朱き蜉蝣の残光   作:ゆのじさん

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第7話

『ジャンク屋組合・定期市船団』のドックでは、息の長い整備作業が休むことなく続いていた。

 

バチバチと飛び散る青白い溶接の火花が、暗い宇宙空間に幾重もの光の軌跡を描き出す。大型作業アームに固定された『ガーベラ・テトラ』は、破損した右肩の装甲が引っ剥がされ、コズミック・イラの耐熱複合合金を用いた応接用装甲板が丁寧に貼り合わされていた。高圧プロペラントラインの接合部からは、漏れチェック用の白いガスがプシューッと音を立てて噴き出している。

 

隣のドック区画では、三機のゲルググMの脚部スラスターやメイン出力カプラーの交換が進み、リリー・マルレーンの艦底からは極太のプロペラント給油ホースと水・食料の搬入パイプが蛇のように伸びていた。

 

「おい、四番ブロックのクーラント圧力チェック! 漏れはねぇか!?」

 

「問題なし! 電波シールド線、結線完了しました!」

 

整備兵たちの威勢のいい怒鳴り声と、金属を打つ鎚音がドック内に心地よく響き渡る。傷つき、漂流していた海賊艦隊が、着実にその牙と翼を研ぎ澄ましつつあった。

 

キャットウォークでその光景を眺めていたシーマ・ガラハウのもとへ、作業用ワイヤーを伝ってロウ・ギュールがひょっこりと顔を出した。

 

「おう、艦長さん! 整備は順調みたいだな!」

 

「おかげさまでねぇ、ロウ。あんたのところの工具はなかなか使い勝手がいいよ」

 

シーマが咥えた煙草の灰をトントンと弾くと、ロウは思い出したように頭を掻いた。

 

「ああ、そうだ。プロフェッサーが艦長さんたちに会いたがってるんだ。『少し気になる話がある』ってさ。工房まで来られるか?」

 

「プロフェッサー……ジャンク屋組合の顔役の一人だったねぇ」

 

シーマは背後に立つデトローフ・コッセルと視線を交わした。デトローフは静かに頷き、腰のホルスターの位置を微調整する。

 

「分かったよ。お偉方のお呼び出しとじゃ、断る理由もないさね」

 

船団の最も奥まった区画にある、巨大なトレーラーハウスのような研究工房。雑多なデータ端末や未知の機体パーツがうずたかく積まれた一室で、知的な雰囲気を纏った女性――プロフェッサーは、静かにホログラムモニターを操作していた。

 

「遠いところを申し訳ありませんね、シーマ艦長」

 

プロフェッサーは振り返り、優雅なお辞儀とともに温かい茶を差し出した。だが、その眼鏡の奥にある瞳は、観察者の鋭さを秘めている。

 

「本題に入らせていただきます。……実は先日、少し気になる情報が入ってきましてね」

 

ホログラム表示が切り替わり、とある暗号化通信のログが浮かび上がる。

 

「プラント内部の政治勢力……いわゆる『クライン派』と呼ばれるグループが、極秘裏に『ある部隊』を探しているようなのです」

 

「ほう?」

 

シーマは何事もないように茶を口へ運び、細い目でモニターを眺めた。

 

「『先日の宙域で、ザフトの偵察用ジンを退けた所属不明のMS部隊』……。彼らはその部隊の身元と、接触手段をなりふり構わず探し回っています」

 

その言葉に、横に立っていたロウが「あっ!」と大きな声を上げた。

 

「そういや、それってあんた達のことじゃねぇの!? ジンを追い払ったって言ってたし、バッチリ条件重なってるぞ!」

 

「さあねぇ、知らないよ」

 

シーマは即座に吐き捨て、フッと鼻で笑ってみせた。

 

「あたしたちはしがない運送屋と鉄くず拾いさ。そんな大層な軍人様と間違われても困るねぇ」

 

見事なまでの白切り方だった。

 

プロフェッサーはシーマの白々しい嘘を追及することなく、穏やかな笑みを崩さなかった。

 

「ふふ、まあそういうことにしておきましょう。ですが、クライン派にあなた方と敵対する意思はありません。彼らが求めているのは『対話』……そして、地球連合とも現在のザフトとも異なる『第三の可能性』です」

 

プロフェッサーは一歩歩み寄り、声を低くした。

 

「もしご興味がおありなら、彼らとの仲介の場を設けることもできますが……?」

 

シーマの目が、冷たく細められた。

 

