ダンジョンに愛を求めるのは間違っているだろうか 作:新グロモント
迷宮の楽園。
その場所が「迷宮の楽園(アンダー・リゾート)」と呼ばれる理由は、その光景を目の当たりにすれば誰もが納得する。本来ならば死と隣り合わせの地獄であるはずの地下世界に、突如として地上と見紛うばかりの豊かな生態系が広がっていた。岩肌からは清廉な水が滝となって流れ落ち、瑞々しい植物が群生している。そして、そこには冒険者たちが休息の地として築き上げた宿場街「リヴィラの街」が、逞しくも異質な活気を放っていた。
頭上を見上げれば、本来は分厚い岩盤に覆われているはずの地下に、不思議と温かな光が満ちている。天井に群生する発光鉱石が、まるで天の祝福を模したかのように、この人工の楽園を隅々まで照らし出していた。
軽やかな足取りで、弾むようにプルシュカがその地に降り立つ。彼女の小さな手には、先ほど討ち取った階層主ゴライアスの戦利品――重厚な輝きを放つ「ゴライアスの硬皮」がしっかりと握られていた。
「えへへ、プルシュカ一番乗り~」
「プルシュカ。あまり急ぐと転びますよ。……あの方たちのように」
そこにはボンドルドたちよりも僅かに早く、命からがら逃げ込んできたベル・クラネル一行の姿があった。そして、その傍らで静かに佇んでいるのは「剣姫」アイズ・ヴァレンシュタイン。血に塗れ、肩で息をするベルたちのグループと、彼らと見覚えのある親子冒険者の姿を、彼女は無機質ながらもどこか案じるような瞳で見守っていた。
「あ、えっちな服の食いしん坊のお姉さんだ! こんにちは!」
「……こんにちは。プルシュカ、で合ってる?」
ボンドルドは流れるような所作で倒れ込む者たちの元へ歩み寄り、診察を始める。仮面越しに放たれるその眼差しは冷徹でいて、同時にどこか慈愛に満ちているようにも感じられた。「医療院」の院長として、傷ついた者を癒やすことは彼にとって絶対の責務だ。もちろん、彼が提供する高度な治療には相応の「対価」が伴う。だが、ここで命を落とす絶望に比べれば、その代償など安いものだと誰もが本能で理解していた。
「えへへ、やっと覚えてくれた! こんにちは、アイズお姉ちゃん!」
「あれ?名前知ってたんだ」
アイズ・ヴァレンシュタイン。迷宮都市オラリオでも一、二を争うほどに名の知れた、雲の上の存在。だがプルシュカにとって、彼女が自分の名前を呼んでくれるまでは、あくまで「エッチな服のお姉さん」という認識だった。それはプルシュカなりの、子供らしい親愛の裏返しでもあった。
そのやり取りの最中、ボンドルドは手際よくベルたちを担ぎ上げようとする。人目のない場所へ運ぼうとしたのは、彼なりの「処置」を施すためか。だが、そこへタイミング悪く【ロキ・ファミリア】の本隊が姿を現した。
先頭に立つのは、小人族(パルゥム)の勇者――フィン・ディムナ。オラリオ最強の一角を担う派閥の団長が、鋭い観察眼で場を制圧する。
「怪我人かい? なら僕らのキャンプへ運ぶといい。遠征の帰りだが、予備のポーションくらいなら融通しよう。……それにしても、このタイミングでここにいるということは、君たちが階層主を倒したのかな? 『リトル・ルーキー』君たちの奮闘を期待していたが、ドロップアイテムは彼らが目覚めたら返してあげてほしいな」
「嫌よ。これは、パパとプルシュカが頑張って手に入れたものだもん。何もしないで倒れてただけの冒険者に、一ヴァリスだって分ける理由はないわ!」
フィンは誤解していた。ベル・クラネルたちが死に物狂いでゴライアスを撃破し、後から来たボンドルドたちが戦利品だけを回収したのだと。
「残念ながら、今回のゴライアス討伐においてベル・クラネル一行の寄与は皆無です。故に、ドロップアイテムの所有権は正当に我々に帰属します。さて、積もる話もありますが……。医師として、目の前の患者をこれ以上放置するわけにもいきません。ロキ・ファミリアのテント、ありがたくお借りしましょう」
「……構わないさ、ボンドルド院長。君がそう言うのならね」
