ダンジョンに愛を求めるのは間違っているだろうか 作:新グロモント
【アスクレピオス・ファミリア】のラストダイブの話を聞き、アリーゼ・ローヴェルは赤子を抱きかかえながら彼らのホームに乗り込んできた。ボンドルドの院長室のドアノブをねじ切るほどのパワーで。
彼女も年齢的に“希望がない組”に該当した。だが、希望とは他人に与えられるものではなく、自らが掴み取るものだと……そして、見事に掴み取った。まさかの大逆転を決めたオラリオでも数少ない人物だ。
事は数年前、彼女がようやくボンドルドに遠征時の件を謝罪して和解した時に遡る。例の婚活・妊活相談会の後、彼女はボンドルドに勝負を持ちかけた。「私が勝ったら、ボンドルドの子を妊娠する。私が負けたら、ボンドルドが私を妊娠させる」という勝負だ。男性であれば、勝っても負けても損がないような内容である。
ボンドルドとしても、減ってしまった
「どういうことよ、ボンドルド!! ラストダイブの話なんて一切聞いてないわよ! 私とアルケイデスを置いていくつもり!?」
「アリーゼさん。それだと私がだいぶ酷い人物に聞こえるではありませんか。元々、ラストダイブは予定しておりました。オラリオの冒険者たちが深層攻略を全く進めないため、予定が現実になっただけです」
アリーゼから託され、ボンドルドがアルケイデスをその手に抱き上げる。神とヒューマンとの間に生まれた初めての個体。当然、プルシュカ公認であり、血の繋がらない弟として可愛がられている。彼の誕生には本当に苦難の連続があり、幾度も失敗を重ねていた。
失敗の度に院長たちが知恵を持ち寄り、半年の月日をかけて半神アルケイデスの受精卵が誕生したのだ。神アストレアは、アルケイデスが普通の存在でないことに薄々勘づいているが、何も言わずに黙認していた。
「違うわ、そんなこと聞いてない! 長い付き合いなんだから、もうちょっとひとこと言うくらいあるでしょう!」
「長い付き合いだからこそ、アリーゼさんなら信じて送り出してくれると思っています。必ず帰ってきます。もうあなたは単なる冒険者ではなく、母親なのです。優先すべきことがあるはずでしょう」
感情的になっている彼女を言葉だけで納得させることは最初から諦めており、ボンドルドはアルケイデスのために用意していた弓を取り出した。どうせアリーゼが突撃してくることは分かっていたため、兼ねてより準備を進めていたのだ。
人造黒竜第一号であるメイニャの細胞を培養し、骨を形成させて弓へと昇華させた逸品である。
「これをアルケイデスにか……? 随分と大きいな。……分かった、預かろう。あの子が成長した時に渡すようにするわ。無事に帰ってくるのよ」
「勿論です。それと、定期健診の体裁で来るのは構いませんが、事前予約なしで来るのはやめてくださいね。……あと、その服とてもよく似合っています。私が贈ったイヤリングも付けてくれているのですね」
女性の心の定期メンテナンスを欠かさないボンドルド。アリーゼは弓を片手に、少し毒気を抜かれた様子で【アストレア・ファミリア】のホームへと帰っていった。
………
……
…
そして、ラストダイブ当日。
【アスクレピオス・ファミリア】のホーム前には、集まった外部参加者たちの姿があった。
【フレイヤ・ファミリア】からは、決戦兵器であるヴェルフ・クロッゾの最後の作品——“折れない魔剣”を携えた『頂天』オッタル。今度はタンクトップ一枚ではなく、しっかりとした防寒対策が施された全天候型の重装備だ。この数年も日々の鍛錬を忘れた事はなく、未だに全盛期である冒険者。
【ロキ・ファミリア】からは、前日に突如「明日から深層遠征の助っ人に行ってくれ」と言われて連れてこられた、今やオラリオ三大ヒーラーとまで呼ばれるまでに成長したニイナ・チュール。【ロキ・ファミリア】の虎の子であり、数度の深層経験も積んだ優秀な治療士だ。
