ダンジョンに愛を求めるのは間違っているだろうか   作:新グロモント

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01:アスクレピオス医療院

オラリオの一角に、静かに佇む医療院がある。

 

主神アスクレピオスのファミリアが運営する医療機関兼ファミリアホーム。冒険者たちはそこを、畏敬と恐怖を込めてこう呼んだ。

 

――オラリオ最後の砦。

 

アスクレピオス・ファミリアは医療において非営利を掲げ、貧困層にも門を開く数少ない存在だ。金がなくても治療を拒まない。孤児、娼婦の子、スラムの子供、身寄りのない老人……彼らにとって、この医療院は“生きていい場所”だった。

 

ファミリアの眷属は四名+α。全員が独自の医療技術を持ち、主神の権威を高めるために日々働いている。その中でも、ひときわ……いや、他の眷属と同様に異彩を放つ男がいた。

 

紫の縦ラインが入った鉄仮面を被る冒険者――ボンドルド。

 

彼はオラリオで孤児院を経営している。冒険者という死と隣り合わせの稼業で、親を失った子供たち。娼婦に捨てられた子供。名前すら持たずスラムで生きる子供。彼らを拾い、集め、育てる。言葉を教え、文字を教え、学問を教え、生きる術を教える。そして、未知を探求し追い求める冒険者へと育てる。その行いは神々すら認めるほどだった。

 

本来なら、こうした孤児院の運営は街の統治者――ウラノスの管轄であるべきだ。だが、オラリオの行政はダンジョン管理と治安維持で手一杯であり、孤児院のような“利益にならない施設”に手を伸ばす余裕はない。だからこそ、ボンドルドのような冒険者が自費で運営してくれることに、誰も文句を言わなかった。

 

「おやおやおや、講義中に居眠りとはいけませんね。そんなことではオラリオで生き残れませんよ。シャッコ、イータン」

 

「ごめんなさい、ボンドルド先生……」

 

起こされて素直に謝る子供たち。眠たそうな目をこすりながら、それでも必死に学ぼうとする。彼らの夢は、ボンドルドのような冒険者になり、困っている人を救うことだ。

 

そして――医療系ファミリアにつきまとう“汚名”を返上すること。

 

アスクレピオス医療院は、確かに最後の砦だ。誰もが見捨てた者を、ここだけは受け入れる。犯罪者であろうと、身分がなかろうと関係ない。命に忖度はつけない――それがこの医療院の崇高な精神だった。命を大事にするというギルドの基本方針にも完全マッチする素晴らしい方針でもある。

 

だが、その精神は時に恐れられ、時に批判される。“死なない医療”という噂は、救いと同時に狂気を孕んでいた。

 

そして今日も、運び込まれてくる冒険者がいる。

 

「いやだ……頼むよ……ここだけは嫌だ……! 俺は自力で治せる! ステイタス更新したらレベルアップして……何とかなるかもしれない! 離せぇぇぇぇぇ!」

 

「暴れるな! 無理だ! ミノタウロスとやり合って重傷だぞ! 死んでないだけで……長く持たないのは分かってるだろ!」

 

弱小ファミリアはオラリオに数多い。彼らは日銭を稼ぐためにダンジョンへ潜り、モンスターを倒す。だが、普段安全マージンを取って戦う彼らが、不運にもダンジョン五階層で“本来いないはずの強敵”に遭遇した。

 

その強敵がロキ・ファミリアの遠征の影響であったとしても、ダンジョンで起きたトラブルである以上、責任は誰にも問えない。ダンジョンでは自分の身は自分で守る――それが鉄則だ。文句があるならファミリア同士で解決する事が決まりだ。勿論、圧倒的に格上でオラリオに2大ファミリアともいえるロキ・ファミリアに喧嘩を売れればという前提が付く。

 

瀕死の重傷者――アーロン。想定外のダンジョンでのトラブルから仲間三名を無事帰還させた英雄だが、弱小ファミリアにとっても十分替えは効く存在だ。高価なポーションを使い救うメリットは少ない。だからこそ、彼も医療院に運び込まれてきた。