「おやおや、私のような有象無象の名をご存じとは。光栄ですよ、『勇者』フィン・ディムナ。では、彼らの処置を終えた後に改めてご挨拶に伺いましょう。愛娘プルシュカにも、休息が必要ですからね」
監視の目の多い【ロキ・ファミリア】のキャンプ内では、
………
……
…
一眠りして元気を取り戻したプルシュカ。彼女は、都市の二大派閥による大規模遠征というものがどのような冒険だったのか、興味津々だった。街の噂でしか聞いたことのない未知の階層の話を、当事者から聞ける絶好の機会なのだから。
その冒険談を誰よりも早く本人達から聞く事が出来る。
アイズは口下手なので、話を聞くには不向きだと子供ながらに理解している。そこで彼女は、キャンプ内で一際凛々しく、かつお喋りも上手そうな「エルフの女性」を探して歩き出した。
しかし、その道中で元気なアマゾネス姉妹に捕まってしまう。ティオナ・ヒリュテとティオネ・ヒリュテ。彼女たちも派閥の幹部であり、世界でも有数の女性の第一級冒険者だ。
「あ、子供店長のところのプルシュカちゃんだ! どうしてこんなところにいるの? よしよし、相変わらず可愛いわねぇ、えへへっ!」
「こらティオナ、子供をあまり弄ぶな。……しかし、本当にこんなここまで来たんだね。団長から話は聞いたけど、中層まで来たってことは、ついに『ステイタス』を更新したのかい?」
ティオナにモチモチの頬を撫でまわされ、プルシュカはふにゃふにゃと身をよじる。
「してないわよ! 今日はパパが一緒だったからここまで来られたの。プルシュカにとっては最高の大冒険なんだから! それより、プルシュカはお姉ちゃんたちの遠征の話が聞きたいの。お話が上手そうなエルフのお姉さんを探しに来たんだから。もう、離して~!」
「あっはは、ますます可愛い! エルフのお姉さんねぇ……それってレフィーヤのことかな?」
「レフィーヤならあそこにいるよ」
姉妹に連れられてやってきたのは、金髪のエルフ――レフィーヤ・ウィリディスだった。憧れのアイズに付き従う彼女は、突然現れた「子供のゲスト」に目を白黒させている。
「うーん、プルシュカが知っているのは、もっと緑っぽくてシュッとしたエルフのお姉さんだよ。こっちの金色のエルフのお姉さんは、なんだかプルシュカとあんまり変わらない感じ……子供っぽいよ?」
「な、ななな……なんですって!? 出会い頭に失礼すぎませんか! 私だって立派な魔導士なんですよ! 全く、親の顔が見てみたいものです!」
レフィーヤの過剰な反応に、キャンプのあちこちから笑い声が漏れる。子供にまで「子供っぽい」と断じられるレフィーヤと、暗に「お姉さん」として期待されているリヴェリア副団長。対照的な評価に、周囲の団員たちもニヤニヤが止まらない。
その様子を遠巻きに眺めていたドワーフの重鎮、ガレス・ランドロックが大笑いしながら「緑のお姉さん」ことリヴェリアを呼びに立ち上がった。
「え、パパの顔が見たいの? だったらあそこでアイズお姉ちゃんと話してるよ」
「え……。あの方って、もしかして【アスクレピオス・ファミリア】の……」
視線の先を確認したレフィーヤは、すうっと血の気が引くのを感じて天を仰いだ。
かの有名なアスクレピオス医療院の院長の一人ボンドルドは、エルフ界隈でも有名だ。駆け出しの冒険者で彼等の世話になった者達は数知れず、良い意味でも悪い意味でもだ。あの特徴的な風貌と冒険者なのにレベルアップもステイタス更新も一切行わないという事でもだ。
そんな理解不能な存在が、レフィーヤが思いを寄せるアイズ・ヴァレンシュタインと会話をしている。今すぐにでもあそこに飛び込んで邪魔をすべきか。だが、アスクレピオス・ファミリアの院長クラスとお近づきになれば、噂のアイズが足ふみしたというソーマ・コンティが手に入るかもしれないと葛藤する。
そしてレフィーヤは、まずは外堀から埋める作戦に出た。
「リヴェリア様はお忙しいですから、代わりに私が遠征のお話を聞かせてあげましょう。ええと、プルシュカちゃんでしたね?」
「うん! よろしくね、金色のエルフのお姉ちゃん!」