そして【アストレア・ファミリア】より、急遽参加させられることになった『疾風』リュー・リオン。アリーゼの強い希望により参加することとなった。旧【アストレア・ファミリア】のメンバーの中では唯一の独身であり身軽であること、そして
「やあ、皆さん。本日はよくお越しいただきました。深層攻略へのラストダイブへのご協力、心より感謝します。では道中、歩きながら編成や役割などを説明しますので、どうぞこちらへ」
「安心してね! 外部参加者の皆が溶け込めるように、私とニイナちゃんのチームに編成するから。コミュニケーションは大事だからね!」
ボンドルドに導かれた参加者たちは、ダンジョンへ向かうのではなく【アスクレピオス・ファミリア】のホームの中へと案内された。事情を知らないニイナとリューは、遠征前のブリーフィングでも行うのだろうかと思った。
だが、先ほどボンドルドが言った通り、ブリーフィングは移動しながら行うのだ。
地下へ繋がる通路を通り、”不屈の花園”に出る。そこに広がる光景を初めて目にした者たちは、
「しっかり着いてきてね。変な場所に入ると死んじゃうから。あと、このルートのことは秘密だよ。深層まで一直線に行けるなんて広まったら面倒だからね。……ポンコツのお姉ちゃん、そこ踏み込んだら駄目だよ! クオンガタリの巣だからね!」
「し、失礼しました……なるほど、【ロキ・ファミリア】の遠征であなた方がいつも先回りしていたのは、この裏口のおかげでしたか。アリーゼたちが何度尋ねても教えてくれなかった理由に納得がいきました。……ところで、これはどこまで伸びているのですか、プルシュカ氏。後、ポンコツではなくリュー・リオンという名前があるんです。せめて、リューお姉ちゃんにしてもらえませんか」
プルシュカがあっけらかんと告げる——「61階層の入口までだよ」と。
ボンドルドたちはこの日に備えて綿密な準備を重ねてきた。深層への裏口の開通・延長もその一環である。未開拓エリアに繋げるのはリスクが大きいため、61階層が限界だった。今回はモンスターによる上下移動ではなく、ダンジョンの外側にしっかりと通路を建築している。
ギルドも上層部が大幅に入れ替わり、かつて計画されていた立坑計画などは計画倒れとなっていた。予算の都合もあるが、深刻な人員不足もあり、復興を差し置いてこのような事業に時間を割く余裕がなかったのだ。
「あ~、でもその前にリュー……ポンコツお姉ちゃんは、もう少し厚着しようか。研究所に予備があるから着いてきて。その超ミニ短パンにへそ出しスタイルは、ファミリアでも注意されていたでしょう? 『教育に悪い』って」
「なんで態々言い直すんですか!? これは由緒正しい正装です! まるで私が素肌を露出するのが好きな変態であるかのように言うのはやめてください!」
エルフの文化に詳しい者はここにはいないが、ボンドルドでさえその主張には疑問を抱かざるを得なかった。オラリオの街には多くのエルフが暮らしている。王族であり処女受胎したリヴェリアを崇めるため、聖地巡礼と称して【ロキ・ファミリア】のホームを訪れる訪問客も毎年かなりの数に上る。
だが、その中にこれほどドスケベな露出をしているエルフなど一人として存在しなかった。
そのため、この場にいるハーフエルフのニイナ・チュールへ自然と視線が集まる。彼女の装いはアミッド同様にロングスカートで露出が極めて少なく、あらゆる気候に耐えうる防寒装備だった。
「違います!! あんな破廉恥な服装、エルフの正装ではありません! リューさんもやめてください、エルフ全体が誤解されてしまうじゃないですか!