 

だが、アスクレピオス・ファミリアは、そんな彼でも見捨てない。

 

ボンドルドは受付へ歩み寄る。他の医師に患者を取られないように。この医療院では患者は“早い者勝ち”であり、患者側に医師を選ぶ権利はない。

 

「おやおやおや、これは重症ですね。アスクレピオス医療院アビス棟院長のボンドルドです。もう安心してください。では、アビス館へご案内します」

 

「よっし! 大当たりだ! 喜べ、アーロン!」

 

瀕死のアーロンは涙を浮かべた。アスクレピオス医療院の中でも“比較的まとも”な医師に当たったのだ。死の淵からの治療で魔法やスキルを失う可能性があっても、生き残れるなら十分だ。

 

アーロンはボンドルドに連れられ、手術室へ入る。特製の麻酔で眠らされ、何が行われるかを患者は何も知らない。知っていたとしても、選択肢はない。

 

ボンドルドは自ら調合した ステイタス確認薬 を使い、容態を確認する。どこまで耐えられるか。どんなスキル・魔法を持っているか。

 

「よいステイタスです。地道な冒険をされていたのでしょう。それに……ファイアボルトをお持ちでしたか。こちらで有効活用させてもらいます。――精神隷属機(ゾアホリック)のちょっとした応用です。血縁の子供が丁度オラリオに来ておりますので、プレゼントに活用させてもらいます。プルシュカと同じく、光輝く魂を持つ者の役に立つのですから本望でしょう」

 

魔法が発動すると、アーロンの魂から魔法が剥離される。淡い光が舞い、一冊の 魔導書(グリモア) へと姿を変えた。

 

本来、精神隷属機(ゾアホリック)は、自身のすべてを一冊の魔導書(グリモア)に変換し、血縁に引き継ぐための常軌を逸した魔法だ。だが、その過程で様々な応用方法が開発された。一例として、“記憶だけを継承させる魔導書(グリモア)を作成する”技術。研鑽の上、他人の魔法の一部を魔導書として引き抜くことも可能となっていた。もちろん、魂が不安定であるなどの条件が必要だが、瀕死の治療はその条件を満たす。

 

この世界で唯一の能力。知るのは主神と同僚のみ。

 

そして治療が始まる。“生きている限り、絶対に死なせない”――その言葉が嘘ではないと分かるほどの精密な手技と魔法。折れた骨を繋ぎ、神経や臓器を縫い合わせ、回復魔法 と自作ポーションで補強する。高レベル回復魔法や 高価なポーション がなくても、命は救える。

 

「おやおや、片肺は深刻なダメージですね。ですが、貴方は運が良い。先日、闇派閥の方から日頃の治療のお礼にと、彼等の名を語り下らない犯罪を犯していた愚か者が寄付されました。同年代くらいの冒険者の肺ですので、丁度よいでしょう」

 

ボンドルドは部下のアンブラハンズに指示し、地下の共通資材置き場から必要な部位を持ってこさせる。この世界の恐ろしい所は、片肺を失っても高レベル回復魔法や高価なポーションで再生できることだ。つまり、何度でも新鮮な臓器が取り出せる“畑”にできる。

 

良い畑を維持するため、アスクレピオス医療院では各院長が独自の医療技術を用いて延命治療を施している。決して楽に死ねることはない――それだけは断言できる状態で管理されていた。なぜなら、その畑に住むクオンガタリという危険生物が丁寧に管理をしているからだ。

 

罪人に罪はあっても、血や肉、臓器には罪はない。世界の貴重な資源を尊重し、大切に扱う慈悲の心が彼らには確かにあった。おかげで院長たちの魂の色は、何色にも染まらず輝いている。その真っすぐで歪みのない輝きは、あのフレイヤですら理解を拒むほどだ。

 

こうしてまた一人、オラリオの冒険者が命拾いした。

 

「これも主神のお導きです。これからもオラリオの安全をよろしくお願いしますね」

 

「こちらこそ……本当にありがとうございます、ボンドルド先生……!」

 