こうして、プルシュカは着々と第一級冒険者たちとのコネクションを広げていく。その「お友達リスト」には、後にリヴェリアの名も刻まれることになるのだが、今はまだ先の話だ。
レフィーヤの話は具体的で、プルシュカは未知の冒険に目を輝かせた。下層の環境、異常なモンスター、探索の注意点。これらは本来、高額な情報料を払って手に入れるべき貴重な知識だ。特に階層主に関する情報は、まさに千金に値する。
聞き上手で、純粋に楽しそうに耳を傾ける子供を前にして、レフィーヤもついつい口が軽くなる。「どうせこの子はそこまで辿り着けないだろうし」という油断が、彼女のガードを下げさせていた。
話が盛り上がったところで、レフィーヤが少し欲を出して身を乗り出した。
「ね、ねぇプルシュカちゃん。そういえば少し前に街で噂になっていたんだけど……あの【ソーマ・コンティ】が振る舞われたって本当? 私はお酒にはあまり興味がないけれど、その、アイズさんが関係しているなら、少しだけ嗜んでみたいというか……」
「あ、フェイスレス院長が作ってくれたお酒ね! アイズお姉ちゃんが踏み踏みしたやつ!」
「パパの分も残してあるよ」とプルシュカが続けようとした瞬間、周囲の空気が一変した。殺気にも似た、異様な静寂がキャンプを包み込む。
「プルシュカちゃん。私、こう見えても【ロキ・ファミリア】でしっかり稼いでいるの。貯金やら何やら全部投げ売って、なんとか8000万ヴァリス用意するから……それで譲ってくれないかしら!?」
「甘いなレフィーヤ! 酒に対する情熱が足りんぞ! ワシはその倍、1億6000万だす!」
いつの間にか背後にいたガレスまで参戦してきた。酒の執着。冒険者たちの業の深さに、プルシュカは思わず一歩引く。お酒の魔力を知らない純真な子供にとって、彼らの形相はモンスターよりも恐ろしく見えた。
だが、ここで何か言わねば収拾がつかないことも、彼女は本能で理解していた。
「ええと、あのお酒はね……警備のお礼としてフレイヤ様に献上しちゃったの! だから欲しかったら、フレイヤ様と直接交渉してね!」
酒のために【フレイヤ・ファミリア】と全面戦争。そのあまりに馬鹿げた、しかし現実味のある選択肢に、数名が真面目に悩み出す。プルシュカは「お酒は怖いわね」と心に深く刻んだ。
その夜、フィン団長の名で「ソーマ・コンティ禁酒令」が発動された。酒一瓶のために都市最強の派閥同士が激突するなど、あってはならないことだからだ。
………
……
…
ボンドルドとプルシュカは、干渉を避けるため【ロキ・ファミリア】から少し離れた場所で野営を済ませた。翌朝、帰路に就こうとした瞬間、ボンドルドですら僅かに動きを止める光景を目撃する。
「パパ、あそこにいるのってヘスティア様……だよね? どうして神様がここにいるの?」
「……これはいけませんね、プルシュカ。触らぬ神に祟りなし。ダンジョンが神の立ち入りを禁じている理由、それを今一度思い知らされることになりそうです。ヘルメス様も同行されているようですが……。更には数名の上級冒険者。彼らはここで、何か『不測の事態』を引き起こすつもりでしょう。闇派閥(イヴィルス)より質が悪い」
ボンドルドは、底知れぬ嫌な予感を覚えていた。神に愛されたベル・クラネルと、その主神たち。そして、何かが起こった際に対処できるはずの【ロキ・ファミリア】の主力は、今まさに地上へ向けて発とうとしている。
導き出される答えは、一つしかなかった。
「どうするの、パパ?」
「ええ、ここに居てはいけない神が二人もいる。これで何も起こらなければ奇跡です。不測の事態は避けるべきでしょう。……我々も、フィン団長たちの列に混ぜていただくことにしましょう」
そうして、ボンドルドたちが安全圏へと差し掛かる頃。階層主が倒されたばかりの「迷宮の楽園」には、黒き復讐者――神を殺すための刺客が、ダンジョンの胎内から産み落とされようとしていた。
ボンドルド一家が、18層にいる。
だが、タッカー一家は、19階層に居るんですよね。
何の用事かは、これからです。