹き返していく自分たちの艦とモビルスーツ。
(……悪くない)
シーマの胸に、どこか温かく、そして奇妙な感覚が込み上げていた。
ここは軍隊ではない。ジオンでも、連邦でも、シーマ艦隊を「使い捨ての道具」として扱った冷酷な組織のどこでもない。だが、この荒っぽく粗暴な連中は、確かにこの殺伐とした宇宙で自分たちの「居場所」を作り、助け合って生きている。
……自分たちがずっと、欲しくてたまらなかった場所。
(……フン、柄にもないことを考えちまったねぇ)
シーマは苦笑し、紫煙を宇宙の闇へ溶かした。
作業が一段落した頃。
オイルまみれの顔をしたベッカーが、手垢と汗で汚れた手袋を外しながらキャットウォークへ持って上がってきた。
「艦長。」
振り返ると、ベッカーが工具で汚れた手を拭いながら近づいてきた。
「応急修理は順調だ。この世界の部品も思った以上に使える。」
「そうかい。」
シーマは煙草の煙をふわりと吐き出した。
「今すぐ大改修なんて話じゃねぇ。だが……」
ベッカーはドックで整備中のガーベラ・テトラへ視線を向ける。
「もう少し設備の整った場所が見つかりゃ、いろいろ試せることはありそうだ。」
その一言だけだった。
無骨な技術者の目に宿る、飽くなき探究心と野心。
シーマは小さく笑う。
「欲が出てきたかい。」
「職人なんてそんなもんだ。」
「違いない。」
ベッカーは照れくさそうに頭を掻くと、再び怒鳴り声を上げながら整備班の輪へ戻っていった。
シーマは煙草を壁の灰皿へ揉み消し呼び止める。
「ベッカー」
「無茶はするんじゃないよ。」
すると
ベッカーは笑って
「無茶じゃねぇ。職人ってのは、面白ぇ仕事を見ると止まれねぇんだ。」
「……まったく。」
(この世界の技術か……。)
今はまだ、傷ついた艦と機体を動かし続けるだけで精一杯。
だが、生き延びられるのなら。
この世界の技術も、この世界の人間も、自分たちの力に変えていけるかもしれない。
その小さな可能性だけが、静かに胸へ灯っていた。