アーロンは一週間、アビス館で絶対安静となる。その間、他では見られない治療と、見たこともない食事が待っている。

 

なぜなら――。

 

「ただいま、パパー! 今日も大量だったわ! 『水キノコが寄生したタケグマ』を生け捕りにしてきた! プルシュカ、偉い?」

 

銀髪の幼い冒険者が医療院へ駆け込み、ボンドルドに飛びついた。

 

「はい、とても偉いですよ。よくできました。それに、今日も無事に帰ってきたようですね。お帰りなさい、プルシュカ」

 

アスクレピオス・ファミリアの七不思議――眷属は全員“子持ち”である。あれほどイカれた連中なのに、全員が子持ち。つまり、独身冒険者はある意味、彼らに劣るということだ。

 

 

□□□

 

アーロンは病室の外を眺めていた。そこには孤児院が併設されている。これが、オラリオで良い意味でも悪い意味でも有名な孤児院――イドフロントだ。集めた子供を冒険者としてダンジョンに送り込み、ピンハネしているなどと噂される原因にもなっている。

だが、その実態を目の当たりにして、彼は考えを少し変えた。

 

入院患者の世話をしているのもその孤児たちだ。肌色、髪質、言葉遣い、服装……どれも粗末ではなく、むしろ丁寧に育てられているのが分かる。

 

「へぇ~、ここじゃ犬までいるのかよ。俺がいた村より孤児院の方が幸せそうだな」

窓の外では、プルシュカと同じくらいの子供が遊び、大型犬まで加わっていた。実に微笑ましい光景だ。

 

「アレキサンダー。それ、プルシュカのおやつ! あんまり悪戯するとニーナちゃんに叱ってもらうわよ!」

 

ニーナ・タッカー――キメラ棟の院長ショウ・タッカーの実の娘だ。キメラ棟はスキルや魔法の喪失はしないが、人間をやめる可能性が極めて高い。過去には人間が猫人や狼人に“変えられた”例もあるという。たまに性別まで消滅したり、変更される可能性も秘めている。人間の無限の可能性を引き出してくれる病棟だ。

 

アーロンは、自分がファイアボルトを失ったことを思い出す。だが――命が助かった。それだけで十分だと、彼は自分に言い聞かせた。

 

………

 

アビス棟での食事は、独特と言うにふさわしい。今までの人生で見た事もないような食材が使われている。入院患者の世話も行うプルシュカの料理の腕は、そこそこだ。

 

「運がよかったわね。プルシュカがダンジョンから帰っていなかったら、行動食4号くらいしか用意できなかったんだから。今日のお昼は、孤児院の子供達と一緒に作った奈落シチュー! ダンジョンで取れたてのお魚だよ」

 

「えっ!? ダンジョンって、こんな魚取れるの? モンスターは魔石になって消えるはずなんだけど、どういう事?」

 

人工物であるダンジョンでは、食料の類は基本的に存在しない。深層には例外もあると噂されるが、少なくともアーロンの知識では、こんな子供が行ける階層で新鮮な魚が取れるなど聞いたこともない。

 

だが、プルシュカは流石に自分のスキルの影響だとは口にしなかった。

 

ボンドルドとプルシュカの二人しか持っていないレアスキル――《メイドインアビス》。その存在を知る者は、まだ少ない。

 




お盆休みの時間を使い、脳内で温めていた物語を形にしてみました。
まだまだ見切り発車の部分も多いですが、長い目で楽しんでいただければ幸いです。

『ダンまち』は長編作品であり、本作がどこまで進むのかは現時点では未定です。
原作理解が至らない点もあるかもしれませんが、どうか温かく見守ってください。

物語の主軸はオラリオになりますので、迷宮で血煙が舞うような大規模戦闘はあまり登場しない予定です。
あくまで“医療系ファミリア”――見境なく、しかし真摯に命と向き合う医師団の活躍を描いていきます。

これからも、彼らの物語にお付き合いいただければ嬉しいです。

一人目の名医:ボンドルド
二人目の名医:ショウ・タッカー
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