軍隊という組織が、どれほど調子のいい言葉で他者を抱き込み、最終的に使い捨てにしてきたか。その泥を舐め尽くしてきたシーマにとって、「敵対意思はない」という言葉ほど信用できないものはない。

 

「今は必要ないね」

 

シーマは煙草を唇に挟み、冷徹に言い放った。

 

「それにあたしたちの居場所も、艦の所在も、教える気はないねぇ。どこの馬骨かも分からない連中の口車に乗るほど、あたしたちはお人好しじゃないんだ」

 

「……慎重なのは素晴らしいことです」

 

プロフェッサーは深追いをせず、静かに手を引いた。双方の間に、見えない火花のような駆け引きの緊張感が漂っていた。

 

リリー・マルレーンへ戻ったシーマは、すぐさま執務室にデトローフとベッカーを集め、極秘の艦内会議を開いた。

 

「……というわけだ。クライン派とかいうプラントの政治勢力が、あたしたちを探してる」

 

シーマの報告を聞き、副官デトローフは即座に強い懸念を示した。

 

「危険です。我が艦隊の存在がその『クライン派』とやらに露呈すれば、巡り巡ってザフト本国や地球連合軍にも捕捉されかねません。接触は避けるべきかと」

 

「だがよぉ、デトローフ!」

 

主任整備士ベッカーが、拳を握りしめて身を乗り出した。

 

「プラントってのは、あのイカした技術や高性能な電子チップを作ってる本家本元なんだろ!? クライン派って連中と繋がれれば、うちのガーベラやゲルググをさらに化けさせられる高度なパーツや工作機が手に入るかもしれねぇんだぞ!」

 

「技術のために艦隊を危険に晒すのか、ベッカー!」

 

「生きて帰るための技術だと言ってるんだ!」

 

二人の議論が紛糾する中、シーマは黙って煙草をふかしていた。

 

連邦にも、ジオンにも見捨てられた自分たち。このコズミック・イラという未知の宇宙で、いつまでもただ逃げ回っているだけでは、いずれジリ貧になって追い詰められる。

 

だが――自ら罠の中に飛び込む愚も冒せない。

 

「……静かにしな、二人とも」

 

シーマの低く重い声に、室内が一瞬で静まり返った。シーマはゆっくりと灰皿に煙草を押し付け、不敵で獰猛な笑みを口元に浮かべた。

 

「……急いで答えを出す必要はない」

 

「向こうが本当に話したいなら、もう一度来るさ」

 

『ジャンク屋組合・定期市船団』のドックでは、息の長い作業がいよいよ終盤を迎えていた。

 

巨大なプロペラント給油ホースがリリー・マルレーンから手際よく切り離され、重厚なバルブが閉ざされる。三機のゲルググMの脚部スラスターからは新しいクーラントが満たされ、応急修理を終えた『ガーベラ・テトラ』も、その真紅の装甲を鈍く光らせながらカタパルトの固定アームへと戻されていた。

 

食料や弾薬、各種消耗品の搬入もほぼ完了し、艦隊はいつでもエンジンを点火して出航できる状態にある。

 

デッキで最終点検を終えたベッカーが汗を拭っていると、タラップを駆け上がってくる激しい足音が響いた。赤い作業服を着たロウ・ギュールが、息を切らせながら飛び込んでくる。

 

「ハァ……ハァ……! 艦長さん! プロフェッサーが急ぎで来てくれって!」

 

「ほう?」

 

キャットウォークで煙草をふかしていたシーマ・ガラハウは、ゆっくりと視線を落とした。

 

「落ち着きな、ロウ。急ぎの要件ってのは何だい?」

 

「とにかく工房だ! 今度は単なる情報提供じゃない……正式な話があるって!」

 

再び訪れたプロフェッサーの工房。雑多な機械に囲まれた空間の雰囲気は、前回とは打って変わって張り詰めた緊張感に包まれていた。

 

「よく来てくださいました、シーマ艦長」

 

プロフェッサーは静かな手つきで中央のホログラム投影機を操作した。青白い光の中に、一人の少女の立体映像と、暗号化された通信文が浮かび上がる。

 

「今回は、ただの情報提供ではありません。……クライン派より、あなた方へ正式な『依頼』が届きました」

 

「依頼ねぇ……」

 

シーマは目を細め、ホログラムに映し出された桃色の髪の少女を見つめた。

 

「プラントの前評議会議長シーゲル・クラインの娘……ラクス・クライン。彼女が避難の途中で行方不明となりました」

 

