漆黒の宇宙を、リリー・マルレーンが静かに進む。
主推進器の青白い噴射だけが、静寂の海に淡い尾を引いていた。
主推進器が吐き出す青白いプラズマ光だけが、音のない静寂の海に細く淡い光の尾を引いている。
艦内は航海微速に切り替えられ、照明も夜間周期の薄暗い減光モードに落とされていたが、ブリッジに漂う空気は異質な緊張感に満ちていた。
索敵コンソールに向かう士官が、目まぐるしく変化するセンサーの波形に視線を落とし、淡々と情報を整理して音声を上げる。
「目標宙域まで残り三分」
「広域レーダー、周囲デブリ群に反応なし。慣性航行を継続中」
「……それにしても、相変わらずノイズが酷いですな。ミノフスキー粒子……ではありませんが」
傍らに立つデトローフが、コンソールの表示を見つめながら自嘲気味に苦笑した。
「この世界ではニュートロンジャマーだったか」
シーマは煙草をくわえたまま肩をすくめた。
「ハッ、名前が違うだけで索敵泣かせなのは同じさね。目隠しされた状態で宇宙を泳ぐなんざ、海賊時代から嫌というほど味わってきたさ」
艦橋に小さな笑いが漏れる。
しかし、それも長くは続かなかった。
「艦長!」
索敵士官が声を張り上げる。
「高エネルギー反応! 距離八千! 熱源および光学センサーに多数の反応を感知!」
「モビルスーツ戦です! スラスター光多数!」
空気が一瞬で緊張に跳ね跳ぶ。
シーマは即座に立ち上がった。
「映像を寄せな。何が起きてる」
「はっ、光学映像拡大します!」
メインスクリーンへ映し出された宇宙。そこでは一機の白いモビルスーツが、小型の救命ポッドを守るように曳航していた。
「……民間機じゃないねぇ」
シーマが細めた目で機体を観察する。
細身の白い装甲、背部スラスター、そして手にしたライフル。どれも、この世界で見たジンとはまるで違う。
「新型か」
ベッカーが興味深そうに呟く。
その瞬間、警報が甲高く鳴り響いた。
「新たな熱源感知! 敵機、増援を展開! 白い機体を取り囲むように包囲網を形成中!」
次々と赤い光点がスクリーンへ現れる。白い機体を取り囲むように展開する機影。
「ザフト機です! 識別応答、IFF反応なし! 解析を開始します!」
オペレーターの指先が鍵盤の上を爆発的な速度で滑る。
「未確認機四!ザフト機ではありません!……それに指揮官機のシグー……!」
シーマが眉を動かした。
「未確認機?」
映像が拡大される。
青、緑、黒、赤。四機の見慣れぬ機体が、ザフト部隊と共に白い機体を追っていた。
デトローフが低く呟く。
「……見たところ、単なる鹵獲機や現地改修機ではありませんな。あの四機、ザフトのジンやシグーとは根本的なフレームが異なっている」
「いや」
シーマは静かに首を振る。
「あれは違う」
その動き、推力、武装。どれもザフトの機体とは設計思想が根本から異なっていた。
「面白い連中がいるじゃないか。ザフトの正規軍の中に、あんな怪しげな機体が混じって暴れ回ってるとはねぇ」
白い機体は、救命ポッドを庇うように自らの装甲で牽制砲火を受け止めながら、必死にこの包囲網の突破口を探し求め、スラスターを限界まで防ぎ続けていた。だが、多勢に無勢であることは誰の目にも明らかだった。このままでは数分ともたずに撃沈されるだろう。
その凄惨な戦闘を見つめながら、シーマは煙草を灰皿へ深く押し付けた。
紫煙が消え失せると同時に、シーマの瞳に野獣のような鋭い光が宿る。
「さて」
シーマの口元が、獰猛で不敵な笑みへと歪んだ。
「クライン派が金と権力を積んでまで助けたがってる『歌姫』ってのは……あの大層なポッドの中にいるらしいねぇ」
艦橋に静かな熱量と緊張が走る。
シーマはゆっくりと指揮席へ腰を下ろした。
「これより本艦は救援介入行動に入る!MS隊、発進準備」
「対空砲火、各座火器コントロールを自動追尾から手動へ切り替え!」
ブリッジのオペレーターたちが一斉に叫び、艦内各所に赤色の戦闘警報が鳴り響く。
リリー・マルレーンのカタパルトでは、真紅のガーベラ・テトラと三機のゲルググMが、静かに起動を始めていた。
「初仕事だ。景気よくいこうじゃないか。」