「みんなして私を騙そうなんて。こんな見た目でも結構いい値段と性能なんですよ。全身防寒にするとお値段が…」
「はいはい、ポンコツお姉ちゃん。時間がないからさっさと着替えに行くわよ。全く、助っ人に来てくれたはずなのに、なんでこんなことまで世話焼かせせるのかなぁ……」
胸元を見せつけ、太ももや素肌を過剰に露出させた格好で極寒の60階層以下に向かうなど論外であった。しかも羽織っているのはマント一枚であり、深層を舐めているのかと言わざるを得ないレベルだ。“ポンコツ”を着替えさせる作業に時間を取られ、彼らの出発は20分のロスから始まることとなった。
人工迷宮クノッソスに違法増築された専用通路。地下60階層にまで伸びる、無限とも思える長大な階段。道中に設けられた休憩ポイントで休息を挟みながら、彼らは着実に前進を続けた。
親睦を深めるため、プルシュカやニーナが気を配って会話のきっかけを作る。
「ニイナお姉ちゃん。【ロキ・ファミリア】のラウルさんとアナキティお姉ちゃんって、結局どうなったの? 4年くらい前の遠征で同じ部屋にしたりして、私なりに恋のキューピッドとして色々頑張ったんだけど」
「あぁ……ファミリア内では有名な話なんですけど、ラウルさんはオラリオに引っ越してきたアマゾネスの女性と同居しているんです。もちろんファミリアとしての仕事はしっかりこなしていますけど、それ以外はすっかりマイホームに身を落ち着かせているみたいで」
最近、街のあちこちで耳にする話であった。
土地の狭いオラリオで家を購入できるほどの財力を持つ第一級冒険者たち。彼らは遠方から子連れで移住してきたアマゾネスたちと、穏やかで幸せな家庭を築いていた。「ファミリアは違えど、家族であることに変わりはない」と。
生涯の伴侶を見つけたアマゾネスは、良妻賢母として子育てに励む。これはボンドルドが
アマゾネスの種族的特性として、生まれてくる子供が必ず純血のアマゾネス(女性)になるという性質がある。男女比のバランスを維持するため、神ロキと神フレイヤは既に主神カーリーとの交渉を開始していた。お互い、女性人口が増えすぎても困るからだ。
「そっかぁ。アナキティお姉ちゃんは“希望がない組”だったもんね……泣きながら半殺しにしたラウルさんを引きずって、パパの所に連れてきたのを思い出したわ。オッタルさんの所はどうなの? 最近ヘディンさんが副団長になったり、出産ラッシュが続いているって聞いたけど」
「そうだな。双子を出産したアーニャが第一級冒険者に昇格し、幹部に名を連ねた。子育てもあるが生活費を稼がねばならんと奮闘している。ヘディンにはいい加減団長になってほしいと推薦しているのだが、奴は首を縦に振らん。俺より適任だと思うのだが……。あと最近、ヘディンはメルーナと仲が良いらしい。休日に二人で図書館へ行ったり、一緒に帰る姿が目撃されていると報告を受けている」
まさにこういう健全な近況報告を求めていたのだった。【ロキ・ファミリア】の荒れた内部事情に比べれば、遥かにまともに聞こえる。もっとも、実際は【フレイヤ・ファミリア】の内情も同レベルで混沌としている。フレイヤ様の寝室のゴミ箱を漁る順番があるとかないとか。
「へぇ、私も知らない内情ばかりだわ。旧【アストレア・ファミリア】の様子なら知ってるよ。ポンコツお姉ちゃん以外はみんな子持ちで、ママ友グループができているんだよね。それで、良い人は見つかったの? 正直、エルフでその見た目で相手が見つからないなら、何か性格的な問題があることを疑うべきだと思うよ」
「私だって人並みに幸せを掴みたいのです! ですが、4年前の
自分で「穢れなき乙女」と言い切ってしまうあたり、真の乙女に失礼な発言であった。
しかし、過去のオラリオを知る者たちからすれば、
姿を消したとはいえ、彼が残した影響と爪痕は今なお大きかった。
同じ悩みを抱えるニイナとリューの距離が急速に縮まっていく。傷を舐め合っていると言った方が正確かもしれないが。
深層60階層の出口に至るまでモンスターが沸くことはなく、ただひたすらに階段を下っていくだけの道中。一行は雑談に花を咲かせた。普段はとても口にできないファミリア内部の裏話や個人の悩みなど、内容は多岐にわたる。
特にオッタルなどは、オラリオ最強の冒険者として畏怖されているものの、実際には非常に話が分かり、全冒険者の中でも屈指の常識人であった。ダンジョンでの生き残り方や、階層主との戦いにおける注意点などを懇切丁寧に教授してくれるのだった。
道中、裏口に設置された中継地点の休憩所で一夜を明かすこととなった。60階層もの深さを下りてすぐに魔物が跋扈するダンジョンに突入しては、肉体的な疲労から万全のパフォーマンスを発揮できないためだ。
同じ釜の飯を食べ、寝食を共にするうちに、パーティーの絆と連帯感は確実に深まっていった。
ラストダイブしながら暴露大会が開催されます。
アイズやリヴェリアの最終手段の内容。
ヘイズさん含めたフレイヤ様の所の子育て事情など。
そりゃ、誰も真剣に深層攻略にいけないですよね。
行方が知れなくなった黒竜問題も…現状などもね。