「クライン派の象徴とも言える歌姫か」

 

プロフェッサーは深く頷く。

 

「ええ。現在、ザフト本国と地球連合軍の双方が彼女の捜索に動いています。ですがクライン派としては、どちらの手にも渡したくない。彼女の救助、もしくは所在の確認……それが今回の依頼内容です」

 

シーマは煙草をくわえ直し、フッと短い息を吐いた。

 

「……プラントの歌姫を助けろってかい。大層な仕事を振ってくれたもんだねぇ」

 

ここからが、宇宙世紀の修羅場をくぐり抜けてきたシーマ・ガラハウの本領発揮だった。ただの情や言葉巧みな理想論で動くほど、彼女は甘くはない。

 

「で? 報酬は?」

 

シーマの容赦のない問いに、プロフェッサーは手元のデータを参照しながら答えた。

 

「相応の資金が提示されています。あなた方が当面の活動を続けるには十分すぎる額の金銭です」

 

だが、シーマは冷たく鼻で笑った。

 

「足りないねぇ」

 

「資金では不服ですか?」

 

「この荒れ果てた宇宙で、紙切れや数字データなんてものがどれだけ役に立つんだい? あたしたちが欲しいのは、もっと確実で生々しいものさね」

 

シーマは煙草を指で挟み、プロフェッサーの目を鋭く見つめ返した。

 

「補給の優先権。ドックの定期的利用。そして……このジャンク屋船団で、あたしたちが傭兵として自由に活動するための『公式な推薦状』。……それらを揃えてもらう。それが受託の前金だ」

 

その要求に、居合わせたロウが「うわっ……!」と声を漏らした。単なる金銭ではなく、この世界における自給自足の基盤と、「裏の市民権」を丸ごと要求したのだ。

 

「……分かりました。クライン派の担当者へ確認を取ります」

 

プロフェッサーは通信機に向かい、暗号化回線でプラント側との打診を開始した。

 

工房内に静寂が訪れる。

 

回答を待つ間、ロウは落ち着かない様子で部屋の中をウロウロと歩き回り、ベッカーは腰のホルダーから外した工具を意味もなく弄びながら、じっと床を見つめていた。デトローフは微動だにせず、シーマの背後に控えている。

 

ピピッ――と、通信受話の電子音が静寂を破った。

 

プロフェッサーが受話器を耳から外し、ホログラムの暗号が解けていくのを確認する。そして、ゆっくりとシーマに向き直った。

 

「……条件は、すべて『了承』とのことです。前金としての補給枠と船団での推薦状は、クライン派のルートを通じて保証されます」

 

その言葉を聞くと同時に、シーマは咥えていた煙草を灰皿へ強く揉み消した。

 

「交渉成立だ」

 

口元に、野心と自信に満ちた笑みが浮かぶ。

 

ただの漂流者から、自らの足で立つ「傭兵」へと生まれ変わった瞬間だった。

 

工房を後にし、リリー・マルレーンのブリッジへと戻る通路。

 

「最後にラクス・クラインの救難信号が確認された宙域までは?」

 

「現在速度なら約二時間です。ザフト艦隊と地球軍の反応もあります」

 

デトローフの報告に、シーマは静かに頷いた。

 

「時間との勝負だ。急ぐよ」

 

「はっ」

 

リリー・マルレーンの主推進器が低く唸りを上げる。

 

静かにドックを離れた艦は、『ジャンク屋組合・定期市船団』を後にして、ラクス・クラインの最後の通信記録が残る宙域へと針路を向けた。

 

艦橋に緊張が満ちる中、索敵士官の声が響く。

 

「艦長。前方宙域に熱源反応。モビルスーツ一機……いえ、所属不明機です」

 

「映せ」

 

メインスクリーンに映し出されたのは、一機の白いモビルスーツ。その腕には、小型の救命ポッドが大事そうに抱えられていた。

 

「……救助中か」

 

シーマが目を細めた、その瞬間。

 

「新たな熱源多数!」

 

「高速接近! ザフト艦隊!」

 

警報が艦橋に鳴り響く。

 

そしてスクリーンの彼方には、白い機体を追うように迫る複数の機影が浮かび上がった。

 

「……どうやら、間に合ったようだねぇ」

 

シーマは煙草を灰皿へ押し潰し、静かに立ち上がる。

 

「総員第一戦闘配置」

 

宇宙は再び、戦場へと姿を変えようとしていた。

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